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4 流れ込む記憶


 「我が怖くないのか?」


 そう問われてケイは少し首を捻った。


 「そうね……今のところは」

 「ふむ」


 先ほどまであんなに恐ろしかったのに、実物を見て仕舞えばなんてことはない。ただのもやもやした黒い物体ではないか。


 そしてどうやらしっかりと会話が出来るようだ。言葉が通じなかったらどうしようかと思った。


 「ねえあなた名前は?」

 「なぜ教えなければならんのだ」


 ケイは立ち上がり、膝に付いた草を軽く払った。


 「実は私、あなたを自由にできるのよ。でもそれにはあなたの名前が必要なの」

 「は?……」


 扉の前に歩み寄り、ケイは悪魔をまじまじと見つめた。黒いモヤは中心が1番濃いように見える。そしてモヤの発生源は壁の中のようだ。


 「おい、何をしている」


 いきなり壁を触り始めたケイに悪魔が怪訝そうな声をかける。


 「あった」


 ケイは壁から目視できないほどピッタリと嵌った四角い石を取り出した。モヤはもはや興味深そうにケイの後ろからそれを覗き込んでいる。


 「この魔法陣を書き換えたいから、名前を教えて」


 石を裏返すと、円の中に古い文字で悪魔を召喚するための文章がぐるりと書いてあった。


 「本当に書き換えられるのか?お前みたいな小娘が?」

 「今度小娘って言ったらこの先一生私の奴隷にする魔法陣に書き換えるわよ」

 「ふん、やれるものならやってみろ」


 この悪魔はなんともいい性格をしている。だから悪魔と呼ばれているのだろうけど。


 「やらないわよ、あんたみたいなの奴隷にしたって厄介なだけよ」

 「言うじゃないか」


 この神殿に入るにはこの悪魔をなんとかしなければいけない。どうしたものか。


 「あなた、いつからここに居るの?」

 「いつからだったか。貴様が生まれるよりも前なのは確かだな」

 「そう、それならいい加減ここに居るのも飽きたでしょう?」


 モヤは考え込むように動きを止めた。


 「まあ……そうかもな」

 「次あなたが自由になれるチャンスはいつかしらね?10年後?それとも100年後?そんなに待つより今自由になれるチャンスに賭けた方が良いんじゃない?」


 ニヤリと笑みモヤを煽る。これで納得してくれれば良いが。


 「……我が自由になったとして、ここの守りはどうする?いなくなればすぐに気付かれるぞ」

 

 よし。揺れている。文字通り。


 「それなら大丈夫。あなたの分身のようなものを作って置いていくから。もちろんこの塔を守るようにも設定していくから、守りも心配無いわ」

 「そんな事ができるのか」


 怪しむのも無理は無い。こんなに都合が良い存在がいきなり現れれば驚くのも当然だ。だがケイはこの日のために方々を走り回り様々な文献を漁っては平民に紛れ情報を集めていたのだ。元々魔法の才もあったので魔法陣の書き換えに関しても問題はない。


 神殿を見つけた今では、残す問題は悪魔だけなのだ。


 「貴様悪魔にとって名前の重要性を分かって言っているのか?命と変わらないのだぞ?」

 「知ってる。さっきは奴隷とか言っちゃったけど、私にそんな気はないわ。ただここを通して欲しいだけ」


 背後に居たモヤを真剣に見つめる。どうしてもあの夢が何なのか知りたい、ただそれだけだ。


 真剣なことが伝わったのか、モヤはゆらりと大きく揺れてまたぴたりと止まった。


 「……もしそれが嘘だったら、容赦はしないぞ」


 ケイは石を握りしめながらコクリと頷いた。


 「ダースラフルウィリスル」

 「ありがとう」

 

