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2.華麗なる俺たちの華麗なるパーティー

 王妃主催のパーティーは家の近所で開催されるのだが、そういう決まりなので三頭立ての馬車で向かうことになっていた。

 馬車を手配してあるステーションまで歩いていき、そこから彫り物だとか塗装だとかが美しい一等級の馬車に乗って行かなければならないのだ。


 面倒で仕方がないが、というのも会場の付近には野次馬やメディアのパパラッチや記者が待ち構えていて、今年招待された客--すなわち、国王からこの王国の最重要人物と認められた人間--を一目見ようと詰め寄せていたのだ。

 鎧の騎士たちが、レッドカーペットの周りに包囲網を作り、人々の侵食を抑えている。こんなことのために休日に駆り出されてかわいそうに。


 馬車を降り、御者にチップを数枚渡してレッドカーペットの上に足をかけると、野次馬<モブ>たちは感嘆のため息を漏らす。


「やはり勇者様だ」

「漆黒の髪に琥珀色の瞳--なんと美しい」

「神々しい御姿だ!」


 独り言で満足してくれる一般の人たち<モブ>もいれば、取り縋って返答を求めてくる者たちもいる。


「勇者様は女神の祝福を失っていないとの噂があります。真偽のほどは?」

「女神様はなぜご沈黙なされたのでしょうか!?」

「勇者様、どうかアーケア州の洪水をお鎮めください」


 彼らは大体パパラッチか記者。ちょっとだけ庶民も混じっている。

 もちろん、答える義理は無い。というか、勝手に答えたら後で偉い人に怒られるので、俺は軽く片手だけ挙げてたった一言だけ挨拶。


「ちゃおっす」


 すると、俺の一挙手一投足を注視していた人々からは歓声が上がる。パパラッチはここぞとばかりにフラッシュを焚き、記者たちはペンを走らせる。

 男たちは尊敬の視線を送り、女たちは情熱の悲鳴を上げる。生後まもない子供までもが、親の名前を呼ぶよりも先に「ゆうしゃさま、ちゃおっす」と叫ぶ。

 言葉一つ、片手一つが、彼らにとっては深い感動を引き起こすくらい重要な意味を持つらしい。


 --これが魔王を倒した英雄たる俺の、いつもの日常だ。




 パーティーは王妃の挨拶で始まった。


 表面上は何てことない自己紹介とか近況報告とかの裏で、商人は商機を探り、政治家は人脈を求め、学者は自身の学説を啓蒙しようとしている。

 つまりは、腹の探り合いだ。それなりの立場にある人たちはこんなにうまい飯を目の前にしても、おちおち楽しんでいられないらしい。なんて逆説的で、もったいないことだろうか。


 俺も結構忙しかった。なにせ、世界を救った英雄である。普段会う機会のないいろんな人が、これを契機にお近づきになろうと入れ替わり立ち替わりで現れた。

 会場の至る所で腹の読み合いや密かな政治劇が繰り広げられている中、俺の周囲だけはのほほんとしていた。話題は趣味や生活のこと等、表面的で当たり障りのないことばかり。

 絶大な力を持つ勇者の俺の立場は微妙である。法律や条約が何重にも制限をかけていて、俺の立場が偏らないよう、政治的な話題や思想的な話題は徹底して避けられているのだった。




 話し疲れて一時的に大広間を出た。

 人と話すのは嫌いじゃないが、パーティーの参加者は庶民が軽く口を聞けば即座に首がちょちょぎれるような立場の人ばかり。俺の方が立場が強いとはいえ肩が凝るものだ。王妃のコレクションが飾られている画廊が休憩室として開放されていて、どれもオークションにかけたら一億は下らないだろうというほどの画がずらりと飾られている。画廊の中央に一定間隔で並べられた絹張りのソファには、見渡す限り一人だけ、人が座っていた。

 そこで、一人の女性が俺をこまねいていた。

 女性にしては短く、加齢によりすっかり白くなった頭髪。莫大な財力を見せびらかすことのない、質素でシンプルなドレス。


「トツカさん。おいでなさいな。わたくし、あなたと話す機会を伺ってましたのよ」


 俺を本名で気安く呼べる人間は多くない。

 彼女はタナカケイコ。俺と同じ日本からの召喚者。

 異世界の知識をもとに一代で大財閥を築き上げ、異世界人たちをまとめ上げてこの世界に先進的な技術をもたらした。資本経済の母とも、近代化の立役者とも呼ばれる、まさに生ける偉人である。

 御年は八十を超えているはずだ。もうとっくに御隠居だと思っていたけど、来てたのか。


「失礼します」


 一言断って彼女の隣に座る。

 ふと目を上げると、そこには一幅の画があった。

 三頭身の萌えキャラにしか見えない背中から羽の生えた女性が、下乳をポロリと出したやたらエロい格好で弓を引いている。

 それは芸術でよくある裸体の美とかではなく、地球のSNSでバズっていそうな、ギリギリ健全な範囲のエロスを描いた画だ。


 --女神のご神像だった。


「宗教画ですか」

「いつも思うのですけれど、この世界の人たちは自分の信仰する女神をどうして萌えキャラにするのでしょうね」

「俺もずっと疑問に思っていますね。最近はパチンコ化もしたそうですよ」

「まったく、理不尽だわ。こんな乳を出した存在にわたくしたちはずっと振り回され続けているのね」


 タナカさんはため息をつき、頭を抱えた。縮こまったその姿に、萌えキャラ女神はHカップの奥から慈愛の目を投げかける。女神のスリーサイズは聖典にバッチリ記載されているので、その記述に正確に描かれた巨大な乳は画家の信仰心の現れでもある。

