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第5話 異世界ダイエット


 快斗の件で数日経って、やっと平穏な暮らしが始まると思ってたんだ。


 あの時、イヴさんにあんなこと言われるまでは―――


(痩せましょう。マスター)


(何でえぇぇ!?)


(マスターの将来のためです)


 この僕が痩せる? 

 冗談だよね。なんて、最初は思ったものさ。最初はね。



「ご馳走さまでした。すごく美味しかったよ。母さ……それじゃあ、異世界行ってダイエットしてくるね」


「ありがとう。蓮……異世界って何?……それとなんで、あの子最近痩せてきたのかしら?」


 昼ごはんを食べ終わった。

 

 いつもなら都心で開かれている、無料の大食いイベントに参加して賞金を獲得しに行くんだけど。

 

 今は、行けないなんたって僕はダイエット中だからね。


「あっ! 兄さん。ご飯食べ終わったの? 見て見て、お母さんにスマホを買ってもらったんだ。連絡先交換しよう。連絡先~!」


「真白……元気そうだね」


「えへへ! そうかな? そうだったら嬉しいかな」

 

 真白の笑顔がすごくまぶしい。


 快斗が引き起こした誘拐事件から、1週間がすぎた。


 僕が苛められる事がなくなって、真白に対しての脅迫きょうはくじみた誘いもなくなり、真白は精神的に落ち着いたのか。


 日に日にやつれていく僕と違って元気になっていく。


「兄さんは逆に元気ないよね?……やつれた……ううん、痩せた? 何か運動でも始めたの?」


「うん。始めた始めた……毎日、死ぬ気で逃げ回ってるよ。頑張ってる」


「そ、そうなんだね……それよりも兄さん。連絡先教えてほしいんだけど……良いかな?」


 両手で持ったスマホで口許を隠して、恥ずかしそうな仕草で聞いてくる真白。可愛いな……うん、《《スマホの充電》》ができれば直ぐにでもしてあげたいね。


「ごめん。真白、今の僕にはスマホを触る資格も無いんだ」


「………どういう事? 兄さん」


 真白が首を傾げて、頭に疑問符を浮かべているよ。

 当然だね、こんな変なことを言っているんだからさあ。


「太ってると駄目なんだってさ、太ってるとあぶらが新品のスマホに付くから触るなって怒られるんだ」


「えっと誰にかな?」


「脳内の案内役にだよ。それは僕が肥えてるせいかな? 声だけに……それじゃあね。真白、お兄ちゃん。異世界でダイエットしてくるよ」


「あっ! 待って、兄さん。連絡先………異世界って何のこと?……兄さん、部屋入るからね。あれ?……兄さんが居ない?」



◇◇◇


 スキル【世界渡り】でステラへ、地獄の始まりだね――――




 異世界にやって来たよ。

 心を切り替えなくちゃ、痩せなくちゃ。お仕置きされないために痩せなくちゃ。


〖始めましょう。マスター、ダイエットを……〗


 脳から聴こえるイヴさんの声。


 僕は、脳内に聴こえてくるイヴさんの忠実なる豚。僕みたいな豚は、痩せないと大食い選手権大会にも出れないんだってさ……


〖それとマスター、軽い気持ちで、異世界異世界と喋らないで下さい。こちらの世界、現代異能社会にステラ世界の情報が漏れる危険があります。以後、その約束を守れない場合は、よりキツイダイエットメニューを始動しますよ。それと、今後は大食い選手権にも出ること禁止します〗


 な、なんて恐ろしいことを言うサポート役なんだい。この案内役さんは、デブの天敵かなんかかい? 


「い、嫌だ! 僕にとって、食べることは生き甲斐なんだ。大食い大会なんて都内じゃ毎日のようにやってるし、完食すればめられるし、賞金も出るんだよ。母さんや真白だって喜んでくれる。家計の助けになるんだよ?」


 そう、大食い選手権なら年齢は関係ないんだ。


 僕は小さい頃から、都内のレストランで開かれる大食いイベントの新記録打ち出し続ける、現役のフードファイター白銀蓮、沢山食べることが大好きな賞金稼ぎなんだ。


〖天草快斗によって、不当に差し押さえられていた金銭、財産の権利は白銀家に戻り。暮らしは以前よりも改善されました。よって、マスターが大食い大会に出場し、賞金を得る必要も無くなりましたので、痩せて下さい〗


「本当に、なんて恐ろしい事を言う案内役なんだ。大食いは僕の趣味も兼ねているんだ。だから邪魔を……」


〖マスターがやかましいので、強制ダイエットカリキュラムを開始します。まずは、白銀の館の外に出て、庭園へと向かって下さい〗


 理不尽……圧倒的な理不尽、僕の話が一切聞いてもらえないんだけど。


「僕の話を聞いていたのかい? 僕は食べることが大好きなフードファイター白銀……」


〖本日のダイエットカリキュラムをクリアできなければ、スキル【世界渡り】を発動できなくしました。よって、マスターはステラ世界で痩せることができなければ、地球へは帰還できません〗


