女王ペロセポネ 孤独
ペロセポネは王を名乗った。
国の名前はなかった。
だが人々は自然と「女王ペロセポネの国」と呼びはじめていた。
そして現代において、単に「ペロセポネ」と呼ばれるようになる。
今後の呼称統一のため、軽く述べておく。
当時は女性の君主かつ「王」という称号が新鮮であり、敬意をこめて「女王国」という俗称が流行った。
よって、ここからは南域を女王国と通称とする。
族長は「侯」と呼ばれ、王より土地を預かるという建前をとった。
領地は○○侯領と呼ばれる。
隠居した義父の旧領は形式上は兄が継いだが、実質は王の直轄地となった。
大使たちは、そのまま族長すなわち諸侯との連絡官を兼ねた、王の側近となった。
つまり官僚である。
ペロセポネは彼らの得意分野に合わせて役職名も作ったのだが、それは必要になったときに説明しよう。
ペロセポネの実の父母はどうしていたか。
ペロセポネは肉親を不当に優遇しているように見られることを懸念したが、
結局、官僚のすすめもあって、執務用の建物の近くの、それなりに立派な住居に呼び寄せた。
「ご両親を人質にとられたらどうします?警備がしやすいところに住んでいただくのが合理的です」
東域は女王国を有望な投資先と見た。
技術と資本が流れ込み、食糧難は忘れられつつあった。
ある商人は言った。
「強くまとまれば人が増える。人が増えればお客さんが増える。これが我々の考え方です」
人が増え、街が広がり、女王国は強くなっていく。
おそらく東域の諸島連合もうわさを流すのに一役買ったのだろう。
新興の女王国は近隣の人々に肯定的に受け止められ、バハリク朝三国からさえも移民がやってきた。
本音を言えば、皇国や神聖国の民が滞在していれば、彼らも武力行使しづらいという打算もあった。
だが、この地域の人々は、穏健なのだ。
長き平和がそうさせた部分もあるだろう。
武器を持たない相手を敵視はしない。
三国からの商人や流民を大事に扱った。
スパイ活動されて困る情報もない。
我々は、堂々と、生きている。
しかし、世界の情勢は女王国を戦乱に巻き込もうとしていた。
西域から、使者がやってきた。
息も絶え絶えだった。
ペロセポネにも急報が入り、直接会うことにする。
「あの山を超えてきたのか…」
言葉が方言と言うにはかなり違うようだが、バハリク朝の言語を通した筆記と身振りで概要はわかった。
中央を通らずに女王国までやってくるには、道なき山を超えねばならない。
山頂は険しく、最初は数十人いた使者も最後は彼一人になったらしい。
彼は手紙をたくされていた。
バハリク朝の言葉で記されており、わかりにくい部分もあったが、概要はこうだ。
「ペロセポネ王国の噂は山を超え、我々の草原にまで響き渡っている。
現在、つまらぬ誤解から、三国のうち帝国と大戦の危機になっている。
王国には、皇国を牽制して帝国を支援できぬようにしてほしい。
我らの間の国に強大な力を持たせぬことが、お互いが栄える道である」
命がけでこの文を届けた使者の前で、ペロセポネは何も言えなかった。
ただ、死者を悼み、体を休めてほしいとねぎらった。
ペロセポネはしばらく考えた。
近年武力で草原を統一したというバジク・ウルの言うことはわかる。
しかし、こちらは積極的に戦争を望んでいるわけではない。
話し合いで済むなら、そうしたい。
とはいえ、そうならないだろうから、バハリク朝へ使者を送っての立国の挨拶もしていないのだが…。
そこで挟み撃ちのような真似をしては、ただ自立したいだけだという大義名分が損なわれてしまうのではないか。
皇国に留学したことがあり、『王』の称号を提案した官僚サラ・アリクが彼女に提案した。
「この話がなかったとしても、皇国には一度牙を見せておくべきです。
そうすることが、結局平和への道となると私は考えます」
彼の言うことは一理ある。
噛みつくこともあるとわかれば、彼らも遠慮する。
今でこそ、彼らはこちらに武力を差し向けてこないが、西域が鎮圧されれば、全力をもって我らをつぶしにかかってくるかもしれない。
それを避けるためには、隙をうかがう姿勢を見せ、注意を分散させる必要がある。
ああ、しかし。
戦いになれば理屈ではない。
人は傷つき、死者も出るだろう。
死人が出れば、恨みが、憎しみが、人々の間に染み付く。
そうなっては、対等に和解する道などあるのだろうか。
今でこそ、三国の人々と、庶民階層では対立していない。
その平和が、平穏が、崩れる。
首都に滞在中の諸侯や側近を集め、合議することにした。
「北西の草原国の誘いはもっともだ。
サラ・アリクの立案した作戦そのものは賛同しうる。
だが、みな、考えてほしいのです。
一度、血が流れば、洗い流すことなどは、少なくとも我らが存命中は不可能だ。
東域との連携を強め、守りを固めるという選択肢だってある」
一度は示威行動を見せるべきだ。
命をかけた戦いを辞さないと。
それは、わかる。
しかし、そのさじ加減はどうやって調整する?
