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3 記憶の神殿



 「では、行ってきます」

 「き、気を付けるんだぞ!」

 「長くなりそうなら手紙を書きなさいね」


 態度が両極端な両親に馬車の中から手を振る。


 母がいなければ家を出発するのに相当の時間を要しただろう。ケイの腕を離そうとしない父を最終的に母がベリっと剥がしてくれた。


 ガタガタと揺れる馬車にはケイと護衛の女性騎士が2人。御者も女性だ。計4人の女性のみの旅だったが、ケイはとてもリラックスしていた。顔見知りだったこともあるが、男性が居ないのが有難い。父は男の騎士が居ないことを少し気にしていたが、ケイに男性と旅をさせるのは酷なことだ。


 「お嬢様、眠そうですね」


 女性騎士に指摘される。赤髪の彼女はシリルだったか。


 「実は昨日ワクワクして寝れなくって」


 恥ずかしそうに告げるともう1人の女性騎士がふふっと笑った。柔らかな金髪を短く整えている彼女はソーニャだ。


 「私は少ししか事情を知りませんが、お嬢様が望むものがあると良いですね」

 「えぇ、私もそう願うわ」


 その後何時間馬車に揺られていたのだろうか、ケイはいつの間にか眠りに落ちていた。


 あぁ、またこの夢だ。


 自分は薬の匂いがするベッドに寝ている。目を開けたいのに瞼が言うことを聞かない。周りでは数人が焦ったように走り回っているようで、忙しなく行ったり来たりする足音がうるさかった。


 お腹の辺りが冷たくて、自分の体に穴が空いたように感じる。


 誰かの泣き声が聞こえる。


 泣いているのは誰?


 お願いだから泣かないで。


 泣かないで。


 


 「〜う様、お嬢様、着きましたよ」


 シリルに肩を軽く揺すられてケイは夢の世界から戻ってきた。今どこに居るのかすぐに把握できない。


 軽く周りを見まわし、馬車の内装を見てやっと自分が今何をしていたのかはっきりと思い出した。


 幼少期から繰り返し見る夢。内容はいつも同じだ。同じ夢を見ることなら誰にでもあるだろう。だがケイは夢から覚めるたびに腹痛を訴えた。医者に見せても異常は無し。月のものでもないとはっきりと告げられた。


 医者が言うには精神的なものだろうと。


 だが精神的なものにしては腹の痛みが強すぎた。まるで外傷を負ったような痛みなのだ。もしや呪いか、と色々な魔法師を頼ってみたが、ケイの体はまっさらで綺麗なものだった。呪いの欠片も無いと。


 もうお手上げだと両親共に嘆いていた時風の噂で記憶の神殿のことを知った。


 この国に、全ての記憶を収めている神殿があるのだと。もしかしたらこの夢は誰かの記憶なのかもしれない。記憶の持ち主を知れば解決する術もあるのでは?


もうこの痛みと生きていくことを半ば覚悟していたが、少しでも望みがあるなら縋りたかった。御伽話並みの話で、無駄足に終わるとしても。


 それほどあの夢は絶望に満ちていた。


 「ここからは徒歩です」


 シリルの手を借りて馬車を降りる。馬車がギリギリ通れるほどの道が途切れ、そこからは森が広がっていた。


 「行きましょう」


 ケイは躊躇うことなく森へと踏み入った。御者には待機してもらい、シリルとソーニャが前と後ろを警戒しつつ森を進む。こんな所に賊は出ないだろうが、野生生物と出くわす可能性は低くない。


 国の東端は広い草原が広がっていて、建物があるとすれば唯一あるこの森の中だろう。そう予測を立ててここまで一直線で向かったが、少しばかり森の広さを舐めていたかも知れない。


 歩けど歩けど木ばかりだ。


 「お嬢様、暗くなる前には一度帰らないといけません」

 「ごめんなさい、もう少しだけ」


 ここまできたらもう意地だ。ケイは藪に怯むこともなくズンズンと突き進む。


 森の中は木が陽を遮るので今が何時なのかすぐに分からなくなる。森を抜ければ案外まだ昼過ぎだった、と言うこともあるだろうが暗くなって仕舞えばすぐに方向感覚を失いやすくなる。


 湿度が高いのか、秋なのにじっとりと汗をかく。髪が張り付く感覚が不快だ。


 しばらく歩き、今日はここまでかと諦めかけた時、視界の端に何か光るものを見た気がした。


 「……ハアッ……ハアッ、ごめんなさい、もう少し付き合ってもらえる?」

 

 もうすでに足が限界だったが、確かに何か見えた気がしたのだ。シリルとソーニャは息も乱していなかったが、すでに森の明るさは活動時間ギリギリだ。


 2人は無言で目を見合わせ、同時にコクリと頷いた。


 「行きましょう。もう数十分は大丈夫です」


 なんて頼もしいのか。ケイは先ほど何かを見た方向へまた進み始めた。


 背の高さほどもある藪をガサリと退けると、目の前にいきなり真っ白な建物が現れた。


 「こ、これは……」


 疲れもあったが、何よりも圧倒されて言葉が出なかった。


 周りには木しかないのに、いきなりポツンと円柱状の建物が建っている。石でできているのだろうか、異様に滑らかだ。ステンドグラスのような窓が付いているが、並びも不規則で奇妙な雰囲気を醸し出している。


 建物の下の部分に赤茶の扉がある。あそこだけ木で出来ているようだ。ソーニャが警戒しながら建物に近づく。見たところ罠があるようには見えない。


 「お嬢様、少し待っててくださいね」


 危険が無いか確認してくる、と先に扉に着いたソーニャが扉に手をかけた瞬間、彼女はその場に頽れた。後ろでもどさりと音がした。驚いて振り向くと、ケイの後ろを守っていたはずのシリルが草の上でスースーと寝息を立てている。


 何が起こったのか分からず身動きができない。何かの罠なのか、それとももしかして。


 あの日屋台の店主に聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。


ーーあそこには神殿を守っている悪魔がおる。


 疲労とは別の理由で膝が震える。


 今すぐにでも踵を返して逃げてしまいたかった。


 だがこの2人はどうなる。置いていくのか。2人を見捨てて自分だけ助かる?


 そんなの無理だ。


 ケイは震える膝を無理やり動かし、扉へ向かった。後ろで倒れたシリルは草の上だったので大丈夫だろうが、扉の前で倒れたソーニャの足元は石だ。頭を打っていないかが心配だった。


 扉の前までどうにか歩き、ソーニャの息を確認する。


 良かった。しっかりと息をしている。


 人を抱えた経験はないが、ソーニャの腕を自分の肩に回しどうにかシリルの元へ連れていく。2人とも見る分にはすやすやと気持ちよさそうに寝ているようだ。


 「困ったわね……」


 2人を同時には運べないし、1人ずつ運んでいては日が暮れてしまう。


 「驚いた。すぐ逃げ出すと思ったのに」


 どこかから声がした。意地悪そうな低い声だ。


 「だ、誰!」


 周りを見渡すが誰も居ない。だが確かに声は近くから聞こえた。


 「我は悪魔だ。知っていて訪れたのだろう?恐ろしい悪魔が居ると」


 バカにしたような声色が赤茶の扉の方から聞こえた気がして勢いよく振り向いた。どんな恐ろしいものがそこに居るのかと思ったが、そこには何やらもやもやした黒いものが。


 「……あなたが悪魔?」


 「様を付けろ小娘」


 モヤモヤは不満そうにゆらゆらと揺れていた。 



ありがとうございました!

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