表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件  作者: パッタリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/30

8話 サムネ職人な妖狐とお供え物の歴史

 「……よし、できた」


 平日の午後六時。

 私は液タブの前で大きく伸びをした。

 画面には、本日の雑談配信用サムネイルが表示されている。

 満月を背景に、銀髪の狐耳少女が腕を組み、その隣では茶髪の狸耳少女が甘えるように寄り添っている。


 「シズク殿、またご自身でサムネイルを?」


 隣から、淹れたてのほうじ茶を運んできたコノハが、感心したように画面を覗き込む。


 「そりゃね。外注するとそれなりにするし。江戸時代からの経験もあるし」


 戦国時代は人間に化けて戦場に紛れ、あれこれブイブイいわせていた。

 あの頃はまあ……戦乱の世ということで、多少暴れても戦のせいにできた。便利な時代だった。

 とはいえ、江戸時代になってからはそうもいかない。刀を振り回すより、筆を持った方が小銭になる。


 私は適当な町人に化けて、浮世絵の下絵だの、寺社の奉納絵馬だのを請け負って小遣いを稼いでいたのである。

 それでも妖怪同士の縄張り争いや、裏稼業の連中との小競り合いはちょいちょいあったが。


 「つまり、シズク殿の描いたわたしの姿は、江戸の技と現代デジタル技術が融合した芸術品……?」

 「急に価値を盛るな」

 「では、このサムネイル、額縁に入れて寝室に飾っても?」

 「配信素材を私物化するな」


 私は完成した画像を配信ソフトに設定する。

 サムネ代、ゼロ円。

 塵も積もればなんとやら。経費削減は大事なのだ。


 【配信中】


 『みんなー、こんばんきつたぬー!』

 『こんばんきつたぬです、皆さん』


 いつもの挨拶と共に、コメント欄が流れ始める。


 [コメント]

 ・こんばんきつたぬー

 ・サムネかわいい!

 ・今日のシズクちゃんイケメンすぎる

 ・コノハちゃんの寄り添い方がガチ


 『今日のサムネ可愛いでしょ? 実はこれ、私が描きました』


 [コメント]

 ・え!?

 ・多才狐じゃん

 ・サムネ職人シズク

 ・赤スパチャ(¥10,000):サムネ代です


 『お、サムネ代助かるー。ありがとう』

 『シズクちゃんは昔から絵がお上手なんですよ。江戸の頃など、町で評判の絵師として──』

 『はいストップ。それ以上は設定が深くなりすぎる』


 私は慌ててコノハの言葉を遮った。

 危ない。

 こいつはすぐ、配信中にガチの過去をぽろっと漏らす。


 [コメント]

 ・江戸の頃?

 ・設定凝ってるなぁ

 ・シズクちゃん何歳なんだよw

 ・コノハちゃんまたガチトーン出た?


 『まあ、妖狐キャラとしてはね? 昔から人間に紛れて色々やってたっていう設定だから。戦国時代は戦場に紛れたり、江戸時代は絵の仕事したりね』

 『戦場でブイブイいわせていた頃は、本当に凛々しくて……』

 『設定! 設定の話!』


 [コメント]

 ・ブイブイwww

 ・戦国無双シズク

 ・江戸絵師シズク概念すき

 ・過去編やって


 『はいはい、過去編はそのうちね。今日は妖怪関連の質問に答えていくよ』


 私は質問箱を開いた。


 『まず一つ目。「妖怪って鏡に映るんですか?」映るよ。少なくとも私は映る。朝の寝癖と尻尾の毛並みチェックに必須だからね』

 『シズクちゃんの朝の毛並みは、少し乱れていて大変愛らしいです』

 『余計な情報を足すな』


 [コメント]

 ・朝のシズクちゃん!?

 ・朝のコノハちゃんも気になる

 ・毛並みチェックかわいい


 『次。「人間に化けてる時、耳と尻尾はどうしてるんですか?」これは妖術で隠してるね。感覚としては、ずっと腹筋に力入れてるみたいな感じ。だから疲れる』

 『シズクちゃんは疲れると尻尾が一本ずつ出てきます』

 『出てきません。出しません。事務所NGです』


 [コメント]

 ・一本ずつ?

 ・複数あるの確定してて草

 ・事務所NGの尻尾


 そんな調子で、私は当たり障りのない妖怪トークを続けていった。

 人間と妖怪の距離感。

 神社の近くに住む時の注意点。

 古い井戸には不用意に近づくな、という話。

 妖怪に会った時は、写真を撮るより先に距離を取れ、という割と実用的な忠告。

 コメント欄はほどよく盛り上がり、スパチャもぽつぽつ飛んでいる。


 (うん。平和だ)


 今日はこのまま、何事もなく終われるかもしれない。

 そう思った時だった。


 『えー、次の質問。「真面目な質問です。昔、狐へのお供え物は油揚げではなく、ネズミを揚げたものだったと聞いたことがあります。本当ですか?」……あー』


 一瞬、コメント欄の流れが変わった。


 [コメント]

 ・急にガチ質問

 ・聞いたことある

 ・ネズミ!?

 ・油揚げの前ってそうなの?


