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6 再会



「か、火事!?」


 これは目覚めて発する第一声で最も言いたく無い言葉第5位以内に入るものだろう。


 だが幸い、ケイの家は炎に包まれてはいなかった。

 

 「なんだ、あなたまだ居たのね」


 ケイの頭の上をモヤがぷかぷかと浮いている。寝起きに黒いモヤを見たら誰でも火事を疑ってしまうだろう。ケイはホッとしたやら騙された感覚にイライラするやらで、勢いよく自分の布団を剥ぎ取り起き上がった。


 「私のお願い事を聞いてなかったの?あなたはもう自由にどこでも行けるのよ」


 ふわぁと大きく欠伸をしながら朝の支度を進める。


 「ねぇ、私着替えたいんだけど」


 悪魔が人間の裸を見て何か感じるのかは不明だが、見られながら着替えをするのは遠慮したい。何も言葉を発しないモヤをケイは気怠げに見つめた。


 「えーとあなた、だ、ダークラ......ダークラフル??」

 「我の名前をもう忘れたのか!?信じられん……」


 やっとラフルは話したが、名前を忘れられたことに憤慨している。


 「あなたの名前長すぎるのよ。他の悪魔もみんなそんなに長いの?」

 「名前は命だと言っただろうが。知っていれば何度も呼び出せたものを。貴様は思ったより頭が悪いようだな」


 質問には答えず憎まれ口を叩かれてしまった。


 「朝からよく回る口ですこと」


 何だかいつまでもぶつぶつと文句を垂れているようなので気にせず着替えを済ませてしまおう。


 「えーっと、ダー......」

  「......ラフルで良い」

 「ラフル。元居た場所に戻るんでしょう?お別れでも言いたかったの?」

 「如何に貴様がバカな真似をしたのか物申したくてな」

 「え、私朝から貶されてる?」


 普段学園の生徒には好かれていないとは言ってもこんな暴言を吐かれたのは初めてだ。 


 「悪魔への願いでこんなに適当な物は聞いたことが無い」

 「普通ならもっと無理難題を言う物なの?」


 何せ悪魔に願い事をするなど人生で初めてのことなのだ。普通ならこうする、なんて例も聞いたことがないので何も分からない。


 「はぁー。貴様に解放された己が恥ずかしくなるな」

 「なんて事言うのよ。お礼を言われても良いと思うんだけど」

 「願いの一つで国を滅ぼすことだって出来たものを」

 「そんな事願わないわよ!」

 「まぁまた何百年も縛られる願いでは無かったのは幸いだった」

 

 ケイの話を聞いているのかいないのか。ラフルはふわふわと部屋の中を漂っている。


 「もしかして昨日媚を売ってきたのってそれで?」


 ラフルは無言だ。図星だったらしい。


 「私のことが不満なら早く元居た場所に帰ったらどう?」

 

 ケイは自分の机の上に山積みになっている紙の束をチラリと見る。秋休みの課題に全く手をつけていないのであまり時間を無駄にしている余裕がないのだ。

 

 「契約分は話をしてやろう」

 「そう?じゃあお茶でも用意しようかしら」

 「早よせんか小娘」

 「その小娘ってのやめてくれる?」

 「まだ貴様から名乗っていないだろうが」


 そう言われて確かに、と思った。これを知ったら礼儀がなっていないと母に叱られてしまう。悪魔相手に人間の礼儀が適用されるのかは謎だが。


 「申し遅れました。ベイクウェル家が長女、ケイ・ベイクウェルと申します。以後お見知り置きを」


 着替えたシンプルなドレスで美しいカーテシーを披露する。


 でも挨拶をした所で、少しお話をしたらお別れなのよね。


 顔を上げラフルを見るが、いかんせんモヤなのでこちらを見ているの見ていないのか全くわからなかった。


 「ふん。まあ見れんこともないな」

 「殴り合いをご所望かしら?」


 せっかく綺麗な礼をしたというのに。悪魔には礼儀作法というものがないのかもしれない。

 

 話をする為に窓辺の椅子をラフルに勧めたが、彼は常に浮いているので座っているのかどうかは分からなかった。ラフルは窓から外を眺めているようで、外に向けてゆらゆらと揺れている。


