「ペロセポネ」
南方の者たち。
トルダト神教では彼らをこうとらえる。
神の救いがまだ及ばぬ民。いずれ文明へと導くべき存在。
イコリは神官として、三国それぞれの教義を学んだ。
そのとき、奇妙なことに気づいた。
三国の教えは、微妙に異なる。
神話の骨格は共通している。
しかし細部が、各国に都合のよい…すなわち、とても人間的に見えた。
これは本当に、神の言葉なのか。
我々と彼らで、何が違う?
神の声を直接聞けない我々は、彼らと違って救われているのか?
***
「食糧問題は誠意をもって対処しないと恨みを買うことになります」
長官に進言したことがある。
しかし後回しの意味の曖昧な回答をされ、実質、放置された。
だが最近、氏族同士が情報を共有し始めている、という情報が入ってきている。
今は南方は分断され、一つ一つは大きな力を持たない。
しかし、不満が一致団結すれば、それは大きいうねりをもたらす。
「このまま放置すれば、何が起きるかわかりません」
長官や同僚は懸念そのものには同調した。
「確かに領主が無断で集まるのは不穏だが…」
しかし、多くの者はことを荒立てたくなかった。
一部同意はできる。
それで軍事行動になったら、自分たちも、彼ら自身も困る。
彼らはただ話し合っているだけだ。
そう思いたかった。
そうこうしているうちに、ある人物の名が広まってきた。
「ペロセポネ…だれだ?」
さすがに領主の名は覚えている。
女性らしいが心当たりがない。
彼女が中心となって、各領の連帯を深めているらしい。
見も知らぬ人物が南方勢力の心となっているのは、由々しき事態だ。
が、調査してわかった。
「しまった…」
長官も同僚も忘れていたが、イコリも忘れていた。
とある領の領主代理だ。
当時の領主の息子を迎えに行ったとき、イコリの表情をうかがっていた女性である。
代理のままだったのか。そういえば、正式な領主を送るという話は、どこへいった。
彼女がなぜ、今、ここ神教国にまで名前を轟かせる状況になったのか。
さすがにこれは放置できない。
大臣や神聖国が看過するとは思えない。
ひとまず長官は相手をけん制するため、一応の対策は打つ。
「それぞれの領に詳しいものが、無断での連帯をやめるように通知を出してくれ」
各領主の性格や事情にあわせて、最適な文章を送るよう、部下たちに指示した。
イコリは思った。
これはまずい。こっそりやってくれる分にはいい。しかし、個人の名や連帯による成果をとどろかせてはだめだ。
中央から見れば、西域と同様の脅威とうつる。
ペロセポネといったか。彼女や領主たちは、どういうつもりなんだ。
…いや、これは我々が対処を誤ったせいだ。
神教国の助けなく、自力で困難に対処しようとしただけなのだろう。
直接いって、話し合う必要がある。
イコリは中心人物とおぼしき、ペロセポネの領内に長期滞在し、調査や意思の確認を行うことを、長官に進言した。
事ここに至っては、長官も許可せざるをえなかった。
ただし、イコリからすると半ば命がけである。
もしこれが、本当に独立の機運であれば、神教国からの正式な使者である自分が、どう扱われるかわからない。
おそらく彼女らに悪気はないのだろうし、誠意を尽くせばいきなり殺されることはあるまい。
イコリは腹をくくった。




