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ゲートキョウソウ  作者: 卜部


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第6話 その名は

 日本・首相官邸地下

 2020年1月1日 午前


 ---


 映像は、途中で途切れていた。


 固定カメラが捉えていたのは、人工物とは言い切れない洞窟状の空間だった。粗く、湿り気を帯びた岩肌。そこを照らす白色灯。画面の手前を横切る。


 次の瞬間、画面が大きく揺れる。短い悲鳴。鈍く、何かが潰れるような音。そして、暗転。


 再生が終わっても、誰もすぐには口を開かなかった。官邸地下の会議室は、外界から切り離されたように静まり返っている。空調の低い駆動音だけが、かろうじて時間の流れを主張していた。スクリーンに残る停止画面が、まるで現実の一部であるかのように、無言でそこにあった。


 沈黙の中で、資料を閉じる音がひとつだけ響く。防衛省防衛政策局理事官、角山健介だった。五十代に入ったばかりの顔には、徹夜続きの疲労が刻まれている。それでも姿勢は崩さない。彼は肘を机につき、止まった映像から目を離さぬまま、ゆっくりと口を開いた。


「……確認します」


 低い声だった。感情を押し殺した、官僚特有の声。


「これは、現時点では“事故”扱いですか」


 短い問い。その言葉の裏には、無数の想定質問と、将来の記者会見の光景が重なっている。


 警察庁の課長が、わずかに視線を伏せた。官房参事官は、表情を変えない。総務省情報流通行政局の和知進太郎だけが、淡々と資料をめくり、予定調和のように答える。


「現場整理としては、そうなります」


 声に抑揚はない。


「意図的攻撃行動は未確認です。生体との接触による、事故的な危険――」


「その表現は、外では使えません」


 角山は、被せるように言った。声量は変わらないが、言葉の刃だけが鋭くなる。


「武装した自衛官が、任務中に行動不能になっている。それを“事故”と呼んだ瞬間、国民は納得ではなく疑問を持つ」


 一瞬の間。

 角山の脳裏には、見出しが浮かんでいた。


 《自衛隊、未知空間で事故》

 《安全管理は十分だったのか》


 彼にとって、“説明できない事象”を放置することは、すなわち失策だった。


 和知は、即座に反論しない。わずかに間を置き、言葉を選び直す。


「……戦闘行為ではない、という意味合いです」


「理解しています」


 角山は小さく頷いた。


「ですが、“戦闘ではない”と“危険ではない”は、別です」


 机の上の映像端末を、指先で軽く叩く。その動作は無意識に近い。


「正体不明」

「対処基準不明」

「責任主体未確定」


 一つひとつ、噛みしめるように列挙する。


「この三点が未整理のまま、事象だけが報道されるのが、最もまずい」


 防衛省側の席で、空気がわずかに動いた。誰も声には出さないが、同意の波が確かにあった。


「実際、武器の有効性にも課題があります」


 防衛省の別の担当官が、慎重に言葉を添える。


「発砲による制圧効果は限定的で――」


「だからこそです」


 角山は視線を上げない。


「名称と定義が要る。“未確認の何か”では、部隊も、制度も、予算も動かせない」


 和知は、その言葉を待っていたかのように、一枚の紙を机の中央へ滑らせた。


「その前提で整理案を用意しています」


 紙の上に並ぶのは、簡潔すぎるほど簡潔な言葉だった。


 未確認空間現象

 →「ゲート」

 未確認内部空間

 →「ダンジョン」

 未確認生体

 →「モンスター」


 角山は、紙を見たまま、短く息を吐く。


「……随分と、俗称寄りですね」


「意図的です」


 和知は即答した。


「専門用語にすると、意味が確定する前に概念だけが独り歩きします。名前を与えなければ、記者が勝手に名付ける。海外では、すでにその段階に入っています」


 官房参事官が、小さく頷いた。


「管理用語を。こちらから先に決める、と」


「はい」


 和知は続ける。


「現場ではすでに、“第1階層” “スライム” という言葉が自然発生的に使われています」


 その瞬間、会議室の端に座る男が、わずかに身じろぎした。


 鷹宮だった。第一発見者。だが今は、ただの参考人。


(……もう、名前が付く段階か)


 自分が口にした説明。自分が見た光景。それが、報告書になり、映像になり、いま国家の言葉に変換されている。その過程を、当事者として見せつけられている感覚に、薄い寒気が背中を走る。


 和知の声が、静かに続く。


「鷹宮さんの証言は、引き続き重要です」


 視線が集まる。角山は、初めて鷹宮の方を見た。


「過度に期待はしない」

「だが、切り捨てもしない」


 感情を排した、危機管理畑の言葉だった。


「事実だけを教えてほしい」


 鷹宮は、短く息を吸う。


「……第1階層でも、死にます」


 静かな声。


「油断すれば、ですけど」

「さっきの映像で、それは確信しました」


 室内が、わずかに重くなる。


「だからこそ」


 鷹宮は続ける。


「“管理”が必要です」

「管理しないと、必ず死人が出る」


 角山は、ゆっくりと頷いた。


「同意します」


 机に手を置く。その手は、微かに力が入っていた。


「これは娯楽でも、研究だけの話でもない」


「――ここから先は、国家安全の問題です」


 和知が、淡々と補足する。


「呼称は暫定」

「運用は段階的」

「情報は一元管理」


 官房参事官が、結論を口にする。


「本件は、国家管理案件とします」


 それで、決まった。会議は、次の議題へ進んでいく


 だが鷹宮は、映像の最後の一瞬を、頭から追い払えずにいた。洞窟の天井。音もなく落ちてきた、あの粘体。


(名前を付けたところで……)


 危険は、消えない。


 ただ、人の側が――それを「扱えると思い込む」だけだ。

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