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ゲートキョウソウ  作者: 卜部


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第37話 共有されない勝利条件

 スイス・ジュネーブ・多国間異常領域対策首脳会合(MAZS)

 2020年3月下旬


 ---


 会議室は広く、静かだった。

 円卓の中央に据えられた半透明のディスプレイが、淡い光を放っている。各国の国旗は小さく、控えめに並べられ、同時通訳用のヘッドセットが等間隔に置かれていた。ここは戦場ではない。だが、言葉と数字が衝突する場所だった。


「それでは、定刻となりましたので会合を始めます」


 議長役を務める国連特別調整官が、感情を削ぎ落とした声で告げる。

 出席者は九か国。最初のゲート出現国と、二月下旬に新たなゲートを抱えた国々。その中には、世界の力関係を決めてきた顔ぶれが揃っていた。


 日本の綾部信三総理は、資料端末を一度だけ確認し、背筋を伸ばした。

 アメリカのドナルド・バロン大統領は、椅子に深く腰掛け、腕を組んでいる。表情はいつも通り自信に満ちているが、視線は他国の席を忙しなく測っていた。

 中国の張金平国家主席は、ほとんど動かない。穏やかな微笑みを浮かべ、すでに全体の流れを頭の中で組み立て終えているようだった。

 そしてロシア――ウラジミール・プーシキン大統領は、まるで会議に付随する家具の一部のように静かに座っていた。


「まずは現状報告を一覧でいただきたい」


 司会役の欧州議長が淡々と切り出す。


 スクリーンが切り替わり、各国の主要指標が表になって流れた。討伐数、到達階層、死傷率、回収資源、民間参加の可否、経済効果の概算——数字は整然としていた。だが並べられた数列の背後で、各国の優先順位は違っている。


 バロンが前に出た。彼は、いつものように率直で、挑発的だった。背もたれに寄りかかり、指でテーブルを軽く叩きながら言う。


「我々の基準は単純だ。実績と速度だ。到達階層、討伐数、持ち帰ったサンプルの量。市場はこれに反応する。数が出れば、技術も資金も集まる。今日の議題は、誰が先に『できる』を示したかだろう?」


 言葉はそのまま会場の温度を上げる。バロンはにやりと笑い、資料を次のページへ送った。画面にはアメリカ側の最新速報が映る——高い討伐数、複数の深層到達記録、加えて民間企業と結んだ探索契約の一覧。場内の一部は拍手にも似た静かな賛意を示した。


 次にフランス・ドイツ・英国の代表が口をそろえ、死傷率の低さと再現性、管理体制の確立を強調した。彼らの訴えは慎重で、しかし明確だった。数字だけでなく「被害をいかに低く抑えるか」が欧州の勝利指標だ。

 綾部はそれを受けて淡い合図をし、書類にメモを重ねる。日本は「国民の安全」と「国際的説明責任」を重視する姿勢を明確にしていた。


 会議は滑らかに進んだ。だが、場のテンポが微妙に変化したのは、ロシア代表が立った瞬間だった。ウラジミール・プーシキンは立ち上がると、周囲の視線を一瞥してから極めて穏やかに話し始めた。声は低く、感情を帯びない。


「我が国の報告はシンプルだ。公表できるデータはここにある通りだ。到達は7層を確認し、討伐やドロップ品の回収は計画的に進めている。損耗も想定内だ。」

「また、情報の取り扱いだが、過度な報道や憶測は余計な混乱を生む。民衆への情報公開は最低限とし、国家の統制下におくべきだと提言する」


 数値は公表値通りで、突出した項目はなかった。だがバロンの目はそれを受け流さなかった。彼は資料をまじまじと見つめ、ゆっくりと口を開く。


「プーシキン大統領、失礼を承知で聞くが——あなた方の“損耗は想定内”という表現と、我々が収集しているいくつかの非公式情報が噛み合わない。それに1月下旬の会議時点では、随分威勢のいい作戦をとっていたじゃないか。いつの間に方向転換したのかね?」


 バロンの言葉に、会場に微かなざわめきが広がった。張金平が眉間にわずかに皺を寄せる。綾部はノートに一行走らせる。プーシキンは紙の資料を軽く押しやり、視線を会場にゆっくり巡らせる。


「噂と事実は区別していただきたい。試行を繰り返した結果、過度な消耗を避けるようにするのは当然のことでは?」

 ——プーシキンは静かに返す。


「我々はデマを放置しない。事実だけを公表している。貴国の情報源が“非公式”であるならば、まずはそれを提示していただきたい」


 バロンは肩をすくめ、タブレットを開いた。だが画面に示されたのは決定的な証拠ではなく、寄せ集められた断片群だった。手持ちの映像、夜間の衛星画像の切り出し、ある地方の訓練場の夜間稼働を示す光の推移図、軍需品発注の一部らしき購買記録の写し、そしてぼんやりと撮られた写真──いずれも単独では断定を許さないが、並べて眺めると一つの“傾向”を示していた。


