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ゲートキョウソウ  作者: 卜部


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第18話 民間の沸騰

 アメリカ・私有地周辺/オンライン

 2020年1月下旬


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 朝焼けの冷気を切るように、トレーラーのエンジンが唸った。私有地の入り口には簡素な検問が立ち、腕章を巻いた男たちが通行を管理している。ここ数日で増えた光景だ。数週間前は野次馬と好奇心だけだった場所が、今は市場の最前列になっていた。


「これ、いくらで出すつもりだ?」


 焚火脇のテーブルで、ローガンが空き瓶をぐるりと回した。一見すると透明な液体は、光を受けて薄く虹色に揺れている。ラベルも製造者も、無い。ただ「拾った」と彼らは言う。しかし昨夜の出来事が、瓶の価値を決定していた。傷を洗ったら消えた。数秒で皮膚が修復したのだ。


「マーケットプライスは需要で決まる」


 デレクが笑った。


「最初の一本は大金になる。二本目以降は急落するだろうけどな」


 会話は冗談めいているが、顔は真剣だ。トレーラーの荷台には、ケージに入った装備品、予備弾、医薬品、そして小さな木箱に収められた“歪貨束”が並んでいる。人々はそれを見て唾を飲む。


「ダメだって、これ。正式な取引じゃないし」


 顔色の悪い男が言うと、隣のブローカーが肩をすくめる。


「正式じゃないから高く買えるんだよ。リスク料ってやつだ」


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 SNSは火がついたように燃えた。動画プラットフォームには、映像が洪水のように流れ込む。


【映像】

 ・傷を洗う→数秒で塞がる「HPポーションの奇跡」

 ・ゴブリン退治のスローモーション(弾痕と粉の消滅カット割り)

 ・首飾りを付けた探索者が次弾を当てる瞬間(命中率上昇?)


 コメントは狂気じみている。驚嘆と商魂が混ざり合い、「これで生活が変わった」「見て、これがリアルだ」と喜ぶ者がいる一方で、「何が起きてるんだ」「これ、危なくないか?」と疑念を呈する者もいるが、声は少数派だ。


 数時間のうちに、「HPポーション」「歪貨束」「魔結晶」という語がタグになり、検索トレンドの上位に食い込む。マーケットの匿名掲示板では、取引のやり方や相場の噂が飛び交い、初心者向けの「導入セット」まで出現した。小さな企業が「ゲート用保険」「探索ツアー」「初心者訓練」を商品化し、広告がSNSの隙間を埋める。


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 運営棟の二階、窓際の会議テーブルではマイケル・ハリスがタブレットを指で弾き、にやりと笑った。彼は民間の“マーケットプレイス”を回している側の人間だ。投資家は儲け話に目がない。だがマイケルの興奮は単なる金勘定ではない。


「想像してみろ。正規ルートで来る奴は、まず装備を買う。保険をかける。訓練を受ける。こっちの売上は確実に伸びる。初期需要を取れるのは俺たちだけだ」


「規制が入ったらどうする?」


 運営責任者が問う。


「規制が入ったら、規制枠の中で商品を売ればいい。ライセンス料、公式ツアー、政府認証済みの装備セット――全て金になる。規制は怖くない。むしろ市場を作る」


 彼の言葉に、数人が頷く。だが窓の外、フェンスの向こうで緊張を漂わせて動く人影を見て、ふとマイケルの顔の影が少しだけ硬くなる。


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 現場のテントでは、新規参入者が増えていた。昨夜、HPポーションの噂を知った男たちが、大きなリュックサックを背負ってやって来た。装備は十人十色だ。最新鋭のライフルに、DIYの防具、子どもの頃に作ったような弩まで。経験はバラバラ、度胸はそこそこだ。


「俺、一発当てりゃいいんだろ?」


 若者は笑う。周囲は半ば呆れ、半ば羨望の目で見つめる。


 だが、勝者の物語だけが広まるとき、失敗は目立たない。最初の成功体験が誇張され、リスクが割引される。仲間の助言は「まず安い入門コースで」ではなく「さっさと行け、チャンスは逃すな」になっていく。


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 マーケットはリアルでもオンラインでも加速する。ある日、匿名のオークションに魔結晶の欠片が出品される。出品文は控えめだが、落札価格は桁違いだった。落札者は姿を見せない。取引は冷たいインターフェースと現金のやり取りで終わる。だが、この取引はニュースの断片を駆け巡る。


「魔結晶? それって化学的に何か分かってるのか?」


「いいや、誰も分かってない。ただの結晶じゃないって話だけで人は買う」


 世の中はそういうものだ。未知は怖いが、同時に金になる。


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 夜、焚火の周りで笑い声が大きくなる。小さな勝利の話、HPポーションで治った話、歪貨束で当たりが良くなったという自慢話。誰もが臆せずに写真を上げ、短文で煽り、フォロワーが増える。それは連鎖する。ひとりの人気者が「安全だ」と呟けば、次の日には十人が試す。


 だが、どこかで静かな声が漏れる。「あの瓶が本当に効果があるのか」。そしてまた別の声が、「効果は個人差だろ」「どこで手に入れたかが問題だ」と返す。議論はあるが、熱量は冷めない。


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 深夜、運営棟の外灯が風に揺れるとき、マイケルは一人で煙草にも似た意味のない嗜好品を口にした。彼は“事業計画”という名の夢を何度も舐めるように見直す。数字は美しい。グラフは伸びている。


「これは、もう止まらないな」


 彼のつぶやきは、希望か予言か、警告か分からない。だが確かなのは――市場は動き出した。人々は金と噂に突き動かされ、規制の一歩先を行く。


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 朝が来れば、また誰かがフェンスをくぐる。小さな瓶は次の手に渡り、歪貨束は別の首に下がる。勝利の物語は増え、失敗の影は薄れる。世界は市場のスピードで動き、民間は沸騰していた。

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