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婚約破棄されましたが、残業のない生活が手に入ったので最高です

作者: 夢見叶
掲載日:2026/02/12

【修正版・本文】


 王宮の大舞踏会。


 きらびやかなシャンデリアの下、貴族たちが優雅に踊っている。


 私――エリアナ・ロゼッティは、婚約者であるルシアン第二王子の隣に立っていた。


「皆様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 ルシアンが突然、大きな声で言った。


 音楽が止まり、会場の視線が一斉にこちらに集まる。


(え……? 何を……?)


「本日、大切な発表があります」


 ルシアンは私を一瞥すると、冷たい声で言った。


「エリアナ・ロゼッティとの婚約を、破棄させていただきます」


 ――え?


 会場がざわついた。


「理由は単純です。彼女は地味で華がなく、王族の妃として相応しくない」


「三年間、様子を見ましたが、改善の余地が見られませんでした」


 心臓が、凍りついた。


 いや、違う。


 凍りついたのではない。


 ――ああ、やっぱり。


 予想通りだった。


「ルシアン様……」


 隣にいた令嬢――シルヴィアが、涙ぐんだ顔でルシアンに寄り添う。


「彼女こそが、私の真の婚約者です」


 会場がさらにざわめく。


 同情の視線。

 嘲笑の視線。

 好奇の視線。


 全てが、私に向けられている。


(……最悪だ)


(こんな公開処刑みたいな形で破棄するなんて)


 でも。


「……そうですか。承知しました」


 私は静かに、一礼した。


「お幸せに」


 そして、踵を返す。


「え、エリアナ? 何か言い返さないのかい?」


 ルシアンが戸惑った声を上げたが、無視した。


 背筋を伸ばし、堂々と会場を歩く。


 群衆が道を開ける。


 誰も、声をかけてこない。


 ただ、ひそひそと噂話をする声だけが聞こえる。


「可哀想に……」

「でも、確かに地味よね」

「王子様には釣り合わないわ」


(……うるさい)


(どうでもいい)


 外に出た。


 夜風が、頬を撫でる。


(やっと……)


(やっと、解放される……!)


 私は小さく、ガッツポーズをした。


(もう二度と、あの男のために無償で残業しなくていいんだ!)


 そう。私には、前世の記憶がある。


 ブラック企業で働いていたOL。

 毎日深夜まで残業し、休日出勤は当たり前。

 手柄は全て上司のものになり、私の名前は誰も知らない。


 そして――過労死した。


 次に目を覚ましたら、この異世界の伯爵令嬢として転生していた。


 最初は「今度こそ幸せになれるかも」と思った。


 でも、ルシアンと婚約してから、全てが前世と同じだと気づいた。


 この三年間。

 私はルシアンの婚約者として、彼の公務を全て手伝ってきた。


 書類作成、外交文書の読み込み、交渉の下準備、社交界での根回し。

 全て、私の仕事だった。


 成果? もちろん、全てルシアンの手柄になった。


 感謝? 一度もされたことがない。


 報酬? ゼロだ。


(前世と、まるで同じ)


(搾取される側)

(評価されない側)

(消耗品として扱われる側)


(でも、もういい)


(婚約破棄? 最高じゃないか)


(あんな公開処刑みたいな形は最悪だったけど……)


(それでも、これでようやく自由になれる)


「ロゼッティ令嬢」


 突然、声をかけられた。


 振り返ると、一人の男性が立っている。


 セバスティアン・アッシュフォード。

 宰相を務める冷血公爵だ。


「アッシュフォード公爵様……?」


「先ほどの件、見ていました」


(……最悪)


(あの屈辱的な場面を、この人にも見られていたのか)


「その、お恥ずかしいところを……」


「いいえ。恥ずべきは、あなたではない」


 セバスティアンは真剣な表情で言った。


「ルシアン殿下の方です」


「……え?」


「三年間、あなたがどれだけ彼のために働いてきたか。私は知っています」


 彼は一歩近づいた。


「書類の筆跡で、わかります」


「ルシアン殿下の名で提出された文書の大半は、あなたが書いたものだ」


「っ!」


「あなたは、無償で国政に貢献してきた」


「それを『地味で華がない』などと言って切り捨てる。彼は本当に愚かだ」


(この人……)


(私の仕事を、見ていてくれたの……?)


