父親
とある史料にしるされる、さきの演説は、おおかた間違いではない。
少なくとも、そういった意味のことを彼女は訴えかけていた。
ここでは、大乱の英雄のように語られる彼女について、もっと深く語ろうと思う。
彼女が三国動乱の口火を切った代表人物の一人であることは間違いない。
そして、初代女王である彼女の名はそのまま王国名ともなった。
類まれなるリーダーシップにより、王国をまとめあげ、神聖朝からの圧力も跳ね除けた。
間違いなく、英雄である。
歴史に残っている事実だけ見れば。
だが王となった経緯は、壮麗とは言い難い。
世を憂いて自ら望んで人々を率いたわけではない。
彼女は、苦境を言葉にすることができた。
人が漠然と抱く不安や怒りを、言葉として整える力があった。
地道な、ひたむきな努力が、彼女を稀代の英雄への道を開いたのだ。
決して、英雄譚のいう「天賦の才」なるものにすがったわけではない。
彼女は、努力をしていた。
失礼。
話を戻そう。
そう、もともと、彼女は担ぎ上げられた神輿だった。
彼女もまた、悩める一人の人間なのであった。
私は、それを見てきた。
***
ペロセポネはバハリク朝が南域と呼ぶ地域の片隅に生まれた、ただの少女だった。
少女を含む一般の人々にとって、バハリク朝は身近な存在ではなかった。
長老…族長という方がわかりやすいだろうか。
族長や一部の大人がたまに話題にするのを、耳にする程度の存在だった。
子どもながらに感じたのは、大人たちの「愚痴」と「依存」が混ざりあった、複雑な関係だった。
「また難しい話をしている…」
子どもながらに断片的な話をつなぎ合わせて、感情を読み取る頭の良さはあった。
でも他の多くの子どもと同様、『大人』の話は自分自身には縁のない話だと思いこんでいた。
「大人は結論のでない話を続けるのが好き」
半ば、そう結論づけていた。
転機が来た。
族長たち指導層から、彼女の父にバハリク朝の兵士招集に応じて参加するよう、要請が来たのだ。
彼女には兄がいたが、彼はまだ若年で聡明で優秀な家の守り手として期待されていた。
万が一を案じ、兄ではなく父が招集に応じることにした。
実はこれは強制ではなく、父は族長に対して割と顔が通っており、断ることもできたのだが…。
「話によると野盗を討伐するだけみたいだし未経験の者は後方支援だそうだ」
父は報酬に釣られた。
バハリク朝の貨幣がいくばくか。
正直、子どもの時分には、それがどの程度の価値なのかはわからなかった。
族長たちからも家に対して数週間分の食料支援が出るという。
「後方支援だからって、本当は行ってほしくないんだけど」
母は当然の不安を口にした。
「でも族長にはお世話になっているし」
地元住民同士では物々交換が一般的。
ましてバハリク朝の貨幣などというものは日常では用いないが、交易所に行くと北方からくる珍しい品物と交換できる。
頭のいい彼女にも、「戦争」は想像できなかった。
それもバハリク朝の威光だったのだろうか。
久しく平和だった、彼女たちの集落。
お話に聞く「英雄譚」。
まだ幼いペロセポネにとっては、戦争は、勝者側の都合の良いものでしかなかった。
もしかしたら父にとってもそうだったのかもしれない。
そして兵役に参加した父は…。
***
彼女の父は、帰ってきた。
大きい傷は見当たらない。
しかし、表情は暗かった。
遠くに行って帰ってきたので、疲れたのだろうか?
「少し、休ませてくれ」
父はすぐに横になったが、何やら考え事をしているようだった。
まだ幼いペロセポネにはわからないことだったが、
「後方」とはいえ戦地からの、久しぶりの家族との再会。
どれだけ疲れていても、普通の父親はせめて顔を綻ばせる。
それをしない父に対し、母も不満よりむしろ、心配そうだった。
「無事戻ってくれたんだから」…と自分自身に言い聞かせているようだった。
翌日、少し落ち着いたのか、母と二人で話しているのが聞こえてきた。
「子どもたちには聞かせたくない…今はまだ」
それでも聞こえてしまうのが家族である。
「ええ? 後方支援て言ってたじゃない」
「…あんな銅貨数枚じゃ割に合わないよな」
「報酬以前の問題だよ…」
そんなやりとりが、なんとなくペロセポネの記憶に残っている。
少しずつ父は元気を取り戻したように見えた。
だが、以前のようではなかった。
夜更けに目を覚ますと、
父の水を汲む音がすることがある。
朝になると、桶の水は半分ほど減っている。
時折、寝言が聞こえた。
「俺のせいじゃない」
それは、はっきりとした声だった。
ある日、父親が聡明な娘、ペロセポネに言った。
「戦うっていうのはな、相手にも理由がある…こと…なんだよ」
語尾がだんだん小さくなり、必死になって絞り出したような言葉だった。
次、ペロセポネが結婚します。