  良い名前ね、と言ったが悪魔は不機嫌そうだ。本心だったのに。


 ケイは魔法陣を素早く書き換えた。今縛られている悪魔を解放し、彼そっくりな分身を作り出す。書き換えは5分とかからずに終了した。


 「うおっ!」


 パチン!と音が鳴り、ケイが持っている石から伸びていたモヤがゴムを切ったように急激に縮み本体へと戻っていった。次いで石から新たに黒いモヤが湧き出す。


 「本当に書き換えるとは」

 「嘘は言わないわよ」


 ケイは元あった場所に石を嵌めた。


 「ねえ、あの2人は寝てるだけ?」

 「あぁ、あと数分したら起きるだろう」


 2人がずっと眠ったままな訳ではないことにホッと息を吐いた。もうすぐ日が暮れてしまうが、先に記憶をのぞいてしまいたい。ケイは赤茶の扉に手をかけゆっくりと体重をかけた。扉は案外軽く、スルリと開いた。


 中は思ったより明るい。外からの光だけではなく建物内部が仄かに光っているようだ。


 建物の中には円柱の外壁に沿うように螺旋階段が天井近くまで続いている。そして壁には一面本がずらりと並んでいた。だが書庫のように紙の香りがしない。不思議な感覚だ。


 「これは探すのに時間がかかりそうね」


 言葉と共に、気づかず止めていた息を吐き出した。


 「見ればすぐに分かる」


 後ろから着いて来ていたモヤが言う。


 「分かるって、どう言うこと?」

 「見渡してみろ」


 最小限のアドバイスをもとに周りを見渡してみる。膨大な量の本だ。この中からたった一冊を見つけ出すのは何年もかかるように思えてしまう。


 だが二階ほどの高さの本棚に一つだけ光るものが見えた。もしかしてあれが私の記憶なのだろうか。


 焦る気持ちを落ち着かせ、螺旋階段をゆっくりと登る。


 手に取ったそれは普通の本に見えた。一般的な茶色の装丁。だが表紙の題名はこの国の言葉ではなかった。隣国の言葉なら多少覚えがあるが、それは見たこともない文字。だがなぜか懐かしいような気がする。


 「読まないのか?」


 焦ったい、とでも言うようにモヤはケイの後ろをふわふわと漂っている。自由になったのだからどこへでもいけば良いのに。


 ケイは一つ深呼吸をしてからエイヤっと本を開いた。その瞬間に膨大な量の記憶が脳に直接流れ込んできた。


 脳みそが直接掻き回されているような感覚に立っていられなくなる。どうにか階段の手すりを掴みその場に座り込んだ。


 「おぉ、苦しそうだな」


 モヤはヒュンヒュンと飛び回り随分と楽しそうだ。だがケイはそれに怒ることも出来ない。そんな余裕などないのだ。


 「う……うっぷ」


 胃の中のものが込み上げてきて慌てて階段を降りる。本は押し込むように本棚に戻してしまった。損傷していないと良いが。


 あと2秒遅かったら記憶の神殿内でぶちまけてしまうところだった。ケイは草むらに朝食べたものを全て吐き出した。


 「……っく、ヒック……うぅ」

 「おぉ、次は泣き出した」


 こんなに盛大に吐いてしまったのは小さい頃に高熱にうなされた時以来だ。だが泣いたのはそれが原因ではない。


 今見た記憶。恐らく前世とかそう言う類のものなのだろう。まるで自分の中にもう1人分の人生が流し込まれているようで、同時に胃のなかまでもがぐるぐるとかき混ぜられているようだ。


 ケイはなぜ自分が同じ夢を繰り返し見るのかを理解した。


 そしてこの痛みからは逃れられないことも。


 「ん?……お嬢様!!」


 目を覚ましたシリルがケイの元へ駆け寄った。ソーニャも目を覚ましたようで、モヤへ向けて剣を構えている。


 ケイは震えるばかりで言葉を発することが出来ないが、ソーニャに向けて剣を下げるように合図した。モヤは嫌なやつだが争う必要はないだろう。


 シリルはケイを支えながら、ソーニャはモヤを警戒しながら元来た道を戻った。もうじき足元が見えなくなるほどに日が傾いている。急いで森を抜けなければ。


 ケイが記憶の神殿の方を見やると、黒いモヤはまるで手を振るようにこちらへ向けてゆらゆらと揺れていた。



ありがとうございました!

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