「ロゼッティ令嬢。いや、エリアナ」


 セバスティアンは私の目をまっすぐ見つめた。


「私の下で、働いてもらえないだろうか」


「……は?」


「あなたの能力が必要だ」


 彼は一枚の羊皮紙を取り出した。


「これが雇用契約書だ。条件を読んでほしい」


 私は震える手で受け取った。


『勤務時間: 週5日、1日6時間』

『休日: 完全保証。緊急時以外の呼び出しなし』

『報酬: 月額500ゴールド(通常の文官の10倍)』

『業務内容: 国政書類の作成・整理・助言』


(……え?)


(これって……)


(ホワイト企業の求人じゃないか!?)


「本当に……これでいいんですか?」


 思わず聞き返すと、セバスティアンは頷いた。


「あなたの能力には、それだけの価値がある」


「無償で使い潰す気はない。正当に評価し、正当に報酬を支払う」


(前世では、夢のような条件……)


(いや、前世どころか、この世界でも破格すぎる)


「どうだろう。受けてもらえるか?」


「……お受けします!」


 私は即答した。


(さっきまで、大勢の前で恥をかかされて)


(でも、今、ここで救われた)


(この人は、私の価値を見てくれている)


 セバスティアンは優しく微笑んだ。


「ありがとう。明日から、公爵邸に来てほしい」


「はい!」


(あの公開処刺は、確かに屈辱的だった)


(でも、それがなければ、この人と出会えなかった)


(もしかしたら、これは……)


(最高の転機なのかもしれない)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。


 公爵邸での勤務が始まった。


 初日から、私は衝撃を受けた。


「今日はこれで終わりだ。もう帰っていい」


 時計を見ると、18時。


(ほ、本当に定時で帰れる……!)


 前世では、18時はまだ仕事の序盤だった。

 ルシアンの下でも、深夜まで働くのが当たり前だった。


 それが、18時に「もう帰っていい」?


(天国か?)


「どうかしたか?」


「い、いえ! ありがとうございます!」


 セバスティアンは不思議そうな顔をしている。


「当たり前のことだ。決まった時間を守るのは、雇用者の義務だ」


(この人……本物のホワイト上司だ……!)


 仕事内容も素晴らしかった。


 私が作成した書類を、セバスティアンは必ず最後まで読んでくれる。

 良い点は具体的に褒め、改善点は建設的に指摘してくれる。


「この交渉案、素晴らしい。隣国も納得せざるを得ないだろう」


「あなたの分析は的確だ。これなら王も安心する」


(評価されてる……)


(ちゃんと、私の仕事を見てくれている……!)


 涙が出そうになった。


 前世でも、ルシアンの下でも、こんな風に評価されたことは一度もなかった。


「エリアナ」


「は、はい!」


 セバスティアンは名前で呼んでくれる。


 ルシアンは三年間、一度も名前で呼んでくれなかった。

 いつも「君」か「ロゼッティ令嬢」だった。


「無理はしないでくれ。体調が悪いなら、いつでも休んでいい」


「……ありがとうございます」


(この人、本当に優しい……)


 冷血公爵と呼ばれているが、それは仕事に厳しいだけで、人には優しいのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一ヶ月が経った。


 私は毎日、定時に帰り、休日はしっかり休み、正当な報酬を受け取っていた。


(幸せすぎる……)


(あの舞踏会での屈辱が、嘘みたい)


 ある日、セバスティアンが珍しく笑顔を見せた。


「あなたのおかげで、仕事が本当に楽になった」


「そ、そんな……私はただ……」


「いや、本当だ」


 彼は書類の束を指差した。


「これまで一人で処理していた書類を、あなたが半分以上やってくれている」


「しかも、クオリティが私以上だ」


「……過大評価です」


「違う。これは正当な評価だ」


 セバスティアンは真剣な顔で言った。


「あなたを手放したルシアン殿下は、本当に愚かだ」


「あれほどの有能な人材を、公衆の面前で侮辱して捨てるとは」


(……この人は、わかってくれている)


(私の価値を、ちゃんと理解してくれている)


 胸が温かくなった。


 そして、気づいた。


(私、この人のこと……)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから二ヶ月後。


 王宮から、招待状が届いた。


 またしても、大舞踏会だ。


「行きたくない……」


 前回の屈辱が蘇る。


「エリアナ」


 セバスティアンが優しく声をかけた。


「一緒に行こう。私がついている」


「でも……」


「大丈夫だ。誰もあなたを傷つけさせない」


 彼の言葉に、勇気をもらった。


「……はい」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 舞踏会当日。


 会場に入ると、またしても視線が集まった。


 前回とは違う、好奇の視線。


「あれが、ロゼッティ令嬢……」

「公爵様の隣にいるわ」

「噂では、公爵様の秘書として大活躍してるらしいわよ」


(噂が……広まってる?)


