2 情報収集
ケイ・ベイクウェルは授業が終わると寄り道もせずに帰ってしまう。校則で寄り道は禁止となっているが、守っている生徒の方が少ない。勉強をした後は友達と遊びたくなるのが年頃の子供というものだ。貴族の子供ばかりなので護衛付きの寄り道だが。
だが彼女はそんな子供らしいこともせずに毎日早々に学校を去っている。他の生徒たちは彼女が家に帰って勉強でもしているのだろうと思っていたが、実際のところは違う。
「待ってください、そこの所をもう少し詳しくお願いします」
「詳しくったって、俺も噂で聞いただけだからなぁ」
平民の格好をしたケイが果物を売っている屋台の男に熱心に話を聞いている。男は困ったように頭をポリポリと掻いていた。
夕方の市場は買った食料を持って帰る主婦や、仕事を終えた男たちで賑わっている。
「どんな些細なことでも良いんです。お願いします」
「まあ、そこまで言うなら。でもただの噂だからな?」
周りの喧騒に男の声がかき消されないようにケイは少し前屈みになり男の声に耳を傾けた。
「この国の東の端っこによ、神殿があるんだって。その中に世界中の人の記憶を溜め込んでるらしいぜ。それこそ別世界の人間の分もな」
ケイの目がキラリと光った。この情報が欲しかったのだ。
「とても有益な情報です。本当にありがとうございました」
ケイはお礼に、と目の前に並んでいたツヤツヤしたリンゴを買った。
「嬢ちゃん、まさかその神殿に行くつもりか?」
「えぇ、もう少し情報を集めたら向かってみます」
店主に別れを告げ帰ろうとした時、隣の屋台の店主が声をかけてきた。老舗であろうことが屋台の古ぼけ方でわかる。店主も負けず劣らず年代を感じさせる人物だった。見た目で判断するのも失礼かもしれないが、軽く80歳は超えているように見えるおじいさんだ。
「あそこに行くのはやめた方がいい」
震えているが、彼の声は思ったより芯がしっかりとしている。
「え……なぜですか?」
「あそこには神殿を守っている悪魔がおる」
悪魔。今まで見たことはないが、この世に存在しているのは確かだ。一昔前までは悪魔を召喚して国家間の争いに利用していたらしい。ただ、今は戦争から縁遠くなって久しい。悪魔を召喚する術も失われつつあると聞いた。
もっと詳しいことを聞きたかったのだが、おじいさんは少し話して疲れてしまったのか、それ以降会話をしてくれることは無かった。
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「ケイ、本当に行くのかい?」
「ええお父様」
古い文献を広げがながら答える。顔を上げれば心配そうに眉を下げている父と目が合った。
「お父様、大丈夫よ。危ないと思ったらすぐに帰ってくるわ。私の強さを知っているでしょう?」
「そ、それはそうだが、流石に危ないだろう……」
「あなた、心配しすぎよ。護衛もつけるんだから」
オロオロしている父を母が諌める。2人を見るたびに、バランスが良い夫婦だなと思ってしまう。お人好しでポヤポヤとしている父をいつも母が嗜めているのだ。
「ありがとうお母様。護衛もいるし、馬車で行くからすぐに帰って来れると思うわ」
父の手を優しく握る。少しだけ落ち着いたようで、父もケイの手を握り返した。
「絶対に夜に出歩くんじゃないぞ、何かあったらすぐに護衛に伝えること、それと……」
「あなた」
放置していたら延々と注意事項をあげてしまいそうな父をまた母が止める。神殿には悪魔がいるらしい、と父に伝えるのはやめておいた。そんな事を言った暁には部屋に閉じ込められてしまいそうだ。
「そういえばニールには今回のこと言ったの?」
「ううん、めんど……機会がなかったから、伝えてない」
「あら、あの子が知ったら泣いちゃうわよ」
母がふふふといたずらっ子のように笑った。兄と仲が悪いわけでは無いのだが、少しばかり妹を好きすぎる嫌いがある。今回のことも知ったら全力で止めに来るだろう。それだけは避けたかった。お叱りは後で受けることにする。
「では明日の朝に出発します」
「えぇ、今日はゆっくり寝なさい」
おやすみなさい、と両親に挨拶をし自室へと向かう。母の手を握って泣きそうになっている父の顔が扉を閉めるまでこちらを見つめていた。
学園は今秋休みだ。神殿を探すのにちょうど良い。寝巻きに着替えベッドに潜り込んだケイは明日の英気を養うために早く寝ようと意気込んだが、寝ようと思えば思うほど思考はグルグルと巡り始めるのだった。
ありがとうございました!