触れたら戻れなくなる
終電を逃した、と分かった瞬間。
二人の間に、説明のつかない沈黙が落ちた。
「……で、どうする?」
彰はそう言いながら、ホテルのカードキーを見下ろした。
ビジネスホテル。ツインは空いていなかった。
「今さら、帰れないだろ」
律の声は落ち着いているようで、少しだけ固い。
二人で部屋に入ると、無機質な照明が静かに灯る。
ベッドはひとつ。
広いのに、逃げ場がない。
「先にシャワー使えよ」
彰が言うと、律は一瞬ためらってから頷いた。
シャワーの音が、やけに近い。
水音の向こうで、律の気配だけがはっきり分かる。
——意識するな。
そう思うほど、余計に頭に浮かぶ。
やがて律が戻ってくる。
濡れた髪、首元の肌。
無防備すぎて、彰は一瞬、視線を逸らした。
「……次、彰」
入れ替わりでシャワーを浴び、部屋に戻ると、
律はベッドに腰掛けてスマホを見ていた。
「座る?」
それだけの一言で、距離が詰まる。
ベッドに並んで座ると、肩が触れた。
意図してないはずなのに、離れない。
「さっきの喧嘩さ」
律が口を開く。
「俺、本当は……ああいう言い方されるの、嫌だった」
「……悪かった」
彰は即座に答えた。
その早さに、律が少し驚いた顔をする。
「即答かよ」
「溜めると、触りたくなる」
空気が、張り詰めた。
律の喉が、小さく鳴る。
「……触るって?」
彰は答えず、ゆっくり振り返る。
視線が絡む。
近すぎて、息が混ざる距離。
「今、引くなら引け」
低く囁く。
律は、逃げなかった。
そのまま、ゆっくりと唇が重なる。
最初は軽く、確かめるだけ。
でも離れ際、彰が少しだけ深く踏み込んだ。
律の指が、彰のシャツを掴む。
「……それ以上は」
「分かってる」
額を寄せて、彰が息を整える。
「だからここまで」
触れたまま、離れない。
抱きしめるほど近くて、でも抱きしめない距離。
律は小さく笑った。
「ずるいな、それ」
「大人だからな」
二人はそのまま横になり、
触れないようで触れている距離を保つ。
眠りに落ちる直前、
律が小さく言った。
「……明日になっても、後悔しない?」
「しない」
彰は迷わず答え、
おでこに、静かにキスを落とした。
その夜は、
それ以上、何も起こらなかった。
だからこそ、余韻だけが深く残った。