「エリアナ」


 セバスティアンが私の手を取った。


「踊ろう」


「え……!」


 彼は私を舞踏の輪に誘った。


 音楽が流れる。


 セバスティアンのリードで、私たちは優雅に踊る。


(こんなの……)


(ルシアンとは、一度もなかった)


 三年間の婚約期間中、ルシアンは一度も私を舞踏に誘わなかった。


 いつも、他の令嬢たちと踊っていた。


「エリアナ」


「はい?」


「あなたは美しい」


「……え?」


「地味? 華がない?」


 セバスティアンは優しく微笑んだ。


「馬鹿げている。あなたは誰よりも輝いている」


(この人……)


 涙が出そうになった。


 その時。


「エリアナ!」


 ルシアンが近づいてきた。


「久しぶりだね」


「……ルシアン様」


「その、あの時は言い過ぎた」


(今更……?)


「君が公爵の下で働いていると聞いた」


「戻ってきてくれないか? 僕を、もう一度助けてほしい」


 私は静かに首を横に振った。


「お断りします」


「な、なぜだ!」


「私には今、正当に評価してくださる方がいますので」


「正当に? あの冷血公爵が?」


「はい」


 私は胸を張った。


「セバスティアン様は、私の仕事を正当に評価し、正当に報酬を支払ってくださいます」


「公衆の面前で侮辱するようなことも、なさいません」


「それに――」


 私はセバスティアンを見上げた。


「私を『美しい』と言ってくださる方です」


「エリアナ……」


 ルシアンの顔が歪んだ。


 その時、シルヴィアが割り込んできた。


「ルシアン様! こんな地味な女より、私の方が相応しいわ!」


「シルヴィア……」


「そうよ! ルシアン様の手柄は全て、ルシアン様ご自身の力でしょう!」


 その瞬間、会場がざわついた。


 王が立ち上がった。


「ルシアン。その件について、話がある」


「と、父上……?」


「アッシュフォード公爵から、興味深い報告を受けた」


 セバスティアンが一歩前に出た。


「陛下。これをご覧ください」


 彼は何枚かの書類を広げた。


「これらはルシアン殿下の名で提出された外交文書です」


「しかし、よく見てください。全ての書類に、小さく『ER』というイニシャルが記されています」


(あ……)


(私が何気なく書いていたイニシャル……!)


「エリアナ・ロゼッティ。彼女のイニシャルです」


「つまり、この三年間の成果は、全てロゼッティ令嬢の功績だったのです」


 会場が静まり返った。


 王は厳しい表情でルシアンを見た。


「ルシアン。これは本当か?」


「そ、それは……」


「答えろ」


「……事実です」


 どよめきが広がった。


 王は深くため息をついた。


「失望した。お前は彼女に無償で働かせ、手柄を奪い、そして公衆の面前で侮辱した」


「王族として、いや、人として最低の行為だ」


「も、申し訳ございません……!」


 ルシアンは膝をついた。


 シルヴィアも青ざめている。


(ああ、これが……)


(本当のざまぁ、というやつか)


 不思議と、爽快感があった。


 復讐ではない。

 ただ、真実が明らかになっただけ。


 そして――あの屈辱的な婚約破棄が、今、倍返しになっている。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 舞踏会の後、セバスティアンと二人で公爵邸の庭園を歩いていた。


「さっきは、ありがとうございました」


「礼には及ばない。当然のことをしただけだ」


「でも……」


「エリアナ」


 セバスティアンが立ち止まった。


「私は、あの舞踏会であなたを見た時から、あなたに惹かれていた」


「え……」


「あの時、あなたは大勢の前で侮辱された」


「でも、泣きもせず、怒りもせず、ただ静かに去った」


「その品格に、私は心を奪われた」


(あの、最悪の瞬間を……?)


