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7 最初の召喚者



 両親と兄に説明が終わる頃には昼を過ぎていた。


 「つ、疲れた……」


 部屋に戻りベッドに倒れ込む。


 「俺のことは伝えたのか?」


 頭上にラフルが浮いている。


 「言うわけないじゃない。また面倒なことになるわ。私以外の前に現れないで欲しいんだけど……」

 「それは契約には無い」

 「言うと思ったわ」


 バレてしまったら怒られるのはケイだ。だが彼のお願い事は使い切ってしまったので、なるようになれと諦めるしかないだろう。


 「だが他のものに見つかる事でお前と会話するのに支障をきたすなら、出来るだけ隠れていよう」

 「あら、優しいのね」 

 「勘違いするな、朝現れたのはお前の兄だろう?あれの相手をする気にはなれんだけだ」


 まあそれは確かに。兄は普段は仕事のできる文官として婦女子たちの人気を集めているのだが、妹のことになると何と言うか、勢いがすごいのだ。ケイは父に似たので顔つきは平凡、髪の毛も暗い茶色だ。なぜそこまで妹を可愛がるのかケイにも理解はできなかった。


 「普段は私学校に行かなければいけないんだけど、その間はどうするの?」

 「好きにする」


 この部屋にずっといる訳ではないようだ。


 「そう、他の魔法師に捕まっても私は助けられないわよ」

 「俺がそんなヘマをすると思ってるのか?やはり貴様は頭が少し足りないようだな」


 ふざけて言っただけなのに反撃がすごい。ついでとばかりにまたポカっと殴られる。


 「痛い!やめてってば!」

 「目上の者への態度を教えてやろう」

 「あなた目上じゃないでしょう!」

 

  ワーワーと言い合いをし、疲れたケイはまた眠ってしまった。


 「っは!課題!」


 焦って窓を見ると、もう太陽は赤さを増し地平線に沈む準備を始めていた。



******




 「ご機嫌よう、ケイ様……あの、顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」

 「え、えぇ。問題ないわ。ありがとう」


 いつもは挨拶だけしてそそくさと離れていくクラスメイトの目線が痛い。


 結局課題は何日も徹夜をしてやっと学校が始まる前日に終わらせることができた。きっと友達が居れば写させてもらうことも出来たのだろうが、それについては悲しくなるので考えないようにする。


 「ご機嫌ようケイ様。お久しぶりです」


 俯き気味だったケイに、明るい茶髪の美女が話しかける。アーノルドの婚約者のサリーだ。


 「ご機嫌よう、サリー様」


 久しぶりに見るサリーは相も変わらず美しい。そして隣にはいつも通りアーノルドが。


 「ご機嫌よう、ニューカム様」

 「あぁ」


 気のない返事だ。


 「あら、ニューカム様少しお痩せになりました?しっかり食べないといけませんわよ」

 「食ってるよ。そう言うあんたは顔色悪いように見えるけど」


 そう言われてケイは頬を押さえた。


 「つい夜更かしをしてしまいまして、ご心配ありがとうございます」


 柔らかく微笑み礼を述べる。心配されるのが少し嬉しい。


 「アーノルド様が優しいからってあの人何か勘違いしているわ」


 また少し離れたところからヒソヒソと声が聞こえる。


 「じゃ」


 まだまだ言いたいことは沢山あったのにアーノルドはサリーの手を引いてさっさと歩いていってしまった。サリーは彼を追いかけつつ軽く会釈をしてくれる。

 

 「あの人課題は終わったのかしらね」

 

