格好いい親父への第一歩
子供が生まれた。
男の子だ。
これで俺は父親になったわけだが、正直なところ実感がわかない。
妻には悪いが、『俺の子供だ』という気がしない。勿論、身に覚えはありまくるので、おそらく俺の子なのであろうが、こう、衝撃的な『何か』がないのだ。
「親になって、どんな気分だ?」
出産祝いにやってきた彼が尋ねた。
俺は正直に自分の気持ちを答えた。
彼は、にやにやしながら「そんなもんだろ」と言う。
そして彼は、今は寝ている赤ん坊を優しい目で見つめる。
「どうせ、お前とこいつは、おっかさんのおっぱい取り合っているライバルなんだろ」
さらりと、そんなことを言ってくる。俺は――否定しないけど。
「今はまだ、食っているか寝ているかだけど、ちょっと大きくなれば、腕白になっておっかさんの手に負えなくなるぞ。そしたら、お前の出番だ。なにしろ、子供は登ってくる」
「登る?」
「寝っころがってテレビを見ていようが、胡坐かいて新聞を読んでいようが、お構いなしに乗っかって来るんだよ。馬にされたり、椅子にされたり……。ゆっくりトイレにも行けなくなる」
ふと、彼は真顔になり、俺を正面から見据えた。
「あれは二歳か三歳かのときだった。俺がトイレにどっかり座って新聞を読んでいたら、膝によじ登ってきた。以来、それが気に入ったのか、俺が便秘で苦しんでいるときも、下痢でへろへろのときも、必ずついてきて、登るようになった」
「……トイレに鍵、かけなかったのか?」
「鍵をかけたら、ドアの前で大泣きされた。俺は慌てて鍵を開けたね。で、二度とそんな可哀想なことは出来なかった。らぶりーなマイ息子を泣かせるなんて、出来るわけないだろう?」
俺は、絶句した。
……俺、あなたの一人息子なんですけど。
それをやったのは、やっぱり俺ってことなんでしょうか。
彼――俺の親父は、意地悪く、にやにや笑っている。
「さて、と。そろそろ帰るわ。お前は、真面目に『宿題』を頑張っているようだな。なら、大丈夫だ。」
「大丈夫?」
彼は俺の問いかけには、答えない。
ただ黙って、傍のテーブルの上に散らばっている、たくさんの名付け辞典やら漢和辞典やらの中から、一番分厚いやつを手に取った。そして、その角で俺の頭をごつんと叩き、「提出期限に遅れないように」と言い残して去っていった。
そうだった。現在、俺の最大の悩みはこれだった。名前は一生ものだから、いい加減な名前になんて出来ない。そんな可哀想なこと、出来ない。
――『そんな可哀想なこと、出来ない』
あ……。
親父の言いたかったこと、分かった気がする。
――お前は自分の子供のために、一生懸命、名前を考えているじゃないか。だから、自信を持て。
……やっぱ、親父には、かなわないなぁ。
俺は、そんなに情けない顔をしていたのか。
――いやいや、考えすぎ? 親父って、そんな格好いいキャラじゃない?
……まぁ、いいか。ともかく、名前を考えよう。俺がこいつに贈る最初のプレゼントだ。最高の贈り物にしよう――妻の同意を得られればだけど。
すやすや眠る息子を見ながら、ふと思う。
俺もまた、この息子に、格好いいところを見せられる日が来るんだろうか。
来なくちゃ駄目だよな、やっぱり。
ジャンルに『文学』を選んでしまったけれど、これで良いのでしょうか?
もとは、リメイク中のファンタジーな話の登場人物の台詞なんです。
が、リメイクを断念しつつあるので、ここだけ別仕立てにしてみました。
で、これだけだと、ちっともファンタジーじゃない。そういうわけで『文学』。
こんな品位に欠ける『文学』って、あり?