「そ、そんなぁぁ!! そんなの理不尽じゃないかあぁ!! 今日は夕方から、カレーの大食い選手権に出るつもりだったのにさぁ!」


〖痩せて下さい。それしかマスターが地球に帰る手段はありません〗


 …………こうして、僕は痩せるまで、地球に帰れなくなったんだ。


 絶望に打ちひしがれた身体に鞭打って、外へと出たよ。


 しかし、この家。白銀の館とか言っても、家の大きさは地球のうちと大差ないんだよな……庭園はすごく広いんだけどさ。


「外に出たよ。イヴさん……それで、目の前にとんでもないのが居るんだけど!」


【ルオオォォ!!】

『ブラックウルフ』

レベル50

魔力 100

攻撃力150

防御力70

俊敏しゅんびん性200

運命力30


 庭園のかこいの向こう側に、ツキノワグマくらいに大きいモンスター……黒い狼が僕を見つめていた。


 何あれ? なんか、いつも出くわすモンスターより、大きいし可愛くないんだけど。


〖安心して下さい。マスター、白銀の館周辺には破壊竜騎士アルデバランでも、破壊不可能な結界が敷かれています。それに、外側からはこちらの内部は見えません〗


「いや、そうじゃなくてさ……なんか、普段会うモンスターよりも強力に見えるんだけど?」


〖白銀の館は、常時転移する龍脈土地です。今回は、たまたま私の機嫌が悪かったので普段よりも危険なエリアに転移させて頂きました。ありがとうございます〗


「何が、ありがとうございますだよ! 私欲!私欲まみれの転移じゃないか。イヴさん!」


〖……それでは、私の機嫌を損ねないで下さい。そうしなければ、次はもっと危険なエリアに転移する恐れがありますので、お気をつけを。それと早くあのモンスターを倒して、運動を始めましょう。モンスターとの戦闘は、命をかけたやりとり、汗もかなりかけます〗


 私欲しよくにまみれた答えを言ってきたよ。


 ……僕の案内役怖すぎるんだけど。


 ていうか、あのモンスター、これまで出会ったモンスターよりも、明らかに格上なんだけど。あれを倒せと?


「あの、僕、まだ拳術スキルくらいしか身に付けてないんだけど。素手であれと殺り合うの?」


〖……ハァ~、仕方ありません。私がマスターをサポートします。なので痩せましょう。そうすれば、マスターはカッコ良くなれますので〗


 ため息?……それに、今すごく残念がられたのは何で?


「……よろしくお願いします」


〖はい。喜んで……まずは〈投擲とうてき〉スキルを発動して下さい〗


「う、うん。分かった……」


 僕は、イヴさんに言われるがままに〈投擲レベル10〉発動を発動した……ていうかイヴさんって、絶対ただの世界の案内役じゃないよね? 


 感情的に動いてるし、僕にダイエットを強制してくるしさ!


〖次に、ベビースライムの溶解玉を、ブラックウルフの顔面へと勢いよく投げつけて下さい。そうすれば溶けて絶命します〗


「分かった! 全力で投げつければ良いんだね。そうすれば、溶けて絶命!?」


 僕は庭園のそこら中に山積みになっているベビースライムの溶解玉を拾って、黒い狼に投げつけた。


【ルオォ?……ウオォォォ?!】


 黒い狼から、パシャという音が聴こえてきた。どうやら上手くベビースライムの溶解玉が当たったみたいだけど……なんか、苦しそう?


【ルオオオ!!】


「……黒い狼の顔面が溶け始めている?」


〖ベビースライムの特性のせいです。ベビースライムの体液は、人族や亜人にとっては有益な物になりますが。狼系のモンスターにとっては猛毒、核に貯蔵されていた"溶解玉"を皮膚に浴びれば、身体も溶けます〗


「いや、そんなさらっと説明されてもさ……目の前の光景が、グロテスクなんだけど」


〖はい。なので、早く楽にしてあげて下さい。可哀想ですので〗


「可哀想って……そうなる様にしたのは、イヴさんじゃない……かぁっ!」


 黒い狼に向かって小石を勢いよく投げつける。

 可哀想ではなく、殺意を向けられているから投げる。


 僕がスキルを発動してから、黒い狼は僕の気配に気がついていた。僕は殺意に敏感だからすぐに分かったよ。


 あの黒い狼は、僕を獲物じゃなく敵として認識したことが。それに気づいた瞬、僕は恐怖に駈られた。


 怖い! だから早く仕留める。仕留めて安らぎを得たいから倒す。


 快斗と戦った時みたいに、理不尽な殺意を向けてくる相手を倒して僕は……どうなりたいんだっけ? ただ単純に強くなりたい?