 「しばらく居るつもりなら、私のことも名前で読んでくれるかしら」


 小娘も無しよ、と釘を刺す。


 「……。善処する」


 あれ、私が主人なんだよね?とケイは首を傾げた。上から目線なのはこの悪魔の性格なのだろうか。


 ケイも窓の外を眺めて数瞬沈黙が落ちる。


 「神殿で見た記憶はどうだった」


 意外にも口火を切ったのはラフルだった。


 「……良いものではなかったわね」

 「吐くぐらいだからな」


 出来れば忘れて欲しい記憶だ。楽しそうにしないでくれ。


 「あれはっ……記憶の量が膨大だったからよ」


 嫌な味が口の中に蘇り顔を顰めた。


 「どんな内容だったんだ」


 なぜ興味があるのか知らないが、嬉々として話したい内容では無かったことだけは確実だ。


 「私が……男性恐怖症になった原因が分かったとだけ伝えておくわ」

 「ほう、そうなのか」


 なぜ少し楽しそうなんだ。


 あの記憶を見た後に真っ先に浮かんだのは絶望と小さな希望と、あの男だった。いつも婚約者と仲睦まじくしている見た目は平凡な男。


 今は何をしているだろうか。秋休みを婚約者と満喫しているのか、それとも課題に頭を抱えているか。想像して思わず笑みが溢れる。


 ラフルに見つめられているような気がして、ケイは居住まいを正しラフルに話題を振った。


 「私の話よりあなたの話を聞きたいわ。なぜあそこに縛られることになったの?」


 本意では無かったのよね、と言うとラフルは苛立つようにブルリと震えた。


 「……本来なら契約時の命令の穴を突いてすぐにでも逃げ出す算段だった」


 言葉を絞り出すという言い方が相応しいほどに悔しげに語り始めた。


 「だがあの魔法師は一枚上手でな。羊皮紙10枚分も契約について事細かく記したのだ。あれでは逃げるのは容易ではない」

 「契約の穴を突くって?」

 「人間は詰めが甘いのだ。契約の言葉も完璧ではない。例えば“莫大な富が欲しい”とだけ言われれば、やりようはいくらでもある。そいつの家を羊でいっぱいにしても、それは莫大な富だからな」

 「それは……悪魔的ね」


 どう言えば良いかわからず出てきたのがこの言葉だった。


 「でもそれなら余計、私の契約は穴だらけなんじゃないの?」


 もういいと思うまで話し相手になれ、と言う契約はあって無いようなものだろう。なぜ彼が今だここに居るのか分からない。

 

 「俺がどれくらいあそこに縛られていたと思う」


 あら、我と言っていたのが俺に変わったわ。気を許してくれているのかしら。


 「話し相手が居ないことがどれほど辛かったか……」


 良く考えずに“話し相手になってくれ”と言う願いが、思わずこの悪魔には刺さってしまったらしい。


 小さくなって震えている姿が、悪魔の呼び名に相応しいものには到底思えなかった。


 「……っく……ご、ごめんなさい、笑いごとじゃ無いんだけど、っふふ……」

 「笑うな小娘」

 

 モヤが細く伸びてきてケイの頭をポカっと叩いた。


 「いた!何するのよ!」

 「礼儀がなっていない人間を叩いただけだ」

 「礼儀がないのはどっちよ!礼儀がある人は誰かを叩いたりしないわ!」


 ギャーギャーと言い合っていると廊下にドカドカと大きい足音が響いた。


 目の前のモヤがスッと立ち消える。


ーーバアン!!!!


 「ケイ!!!!!!!!」


 ドアが思い切り開かれた音量に負けない声量が部屋に響き渡る。


 「お、お兄様!」

 「聞いたぞ、危ないところだったそうだな!?」


 母に似た美しい金髪を一つで括った美丈夫と呼んでも差し支えない兄が部屋に飛び込んできた。仕事を抜け出してきたのか、文官の制服を着たままだ。


 「お兄様、何も危なくは無かったですよ。この通り生きていますし」


 大方父が大袈裟に伝えたのだろう。

  

 「騎士2人が悪魔を見たと言っていたんだぞ?危なく無かったはずないだろう!」


 家族会議だ!と兄ニールはケイの腕を引き、家族が待つ食堂へと連行していった。


 秋休みの課題は徹夜で仕上げなければいけないな、とケイは遠い目をしていた。


 

 

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