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神の気まぐれ

暗闇の中を漂っている。

 俺は確かに死んだはずだ。あのブラック企業で過労死――筋トレすら回数が減り、努力が裏切られ続けた日々を思い出す。


 なのに意識は消えず、この黒い虚無に浮かんでいる。呼吸しているか分からないが、苦しくない。


「おーい、起きてる?」


 甘く艶やかで、底知れぬ嘲笑を含んだ声が響く。声変わり前の少年を思わせる澄んだ音色に、不気味な魅力が混ざる。

 ぼんやりと視界が白く滲むと、そこに華奢な少年がいた。10歳ほど、黒髪は艶やか、長い睫毛、まるで人形のような美しさ。だが瞳には闇の輝きが潜み、口元には享楽的な笑みが浮かんでいる。


 彼は宙で逆さに浮き、くるくる回転しながら俺を見下ろす。重力などないかのようだ。


「君、健達樹だよね。死んじゃったねぇ。」

 少年は舌先で唇をなぞるように微笑む。「ブラック企業で報われぬ努力を続けるなんて、実に面白かったよ。普通なら諦めるところを、君は最後まで粘った。おかげで結末まで見られたけど、死んじゃったらもう面白みがない。」


 ムカつくが、この相手は得体が知れない。怒っても無意味だろう。


「あなたは神様か?」

 俺は震える声で問う。彼は肩をすくめる。「神様と呼んでもいいよ。ニャルラトホテプって呼ばれたこともあるけど、それが本名かどうかは知らない。まあ僕は嘘を吐くのも好きだからね、一度しか言わないけどね、嘘かどうか確かめてみれば?」


 嘘か本当か分からないが、彼は少なくとも常人を超えた存在らしい。

 妖艶なショタの外見で人間の不幸を笑うなんて性格悪すぎる。


「君がさ、報われない努力に執着する変人だったから、ちょっと興味が湧いたんだ。」

 神は仰向けに浮かび、長い睫毛をパチパチさせる。「だから他の神々が見放した世界へ君を放り込もうと思ってね。そこは魔王軍が牛耳る地獄さ。人々は弱く、努力してもフレームという限界枠があって、普通はそれを超えられない。超えようとした分は零れ落ちて無駄になるんだ。」


 フレーム

 何の話だ。俺は首を傾げる。


「君、知らないだろうけど、どんな生物にも“器”があるんだ。器といっても実態はないが、筋力でも魔力でも耐久でも、通常はこの器が上限となって、いくら努力しても器以上には盛れない。器が小さい人は大成できないし、器が限られれば超過分は零れ落ちる。だから普通の人は限界がすぐ来るんだよ。」

 神は嘲笑的な声で続ける。「でもね、他の神が見放したあの世界で、君には特別なスキルをあげる。名前は『微刻累積ビコクルイセキ』。この特性は、努力するたび、器の一部を僅かに拡張して、普段なら零れ落ちるはずの超過分を積み上げられるんだ。」


 器を拡張?

 つまり、普通なら100回腕立てを目標にしても、器が90回分の力しか受け止められないなら10回分無駄になるが、このスキルは努力で器そのものをちょっとずつ拡げ、90回が90.5回、91回…というように増やせるのか?


「ただし条件がある。」

 神は指を立てる。「毎日コツコツ継続すれば、0.5%でも0.1%でも器が微増し、昨日より少し広くなる。でも1日サボればその日の拡張分は消える。つまり、1日ごとに器を微刻みで広げ続けない限り、翌日まで維持できないんだ。器拡張を続けるには毎日の努力が必須。サボった分、その日の伸びは幻のように消える。」


 なんという不安定な力だ。毎日努力必須。しかし、前世は努力すら無意味だったんだ。今度は少なくとも器を拡張できる。

 魔法一発で強くなれるわけじゃない、即効性もないが、日々積み重ねれば普通なら越えられない限界(器の枠)をじわじわ押し広げられるなんて、すごい可能性だ。


「その世界は魔王軍が支配し、他の神々は面倒くさいと放置した。チートもなし、一夜で器を拡げる魔法もなし。ほとんどの奴は器内で頑張るが限界をすぐ感じて諦める。君はどうかな?器を微増し続ければ理論上限界なしに強くなれるかもしれないよ、サボらなければね。」

 神は楽しげに笑う。「僕は人間が苦しむの大好きなんだ。君がコツコツ器を拡張しつつ、それでも死ぬのか生き延びるのか、その苦悶を見て娯楽にする。『魔王を倒せ』なんて言わない。君は勝手に足掻くだろうから、見てて飽きないし。」


 彼は舌先で笑みを作る。

 嘘かもしれないが、このスキルが本当なら、前世より何倍もマシだ。器を日々微増できるなら、最初は1日0.5%でも、1年後には大きな違いが出るはずだ。

 魔王軍が支配し絶望的な世界?構わない。器を拡張できるなら、何度でも限界を押し上げられるじゃないか。これは大チャンスだ。


「いい、そのスキル、受けるよ。」

 俺は強く答える。皮肉や嫌がらせには聞こえない。むしろ俺には待望の機会。努力が徒労に終わらず、器を拡大し続けられるなら、やれる。


「うん、最高の反応だ。」

 神は手をひらひら振る。「じゃ、行きなよ。その世界で器を微刻みで拡張して、さあどうなるか……楽しませて。」


 白い光が俺を包む。

 魔王軍支配、他神が見放した絶望。だが俺は器を拡げられる特性を得た。0.5%、0.1%でも積み上げれば、いつか前世で果たせなかった100回腕立ても越える日が来るかもしれない。


 視界が閃光に満ち、神の妖艶な笑い声が遠のく。

 俺は再びどこかへ落ちていく。だが今度は希望を抱いている。このスキル、微刻累積を使えば器という限界枠を日々ほんのわずかずつ押し広げられるのだ。

 前世では限界に押し返された努力も、今度は限界そのものを塗り替えることができる。

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