表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スコッパーさんは底辺冒険者から英雄を発掘したい

作者: yuzu

「うーん……」

「なら、こっちのルカ組はどうです?」


 僕は、冒険者組合の受付カウンターでお姉さんと押し問答をしていた。

 カウンター上には、僕が並べた何枚かの冒険者たちの経歴書と、組合側の依頼書。


「エクスさん、その人たち☆4ですよね……」

「そうです。先日☆4になれたんです!」


 受付のお姉さんは経歴書と依頼書を見比べて、眉尻を下げている。困り顔がかわいい。


「これ、☆5の依頼なので……、信頼できて、何より死なない人たちじゃないと」

「受注は一つ下の☆4から可能ですよね。彼らは無名ですが信頼は厚く、腕も確かです! 特にリーダーの彼は……」

「でも死なれたら困っちゃいます」


 お姉さんにピシャリと拒否された。

 僕の褪せた焦げ茶の髪と違って、お姉さんの亜麻色の髪は窓から差し込む午後の陽ざしにきらめいている。


 僕は、組合で冒険者に仲介する依頼を物色していた。


 大昔は冒険者本人が自由に依頼を受注できたそうだ。しかし、情報漏洩や依頼品の横領など、何より無謀な受注による高い死亡率が問題になり、今の仲介制になった。

 その仲介人は、数多くいる冒険者から二つ名を持つ者や「英雄」を”発掘スコップ”するため、「スコッパー」と呼ばれる。


「でしたら、こちらのアレル組は!? 僕の一推しです! 下積みが長く☆5になるまで年数はかかりましたが、どんな依頼も堅実にこなしてくれる頼もしい奴らで」

「うーん……、」


 アレル組は僕が紹介できる冒険者の中で唯一の☆5。彼らを出しても、かわいいお姉さんの反応はよくない。


「この依頼、俺に仲介させてくれ」


 聞き慣れた低い声がして、横からカウンターの上に依頼書と一組の冒険者経歴書が置かれた。

 その依頼書は僕が持ってきたものと酷似している。というか、同じだ。経歴書には☆5の表示。


「あらガヴァルさん。承りました。冒険者さんたちによろしくね」


 依頼書に受注印が押される。それを僕は呆然と見ていた。


「……ということで、エクスさんには申し訳ありませんが、この依頼は締め切りました」


 僕には困り顔しか見せなかったお姉さんが、天使の笑顔を振り撒いた。


「いや、僕が先に……。それに正式な受注には本人たちの署名が必要でしょう?」

「一応は仮受注ですけど、ガヴァルさんが本受注に進まなかったことは無いし。なら先に手続きしておいた方が時間の節約でしょう?」


 お姉さんが白い羽ペンで依頼書に冒険者たちやガヴァルの名前を書き込んでいく。


「僕が交渉してたのに……」

「どうだ? 仕事は順調か?」


 体格が良い金短髪の男、たった今依頼書の仲介人欄に名を記載されたガヴァルが話しかけてきた。


「おかげ様で、狙っていた案件は今、目の前で掠め取られたよ」

「はははっ! そいつは悪いことをしたな!」


 微塵も悪ぶれた様子の無い男は豪快に笑った。


「強者が勝つ世界だからな。悔しかったら早く俺みたいに☆6の冒険者を掘り起こせ」

「ガヴァル、そう簡単に有名冒険者は発掘スコップ出来ないよ」

「知ってるさ。だからこそ発掘実績を積めたときには信頼が得られるんだろ」


 ガヴァルは僕と一緒にスコッパーの仕事を始め、既に二つ名を冠する冒険者を数組発掘(スコップ)している。


「おっと。そろそろ新米冒険者達の説明会が始まる時間だ。エクス、お前も物色しにいくだろ?」

「もちろん」


 月に一度、組合の試験に合格した新米冒険者への説明会がある。そこに将来の英雄候補はいないかと、僕とガヴァルは毎回顔を出していた。


「それは良かった。しかし、近頃はド新人をいちいちチェックしてその中から発掘しようって気概のあるスコッパーは減っちまったな」


 僕たちは受付を離れ、併設された食堂を横切りながら集会室へと向かう。食事の時間にはまだ早いが、食堂は賑わっている。食事のためではない。あちこちの机で冒険者とスコッパーたちが話し合っていた。


