プロローグ
季節は夏。
都心近くでは最高気温三十度をキープしていた。その中で、虫の鳴き声さえ耳障りな程、更に暑い日だった。
――何の前触れも予兆も無く、日本海岸近くの孤島にそれは現れる。
それはゲームやアニメ、ファンタジーの世界に存在するような西洋の城。
その城は黒一色で染め上げられ、まるで物語の終盤で勇者が攻略する魔王城。
魔王城が出現してから世界――いや、日本国内の構造は変わった。
自分のレベル、状態、装備、スキルがステータス表示されたり、戦闘に入ったら交互にしか殴れないシステム。そして、RPGでお決まりエンカウントシステムが現れた。
その構想に、好奇心や興奮を隠せない者。その反面、警戒心や危惧している者が出てきた。
しかし、現実は無情だ。
ゲームの様に外を歩けば、スライムなどのモンスターが現れ戦闘になる。HPがゼロになれば、その場で消滅する。
日本は外を歩くだけでも命懸けの国になってしまった。
そして、日本は謎の壁に阻まれ世界に助けを請うことも、逃げ出す事も出来なくなった。
・・・
日本政府は異常の原因であると思われる魔王城に自衛隊を派遣。
だが、結果は全滅に終わった。
多額の金額を損失し、国の赤字に赤字を上乗せする結果となった。
日本政府は、こういう事態に詳しい人物を集めた。それは――オタクと呼ばれるものだ。
その中から数人を引き抜き、特殊部隊『RPG』を建ち上げた。
その中でリーダーと呼ばれている人物は、今、作戦会議の中心に居た。
「この原因と対処方法を考えてくれ、滝田」
滝田と呼ばれた男は、サイズの合ってない服と眼鏡を着けている。
「やはり、魔王を倒せば良いのでは無いのか?」
「確かに、それが一番有力だ。だが、自衛隊がやられたんだ。一般ピーポーの俺らには無理だ」
「ならRPGでお決まりのレベル上げをすれば宜しいのでは?」
黒色のゴスロリ服に身を纏う女性。外見はおしとやかだが、かなりのゲーマーだ。
リーダーは首を振る。
「檻姫。それは良い案だが、俺たち人間の初期HPは一だ。一撃も喰らってはいけない」
初期HPは心臓と同じ数。どんな強固な装備を着けたとしても一撃でアウト。天に召される。
皆が溜息を吐く。
「あ、あの」
「なんだ、チビッコ」
背が低いからチビッコと呼ばれているが、頭脳は大人顔負けである。
「ふ、不意打ちは出来ないんですか?」
「無理だ。戦闘に入って始めて姿を現すからな……」
「所でリーダー。初期HPが一と言う事が分かるのですか?」
リーダーは溜息をつき「頭の中でステータス表示を想像しろ」と、投げやりに答える。
檻姫は「おお!」と、歓喜の声を上げた。現実で自分のステータスを表示できる事に。
「リーダー」
滝田が手を上げていた。
リーダーは余り期待せず話しを聞く。
「初期HPが一と言う事は、HPを増やす事が可能という事か?」
「ああ、一人の人間がレベルアップしてHPが増えた、と報告が合った」
少しは希望が見え始める『RPG』だが、まだ前途多難である。
・・・
「侵入者はどうした?」
闇の瘴気が渦巻く魔王城の最上階、広間の中心にソイツは居た。
黄金の玉座に腰を掛け、歪に曲がった角を頭に生やした者――魔王。
魔王は付近に佇む従者に問掛けた。
従者は淡々と話し始める。
「侵入者は、我ら吸部隊が排除しました」
吸部隊――吸血鬼だけで構成した部隊だ。
その話しを聞いた途端、魔王は笑みを浮かべる。
「そうか、そうか。侵入者はどのような感じだったのだ?」
「この世界の人間と思われます」
魔王は一段と笑みを深める。まるで、新しい玩具お手に入れた子供のようである。
「この世界の人間、一人さらって来い。特に女子をな……」
「かしこまりました」
従者は頭を下げると、背中から羽を生やし飛んでいく。
「カゲロウ!」
声を上げると、魔王の目の前に影が集まり出し形を作る。姿がハッキリ判る時には、背の低い老人が黒いローブを被っていた。
「後どれ位だ? 世界の構想を変えるのに」
「うむ……我ら魔物が常に存在出来て居らぬからの……短くて二ヶ月位じゃ」
二ヶ月という期間に、余り良い顔をしない魔王。
「まあ良い。それよりも元魔王は仕留めたか?」
「え、いや……」
口もごる老人に対し、睨みを効かす。
老人は「ヒッ!」と、悲鳴を上げる。
「我は必ず仕留めろと言った筈だ。世界の構想を変える前に、魔王を殺せ」
二度目は無いぞ、と付け加える魔王。
老人はただ頭を立てに振るしかなかった。
「魔王……貴様には我を倒す事は出来ぬぞ」
老人が居なくなり、一人呟く魔王。
この魔王城は元魔王の物。だが、今の魔王が元魔王を倒し乗っ取った。
「このガラムデが貴様に変わって、この世界を手内に収めてやろう……フフ、ハハハハ!」
一人、高笑いを上げる魔王。傍から見れば、突然発狂したのかと思うぐらいだ。