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妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件  作者: パッタリ


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2話 強制オフコラボと数百年熟成された料理の腕

 静まり返ったワンルームに、絶対にあってはならない音が響いた。

 玄関のドアがゆっくりと開き、チェーンロックが外される生々しい金属音。

 私は部屋の隅にあるゲーミングチェアの上で、毛を逆立てて震えていた。


 「ただいま帰りました、シズク殿」


 そこに立っていたのは、見慣れた茶色いボブカットヘアーの少女だった。

 頭には丸みを帯びた狸耳、スカートの裾からは立派な縞模様の尻尾が覗いている。

 相方のコノハだ。

 彼女は、ドジっ子後輩という普段の配信スタイルからは想像もつかない、淀みなく洗練された足取りで靴を脱ぎ、ズカズカと私の部屋へと侵入してきた。


 「不法! 侵入! 警察呼ぶよ!? ていうかチェーンロックはどうしたの!」

 「ああ、あれですか。妖術で金具ごと取り除いておきました」

 「物理と妖術のハイブリッドやめろ!!」


 私が威嚇のシャーッ! という声を上げるも、コノハはまったく動じない。

 それどころか、両手で大事そうに抱えていた風呂敷包みを、私のデスクの上にことりと置いた。


 「夜分遅くに押しかけて申し訳ありません。ですが、シズク殿の食生活が心配で。最近の配信、少しお痩せになったように見えましたから」

 「え……?」


 風呂敷が解かれ、現れたのは三段も重なった立派なタッパーだった。

 フタを開けた瞬間、部屋中に暴力的なまでの甘じょっぱい香りが充満する。


 「な、なにこれ……」

 「特製・極上いなり寿司です。シズク殿が好む油揚げの煮付け具合、米の酢の塩梅、そして隠し味の柚子の香り……。江戸時代から全国の料亭を渡り歩き、シズク殿の舌を満足させるために数百年間、料理の腕を磨き続けてまいりました」


 コノハの目が、暗い情念でドロリと濁っている。

 怖い。愛が重すぎる。

 室町時代から私へのストーキングをこじらせた結果、この狸はとんでもないバケモノに成長してしまったらしい。

 だが──。


 グキュルルルル……!


 無情にも、私の腹の虫が盛大に鳴いた。

 Vtuberの収益は安定するようなものではない。それに定期的に大きな出費もある。

 先月はPC機材のローンでカツカツになっており、ここ数日はもやし炒めと豆腐しか食べていなかったのだ。


 「さぁ、あーん、です。シズク殿」

 「くっ……! 私は、そんなもので手懐けられるほど安い女じゃ……あーん、パクッ」


 美味い。なんだこれ。

 噛んだ瞬間、分厚い油揚げからジュワッと溢れ出す極上の出汁。ふっくらと炊き上がった酢飯と、フワッと鼻を抜ける柚子の爽やかな香り。

 コンビニで売られている、量産されたいなり寿司とは次元が違う。五臓六腑に染み渡る圧倒的な美味。


 「おいひい……っ」

 「ふふっ。よかったです。たくさん食べてくださいね。……一生、わたしが作って差し上げますから」


 コノハが私の金髪を優しく撫でる。

 その手つきは完全に飼い主のそれだったが、食欲に屈した私は抗うことができず、二個、三個といなり寿司を口に放り込んでいった。

 すると、コノハがおもむろに私のPCのマウスを握った。


 「さて、シズク殿が腹ごしらえをしている間に、と」


 ピロンッ♪


 聞き慣れた効果音が鳴った。

 配信ソフトの、配信開始ボタンが押された音だ。


 「……は?」


 口にいなり寿司を詰め込んだまま、私はディスプレイを見た。

 画面には、私のLive2Dアバターと、横に並んだコノハのアバター。

 そして、急速に増えていく同接人数とコメント欄。


 『皆さーん! こんばんきつたぬ〜!』


 コノハの声が、先ほどの地を這うようなヤンデレボイスから、鼓膜がとろけるような甘い後輩ボイスへと一瞬で切り替わった。


 『えへへ、実は今、シズクちゃんの家にお泊りに来ちゃいました! ゲリラで強制オフコラボです!』


 [コメント]

 ・うおおおおおおお!!?

 ・ゲリラオフコラボ!?

 ・てぇてぇ!! 助かる!!

 ・シズクちゃん無言だけどどうした?w


 『んぐっ、んぐっ!(ちょっ、お前、勝手に配信……!)』

 『あはは、シズクちゃんったら、わたしが手作りしたいなり寿司を夢中で食べてるんです。……あ、ほらシズクちゃん、口の端にご飯粒ついてますよ。ペロッ。えへへ、甘い』


 [コメント]

 ・!?!?!?

 ・いま舐めた!?

 ・ちょっと待って距離感バグってない!?

 ・シズクが完全に受けに回っているだと……

 ・赤スパチャ(¥10,000):結婚式場はこちらでよろしいですか?


 「ち、ちがっ、これは……!」


 慌てていなり寿司を飲み込み、弁解しようとマイクに近づく。

 だが、デスクの下で、コノハのふさふさの狸の尻尾が、私の太ももにガッチリと巻きついていた。逃がさない、という強烈な意思表示だった。


 『シズクちゃん、顔真っ赤ですよ? 大丈夫です、今夜は朝まで……ずーっと一緒ですからね♡』

 「~~~~っ!!」


 完璧なまでにビジネスとしての百合を演じる後輩の声。

 しかし私だけには、その裏に隠された「もう物理的にも絶対に逃がしませんよ」という数百年越しの粘着質な愛のささやきが聞こえていた。

 怒涛の勢いで飛び交うスパチャの雨。

 今月の家賃が余裕で払える額面を前に、私の口から出たのは──。


 『……みんなぁ、スパチャ、ありがとう……っ。コノハのご飯、おいしい、です……』


 悲しきかな、金と食欲に屈服した哀れな狐の敗北宣言だった。

 こうして、私の百合営業は終わりを告げ、逃げ場のないガチ同棲生活が幕を開けたのである。

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