理屈通りにうまくいくのか。
そもそも、西域を捨て置いて、全力をこちらにぶつけてくる可能性すらあるのではないか。
諸侯の中には、内心で「やはり女性か」と弱気と見て嘆息するものもいたが、そうではない。
彼女は、王としての責任から未来を予見しているだけなのだ。
「武器は使わねば飾りでしょう。
抑止力にはなりえません。
なにより、飾りのままでは、本番で戦えない」
諸侯のうちの一人がそういった。彼の領内では積極的に武器の輸入や鋳造を行っている。
諸侯の大部分と軍務を担う側近も頷いた。
彼らは戦を避けたいという思いはありつつも、努力の成果を披露したい気持ちが勝ってしまっている。
「攻めても守っても、どちらにせよ危険はあります。
それなら、得るものが確実にある方を選んではどうでしょうか。
サラ・アリク殿の案は、攻めるといっても小規模におさまるよう、意図されたものです」
こちらから仕掛ければ、東域につづき、西域の草原国の信頼を得られる。
うまくいけば、国内の士気もあがる。
だが、それは、うまくいけばの話だ。
緒戦でうまくいったとしても、それは虎の尾を踏むことにならないだろうか。
「軍事行動に関する決定権は、私にあったはず。
もう少し、考えてみたい」
緊急会議を終わらせ、私室に戻った。
王になれば、もう少し物事を自由に決められると思っていた。
しかし、こういった重要時ほど、自由が効かない。
国の行く末、自分の決断、それによって影響を受ける人々。
すべての責任が自分にのしかかる。
攻めれば、自分の命令のせいで人が死ぬ。
守っても、長い目で見たら、より多くの人が傷つくかもしれない。
敵の中には、平時に会えば、友人になれそうな人物もいるだろう。
若い頃から人を率い、まとめ役になってきた。
年齢に比して、随分と老練である。もともと物事から距離をおき、達観している部分もある。
それでも彼女はまだ20代。
簡単に割り切ることなどできはしない。
物語の中では果断な英雄も、現実にはただ一人の若者として、悩んでいた、
事情を知ってか知らずか、様子を見に来た父と母は娘の顔色を見て言った。
「何があっても、私たちは、あなたの味方だから」
王などと自称し、なかなか時間も取れなくなり、自分は果たして二人に恩返しできているのだろうか。
翌朝、最近体が弱って寝たままの時間が多い、義父のお見舞いに行った。
「本当にすまないと思っているんだ。
あなた自身が望んだかどうかわからないまま嫁に来て、息子のことで巻き込んでしまい。
今や王様などと祭り上げられ。
あなたは、賢いだけではなくて、とても優しい子だのに」
年老いた義父には今回の件を話していない。
だけど、空気を察したか偶然か。
そうか。
この人が、ずっと味方だった。
結婚も、王になったことも、自分の幸せがなんなのか、わからない。
でも、この点だけは幸運だった。
今、そう思える。