「効率を考えると、同じ新人でも少しは経験を積んだ冒険者の中から探したほうが早いからね」

「ったく。誰がド新人に仕事仲介して新人にまで育てると思ってるんだ」

「☆1にも上がれず辞めるやつも多いし、しょうがないよ。昇格はともかく、経験積むだけなら仲介不要な依頼もまだ多いレベル帯だしね」

「無名のド新人をゼロから有名冒険者まで打ち上げていくのがスコッパーの醍醐味だろうがよ……」


 集会室の入口まで来たところで、依頼書などが張り出されている掲示板を見上げている4人組を遠目に見つけた。

 中心にいる柔和な好青年は──。


「お。アレル達だ」

「あぁ、さっきお前が紹介しようとしてた☆5のやつらか。そういや新米の頃から熱心に仲介してたな。あいつら何で掲示板の依頼なんて見てるんだ? 仲介が不要な低ランクの依頼しか張り出されてないだろ」


 彼らはレア薬草を100束採集する依頼を熱心に読んでいた。


「あいつらはさ、困っている人を放っておけないんだ」


 あの依頼は、希少な薬草を大量に探すのにかなり根気がいるのに対し、報酬は普通。


「希少薬草の採集なんて労力の割に儲からない。受注する冒険者がいないんだ。でも、薬草が無いと作れない薬があって、薬が無いと苦しむ人がいる。アレルたちはそれを見過ごせないんだ」

「お人好しだな。中堅冒険者のアイツらには経歴の足しにもならない依頼だろうに」


 アレルが僕たちに気づき、横にいた長身の仲間と笑顔で手を振ってきた。弓を担いだエルフの女の子は微笑みながら腰を折り、黒ローブを纏った男も仏頂面ながら目礼してくれる。


「経歴になる様な討伐系の依頼とかも仲介してるけど、その合間に誰にも受注されない低ランクの依頼もこなしているんだ」

「だからか。年数の割に昇格が遅いのは」


 僕は駆け寄ろうとしたアレルたちを手で止めた。もうすぐ新米冒険者の説明会が始まる、と手で伝える。


「エクスさーん! 僕たちがもっと経験積んだら、☆6への推薦状書いてくださいねー!」

「もちろんだよー!」


 声を張って、アレルたちと距離のある会話を交わす。


「彼らは地道にコツコツ仕事をこなして、やっと☆5に上がったばかりなんだ。僕は、絶対に彼らを二つ名持ちの冒険者に押し上げる」

「なら、俺はあいつらに手出さないように覚えとく。必ず、お前の手で打ち上げてやれよ」


 その難度への冒険者の推薦と発掘経験がないと、高難度の依頼は仲介させてもらえない。つまり☆6冒険者の発掘スコップ経験がない僕は、まだ☆6の依頼を仲介する資格がない。

 僕自身の昇格のチャンスが潰されないのはありがたい。


「お前も早く☆6を発掘して俺に追いつけよ。高難度の依頼も今より取りやすくなるだろ」

「そういうなら、僕が交渉してる横で依頼をかっ攫っていくのはやめてくれよ」


 僕はアレルたちに手を振り、悪びれもせず「ははは! それは悪かったな!」と笑いながら集会室に入っていくガヴァルの後を追った。



 ◇



 僕は街の城壁から少し離れた野外に来ていた。


 護身用に剣は装備してきたけど、戦闘は専門外なので弱いマモノとしか戦えない。


「ドラゴンか……。やっかいだね」


 街外れにマモノが居座っていると旅人から報告を受けた冒険者組合が、冒険者へ依頼を出すための下見を僕に頼んだ。組合は詳細を正確に把握しないと適任の冒険者へ依頼ができない。


