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ドッとライジング!〜黄泉から吹く風〜  作者: 雨咲 しゆみ


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第四章 継ぎ目


 翌朝、湿った風が教室のカーテンを押し上げていた。

 久しぶりに風が吹いている。

 けれど、それがどこから来ているのか、誰もわからなかった。


 午前の授業なんて、まるで頭に入らなかった。

 ノートを取る手が勝手に「風」とか「息」とか書いている。

 放課後のチャイムが鳴った瞬間、俺は椅子を蹴るようにして立ち上がった。


 ハマヤンと琴音は、校門の外で待っていた。

 ハマヤンはいつもの作業ズボンのまま、手にはUSBメモリをぶら下げている。

 琴音は古びたノートを抱えていた。


「ミキ姉は?」


「あとで来る。夕方の講習終わったら。」


「そっか。」


 日が傾くにつれ、空の色が灰色に沈んでいく。

 遠くの山の向こうに、稲光が一瞬走った。

 湿った空気が肌に張りつく。


「それで、ハマヤン。昨日、何か分かった?」


「ああ……」


 ハマヤンは言葉を選ぶように口を開いた。

「親父の資料室にあった古い図面、見つけた。南トンネルの工区だ。

 事故現場の印、覚えてるか? 供養塔って書かれてたやつ。」


 USBを差し出す。

 俺がスマホにつなぐと、古い紙をスキャンした写真が開いた。

 赤鉛筆で丸がつけられ、脇に小さな文字が書き込まれている。

 “即身佛 赤子抱持 供養之地”。


「……ほんとに、赤子、って書いてあるな。」


「だろ? 多分、掛水さんが持ち出した“分け身”って、これだ。」


「赤子側……か。」


 掛水が言っていた。“本体はお寺にある”と。

 ということは、本体=僧、分け身=赤子。

 昨夜、トンネルの録音から聞こえた“かえして”は──もしかして。


 琴音が小さく息を吸った。

 「……これ、見て。」


 祖父のノートを開く。

 ページの隅に、昨日は気づかなかった走り書きがある。


 “赤子と僧は息と声なり。

 赤子眠るとき僧は歌い、赤子泣くとき僧は抱く。

 息は巡り、声は響く。是即ち“風”なり。

 片割れが離れるとき、風が止まり、声が残る。”


「風が止まると声が残る……?」


「つまり、“息”と“声”はひとつなんだよ。

 息は命、声は記憶。どっちかが欠けたら、片方がもう一方を呼び戻そうとする。

 二つそろってはじめて……“風”はふく。」


 琴音の言葉に、ハマヤンが唾を飲み込む音が聞こえた。

 その時、俺のスマホが震えた。

 画面には、あのファイル名。


「録音:未完の道路・午前0時12分」


「……勝手に再生してる。」


 スピーカーから、昨日と同じノイズ。

 ──ザァァ……ザリ……。

 そして、声。


『……風が……戻らない……』

『……かえして……』


 ハマヤンと琴音が同時に息を呑む。

 その瞬間、音がぷつりと切れた。

 だが波形は、まだ動いている。

 そして、別の音が混ざり始めた。

 ガン、ガン、ガンと、金属を叩くような音。

 それに続いて、低い笑い声。


『……坂田? 聞こえるか……?』


「掛水さん……?」


 ハマヤンが呟いた。

 声は確かに、あのラジオの掛水のものだった。

 けれど、まるで水の底から泡を通して響いているみたいに濁っている。


『……これ、なんや……地の底、風が……ない……息が……吸えん……』


「やめろ、止めろタカ!」


 ハマヤンが叫んでスマホを奪おうとしたが、俺は手を離せなかった。

 画面の波形が跳ねる。

 次の瞬間、音がひとつ、ふたつ──重なり合うように変わった。


『……かけみず……?』

『……坂田?』

『……違う。誰かが……聴いてる……』


 その声に、俺の背筋が凍りついた。

 掛水でも坂田でもない、第三の声。

 女の声。

 耳元で息を吹きかけるような近さ。


「タカ!」

 琴音の叫びで我に返る。

 再生を止めると同時に、教室の窓がガタリと鳴った。

 誰も触っていないのに、カーテンが膨らむ。

 風──いや、“息”が入ってくる。


 その息は、冷たくて、どこか懐かしい匂いがした。

 お香のような、土のような匂い。


「……風が、戻ってきた?」


 琴音が呟く。

 だがその風は、教室の隅で止まった。

 まるで“誰か”がそこに立って、見ているみたいに。


「……なぁ、これって、まだ途中なんじゃねぇのか?」


 ハマヤンが低い声で言う。

 「掛水さん、トンネルの中にまだいるんだ。

  声が、あっちとこっちの間で繋がりかけてる。

  その“継ぎ目”が……この録音なんだ。」


 継ぎ目。

 その言葉が、どこかで聞いたように胸に残った。

 赤子を抱く僧の即身仏──命と記憶を司る“風”の御神体。

 それはまさしく黄泉と現世の──“継ぎ目”。


「行こう。」

 気づけば、俺はそう言っていた。

「……トンネル、もう一度見に行こう。」


「マジかよ……」


「掛水さんが戻れないまま、こっちの風が止まったら──また“息”が死ぬ。

 そうなったら、この町ごと……“止まる”。」


 ハマヤンは黙り込み、やがて小さくうなずいた。

 琴音も何も言わず、ノートを抱え直した。

 そのページの端には、墨で書かれた古い文が滲んでいた。


 “封じを破りし者、声を継ぐべし。”


 その文字が、まるで俺たちのことを指しているように見えた。


◇◇◇


 校門を出ると、風がまた止んだ。

 夕暮れの町が、呼吸をやめたように静まり返る。

 遠くの空で雷鳴が一つ鳴った。

 雨は、まだ降らない。


 俺たちは南の方角を見た。

 山の稜線の向こう──封鎖されたトンネル。

 あの奥で、いまも“息”を吸い込む音が聴こえた気がした。

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