第7話「いざ魔王城へ」
「これでよし」
勇者のミゲルが焚き火に土をかけたあとで、皆に目配せする。
それに合わせて、俺たちは大きく頷いた。
ほんの小さな木漏れ日が、まるで俺たちを祝福するかのように差し込んでいる。
そう、出発の朝が訪れたのだ。
「行くぞ皆!! 打倒! 魔王デスロード!!」
意気込んだミゲルの言葉に、「おお~!」と声をあげる。
しかし俺の心の中では、この目の前の焚き火の後のように、じんわりとした迷いが燻り続けていた。
本当に、魔王を倒しても良いのだろうか?
もし俺が魔物だったなら、魔王軍はどちらかで言えば俺の味方ということになる。謂わば会社のようなものだ。会社が潰れたら最悪の場合、社員の俺は共倒れになるかもしれない。
「どうしたのマホケス? なんだか顔色が優れないようだけど」
「ああ、ちょっとその………緊張して」
「ガッハッハ! そりゃ魔王を倒すんだもんな! 緊張のひとつやふたつ、当たり前ってな! でも安心しなマホケス。オレっちがついてるからよ!」
ガブアスがウインクをしながら親指を立てる。
しかし、その眩しい笑顔に俺の不安が払拭されることはなかった。
魔物というのは、魔王によって生み出された存在。
つまり魔王が滅びたとき、魔物も高い確率で絶滅するのではないだろうか。
そう考えれば考えるほど、俺の中の戸惑いが膨れ上がっていく。
「意外とすんなり辿り着けそうだね」
ミゲルが言った。
確かに、ここまでの道のりを考えれば、驚くほどスムーズに進めている。
「私たちが近づいているのを知って、魔王城で待ち構えているのかも……」
「城に入ったら、いきなり激しい戦いになる可能性があるってことか」
「いや、それよりも罠じゃねぇか? 入るなり落とし穴に落ちるとかよ」
皆で色々な推測を立てる。
だが結局いくら考えたところで、『気を付ける』以外の選択肢は俺たちにはない。
いままでもそうして、苦境を乗り切ってきたのだから。
俺たちは警戒しながら、森の奥へ奥へと進んでいった。
そして遂に――――――
「これが…………魔王城…………」
見るからに不気味な巨城の前で、皆がゴクリと息を飲んだ。
まあ俺は木の上からとっくに見ているので、特に目新しさは感じない。
なので雰囲気だけは、初見のものを醸し出しよう努力した。
「でっけぇな。それにこの禍々しい空気……オレっちでさえ、ブルっちまうぜ」
「え、ええ……。でもここまで来たんだもの、引き返すわけにはいかないわ」
「リリーナの言う通りだね。よし、先陣はボクが切ろう」
いつものようにミゲルが俺たちの先頭に立つ。
そして恐る恐る、悪魔のレリーフが刻まれた巨大な扉に手をかける。
俺は後方から遠巻きに眺めながら、杖を構えた。
ガブアスやリリーナも、戦闘の体制を取る。
しかし――――――
「ダメだ……開かない」
ミゲルが押しても引いても、扉はびくともしないようだった。
「よっしゃ! オレっちにまかせな!!」
腕をぐるぐると回しながら言ったガブアスが、全力で扉を押す。
体当たりまでしてみるが、やはり扉は固く閉ざされたままだった。
「ちくしょう……ここに来て、籠城作戦かよ!!」
ガブアスが悔しそうに地団駄を踏む。
ミゲルも握っていた剣を下ろし、複雑な表情で目の前の扉を見た。
「仕方ない……。別の入口を探すことにしよう」
「ああ、それしかなさそうだな」
俺も杖を下ろし、警戒心を少し緩めながらミゲルたちの方へと近づく。
そのときだった――――――
「あ」
俺の首にかけていたペンダントが突然、光を放ち始めたのだ。
そのなんとも言えない怪しい光が、俺たちの顔を赤く染め上げる。
すると次の瞬間、さらに不思議なことが起こった。
「見てみんな! 扉が!!」
リリーナの言葉で俺たちが扉の方へ顔を向けると、まるでペンダントの光に呼応するかのように、扉のレリーフの悪魔の瞳も赤く輝く。
そして悪魔がひとつ鳴き声を上げた、数秒後――――――
ゴゴゴと地響きのような音を立てながら、大扉は横へスライドしながら消えていった。
「…………………………開いた」
仲間の視線が、俺のペンダントに集中していることが分かった。
「……マホケスよぅ。確かその宝石、大事なもんって言ってたよな?」
長い沈黙のあとに、ガブアスが口を開いた。
懐疑的な瞳をしている。だから俺は言ってやった。
「いや、違うよ。街の市場かどっかで買った安物じゃないかな?」
「え? でも、子供の時から持ってるって言ってなかったか?」
「ああ、じゃあ山だ! 田舎の山でたまたま拾っただけだな。宝石だし、そりゃ誰でも拾うっていうか。逆に拾うことで人間性の証明にもなるし、赤はむちゃくちゃ目立つしね。リンゴやトマトは赤くて栄養あるし、人間の血の色はもちろん赤。つまり赤=正義という計算式が成り立つと同時に、赤の神聖性が遺憾無く発揮され、扉を開けるという奇跡を起こした。つまり結果オーライだから皆もう行こう」
俺は一息で捲し立てる。
皆は不思議そうな顔をしていたが、首を捻りながらもギリギリで納得してくれたようだった。
まさかこのペンダントが魔王城の鍵だなんて、分かるわけがないだろうが。知っていたら、二束三文でも売り払っていたに違いない。しかしそんな貴重な物を生まれながらに持っているとは…………。
『もしかしたら俺は、魔王軍の幹部級の魔物なのかもしれない…………』




