神話
知あるものはみな気づいていた。
人々の不安や不満は頂点に達し、
いつ大乱に発展してもおかしくないことを。
にもかかわらず、神はその姿を示さない。
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まずは神々の歴史を復習しよう。
この世の成り立ちを正確に記しておく必要がある。
世界ははじめ、「アル」と呼ばれる、世界で唯一の存在だった。
なんの拍子だったのだろう。
「アル」は突然自我を得た。
アルにはすべてがあった。
だからこそ、その自我は孤独を感じた。
「アル」は自分を分かち、自分以外の存在を作り出そうとした。
最初に現れたのが、生と死を司る「エルゲラ」と「トート・エルゲラ」だ。
エルゲラは主に生を担い、トート・エルゲラは死を司った。
今、人々が「神」と呼ぶ存在である。
二者はいくつかの生物を試作したあと、我々人間を創出した。
人間は今までの生物よりも、より知能や感情が両者に近いモノだった。
それがゆえ、「神々」はそのあり方に思案した。
もとは同質であった。
だが役割が、思想を分けてしまった。
そして対立を深める。
「人は自由であるべきだ」
「まずは秩序だ」
自由は創造を生むと言い、
秩序こそが発展を支えると言う。
互いに譲らなかった。
ところで、読者の多くは、この際に激しい戦いを繰り広げたというおとぎ話を聞いたことはあるだろう。
エルゲラは、この世に唯一であるがゆえ名が不要な『聖剣』を手に。
トート・エルゲラは神しか持てぬゆえ名が不要な『神槍』を手に。
三日三晩、津波を起こし、山を吹き飛ばしながら戦ったという。
そう。
あれは作り話である。
私自身、そんな剣や槍を見たことがない。
山を吹き飛ばすなんて芸当、できないだろうし、しないだろう。
そもそもこのころは、まだ二者は人間界に降り立っていなかったはずだ。
話を戻そう。
ある日、トート・エルゲラはその名を捨てた。
エルゲラの名を含むその名を。
そしてトルダトと名乗った。
決別である。
二者が対立していては、これ以上の発展は望めない。
生と死が滞る。
そのときアルは、均衡を生んだ。
バハリである。
バハリは二者のもとにいき、争いを仲裁した。
それは話し合いではない。
力を用いての強制だった。
お互い、禍根を胸に秘めたままだった。
いや、「お互い」ではない。
むしろ議論を尽くさず強制したバハリこそが不満の対象だったのだろう。
今の私ならば、それもわかる。
やがて人は増えた。
そして「神々」は、地に降りることを選んだ。
神の名は、そのまま国の名となった。
エルゲン帝国。
トルダト神教皇国。
そして――
両者の上に立つ姿勢を崩さぬ、バハリク神聖国。
三国は、三者の関係をおおまかに引き継いだ。
反目もあったが、長い目では発展してきた。
時には争い、時には助け合い。
いつしか、「神々」は人々の前に姿を現さなくなった。
いや、あるいは。
もともと、神の意思などというものは、本当に存在していたのだろうか。
人間同士の対立を望んでいたのだろうか。
少なくとも私は、「神々」から直接そんな話を聞いたことはない。
さて、次からは乱世を呼んだ立国の英雄「ペロセポネ」について語ろう。
私は、ずっと見てきたのだ。
あなたの思う「ペロセポネ」とは異なるかもしれない。
それでも、私は語る。
他者に架空の意思を与えられた者の苦しみを、私は知っているから。