  もしや休み中婚約者と仲良くしていて何も手をつけていないのでは。


 ケイは苛立ちのようなものを感じつつ教室へ向かった。




******




 「帰ったか」

 「うわ、びっくりした」


 部屋に入るなり視界に黒いモヤが映り、ケイは肩を上げて驚いた。部屋に誰かいる状況に慣れていないので驚くのも仕方がない。


 「虫を見たような反応をするな」


 傷つけてしまっただろうか。モヤがゆっくりと揺れている。


 「学校に行ってる間に居なくなってるかもしれないと思ったのよ」


 すまなかったわね、と伝えるとラフルは無言で窓辺の椅子へと漂っていった。


 「どんな話が聞きたい」


 ケイはカバンを床に置き、自分も椅子に腰掛けた。


 「あら、どんなお話があるの?」


 それからラフルは、ケイが学校から帰るたびに色々な話をしてくれた。人間より遥かに長生きなのは嘘では無いようで、彼が語るものはケイが知らない話ばかりだった。


 「悪魔は普段どこに居るの?」

 「この世界と別の世界の狭間だ」

 「どんな所?」

 「難しい質問だな。例えるなら、人間が見る夢の中と似ている」

 「ぐにゃぐにゃしてるってこと?」

 「そうだな、不定形な物で溢れているし、凄まじい数の悪魔が行ったり来たりしていて嵐の中にいるようだ」


 ラフルが言うには、こちらで魔法陣を使うとその悪魔の世界に呼び出しのようなものが来て、それを見定めて召喚されるかどうかは悪魔次第らしい。


 「ギルドの掲示板みたいな事なのかしらね」

 「あぁ。それに近いな」

 「でもそれで何百年も縛り付けられるのは割に合わないわね」

 「まあ召喚されると決めたのは俺だからな。仕方ないことではある」

 「あら、意外と殊勝なのね」

 「意外と?お前は俺のことをどう思ってるんだ?」


 またモヤが頭の方へ伸びてきたのでケイが叩かれまいと体を後ろに反らした。


 「いた!」


 ラフルは頭では無く無防備な足を叩いた。ずるい。


 「もしお前が悪魔を召喚したらあっという間に食われるだろうな」

 「え」

 「俺の残りの願いを寝ぼけ眼で使い切ったんだ。他の悪魔ならその言葉を良いように解釈してあっという間に頭からパクリだ」

 「絶対に召喚しません」


 良く考えずに残り二つのお願い事をしてしまったケイは背中が冷たくなり、ピシッと姿勢を正した。


 「でもラフルは私を食べないのね」

 「話し相手を食ったら意味がないだろう。それにお前は不味そうだ」


 なんて失礼な。ケイはジロリとラフルを睨んだ。


 悪魔の世界には娯楽がないらしい。だから悪魔は皆んな色々なところに行けたり経験できる悪魔召喚に応じるのだ。


 ただ気に入らなければ召喚者を殺すのだが。


 「ねえ最初にあなたを召喚したのはどんな人だったの?」


 ケイは気になっていたことを尋ねた。悪魔の過去の話を聞ける機会なんてこの先一生無いだろう。気になることは全部聞いてしまいたい。


 「最初の召喚者か……」


 ラフルはしばらく静かに考え込み、それからゆっくりと語り始めた。


 最初に召喚されたのは絵本の中から現れたような魔法師のお爺さん。悪魔を召喚できたことに大変興奮していて、その興奮ぶりは少年のようだったらしい。


 願い事はごく普通のもので、生きていくのに困らない程度のお金と、歳のせいで体に不調が出ていたのでそれを治して欲しいと言うものだった。


 「ラフルはそのお爺さんを食べなかったのね」 

 「全員が全員召喚者を食べるわけではない」


 少し怒ったように言われてしまった。


 「ご、ごめんなさい。それで、三つ目のお願いは何だったの?」

 「三つ目は無かった」

 「え?」


 ケイが言えたことでは無いが、最初の二つの願い事も随分と欲がない物だ。それなのに三つ目が無い、とはどう言うことだろう。


 「最後の願いを聞く前にそいつは死んだ」

 「……そう」


 ラフルが治したのは魔法師が自らあげた体の不調だけ。実際は内臓全体に限界が来ていたのだ。


 召喚者が死んでしまえば契約は立ち消えとなり、悪魔は自由の身。


 「あいつは死ぬ間際にずっと俺に礼を言っていた。まだ一つ願いが残っていると何度も言ったんだがな。ただただ満足そうにしていた。人間は良くわからん」


 良くわからない、と言ったラフルの声が少し震えた気がした。今彼はどんな顔をしているのだろう。ケイにはモヤがゆらゆらと揺れていることしかわからなかった。



 

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