 街の城壁と同じくらい背丈が高いドラゴンが2匹いた。濃緑の巨体に、大きな翼もある。

 大人しく佇んでいるが、街の安全を考えれば出来れば討伐、最低でも追い払う依頼が必要そうだ。


 僕は組合への報告書を頭の中で書く。

 

「難度は……、☆5が妥当かな」


 ドラゴンの死角に回り、腰を降ろす。この種は至近距離に近寄ったり刺激しなければ襲ってこない。

 革鞄から蝋板(ろうばん)尖筆(せんぴつ)を取り出す。蝋板ろうばんは一度書いたものを消してまた書けるのが良い。紙やインクは庶民には高級品だし、このドラゴンが大人しい種とはいえ悠長にペンやインク壺を広げるのは危険だ。


「簡単なスケッチもつけておこう」


 尖筆せんぴつろうに引っかけて削り書く。ドラゴンの色、大きさ、形、僕を認識しながらも襲ってこないその性格も、詳しく記していく。

 戦闘能力も調べたいけど、僕がドラゴンと面と向かって戦ったら死んでしまう。諦めよう。



 ◇



「ガヴァルじゃないか。久しぶり」


 ドラゴンの調査を終えた翌週、掲示板に張り出された今週の組合通信を読んでいる同期を見つけた。


「僕から掠め取っていった依頼は順調?」

「俺は成立してなかった依頼を取っただけだろ。人聞きの悪いこと言うなよ」


 同期のガヴァル相手なら気安い減らず口が出てしまう。


「あの討伐依頼は3週間もかかっちまったが、さっき完了報告してきたところだ」


 ガヴァルの横に立ち、僕も組合通信を読み始める。紙が使われている。贅沢だ。


「あ? なんだよ……、これ」


 ガヴァルが目をみはったと思ったらすぐ細め、ひとつの記事を凝視する。


「なに? 大きなニュースでもあった?」


 僕も彼の視線の先を追う。

 そこにあったのは、一組のパーティが☆6に昇格したという知らせだった。


「☆6への昇進か。かなり久々に見るね」

「のんきに言ってる場合か」

「どんな冒険者なんだろ? 誰が仲介人かな? どんな二つ名がつくかな?」

「……ここ見ろよ」


 ワクワクしている僕とは裏腹に、厳しい表情のガヴァルが記事の一点を指さした。 

 そこには昇進した冒険者たちの名が記されていた。


「こいつら、この前のやつらだろ」


 アレルたちだった。


 ”評価を焦る冒険者たちが多い中、コツコツと地道な努力を積み重ねられる”、”長年の下積みに裏付けられた高い信頼性”と評価されている。


 昇格を申請したスコッパー名はフラウリー。知らないやつだ。

 その人が☆6の依頼をアレルたちに仲介して、依頼達成の報告がてら昇格を申請した、と書かれていた。


 ガヴァルは眉をひそめ、手は小刻みに震えている。


「……エクスを舐めやがって」


 ガヴァルが低く唸る。憎々しげに掲示板を一瞥して、顔を背ける。


 その時、運悪くアレルたちの姿を見つけてしまった。4人とも食堂をはさんだ反対側の受付カウンターを向き、僕たちには背を見せている。


