第4話 生き残る選択
中国・都市郊外
2020年1月1日 午前8時台
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――入った。
というか、入ってしまった。
「……あー」
李宇航は、とりあえず声を出した。
特に意味はない。沈黙が嫌だっただけだ。
「うん。知ってた。こうなると思ってた」
誰に向けたわけでもなく、セルフ納得。
後悔? ない。
反省? 後でやる。
足元に違和感。
「ん?」
次の瞬間、足首に冷たいものが絡みついた。
「うわっ、なにこれ!? ……ちょ、待っ、待て!」
ぬるり。
冷たく、粘る。
「最悪だ! 新年一発目でこれは最悪だ!」
体勢を崩し、半歩よろける。
「転ぶな俺! ここで転んだら絶対死ぬやつだろこれ!」
必死に踏ん張り、足を引き抜く。
粘りが遅れる。
「……ん?」
もう一度、踏み込む。
ぐしゃ。
黒い塵が、ふわっと散った。
「……え?」
足元を見る。
何もない。
「……あれ? 勝った?」
一拍遅れて、心臓が暴れ出す。
「ちょっと待て待て待て。今の、俺が倒したってことでいいのか?」
自分の足を見て、警戒し、周囲を見回す。
「……あー、はいはい。スライムとかいる感じね」
妙に冷静な分析が、口から出る。
「最初に言えよ。そういうの」
誰に文句を言っているのか分からない。
少し進む。
また、足元。
「はい来たー! 二体目!」
今度は慌てない。
踏む。
離れる。
消滅。
「……よし。
少なくとも理不尽ではない。
クソ上司より分かりやすい」
消えた場所に、小さな結晶のようなものが残っている。
拾い上げる。
「石? 宝石? それともまたよく分からないやつ?」
光に透かす。
「……まあ、金になりそうな顔はしてるな」
根拠はない。
だが、人生経験がそう言っている。
「命がけで拾った結晶が、そこらの砂利だったら泣くぞ」
さらにもう一体。
また踏む。
「……うん。完全に作業だな、これ」
怖い。
確かに怖い。
でも――
「外よりは、マシかもしれない」
外の世界では、
働いても金が残らない。
運が悪ければ、理由もなく終わる。
ここでは、
踏めば倒れる。
倒せば何か残る。
「……死ぬ可能性は高いけどな」
セルフ突っ込みを入れつつ、結晶をいくつか確保する。
「よし。今日はここまで。欲張ると死ぬ」
自分に言い聞かせ、踵を返す。
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ゲートを抜ける。
朝の空気。
空き地。
何事もなかった顔の世界。
「……生きてる」
思わず笑う。
「マジで生きてる。初売りよりラッキーだろ」
周囲を見る。
誰もいない。
「よし。じゃあこれは――」
ポケットの中で、結晶が小さく鳴る。
「……黙っとこ」
家でも、警察でも、メディアでもない。
まずは、スマホだ。
安い食堂に入り、麺をすすりながら検索する。
「謎の結晶 売れる」
「正体不明 鉱石 買い取り」
「これ絶対ヤバい石 値段」
「……最後のは違うな」
世界が変わった、とは思わない。
ただ――
「運が良いか、悪いか」
その天秤が、少しだけ
自分の方に傾いた気がした。
「……使えるもんは、使うだけだ」
李宇航は、静かに、そして少しだけ楽しそうに笑った。




