4.侮辱
「はっ、何か言ったらどうだ? 快楽殺人鬼」
僕が呆然と男を見つめていると、彼は嘲るような声で言い、
「反論しないってこたぁ、認めたって事なのか。おん?」
馬鹿にした声で問いかけてきた。
「ちっ、違う。ただ、状況が呑込めなかっただけだ」
目覚めたらこの男の前に居たのだ、状況が呑込めないのは必然だろう。
だが、奴は、
「はっ。どうだかな?」
嗤った声で言った。
「本当なんだ。信じてくれ。信じられないかも知れないが、本当なんだ。僕は何もやっていない」
言い訳をするような口調で言うと、奴は掌を机に叩きつけ、
「どうだかな? こんな事を書かれた奴を信じられるとでも?」
と言ってきた。
どういう意味なんだ。言っている意味が分らない。
僕が叩きつけた手を見る。
すると彼の掌は紙。複数個の新聞紙に載っていた。
「なんだそれ?」
僕が若干のクラクラとする感覚を抱きながら問いかけると、
「新聞だよ。お前、そんな事も分からないのか?」
侮蔑的な声で言い、
「通り魔殺人・田宮遥人、無罪を主張 反省はなしか?」
「殺人鬼”無罪”主張」
「親殺しの殺人鬼 無罪 を叫ぶ」
と言葉を漏らし、叩きつけられていた新聞紙を僕の顔に投げつけた。
「イッ」
声を漏らしながらも落ち、グチャグチャに広がった新聞紙には、先程男が声に出した言葉と同じ言葉が、見出しに躍っていた。
「どうして」
小さく声を漏らすと、
「それが朝刊だ。犯罪者」
男はそう言うと、
「犯人涙の自白」
「被告、罪を認める」
「田宮遥人、審問で命乞い 泣き落としか?」
「やはり犯人 罪を認めた大罪人」
と声を出し、また僕に新聞紙を投げつけ、
「これが夕刊だ。認めちまったみたいだなぁ。言い逃れはもう出来やしないぞ。犯罪者、いや悪魔め」
彼は喜ぶように嗤った。
「なっ、なんで。僕はこんな事。一言も言ってない」
新聞に踊る嘘の告白、それに反論をするように叫ぶと、
「そんなのは知らねぇよ。悪魔は悪魔らしく殺されるんだ。無様に命乞いをしてな。おい。早く」
今度は新聞の見出しではなく、男の言葉が返ってきた。
「どっ、どうして。報道が嘘を言っているんだ。僕はやっていないんだ。本当なんだ」
僕が彼に叫ぶ。
すると、
「本当かな? お前のお友達にインタビューした会社もあるんだが、そこでは『奴は何時かやると思っていた』『何時も怪しかった』『多分、皆のことも殺そうと画策していたんだと思う』と証言されてるぞ」
嘘であって欲しいことを言ってきた。
「嘘だろ」
若干の焦りを抱きながら言う。
すると、
「どうだろうな」
嘲るような嗤いを返してきただけだった。
嘘だ。嘘だ。嘘に決まっている。
分かってはいる。
だが、疑心的な気持ちが湧いてくる。
「嘘に決まってる」
小さく呟くと、
「思い出してみると良いさ。お前のお友達をよ」
気色悪い笑顔を貼り付け、彼は何かを取り出した。
それはボイスレコーダーだった。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘に決まっている。有り得ない。
心拍が、鼓動が早くなるのが分かった。
「これはなんだか分かるか? おん、悪魔め」
ボイスレコーダーの再生ボタンに、指を掛けながら言う。
「やっ、やめろ。やめてくれ」
信じてはいる。信じているのだ。
だが、僕は怖かった。
彼らが、友達が僕の事を、犯罪者予備軍だと思っていたかも知れない事が。
彼らが、僕の事を、ずっと、ずっと疑っていたと言うことを知ると言うことを。
「信用できないか? お友達がよ」
侮辱的な声で言い続ける。
「流して欲しくないよな」
僕が頷く。
「それじゃあ、それ相応の事をして貰わないと困っちまうよな」
彼は言い、
「自白しろよ。今すぐに! 此処で! 自白しろよ」
と怒鳴った。
「ちっ、違う。僕は本当にやっていないんだ」
それ以外、言葉が出せない。
「世間では、皆が皆、お前が白状したと思ってるんだ。皆が皆、お前の死刑執行を待ってるんだよ。さっ、さっと白状しちまいな。最後くらい、誰も困らせずに死んじゃあくれないか? 皆、お前の事で悩んでるし、困ってるんだよ」
諭すような声、論調で彼は言う。
僕はやっていない。
「僕はやっていない。本当なんだ。信じてくれよ」
こめかみが焼けるように熱い。
口の中が、吐きそうになるほどに苦い。
「はあ」
彼は深く溜息を吐く。
そしてすぐに、
「ふざけてるんじゃねえぞ! ぶち殺してやる! 最後くらい、てめぇが死ぬ最後くらい。俺達に迷惑を掛けるんじゃねぇよ! ゴミ野郎!」
机を殴りつけながら叫び、
「今! 今此処で、ぶち殺してやる!」
怒鳴るように叫び、飛びかかるようにして掴みかかってきた。
「やっ、やめ。やめろ! やめてくれ!」
顔を必死に守りながら叫ぶ。
だが、彼はやめる予兆を見せることなどなく、
「ぶっ殺してやる!」
と叫びながら、僕に馬乗りとなり、首を両手で掴んだ。
「っうぐ」
若干の声を漏らしながら、僕は手足を必死に動かした。
彼の体を、腕を、顔を、足を必死に叩き、引っ掻いた。
だが、段々と薄れていく意識に伴うように、力も抜けていく。
僕の足掻きはまるで、何ら意味を成すことはなく。
僕は意識の手綱を手放した。
・・・・次に僕が目覚めると、僕は複数の人達に見つめられていた。
僕の前方には、黒服の男達が、右にはひまわりのバッチを服に付けた男が、左には菊のバッチを付けた男が、後方には、様々な服を着た沢山の人がいた。
僕は、裁判所にいたのだ。