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ゲートキョウソウ  作者: 卜部


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第6話 その名は

 日本・首相官邸地下

 2020年1月1日 午前


 ---


 映像は、途中で途切れていた。


 固定カメラが捉えていたのは、洞窟状の空間、武装した自衛官の背中、突然の混乱。音声は、短い悲鳴と、鈍い衝撃音だけを残して途切れる。


 再生が終わっても、誰もすぐには口を開かなかった。沈黙の中で、資料を閉じる音がひとつ。防衛省防衛政策局理事官、角山健介だった。彼は肘を机につき、映像が止まった画面を見たまま言う。


「……確認します」


 声は低く、抑えられている。


「これは、現時点では“事故”扱いですか」


 短い問い。

 だが、逃げ道のない投げ方だった。


 警察庁の課長が視線を伏せる。

 官房参事官は表情を動かさない。

 総務省情報流通行政局の和知進太郎が、淡々と資料をめくった。


「現場整理としては、そうなります」


 感情の乗らない声。


「意図的攻撃行動は未確認。

 生体との接触による、事故的危険――」


「その表現は、外では使えません」


 角山は、かぶせるように言った。声量は変わらない。


「武装した自衛官が任務中に行動不能になっている。

 それを“事故”と表現した時点で、説明責任が発生する」


 和知は即座に反論しない。一拍置いてから言い直す。


「……戦闘行為ではない、という意味合いです」


「理解しています」


 角山は頷く。


「ですが、“戦闘ではない”と“危険ではない”は、別です」


 机の上に置かれた映像端末を、指先で軽く叩く。


「正体不明」

「対処基準不明」

「責任主体未確定」


 淡々と列挙する。


「この三点が未整理のまま、

 事象だけが報道されるのが、最もまずい」


 防衛省側の席で、小さく同意の気配が走る。


「実際、武器の有効性にも課題があります」


 防衛省の別の担当官が補足する。


「発砲による制圧効果は限定的で――」


「だからこそです」


 角山は視線を上げない。


「名称と定義が要る。“未確認の何か”では、部隊も、制度も動かせない」


 和知は、ここで一枚の紙を机の中央へ滑らせた。


「その前提で整理案を用意しています」


 紙に並ぶ、簡潔な言葉。


 未確認空間現象

 →「ゲート」

 未確認内部空間

 →「ダンジョン」

 未確認生体

 →「モンスター」


 角山は、紙を見たまま、短く息を吐く。


「……随分と、俗称寄りですね」


「意図的です」


 和知は即答する。


「専門用語にすると、意味が確定する前に概念だけが独り歩きします。名前を与えなければ、記者が勝手に名付ける。海外では、すでにその段階に入っています」


 官房参事官が、小さく頷いた。


「管理用語を先に決める、ということですね」


「はい」


 和知は続ける。


「現場ではすでに、

 第1階層

 スライム

 という言葉が自然発生的に使われています」


 その瞬間、会議室の端に座る男が、わずかに身じろぎした。


 鷹宮。


 第一発見者。

 だが今は、ただの参考人。


(……もう、名前が付く段階か)


 自分が口にした説明。

 自分が見た光景。

 それが、報告書になり、映像になり、今、国家の言葉に変換されている。その感覚に、微かな寒気を覚える。


 和知の声が、静かに続く。


「鷹宮さんの証言は、引き続き重要です」


 視線が集まる。

 角山は、初めて鷹宮の方を見た。


「過度に期待はしない」

「だが、切り捨てもしない」


 淡々とした言い方だった。


「事実だけを教えてほしい」


 鷹宮は、短く息を吸う。


「……第1階層でも、死にます」


 静かな声。


「油断すれば、ですけど」

「さっきの映像で、それは確信しました」


 室内が、わずかに重くなる。


「だからこそ」


 鷹宮は続ける。


「“管理”が必要です」

「管理しないと、必ず死人が出る」


 角山は、ゆっくりと頷いた。


「同意します」


 机に手を置く。


「これは娯楽でも、研究だけの話でもない」


「――ここから先は」

「国家安全の問題です」


 和知が、補足する。


「呼称は暫定」

「運用は段階的」

「情報は一元管理」


 官房参事官が、結論を口にする。


「本件は、国家管理案件とします」


 それで、決まった。

 会議は、次の議題へ進んでいく。

 だが鷹宮は、映像の最後の一瞬を、頭から追い払えずにいた。


 洞窟の天井。

 音もなく落ちてきた、あの粘体。


(名前を付けたところで……)


 危険は、消えない。


 ただ、人の側が――

 それを「扱えると思い込む」だけだ。

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