 ……いや、違う。真白を守れる強さが欲しいんだった。


【ルオォ……ルオオォォ!!】


 黒い狼の顔面はとっくに溶けてなくなって、いた。

 いたけど……黒い狼が死ぬ寸前、何かのスキルを発動したのか。大きな咆哮が森の中に響き渡った。


「……ハァ……ハァ……倒せた?」


〖おめでとうございます。マスター、ジャイアントキリング……異能『技巧』の能力補正が発動し、レベルが大幅に上昇しました。新たにまた、スキル【英雄の宝箱】【鑑定】を取得しました。また、拳術スキルは全て〈神の拳〉スキルに統合され、成長していきます。個別にスキルを発動する場合は、スキル名を発動すれば使用可能です〗


 イヴさんの嬉しいそうな声とともに、ステータス画面が……


「表示されてる? しかも、前よりも細かいし」



『白銀蓮』

職業 中学生

レベル30

体力 500

魔力 150

攻撃力300

防御力180

俊敏しゅんびん性100

叡知えいち700

生命力???

運命力500

魔法【回復(小)】【異常回復(小)】

異能『技巧』

スキル【世界渡り】【英雄の宝箱】【鑑定】〈かみこぶしレベル2〉

称号 無し


ドロップ品『ブラックウルフ』

◎ブラックウルフの骨

◎ブラックウルフの溶解肉


「なんか、液晶画面みたいなのに、ステータスが表示されてるし、まえに教えてもらったステータスよりも細かいのは、何かの演出なの? イヴさん」


〖レベルアップにより、得た【鑑定】スキルのお陰です。このスキルにより、隠しステータスの可視化が可能になりました。他にも隠しステータスは存在しますが、マスターのレベルや、スキルの熟練度によって、開示されていきます〗


 すごく親切に説明してくれる。黒い狼を倒したから機嫌が良くなったのかな? 


〖また、庭園に放置されていたベビースライムのドロップアイテムは、新スキル【英雄の宝箱】に、ブラックウルフのドロップアイテムとともに、全て収納されます。お疲れさまでした。マスター〗


「そ、そうなんだ……良く分からないけど。分かったよ……それよりもレベルアップしたんだよね? かなり汗もかけたしさ。そろそろ、僕を地球に帰らせてくれないかな? 昼から、大食いイベントをハシゴしたいんだけど……あれ? あれ? なんで、森の中に移動してるの?」


 白銀の館がすぐ近くに見える。どうやら、僕は結界が張られている、白銀の館の外に出てしまったみたいだ。


〖マスターの気のゆるみを感知しましたので、強制ダイエットを開始いたします〗


「強制ダイエットって、もう終わったんでしょう? ブラックウルフも倒してめでたしめでた……」


〖ブラックウルフの最後の叫びにより、数百単位の群れが迫って来ています。ですので、逃げ回りながら倒して下さい〗


「……はい?」


 僕の案内役。今、さらっととんでもない事を言ったよね?


〖はい。ですから急激にレベルアップした今のマスターなら、ブラックウルフ数匹とも対峙できます。頑張って、ブラックウルフを殲滅せんめつして下さい〗


「そ、そんな、理不尽な! 倒してレベルアップなら、白銀の館の中で安全にレベル上げすれば良かったじゃないか。逃げ回りながら……レベルアップ?」


〖それでは、スキルの熟練度や新スキルが発現しません。いいから逃げ回りながら強くなって下さい。それではダイエットスタートです〗  


「そ、そんなの理不尽極まりな……」


【【【ルオオォォ!!!】】】


「ひいぃ!? 森中から殺意が僕に向けられている?」


〖沢山来ましたね。あぁ、それとマスターに一つ訂正があります。ブラックウルフの群れは数百単位ではなく、数千単位でした。ご報告間違い申し訳ありません〗


「そ、それ、絶対わざとでしょう? そんないい加減な……」


〖あっ! 来ますよマスター、逃げ回って下さい〗


「くっ! 分かったよ! 走り回って脂肪を燃焼させて、痩せれば良いんだろう! うわあぁ!! 来たあぁ!!」


 こ、この案内役は……全部、計算尽くして、僕に試練を課してるよ。絶対。


【【【ルオオォォ!!!】】】


「もう数十匹に囲まれてる? 速すぎるって!」


〖……マスターが太り過ぎなだけですね〗


 僕への毒舌が過ぎるよイヴさん。あー、この案内役の本性魔性のドSじゃないか。


 今さらになってようやく気がついたよ。僕。


 そして始まったよ。イヴさんによる、僕の異世界ダイエット生活がさ、とほほ。



◇◇◇

《シロガネの森 初級エリア》


 白銀蓮が、シロガネの森を走り回る中、数キロ離れた場所では、リゲル王国の騎士団が慌てていた。


「姫様は見つかったか? リール」


「……いえ、アグニル騎士団長」


「まったく、王都での式典が嫌で城を抜け出すなど。お転婆にも程があるな。ましてや、今のシロガネの森とは」


「王都からの応援も呼びますか? 今のシロガネの森は危険ですので」


「……そうしよう。姫様の捜索範囲も広げよう。姫様に何かあっては一大事だからな」


「了解です。アグニル騎士団長!」




 そして、ここはシロガネの森の奥地……白銀の館がある場所である。


「……迷ってしまいましたわ。ここはいったいどこなのでしょうか?」


 金髪碧眼の少女、この少女こそがリゲル王国第一王女。ソフィーリア・リゲル・ミリアムスであった。


【【【ルオオォォ!!!】】】


 そして、彼女を狙うブラックウルフの群れが、静かに近づいていた。


 


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