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普瑠那鈴蘭の幼い頃は大人しかったものの、少し変わっていたと言う。それは彼女の家庭にも関係があると見て取れる。彼女の母親は俗に言う“ネグレクト”であった。現在の父親は四番目の父親であり、彼女の苗字が変わるのもこれで七回目である。無論、その内三回は母親の苗字であるが。兄弟は二番目の父親に一人、三番目の父親に二人居たが、どれも既にこの世に存在しない。
彼女が家庭環境で唯一恵まれていたことと言えば、父親が彼女を愛してくれていたことだろう。それは実父に限らず義父も同様であった。幼稚園や小学校の行事に参加していたのはいつも父親であり、母親の姿を見たことがある人は三番目の父親の時に五年間通った小学校の地域の回覧板をいつも手渡ししてくれていた当時隣の家に住んでいた山根さんぐらいだ。母親は夜職に勤めているので昼夜逆転生活をしており、近隣の人と顔を合わせるなんてことはないに等しかったのだから。話を戻そう。四人の父親の中で一番鈴蘭を愛してくれたのは三人目の父親であった。もしかすると、一番父親としての時間が長かったからかもしれないが、例え父親として接した時間が一ヶ月であったとして一番愛してくれたのは誰かと聞かれても彼女は三番目の父親と答えるだろう。
その男は異月菟葵というフリーライターだった。書いている記事は夜職に関するものだった。その関係で鈴蘭の母親と出会ったと考えられる。だがこの男、それだけでは無かった。特定の地域で祀られていた動物を数匹殺したことによって懲役二年の投獄生活を送った過去があったのだ。当時の資料は少ししかないが、どの資料でも一致しているのは頸動脈が切られており、血が噴き出してはいるもののそれ以外の傷もなく、動物が抵抗した痕跡も残っていなかったという事だ。つまりこの男、異月菟葵は中々のやり手であると推測できる。もしこの男が殺しの手ほどきを鈴蘭にしていたとすれば、十分に気を付けなければならない。
「これが普瑠那鈴蘭の情報ですか?」
甘雛は実に不愉快であった。今、最も注目されている事件と言っても過言ではない”スズランGift”。それに関する情報がたったこれだけなんて!今集まっている情報をすべてくれと言ったはずなのに、肝心の鈴蘭に関する情報がほぼ無く、異月菟葵という男と関わりがあったことが分かるだけがせめてもの救いだった。
「取り敢えずこの異月菟葵という男に接触してみるしかないみたいね。」
勿論甘雛も平日はただの高校生として学校に通っている訳だから、現場にいる時間を沢山とれはしない。だからこそ短時間で事件を解決するやり方に定評があるのだけれど。
「ここ…ね…。」
そこは山小屋で、人間が住んでいるとは到底思えないほどにボロボロだった。銃でも所持していたらどうしようか。お生憎、甘雛は銃弾を零点何秒単位で避けられる女ではない。こんなにボロボロなら獣に襲われる可能性も考慮して猟銃ぐらい持っていてもおかしくはないだろう。まぁ、ここに実際に男がいるのかも曖昧だが。
「当たって砕けろ、とはこの事ね。ホントに身体砕けそうだけど。」
満を持してノックする。
「あいよぉ。重武さん、とうもろこしのおすそ分けはもうええんやか…誰ですか。」
「突然申し訳ありません。紅緋探偵事務所に所属している者です。少しお時間宜しいですか、異月菟葵さん。」
出てきたのは薄汚れた白いTシャツにジーパン姿で髪は伸びきった中年男性だった。