「そして、あなたの能力を知った」


「あなたの聡明さ、努力家なところ、そして自分を大切にするところ」


「全てが、素晴らしいと思った」


(この人……)


「あなたを妻として迎えたい」


「っ!」


「私と結婚してくれないか?」


 頭が真っ白になった。


「わ、私なんかで……本当にいいんですか……?」


「あなた以外にいない」


 セバスティアンは私の手を取った。


「あなたは私の全てだ」


「仕事のパートナーとして、人生のパートナーとして」


「誰にも渡したくない」


(この人……)


(本当に、私を……)


「無理はさせない。あなたの時間を大切にする」


「定時退社も、休日も、全て守る」


「約束だ」


 涙が溢れた。


「はい……!」


「喜んで、お受けします……!」


 セバスティアンは優しく微笑んだ。


 そして、私を抱きしめた。


「ありがとう。あなたがいてくれて、本当に良かった」


(あの屈辱的な婚約破棄がなければ)


(この幸せはなかった)


(だから――)


(婚約破棄されて、本当に良かった)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから半年後。


 私とセバスティアンは結婚した。


 式には、ルシアンもシルヴィアも招待しなかった。

 王は祝福してくれ、多くの貴族が祝辞を述べた。


 新居での生活は、想像以上に幸せだった。


「今日はここまでだ。夕食にしよう」


「はい!」


 18時になると、セバスティアンは必ず仕事を切り上げる。


 私たちは一緒にダイニングで夕食を取る。


「今日はどうだった?」


「順調でした。新しい交易協定の草案ができましたよ」


「さすがだ。あなたは本当に優秀だ」


「セバスティアン様のおかげです」


「いや、あなたの実力だ」


 彼は私の手を握った。


「でも、働きすぎないでくれ。あなたの健康が一番大切だ」


「……はい」


(この人は、いつも私を気遣ってくれる)


(前世でも、ルシアンの下でも、こんな風に扱われたことはなかった)


 週末。


 私たちは完全に仕事を休む。


「今日は何をする?」


「のんびり読書でもしようかと」


「それもいいな。一緒に庭で読もう」


 庭のベンチに座り、本を読む。


 時々、セバスティアンが私の髪を撫でる。


「あなたといると、心が安らぐ」


「私もです」


「ずっと、こうしていたい」


「……はい」


(ああ、幸せだ)


(本当に、幸せだ)


 あの舞踏会での婚約破棄を思い出す。


 大勢の前で侮辱され、恥をかかされた。


 でも、あれがあったから、今がある。


(婚約破棄されて、本当に良かった)


(あのおかげで、この人に出会えた)


(定時退社できる生活、正当に評価される日々、そして愛してくれる人)


(全部、手に入れることができた)


 ある日、セバスティアンが言った。


「エリアナ、あなたに感謝している」


「え? 何をですか?」


「あなたが教えてくれたんだ」


「定時退社することの大切さ、休むことの意味を」


「私も昔は、仕事ばかりしていた」


「でも、あなたと出会って変わった」


(この人も……)


(私と同じだったんだ)


「これからも、一緒に歩んでいこう」


「はい!」


 私たちは手を繋いだ。


 夕日が、二人を優しく照らしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 後日談。


 ルシアンはその後、能力不足を理由に王位継承権を剥奪された。


 シルヴィアは婚約を破棄され、実家に戻った。


 二人がどうなったかは知らない。


 もう、関係ないから。


 私には、大切な夫がいる。


 定時退社できる仕事がある。


 休日には、のんびり過ごせる時間がある。


 そして――愛がある。


(前世で夢見ていた生活)


(それが、今ここにある)


 書斎で書類を整理していると、セバスティアンが後ろから抱きしめてきた。


「まだ働いているのか?」


「あと少しで終わりますよ」


「なら、終わったら一緒に散歩しよう」


「はい!」


 彼は私の頬にキスをした。


「愛してる」


「私も、愛しています」


 窓の外では、鳥が歌っている。


 穏やかな風が、カーテンを揺らしている。


(残業のない人生は、最高だった)


(そして、愛される人生は、もっと最高だった)


(あの屈辱的な婚約破棄も、今では良い思い出だ)


(だって、あれがなければ、この幸せはなかったのだから)


 私は微笑んだ。


 この幸せが、ずっと続きますように。

読んでいただき、ありがとうございます。


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