表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲートキョウソウ  作者: 卜部


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

第7話 統計に現れない男

 中国・都市郊外

 2020年1月1日 夕方


 ---


 屋台の親父が鉄板を叩きながら声をかけてくる。


「兄ちゃん、追加いるか?」


「いや、今の一本で十分。胃袋も財布も」


 親父は笑い、李は串を紙に包んだ。


 日常は、何も変わっていない。

 少なくとも、表面上は。


 ---


 李宇航は、自分があの洞窟で死にかけたとは思っていなかった。

 正確に言えば、そう考えないようにしていた。


「まあ……運が良かっただけだな」


 夕暮れの空き地。

 今朝と変わらず、そこに“それ”はある。


 歪んだ空間。

 空気の膜が、うっすらと揺れている。


 周囲には、警察も兵士もいない。

 黄色いテープも、立入禁止の看板もない。


 理由はいくらでも想像できた。


 正月だ。

 行政は動きが鈍い。

 暴動も死者も出ていない。

 郊外で、人通りも少ない。


 ――つまり、優先度が低い。


 李はそれを、理屈としてではなく“空気”で理解していた。


「止められてないってことは……」


 一歩、踏み出す。


「行っていいってことだよな」


 極めて自分らしい結論だった。


 ---


 空間を抜ける感覚は、もう二度目だ。

 胃が軽く浮くような違和感。

 次の瞬間、足元が硬い岩肌に変わる。


「……はいはい」


 洞窟。

 第1階層。


 前回と同じ。

 構造も、湿った空気も、暗さも。


 足元に注意する。

 踏み出す。

 来たら、踏む。


 ぐしゃ。


 黒い塵が散る。


「……完全に作業だな」


 恐怖が消えたわけじゃない。

 ただ、順序が分かった。


 スライムは絡みつく。

 絡みつく前に踏めばいい。


 次。

 また次。

 そして――


「ん?」


 消えたスライムの跡に、何かが残っていた。


 スライムは結晶の他に水の入った小瓶を起こすことがあったが、今回は違う。

 テニスボールくらいの大きさで、透明に近い。


「……前は結晶か小瓶だったよな」


 警戒しつつ、拾い上げる。

 表面には、文字。


『水系魔法Ⅰ』


「……」


 李は、しばらく無言で見つめた。


(いや)

(さすがにファンタジー過ぎるだろ、世界)


 恐る恐る、触れる。


 何も起きない。

 光らない。

 爆発もしない。


 ただ、触れた瞬間、なぜか“使える”気がした。


 不快ではない。

 むしろ、妙に楽だ。


 “使う”。


 そう思った瞬間、オーブが砕けた。

 同時に、手のひらがひりつく。


「うわ、壊れやがった……って、水?」


 ぽたり。

 指先から、水が落ちた。


「……え?」


 もう一度、意識する。

 ちょろ。

 本当に、ちょろっと水が出る。


「……は?」


 李は数秒、無言でそれを眺めたあと、口に運んだ。


 ――普通に、水だった。


「……俺、魔法使いになっちゃった?」


 そんな言葉が、どこからともなく浮かぶ。


 だが、攻撃?

 無理だ。

 勢いも量もない。


「……まあ」


 手を振って、水を止める。


「便利枠だな」


 喉が渇かない。

 水を買わなくていい。


「……デカいな、それ」


 小さく笑い、ポケットを探る。

 結晶をいくつか回収。


 水が出せる。

 それだけで、心に余裕ができていた。


(ここは危険だけど……)


 外よりは、分かりやすい。


 踏めば倒れる。

 倒せば、何か残る。


「……欲張ると死ぬな」


 今日は、ここまで。

 李は素直に引き返した。


 ---


 ゲートを抜ける。


 夕暮れの空気。

 何事もなかったような空き地。


「……生きてる」


 息を吐く。

 歩き出して、ふと足を止めた。


 さっき通った路地。

 同じ色の車が、まだ停まっている。


 エンジン音はしない。

 中は見えない。


「……気のせい、か?」


 再び歩き出す。

 だが、妙に静かだった。


 静かすぎて――

 何も見られていない、とは思えなかった。


 それでも、誰も声をかけてこない。

 止められもしない。

 追ってくる者もいない。


「……まあ」


 肩をすくめる。


「派手なことは、してないしな」


 ---


 その日の夕暮れ。

 李は、スマホをいじりながら小さな商店街を歩いていた。


 個人商店。

 怪しいが、完全な闇ではない場所。


「……ここなら、いけそうか?」


 魔結晶を、少しずつ。

 目立たない量で。

 捕まるほど派手なことは、まだしない。


「運がいいなら」


 ポケットの中の結晶を指で弾く。


「使わないと、損だろ」


 李宇航は、まだ統計に現れない。


 だが――

 どこかで、誰かの視界には、すでに入っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