「あの恩知らずたちめ! お前らを長年仲介して下積みさせてやったスコッパーは誰だと思っていやがる!」

「落ち着けよガヴァル。冒険者は誰から仲介されても問題はない。あいつらは何も悪いことはしていないよ」


 今にもアレルたちに突進する勢いのガヴァルの肩を両手で押しとどめる。

 周囲は交渉中の冒険者やスコッパーで賑わっていて、ガヴァルの怒鳴り声は喧噪に紛れる。


「黙れエクス! 俺はあいらに一言言ってやらなきゃ気がすまない!」

「よしてくれ。あいつらやっと打ち上がったんだ。僕はこのチャンスを潰したくはない」

「お前は悔しくないのか!? 実る直前の穂先を刈り取られたんだぞ!?」


 僕は冷静にガヴァルを宥めようと務める。


「昇格はあいつらの長年の泥臭い努力の賜物たまものだ。僕はちょっと仕事を仲介しただけで、何もしていない。彼らの実力だよ」


「……むしゃくしゃする。おい、さっき郊外のドラゴンの追加調査に行くと言ってたな。俺も行くぞ。調査報酬はやまわけだ!」

「ちょっと、勝手に決めるなよ。待てって……」


 僕は勢いよく組合の扉を開けて外に出ていくガヴァルを追った。


 去り際に受付カウンターを振り返る。アレルたちはこちらに気づいていない。良かった。



 ◇



「エクスがやっと俺と並ぶと思ったのに……」


 ガヴァルはまだイラついている。僕は道中ずっと彼を宥めていた。


 たしかに自分の発掘スコップ実績にできなかったのは残念だけど、彼らの昇格は素直に嬉しい。

 僕にも☆6冒険者の発掘経験があれば、ガヴァルみたいに高難度の依頼も取りやすくなっただろうけど、仕方がない。

 依頼がもっと取れればあいつらにも効率よく経験を積ませてやれるのに、とよく仲介している冒険者たちの顔が浮かぶ。

 ────やっぱり悔しい。


「この辺りか? ドラゴンが2体いたというのは」

「うん。この小さな森を抜けた先だよ」


 昼下がりの切ない木漏れ日が行く手に差し込む。


 森を抜ける手前で、僕は腕で合図し歩みを止める。姿勢を低くし、木と藪の陰に隠れて前方の様子を伺う。ガヴァルもそれに倣う。

 森を抜けたとこに、先日と同じようにドラゴンたちが居座っている。


 ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン……ん? 

 5体はいるぞ! 増えてる!?


「2体、って言ってたよな……?」


 体格の良いガヴァルが引き攣った笑みを浮かべている。


「先週は、たしかに2体だけだった……」

「出した依頼は誰か受けたか?」

「いや、まだ……」


 ドラゴンの様子を伺う。2体のドラゴンが睨み合い、威嚇しあっていて一触即発の雰囲気だ。縄張り争いか? 雌の取り合いか? 2匹とも街の城壁より遙かに大きい。この前は見なかった個体だ。

