第10話 市場原理
アメリカ・都市部ゲート周辺私有地
2020年1月上旬
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フェンスは、やけに新しかった。
白い金属製。
高さは二メートル少々。
指一本分の傷もない。
だが、その向こう側に何があるのかを知っている者は、無闇に近づかない。
ここはもう、空き地ではなかった。
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「――ゴブリン、だっけ」
男はコーヒーを片手に、気楽に言った。
仮設管理棟の二階。
大きな窓越しに、歪んだ空間と、その周囲の敷地が見える。
マイケル・ハリス。
投資家。
安全な分野には、最初から興味がない男だ。
「人型で、棒切れを持つ」
「確かにスライムよりは厄介だな」
向かいの男が、タブレットを操作する。
「3層以降では集団行動を確認しています」
「簡単な連携も」
「へえ」
マイケルは眉を上げただけだった。
「でも、銃は?」
「通じます」
「少なくとも、映像上では」
「だろ」
窓の外に視線を投げる。
フェンスの内側。
待機している数人の民間人。
軽装だが、無防備ではない。
ボディアーマー。
ヘルメット。
腰に下げた拳銃。
肩に掛けたライフル。
「ここはアメリカだ」
「向こうが刃物なら、こっちは鉛だよ」
冗談めかした口調。
だが、誰も笑わなかった。
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「政府が慎重になるのは理解できる」
マイケルは、コーヒーを一口飲む。
「交戦規則」
「責任の所在」
「死体の扱い」
「国際世論」
指を折っていく。
「だが、民間は違う」
机の上の書類に、軽く指を置く。
分厚い契約書。
免責。
死亡補償。
国家への責任転嫁なし。
「危険だとは、最初から書いてある」
「だから、問題は起きない」
正確には、
“問題は、こちらの問題にならない”。
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「人型の敵が出た、って聞いて」
「怖がる連中もいました」
タブレットの男が言う。
「だが逆に、分かりやすいという声も多い」
「だろうな」
マイケルは即答した。
「逃げる」
「近づく」
「振りかぶる」
「動作が読めるなら、数字にできる」
知性は、未知ではない。
“知性は、計算可能性だ”。
「ゾンビよりは、ずっといい」
「交渉もしなくていい」
短い沈黙。
誰も、その言葉を否定しなかった。
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「政府は、しばらく様子を見るだろう」
マイケルは窓の外を見る。
「だが市場は、待たない」
フェンスの外。
立ち止まってスマホを向ける野次馬。
すぐに興味を失い、去っていく人々。
フェンスの内。
契約書に署名した者たち。
覚悟というより、納得の表情。
「誰も止めない」
「ただし、誰も守らない」
それでいい。
それが、ここでのルールだった。
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下から声が上がる。
「次のグループ、準備完了!」
民間人らしきが影が四人。
使い古したスニーカー。
市販のリュック。
銃だけが異様に新しい。
だが、動きに迷いはない。
ゲートの前で、一瞬だけ立ち止まり、
誰かが冗談を言いかけたようだが、やめた。
それから、踏み出す。
歪んだ空間が、静かに飲み込む。
マイケルは、それを見下ろしながら呟いた。
「スライムがいる? ゴブリンがいる?」
「だから何だ」
口元が、わずかに歪む。
「ここは安全だなんて」
「最初から、誰も言ってない」
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市場は、答えを出した。
正しいかどうかは、まだ分からない。
だが――“進むかどうか”については、もう誰も迷っていなかった。
フェンスの外で、世界はいつも通り回っている。
その内側で、人は今日も危険に値段を付けていた。
それが、この国の答えだった。




