女王ペロセポネ 会合
ペロセポネは臨時で領主代理として任命されたが、お飾りではなく、実際に業務はあったし、責任感と好奇心が彼女を積極的にさせた。
義父である元族長は、表向き引退したが、族長的な役割を維持し有力者たちをまとめることで、
ペロセポネの領主代理としての仕事をサポートした。
彼女自身もバハリク朝向けの事務処理は得意だったし、政治的な素養もあったのだろう。
短期間のうちに、義父の威光を利用しなくても、有力者たちや近隣の領主、つまり氏族長たちが一目をおくようになっていた。
義父は、たまに夜逃げをほのめかすことがあった。
その気持ちは彼女にも想像できた。
私には、彼の言葉は本気に思えた。
自分の夫が命を失ったように、自分も命が危うい。そうでなくても、正式な新領主によって投獄されたり、義父ともども追放されたりするかもしれない。がんばって頭角をあらわせばあらわすほど、そのリスクは高まるのだろう。
義父は妻には先立たれていたし、夫以外の子どももいない。
兄弟も病気や出稼ぎ中の事故で失い、命が危うい状態で頼れそうな近しい親戚もいない。
義父には、もう守るものが彼女しかなかった。
息子が亡くなったにもかかわらず、責任から逃げもせず、今も巻き込み続けて申し訳ないという気持ちもあった。
義父のその複雑な心境をペロセポネは想像し、共感し、そして、一人だけ逃げるわけにはいかない。
そもそも逃げれば寄る辺もない犯罪者である。
氏族を見捨てて逃げ出した族長一家を助けてくれる人はいないだろう。
義父とともに逃げるよりは、誠実に仕事をこなしている方が、まだ選択肢は増えるだろうと考えた。
何より、彼女の政治的好奇心が彼女を今の立場に引き止めていた。
いや、単に知的欲求が満たされたというだけではない。
書類を整理したり、朝廷や他の氏族と折衝を重ねるうちに、世の中のことがわかってきた。
おそらく父は、なんらかの理由で、後方支援ではなく、直接戦闘することになった。
無論、戦場のことだ。
想定外に先頭に巻き込まれるケースはあるのだろう。
しかし問題だったのは、理由まではわからないが、意外とそのケースが多いらしいということだ。
書類を読み、貨幣の価値を知り、兵を雇う相場を知った。
父の報酬は、明らかに安かった。
後方支援であっても。
憤りを感じた。
自分たちが直接だまされたから。それだけではない。
彼らからすると、未開の、モノの価値もわからない『蛮族』を、良いように使っているだけなのだ。
おそらく義父は細かい計算をしないまでも、なんとなくは理解していたのだろう。
父と知己であったのもあり、食糧援助を申し出たことや、自分を「族長の息子の妻」として迎え入れたことと無関係ではあるまい。
ペロセポネは年齢の割に推測する力が高かった。
断片的な情報から、背景を想像し、その裏にある考えを読み取ることができた。
もちろん、朝廷のある『中央』から遠く離れたこの地では確信を持てないのだが…。
しかし、夫に関する事件を見れば、自分たちを「侮っている」ことに、だれも異論は挟まないだろう。
父が徴兵された理由も怪しい。
もしかしたら、一方的に相手を『野盗』と指定し戦を仕掛けたのは朝廷側かもしれない。
目的はわからない。
南域の力を削ぐためかもしれないし、その他の政治的な理由があるのかもしれない。
もしかしたら火種があったのは本当で、念の為に根絶やしにしようとしたのかもしれない。
いや、目的や理由は問題ではないのだ。
我々が、意図のわからない戦いに巻き込まれる。
それが、問題だ。
思考を巡らせながらペロセポネは夫の死体について、朝廷側から何ら回答を得られていないことも思い出していた。
***
南域の氏族長たちが圧政に耐えかね、ついに一同に介して反旗を誓った。
当世の英雄譚では、そのように語られる。
しかし、きっかけは、少しばかり違う。
しかも氏族長たちが、ましてやペロセポネが呼びかけたのではない。
一向に正式な領主は決まらず、ペロセポネは代理のまま過ごしている、ある年のこと。
南域の全土を干ばつが襲った。
熱帯地方と呼ばれるこの土地は、毎年雨季がある。
長期間、ほぼ毎日スコールが発生する時期があり、それをもとに生態系や農業が回っている。
それが、今年、なかなかこない。
大地は割れ、草木は色を失い、家畜の鳴き声が減ってきた。
ある母親は、子に与える食糧を半分にした。
ある老人は、自分の畑を黙って眺め続けた。
南域全体で構築される農民連合・商業連合。
かの代表者が氏族長たちに「南域全体での対策を」と強く求めたのだ。
場合によっては、北方三国に対して援助を求めよと。
かつてないことである。
全氏族長たちが一堂に介した。
道は舗装されておらず、会するだけで月が変わる時代である。
そうそう簡単には集まれない。まして、中には氏族間で少なからず感情的な対立を持つ者たちもいる。
それくらい、かつてない事態だったということだ。
そこに、実質の族長である義父とともにペロセポネは参加していた。
連合の長や識者から話を聞く前に、
まずは氏族長同士で情報交換をしようという話になった。
「こんな状態だと伝えているのにそれに返事はなく、租税はどうなっているか、派兵に協力しろと言ってくる」
口火はぐちで始まった。
「北方のモノたちのことか?」
「そうだとも。援助を願ったところで、何かしてくれるとは思わん」
「先代は困ったときに上奏して援助に取り付けたといっていた…わずかなものだったらしいが」
「それを傘にやつらは、居丈高な見返りを突きつけてくるんじゃないか?」
ペロセポネは、共感の重要性は承知しつつも、あまり秩序だっていない情報交換だと感じた。
しかし、なおも各氏族長は不満を口に上らせる。
「うちの方でもやられたよ。突然人質をよこせと言ってきた」
ペロセポネたちを見ながら言う。
自分たちに話しかけたのかと思ったのだが、別の氏族長が割り込んできた。
「どういうことだ?」
北方に近い領土治める氏族の長は答えた。
「実は早々に皇国に援助を求めたのだが…。援助してほしければ人質をよこせと。信用できんらしい」
彼らは土地が近い分、実感が強いのだろうか。バハリク朝ではなく、皇国…すなわちトルダト神教皇国と呼んだ。
さすがにこれには場がざわついた。
「おいおい、こちらは詳しい事情もわからないまま、あちらさんにどれだけ協力していると思っているんだ」
ペロセポネも、義父の方を見ながら、夫のことを思い浮かべた。
しばらく、彼女からするとただの愚痴に聞こえるような情報交換が続いたが…。
ペロセポネほどではないが比較的若い人物が声を上げた。
「思いを十分に共有し合ったところで、そろそろ対策の話をしませんか?」
義父は応じた。
「そうだな。いくつか議題はあると思うが…」
言い終わる前に、別の族長が言う。
「この際だ、この中の取りまとめ役を決めないか? 盟主とでもいうのかな?」
「賛成ですな。食糧を分配するにしても、水を引くにしても、大勢で話し合っても埒が明かん」
「それと、南域の総意としてバハリク朝側に援助を陳情する役割も重要ですね」
一番年上の者を議長とするか。
皇国に一番くわしい先ほどの議長がふさわしいかもしれない。
が、どの族長も、当たり障りのないことを言いつつ、互いに牽制し合っている。
ペロセポネにはそう見えた。
やはり、便宜的な立場にせよ、だれかに上に立たれるのはおもしろくないのだろう。
「…ペロセポネ殿はどうかな」
ある者が言った。
当のペロセポネをはじめ、きょとんとなった。