 他のドラゴンたちも大分興奮している。


「もし奴らが興奮したまま群れで街に向かってきたらまずいな。城壁ごと街をぶっ壊しかねない」

「それに隠れて見えないだけで、他にもっと数がいるかもしれないね」

「緊急依頼を出した方がいいな。このまま依頼が受諾されるのを待つには危険すぎる」

「同感だよ」


 緊張と冷や汗が背中を走る。


 僕たちは戦闘が専門じゃない。一匹でもドラゴンとの戦闘は無理だ。つまり、街も危険だが、それ以上に近距離にいる僕たち自身も危ない。


「エクス、お前の足は速い。街まで走れ。腕の立つ冒険者を連れてこい」

「ガヴァルはどうする?」

「ドラゴンを見張るやつが必要だろう。俺の方が腕は立つ。残って、正確な数と詳細を調べておく。万が一街に向かったら狼煙か何かで知らせる」


 なるほど。二手に分かれる、か。


「なら、僕が残る。戦闘が目的じゃないなら足が速い方が命拾いしやすい」

「俺より弱い奴を置いていけるかっ!」

「冷静になれよ」

「俺は冷静だ!」


 揉めている暇は無い。一刻を争う。

 僕はゆっくり息を吐き出した。


「ガヴァル、頼んだよ」


 革鞄をその場に置いて、森からそっと出る。ドラゴンたちを刺激しないよう静かに。ドラゴンたちを回り込むように動く。


「バカが!」


 ガヴァルの悪態に不適に微笑んで、親指を立てる。頬が引きつっていない自信は無かった。


「死ぬなよ──」


 ガヴァルは街の方へ引き返した。




「このまま、ずっとにらみ合っててくれ……」


 ドラゴンたちは確実に僕の存在に気づいてはいる。彼らは聡い。森に潜んでいた時から気づいていたはずだ。襲ってこないのは僕が取るに足らないからだろう。


 大柄な2匹のドラゴンは頻繁に羽を広げたり歯を見せ合って威嚇し合っている。

 回りではやし立てているドラゴンの足元に小さな個体が2匹いるのを見つけた。僕より小さい。子供か。

 群れの周りを一周したが他にはいない。子供も含めて全部で7体のようだ。


「子供がいると親は殺気立つ。なおさらやっかいだ……」


 ドラゴンの群れと距離を取りながらさらに半周して森とは反対側に位置取る。これで万が一ドラゴンが僕に向かってきても、街とは反対方面に誘導される。


 2匹の睨み合いと威嚇合戦はしばらく続いた。


 もう少ししたら日が沈み始める。


 その時、睨み合っていた片方のドラゴンが大咆哮をあげた。

 僕は距離を取っているのに顔に突き刺すような痛みが走る。風圧でのけぞりそうになるのを何とか堪える。


 ごろん。

 きゅるるる──。


 子供が1匹、僕の足下に転がってきた。童顔につぶらな瞳で両手で抱えられる大きさだ。

 僕は中腰になり子供が転ばないよう背中に手を当てて支えてやる。子供がこれ以上群れから離れたら興奮した親が何をするか分からない。


 ぐるるるるっ!!


 まずい!


 親らしきドラゴンから異様な殺気が僕に向けられる。子供に手を当てたことで攫おうとしたと勘違いされたのかもしれない。


 さらに桁違いの咆哮をあげ、羽ばたいたと思ったら、一瞬で目の前に──


 親の尻尾が払い上げられる


「──っ!」


 砕かれる様な衝撃が身体を駆ける。


 僕は空へと叩きつけられた。



 ◇



 ふわりとした浮遊感で意識を取り戻す。数秒意識を失っていたのか。


「僕が打ち上げられてどうする!!」


 下を見るとドラゴンは掌の大きさになっていた。少し遠くに街の城塞が見える。かなり上空に打ち上げられた。


 次の瞬間、僕は頭から落下し始めた。


 このまま地面に叩きつけられたら無事で済むわけが無い──。


 考えろ。


 僕は魔法は使えない。

 衝撃を和らげる方法は、何か──。

 落下で内臓が宙に浮く感覚がする。

 死──!?


 英雄を。せめて二つ名持ちの☆6冒険者を、死ぬ前に発掘しておきたかった。


 受付のお姉さん。ガヴァル、スコッパー仲間。依頼人たち。ひとりひとりの顔が、浮かんでは消える。僕を頼ってくれる冒険者のみんな。そしていつも笑顔で手を振ってくれるアレルたち──。


 地上が目前にせまる。


 身体をひねって空を仰ぐ。無駄と分かっているけど受け身の姿勢を取る。

 まだ──、死にたくない!


 背中に衝撃を受けた瞬間、再び僕の意識は落ちていった。



 ◇



「……ク…さ……」


 だれ──?


「エクスさん!」


 聞き覚えのある美声。


「エクスさん! しっかり!」


 重たいまぶたを、なんとか開く。


「大丈夫ですか?」


 焦点の合わない目が、柔和な好青年をとらえる。


「ア……、レル?」

「そうです僕です。間に合って良かった」


 瞳を潤ませたアレルが僕を見下ろしている。彼の背後には西日が落ちかけた空があった。

 2本の棒状の何かに背中を支えられている感触がする。


「立てます?」


「僕は……?」


「詳しい話は後です。ここは危険です。歩けそうですか?」


「あ、あぁ。何とか。大丈夫そうだよ」


 僕はアレルに降ろしてもらった。

 降ろしてもらう──?