 私は少しだけ姿勢を正した。

 こういう質問は、茶化し方を間違えるとよくない。


 『んー……諸説あり、って前置きはするけど。そういう話はあるね』


 隣のコノハも、いつもの甘えた雰囲気を少し引っ込めて、静かに耳を傾けている。


 『ただ、昔はどこでも狐に揚げたネズミを供えてましたってほど単純な話じゃないよ。そういう供え方があったくらいに思ってて』


 私は画面の向こうのリスナーに向けて、ゆっくりと言葉を選んだ。


 『昔の人間にとって、狐って今みたいな可愛い狐耳キャラじゃなくて、もっと怖くて、近くて、でも頼るしかない存在だったんだよ。田畑を荒らすネズミを捕ってくれるし、稲荷の神様の使いとも見なされるし、でも怒らせたら祟るかもしれない』


 [コメント]

 ・急に良い話

 ・なるほど

 ・妖怪視点たすかる

 ・シズクちゃんの声落ち着く


 『だから、お供え物って単なるプレゼントじゃないんだよね。お願い、感謝、恐れ、取引。そういうものが全部混ざってる』


 私は少しだけ目を細めた。

 何度か、狐に頼るしかない人間に手を貸したことがある。罰を与えたこともある。

 すべては遠い過去の出来事だ。


 『で、狐はネズミを捕る、人間にとっては田畑を守ってくれるありがたい存在でもある。だから、狐の好むものを供えるという発想が出てくるのは自然ではあるんだよ。ただ、時代が下ると、そういう生々しい供え物はだんだん避けられるようになる』


 なお、私自身はお供え物としてのネズミを食べたことはない。


 『殺生を嫌う考え方もあるし、見た目の問題もあるし、そもそも毎回そんなもの用意できないしね。そこで、油で揚げた大豆の食べ物──油揚げが、狐への供え物として定着していったって説明されることが多い』


 私はそこで、少しだけ笑った。


 『今の人は、狐が油揚げ好きって聞くと可愛いと思うかもしれないけど、実際はもっと切実なんだよ。豊作になってほしい。病気を避けたい。獣害を減らしたい。子どもを守ってほしい。そういう願いのためにお供え物を用意する』


 ただの習慣として何も考えずにする人間もいるけど、まあ今は置いておく。


 『お供えっていうのはね、人間が、自分たちより大きなものと関係を結ぶための、かなり真面目な作法だったんだ』

 『……人と妖怪の関係は、今よりずっと近くて、ずっと危うかったのです』


 コノハが静かに言った。

 その声は、配信用の甘い後輩ボイスではない。

 何百年も生きた妖怪としての、実感のこもった声だった。

 私はちらりとコノハを見る。

 今日は珍しく暴走していない。


 『そういうこと。まあ、私はネズミよりも油揚げの方がいいけどね。衛生的にも』


 [コメント]

 ・最後www

 ・現代狐の衛生観念

 ・油揚げでよかった

 ・真面目からのオチ助かる

 ・赤スパチャ(¥10,000):油揚げ代です


 『油揚げ代助かるー。大事に食べます』


 私は空気を軽く戻し、ほっと息を吐いた。

 うん。今のは悪くなかった。

 たまにはこういう、妖怪らしい真面目な話もいいものだ。

 そう思った直後だった。


 『シズクちゃん』

 『ん?』


 隣のコノハが、急にふわりと甘い声を出した。

 嫌な予感がした。


 『昔の人々は、自分にとって大事なお願いのために、お供えをしたのですよね?』

 『まあ、そういう話を今したね』

 『わたしも、大事なお願いがありまして』

 『待って、聞きたくない。嫌な予感がする』

 『わたしを、シズクちゃんにお供えします』


 [コメント]

 ・!?!?!?

 ・来たぞ

 ・供物系狸

 ・てぇてぇ


 『いりません! 受け取り拒否! クーリングオフ!』

 『返品不可です。室町時代から熟成済みの極上供物ですので』

 『熟成するな!』

 『さあシズクちゃん、今夜はわたしを丸ごと召し上が──』

 『はい今日の配信ここまで! おつたぬー!』


 私は全力で配信終了ボタンを押した。


 【配信後】


 静まり返った部屋に、コノハの尻尾がぱたぱたと揺れる音だけが響く。


 「……シズク殿」

 「何」

 「本当に、受け取ってくださいませんか?」

 「お供え物としては受け取らない」

 「では?」


 私はデスクの上に置かれた、コノハ手作りのいなり寿司を一つつまんだ。

 甘じょっぱい油揚げの香りが、ふわりと鼻をくすぐる。


 「相方としてなら……もう受け取ってるでしょ」


 そう言った瞬間。

 コノハの顔が、耳まで真っ赤になった。


 「シズク殿……っ!」

 「抱きつくな。尻尾を狙うな」

 「はい! では、今夜は相方としてお側にいます!」

 「距離が近い!」


 妖怪へのお供え物は、時代と共に変わる。

 ネズミから油揚げへ。

 油揚げからスパチャへ。

 そしてなぜか私の場合、重すぎる化け狸本人まで追加されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