第32話 〜 蠢くもの?〜
気温が氷点下近くまで下がった深夜の公園。街灯もまばらため、そこかしこに闇が出来上がっていた。池の中をゆっくりと一つの影が進む。
影の進む先には、水温が低くなり動きがゆっくりになった鯉が短い眠りについていた。影は5本の指を器用に動かしゆっくりと鯉に向かって進み、その胴体にを掴むように張り付く。
張りつかれた鯉は“ビクッ”と体を震わせ即時に襲撃者を振り払おうとするが、磁石同士がくっついたかの様にピッタリと張り付き、張りつかれた部分から正気が吸われ次第に意識を失っていった。
最後にもう一度だけ“ビクッ”と身体を震わせた鯉はゆっくりと水面に向かって浮かび上がっていく。その時には張り付いていた影は離れ他の獲物に向かって水中を泳ぎ始めていた。
水中を進む影に明確な意識は無かった、今あるのは生存本能だけだった。影には目もなくぼんやりと白く輝く物体を見つけると近づき張り付く。白く輝く物が自身が生きる為に必要な食料だと言う事しか認識していなかった。
それを認識したのは少し前、自身が何者かに食われていると認識した時だ。自身を構成している物が、何者かに少しずつ奪われている事が分かった。それと同時にその何者かを白く輝く物であるとも認識した。
そして生存本能から“飢餓”の感情が生まれ、目の前の白く輝く物に張り付く。そして正気を奪うと少しだけ満たされ“飢餓”の感情が薄らいだが、すぐに猛烈な“飢餓”を感じ周囲の白く輝く物に近づいては正気を奪うを繰り返した。
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「最近、池の鯉がよくしんでいるよな…やっぱり急に寒くなったからかな?」
「どうだろう?」
「この前だってカラスが死んでただろう?一瞬鳥なんちゃらを疑ったけど…」
公園の清掃を行っている男達が冬の暖かな日差しの下、空き缶などを拾いながら会話をしている。
「あの時はびっくりしたよなぁ…周囲に羽が沢山抜けてたけど特に外傷が無かったからな。でも1羽だけだったしな」
「うーん、もう2、3日様子を見て課長あたりに報告するか…」
「それより、今日の昼は幸楽に行って餡掛け焼きそばをたべようぜ?」
清掃員の男達は異変を一旦棚上げし、話題を昼食に切り替えた。同僚の提案にもう1人も「そうだな」と賛成し手早く清掃作業を終わらせるとその場から足早に去っていった。
遠ざかって行く2人を水中から影が残念そうに見送って行った。この数日鯉から正気を奪い続けた影は、自我に目覚めつつあった。
目覚め始めた自我は、もっと多くの正気を求め始めていた。そして今いる水中よりも外の方には沢山の白く輝く物があり、量も大きい事を認識していた。
あの大きな白く輝く物から正気を奪えばもっと“飢餓”を満たす事ができるのでは無いかと思うだけで目覚め始めた自我は興奮していた。
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「かぁ〜!やってられねぇ〜!絶対に辞めてやるっ!」
陽が落ち気温が1桁台に下がり始めた夜の公園に1人のサラリーマン風の酔っ払った男性がベンチで少し大きな声で愚痴を漏らしていた。
「本当にムカつく!あの馬鹿課長代理っ!自分で客からの要求仕様を読み間違えて指示した癖に、なんで俺が仕様変更とバク修正を休日出勤してやらないといけないんだっ!」
不満を一気に言葉にして吐き出した男性は息を吸うように持っていた缶ビールを煽った。ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み、また不満を漏らす。
「そりゃ、俺はプロジェクト担当でリーダーだけど、自分の失態は自分でりかばーしろって!それが出来ないなら頭を下げてお願いして来いよ。何を偉そうに「担当はお前だ」何が「1日は24時間あって、月曜までは48時間以上ある」だ!」
再び缶ビールを煽り最後まで飲み干すと豪快にゲップをした。そして持っていたビニール袋からもう一本缶ビールを取り出すと栓を開けて、ゴクゴクと飲み始めた。
その様子を影は水中から“見ていた”。いつもは直ぐに移動してしまう、大きな白い輝きが一つの場所でじっとしている。これは大きな機会だと考えると興奮が湧き上がってくる。
「あ〜寒空の下、星を見ながら飲むビールは旨い!だが、だがしかし。40歳も過ぎて会社の床で仮眠を取りながらの仕事は絶対に間違っている!これのプロジェクトが終わったら、絶対に転職してやる」
影は水中から上がりゆっくりと大きな白い輝きに近づいて行った。影は男性が座っているベンチに真っ直ぐ進んで行った、影が街灯の下に現れると男性はぼんやりとした意識の中何かが居ることに気づく。
「…うん?なんだ?カエルか?…でも今は冬だ…冬眠?してんじゃねぇ?ちょっと飲み過ぎで視界がぼやけるなぁー」
男性は目を凝らし焦点を合わそうとすが、合わなく何度か指で目をこする。水を含みブヨブヨの膨らんだ影は街灯の薄明かりの下では深いカーキー色に変色はしていて一見クラゲの様に見えた。
しかし、何度か目を擦っている内に焦点があって来るとそれが人間の手であることに気づいた。男性が“ヒッ“っと小さく悲鳴を上げた瞬間、影は何処にそんな力があったのか、一気にジャンプして男性の顔に張り付いた。
男性はパニックになりながらも、顔面に張り付いた手を引き剥がそうと抵抗をする。長い間水中にい影(手)の皮は、ブヨブヨに柔らかくなっており表面だけが剥がれ落ちる。
影(手)は、張り付いたと瞬間に一気に男性の正気を吸い取り、男性は抵抗虚しくベンチの上に横になった姿勢で息絶えた。
男性から正気を奪った影(手)は、地面に降り立つと小さく震えしばらくすると痩身の男性に変身をした。
「ちっ畜生がぁーーー!あの女っ!絶対にゆるさねぇー!あいつの家族、仲間、関係者全員喰らってやるっ!」
翌朝、1人の男性が亡くなっているのを犬の散歩をしていた老人が発見するが、ベンチに横たわっていた事、周囲に飲み干された缶ビールが転がっていた事、そして争った形跡が無かった事から酒酔いからの凍死として処理されたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今作品は全て作者の妄想で出来ております。
現実の言葉、人物、団体、組織などなどは、一切関係がございません。ご了承の上お読み頂けますと幸いです。