 なんと、僕はアレルに横抱きにされていた。


「こっちです。早く離れないと」


 アレルが僕を森の方へ小走りで誘導する。身体は鈍く痛いけど何とか動ける。


「仲間がドラゴンを誘導してるけど、まだ危ないです。気をつけて」


 森の中に僕を導いたアレルは仲間たちの元に走って行った。いつも身に付けているマントや革鎧は無く、剣を腰にいてはいるがやけに軽装だ。

 僕とは反対側から弓矢や遠距離の魔法攻撃がドラゴンたちに着弾している。威力は弱い。あの攻撃では倒せない。


「エクス! 無事だったか!」


 ガヴァルが僕に駆け寄ってくる。息を切らし、額には大粒の汗をいくつも浮かべている。


「心配かけやがって、この野郎」

「うん。アレルたちを連れてきてくれたんだね。助かったよ。死ぬかと思った」


 ガヴァルが胸と両手で僕を挟み、絞め殺しにかかる。


「僕はどうして助かったの?」

「覚えてないのか? あの高さから落ちたんだ、無理もねえ……」


 髪も揉みくちゃにされる。


「アレル組のローブ男が風魔法でお前の落下を相殺、弓兵エルフがアレルに速度上昇の補助魔法をかけ、長身の兄ちゃんがドラゴンを切りつけて挑発してお前から離した」

「それでアレルが僕を受け止めてくれたのか──」

「あいつら、上空から落下するお前を見て、何の相談も無く阿吽の呼吸でそれをやってのけた。さすがだな」


 そろそろ離してくれないかな。こいつ汗臭いぞ。僕もか。


「組合に飛び込んでお前がドラゴンの群れに独りで対峙してるって大声で知らせたら、あいつら、装備もろくに持たずに飛び出して行っちまった」

「あれ? アレルは剣を装備してたけど……」


 ガヴァルは僕の目を見て、にっ、と笑った。汗臭い男に抱きしめられたまま見つめられても気色悪い。それに腰のあたりがもぞもぞする。


「俺のを貸したんだ。長身の兄ちゃんなんて戦士だろうに、短剣しか持ってねえぞ。自分の武器を持ってたのは弓兵エルフの姉ちゃんだけだ」

「そんな……、ドラゴン相手に、無謀だ」


 お互い息が整ったところで、ガヴァルはようやく僕を解放した。


 僕たちの横から冒険者たちがドラゴンの群れへ走っていく。見知った顔ばかりだ。「こっちは任せろ」「ゆっくりしててね~!」と口々に声をかけられる。僕とガヴァルがよく仲介している冒険者たちだ。


「おう! 短剣しか持ってない長身の兄ちゃんにこれを渡してくれ!」


 ガヴァルが駆け抜ける冒険者に放り投げたのは僕の剣だった。いつの間にか剣帯けんたいごと外されていた。

 

 冒険者たちに包囲されたドラゴンたちは少しずつ森から離れていく。なるほど。そういうことか。


「討伐するつもりは無いのか。弱い攻撃で挑発を繰り返して、群れを街から遠ざける作戦だね?」

「そゆこと」

「この人数なら討伐も狙えるしその方が名声も上がるのに、あくまで安全を優先するんだね。アレルたちらしいや」


 そのアレルは冒険者たちの間を行ったり来たりして、しきりに何かを伝えている。全体の指揮を執っているのか。移動するときはドラゴンに弱い攻撃を入れ、確実に群れを街と逆方面に導いている。