 細部を見れば世俗的で下世話な画にしか見えないのに、こうやって距離を取って見ると神秘的に思えてくるから不思議だ。俺には芸術はわからないが、王妃のコレクションにあるくらいだし、すごい画なのだろうと思う。

 タナカさんは俺が来る少し前から、ここで画を鑑賞していたようだ。日本で生まれ育った彼女は、大多数の日本人と同じように、信仰心を持たない。俺も同じだ。しかし、この世界で暮らしていると、否が応でも人の力の及ばない超自然的な意志の存在を認めざるを得ない。

 タナカさんの不満げな言葉は、そういった葛藤を下地に溢れでたもののようにも思えた。


「老体に鞭打って今日この宴に来たのはね、この画を見るため。そして、トツカさん。あなたにお願いがあって来たの」

「ええ、お受けしますよ」

 内容も聞かずに引き受けることを約束すると、良い子ね、とタナカさんは面白そうに微笑んだ。

 世界を救った勇者として、百のスキルを持つ万能の英雄として、人の願いは聞き慣れている。引き受けることは稀だが、タナカさんには色々とお世話になっているので、できる限り力になりたかった。


 しかし、タナカさんが口にした内容は、予想の遥か斜め上からのものだった。

「よく考えて引き受けてちょうだいね。あなた--家庭を持つ気はない?」

「か、家庭?!」


 思わずそのまま聞き返す。

 てっきり山を平らにするとか、湖を移動するとか、そういう類の頼みだと思ってたよ。

 タナカさんが頷く。


「わたくし、小さい子どもがおりますの。まだ外に出してない、秘蔵っ子ですわ」

「げ、元気ですね......」

「実の子ではありませんわ。あなたやわたくしと同じように、身寄りも伝手もないこの世界に突然迷い込んだ女の子よ。優しくて頑張り屋の、普通の女の子なの」

 ああ。なるほど。

 タナカさんは無数の事業を手がけているが、その一つに召喚孤児の保護がある。

 魔王討伐のために手当たり次第に異世界人を召喚した結果、まだ小さな子どもまでこの世界に迷い込んでしまった。

 タナカさんは異世界人の互助組織を立ち上げると、そのような子どもたちをかき集め、この世界で身を立てた異世界人たちで世話を見るようにした。タナカさん自身の家にも、当然、引き取られた子どもがいたというわけか。


 でも、なぜ今になって?

 勇者として地位を確立した俺にその話が回ってくるにしても、魔王が死んで異世界人の召喚が止まった今、すでに家のある子どもをわざわざ転籍する必要があるのか?


「でもね、わたくしにはもうすぐお迎えが来ます。わかるの。先日、夢の中で女神様が突然現れて、お前の命はもうすぐだ、身辺の整理をしておけってお告げをしたのよ」

「お告げって、女神は沈黙したはずじゃ......」

「そうね。あなたが魔王を倒した日から、この世界に降り注いでいた女神の奇跡はぴたりと止み、わたくしたち異世界人はあなたを除いてスキルを使えなくなった。でも、彼女は現れたの。なぜ国王や英雄ではなくてわたくしなのか、なぜわざわざ親切に命の終わりを知らせてくれるのか、所詮人の身のわたくしには計り知れない」

 タナカさんはじっと目の前の画を見据えていた。

 数刻、物言わぬHカップの萌え女神と見つめあって、彼女は頭を振る。


「わたくしが死んだら、程なく子孫たちの後継争いが始まるでしょう。そのとき、あの子はあまりに後ろ盾が少なく、危険だわ。だから、成人までトツカさんに保護してもらいたいの。あなたのもとなら、強欲なわたくしの子孫たちも手出しはできないでしょうから」

 タナカさんは悲しげに顔をひきつらせる。彼女は偉大な人だが、その子孫までそうだとは限らない。

 莫大すぎる富は時に人を狂わせる。タナカ一族の中には、金に心を奪われた冷徹な人間も多いことを知っていた。

「わかりました。そういうことなら、引き受けましょう。きっと何の不自由もさせませんよ」

 事情は把握した。それなら是非ともやってやろう。

 どうせ金も時間も余りまくって暇だったんだ。

 なんならタナカ家の名に恥じないどころか世界一のご令嬢に育てて見せますよって感じで胸を張ると、タナカさんは目元を険しくして俺に釘を差した。

「良い子ね。でも用心なさい。あなたは何においても態度が軽すぎるから。人の人生を背負うというのは、誰にとっても大変なものよ」

「はぁ。心に刻んでおきます」


 そのときは、正直、女神のお告げというものを信じきれていなかったのだ。

 だから、ある意味では軽い気持ちで返事をできた。

 目の前の老年の女性は、八十代とは思えないほどに頭はしっかりしていたし、強いて言えば死の気配なんてかけらも無かった。


 ただ、まあ。今思えば、エネルギッシュなあの人がパーティーに目もくれず一人休憩していたのは、普段通りではなかったのだな。


 一ヶ月後、一つの訃報が王都を駆け巡る。

『ケイコ・タナカ氏、死去。86歳。財界の巨人の大往生に各所より悼む声。』

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