 暗いテント内で撮られた短いクリップは画質が悪く、泥にまみれた兵士の姿は断片的だ。だが同じ時期に撮られた別の映像は、同地域の射撃場や訓練場で照明が平常より長時間点灯していること、搬入される大きな箱状の荷物が頻繁に見えることを示している。衛星写真は軍用道路の往来が増えていることを匂わせる。研究所の出入りログと称するスナップは、人の出入りが増え、夜間の輪番が増えているように見える――その一方で、公式発表では動員や資材の増加は否定されている。


 バロンは画面を指でなぞりながら、声を低めにした。


「出所はまちまちだ。解析の信頼性も均一じゃない。だが重要なのは、複数の独立した観測が同じ方向を指している点だ。公開データでは“変わりなし”と言う。しかし、訓練場の稼働率や物資の流れ、研究所の夜間稼働――これらは公表値と齟齬を生む。単純に“噂”で片付けていいものか?」


 会場には微かなざわめきが走る。声を上げたのはEU側の科学顧問だ。


「帰還者の行動様式については、我々のほうでも非公式なログを照合しました。――統計的に見れば確かに差異があります。ただし、これもまた相関であって因果を示すものではありません。だが無視できない“信号”ではある」


 張金平は眉をひそめ、慎重に言葉を選んだ。


「……噂や断片映像をもとに早急に断定するのは避けたい。我々は再現性のあるデータに基づいて議論すべきだ。だが、独自に得た観測と公表情報が食い違う点について、説明を求めるのは当然だろう」


 プーシキンは静かに席を立ち、会場を見渡した。彼の声は穏やかだが、その含みは強い。


「我が国は、この問題に関して内部での検証を進めている。各種の観測が示す違和感は承知したが、断片的な映像や推測をそのまま国際会議の場に持ち出して、誤った結論を導くことは避けるべきだ。国家安全に関わる事項は慎重に扱う必要がある」


 その言葉は否定でも肯定でもなく、むしろ時間を稼ぐための説明に聞こえた。


 バロンの眉はさらに寄った。彼は冷静に反論する。


「時間をとること自体は反対しない。ただし“内部で検証する”という言い方が、いつまでも閉鎖を意味するならば、結果として不信が増すだけだ。我々は、非公式な観測と公表データの差異をどう埋めるかをここで議論したい。隠蔽の可能性を前提にするわけではないが、説明責任が果たされなければ各国は各国で対策を取らざるを得ない」


 綾部が間に入り、冷静に提案した。


「ここで合意すべきは、共有プロセスの透明性基準です。各国が保有する“非公開”データを、信頼できる検証プロトコルに則って第三者が点検できるようにする。そうすれば、独自調査と公表のギャップが少しでも埋まるはずです」


 EU議長が手を上げる。


「同意する。ただし、場当たり的なリークや出所不明の映像を鵜呑みにするわけにはいかない。まずは検証手順を決め、出所と信頼度を評価するためのプロトコルを整えること。これは科学的方法の話だ」


 プーシキンは小さく頷き、やや迂遠な答えを返す。


「我々も、共有に応じる用意はある。だが国家安全の範囲で扱うべき情報は存在する。誤った解釈が広まれば、無関係な市民や既存の外交関係にまで影響が及ぶ。したがって、公開の範囲には“慎重”である必要がある」


 その“慎重”という言葉の中には、限定的にしかデータを渡さない余地が含まれていると、会場の何人かは読み取った。


 バロンは短く息を吐いた。


「透明性の基準が曖昧なら、各国は別ルートで検証を始めるだろう。それが望ましい結果をもたらすとは限らないがね」


 その言葉は遠回しな警告だった。


 プーシキンの頬に一瞬だけ小さな皺が寄る。彼は深く息を吐き、一言だけ言った。


「我々も同じ土俵で話をしているつもりだ」


 ---


 会議は結局、検証枠組みを作る方向で合意しかけるが、アクセス権やスピードについては曖昧さを残す形で着地した。出てきた合意文は、表向きは協調を唱えるが、実務の余地を残す書きぶりだった。


 会議が終わると、早々に記者団の群れが待ち構えていた。各首脳は短い声明を読み上げ、カメラのフラッシュに笑顔を向ける。だが綾部の瞳だけは少し遠くを見ていた。バロンはネクタイを少し緩めるような動作をして投げるように言った。


「表に出ている数字は氷山の一角だ。それ以上を分け合わないというなら、こちらも独自に備えるだけの話だ」


 プーシキンは軽く会釈すると、あえて余計な言葉を発さずに会場を後にした。だが彼の背中の角度、歩幅の確かさが示すのは、一つの事実だった──彼らは“同じゲート”を見ているが、望んでいる勝利の形はすでに分岐している。


 会議室に残された書類は整然としていた。声明文は翻訳され、短い合意文がメールで各国に配られるだろう。だがその裏で、細い裏通りのバーでは早速噂が踊り、解析室では非公式のログが密かに比較される。情報は出る。だがその出し方、使い方、誰に見せるか――その差が、次の地図の線引きを決める。


 ロシアが公表した「控えめな数字」は表向きの詭弁にすぎず、裏では“別の勝利条件”に賭け始めている。それは会議の場では決して口にされない。だが噂は波紋となり、やがて大きなうねりになるだろう。


 雪のように静かな夕暮れ、ジュネーブの街灯は、会議で積み残された不信と一緒に、薄く光を落としていた。

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