 戦闘も弱くは無いが、全体を俯瞰しながらのこういった細かい立ち回りが彼の真価だ。


「後はあいつらの仕事だ。俺たちはしっかり記録して、あいつらの経歴を彩ってやろう」

「そうだね。しっかり記録して報告するよ」


 僕は森に置いていた鞄から大量の紙と、ペン、そしてインク壺を取り出した。



 ◇



「あのー、スコッパーのエクスさんってあなたですか?」

「そうですが……?」


 あれから数日後。僕とガヴァルは手分けをしてドラゴンの追い払いに参加した冒険者全員分の報告書を書き上げた。

 すぐに昇格申請ができる冒険者は出なかったものの、もう少し経験を積んだら昇格が狙えそうな冒険者には僕たち二人からの推薦状も書いた。


 見知らぬ若い冒険者から声をかけられたのは、それらを提出し終えて食堂でガヴァルと一杯やっていた時だった。


「あの、僕たちでも出来そうな仕事、紹介してもらえますか……?」

「知らない奴から名指しなんて、エクスお前やるじゃねえか!」


 僕が口を開く前に、3杯目のエールをあおっていたガヴァルがニヤニヤしながら茶々を入れてくる。


「仲介は構わないですけど……。ちなみに、どこで僕を?」


 若い冒険者がはにかみながら掲示板を指差す。


「えーと。とりあえず組合の経歴書を拝見しながらお話ししたいので、受付からご自身の資料を借りてきてください」

「はい!」


 若い冒険者は軽い足取りで受付に向かっていった。予め資料を持参しなかったのを見るとまだ経験は浅そうだ。

 でも、素直で礼儀正しい様子に好感を覚える。経験はゆっくり積めばいい。仲介のしがいがありそうだ。昔の、新米だった頃のアレルたちに似ている。


「ちょっと掲示板を見てくるよ」


 ガヴァルは掲示板に何が書かれているのかを知ってか知らずか、始終ニヤニヤしている。気持ち悪い。


 掲示板のそれらしき記事を探していると組合通信のインタビュー記事が見つかった。英雄候補、☆6冒険者へのインタビュー特集だった。


『僕たちの☆6昇格を申請して打ち上げてくれたのは、直接的にはフラウリーさんです。ですが、エクスさんが冒険者登録したばかりの僕たちに仕事を仲介してくれなかったら、ここまではこれませんでした。

 失敗ばかりの僕たちに、長年根気よく、仕事を振ってくれたんです。しかも僕たちのその時々の実力やコンディションを見極めた、死なない程度の適切な難度の依頼を。

 僕たちを☆6に押し上げてくれたのは実質的にはエクスさんです。

 組合や依頼者、冒険者の皆さん。薬草採取から凶悪ドラゴン討伐まで、どんな依頼もスコッパーのエクスさんに仲介してもらえば間違いはありません!』


 その記事には柔和な好青年を中心に、よく見知った4人組が綺麗に描かれていた。


「エクスさーん! そっちの話が終わったら、こちらの☆6依頼にぴったりな冒険者さんを紹介してくださーい!」


 組合の受付カウンターから軽やかな声が響いた。


「いや、僕は☆6冒険者の発掘スコップ経験は無いから、☆6の仲介資格は無いんだけど──」

「なに言ってんだ。アレルたちの☆6昇格推薦状を先に受付に出してたんだろ」


 いつの間にかガヴァルが真後ろに立っていた。

 そういえば──、遅かれ早かれアレルたちの昇格申請をするつもりだったから、推薦状は先に提出しておいたんだ。


「でも、僕はただ推薦しただけで……」

「スコッパーの格は目利きの善し悪しで決まるだろ? ☆6に昇格した奴らの仲介を新米からずっとしてたんだ。事前に推薦状も出してる。それで十分だろ」


 僕の下腹が温かくてふわっとした感覚に包まれる。


「それにドラゴン騒動の後、あいつらが鼻息荒く組合に交渉してたぜ。『僕たちを発掘したのはアレルさんだ!』ってな」


 ガヴァルが僕の肩に手を置く。

 下腹の温かいふわふわの何かが身体の中心を上がっていき、なんだか目元も暖かくなってきた。


「胸を張れ。あいつらを打ち上げたのは、お前だ」


 僕は掲示板を必死に見上げた。何も目に入らない。


「エクス! 俺たち新しい魔物を討伐したんだ。実績をまた組合に提出してくれよ!」

「それが終わったら、こっちとも話に来てくれ!」

「ちょっと、私が先なんだからね」


 冒険者組合の受付カウンターと、隣接する食堂は、今日も賑わっている。






最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの話が楽しめたら評価☆をいただけると執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