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光る海 001  作者: 藤原一樹
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卒業まで7か月

九月のある日、7か月後に高校の卒業式を控えた一樹は右手に根浜海岸を見ながら学校に向かってバイクを走らせている。三陸海岸特有の入り組んだ湾岸道路は右に左にコーナーが続く。湾岸沿いに岩山を削って作られたアスファルト道路はアップダウンとコーナーの連続だ。一樹の住んでいる白浜町から、鵜住居うのすまい町にある、釜石北高校までは片道、おおよそ30キロの道のりである。一樹の愛車はヤマハRZV500R2ストエンジンのモンスターマシーンだ。一樹が高校2年になった時、父親の運転する車が居眠り運転の大型トラックとの事故に合い、両親と妹の家族全員を亡くし、一人になってしまった。それから毎日このRZV500Rで通学していた。釜石北高等学校の生徒は殆どが釜石市からの電車通学で鵜住居駅から約2キロほど歩いて通学していた。通学時間帯ともなれば駅から学校まで、学生たちの長蛇の列ができていた。一樹のように、バス路線もない様な辺鄙な所からの学生には、バイク通学が認められていた。学校の裏門にある学生専用の駐輪場に一樹はバイクを止めた。そこから、体育館と本校舎を分ける渡り廊下から校内に入ると冷ややかなツーンとしたコンクリート特有の匂いがした。下駄箱を開けて上履きに履き替えると階段を上がり、3階にある自分の教室、3Fに入り、そのまま奥に進んで窓際の最後尾の席に座ると、いつもの様に窓の外を、ぼんやりと見つめる。そこから見える校庭では、多くの生徒たちが、きゃきゃと言いながら遊んでいる。(そういえば、1,2年生の時は俺らも、ああいう風に遊んでいたなァ)と一樹は思った。そして、白浜に続く湾岸を遊び仲間のタカ、邦明、テツの3人と一緒にバイクで走り回った事とか、45号線を宮古方面に走ったりした事を思い出していた。しかし、タカは不純異性交遊とかで盛岡の学校に両親から半強制的に転校させれ、邦明は同級生に対して暴力事件を起こしてしまった為に退学になっていた。そんな仲間たちと毎日のようにバイクを運転しながら遊んだ頃を懐かしむ一樹だった。このまま、卒業してバラバラの人生を送ってしまう事、このまま、別れてしまって、いつまた会えるのかと、やり切れない思いが駆け巡っていた。そんな事を考えている所に四人仲間の最後の一人となった、テツが現れた。テツのクラスはBクラスで 一樹がいるFクラスには暇があれば来ていた。「一樹、うっス!」と一樹の前の席に座りながらテツが言った。「おう!テツ・・・」と一樹が窓際から目線をテツに向けながら答えた。「もうすぐ、卒業だなァ。」テツが言った。「だなァ、‥後7か月かァ・・そういえば、お前、横浜の日産に就職決まったんだろ?良かったじゃねェ~か。」と一樹が言った。「おう!地元の製鉄所に入りたかったけど、この、ご時世だからなァ、なんとか就職先決まって良かったっぺよ。」とテツが寂しそうに答えた。釜石市は製鉄所が盛んだったのは、ラグビーの10連覇位までで、今ではすっかり、寂れてしまい、町も閑古鳥が鳴いているような有様で、とても地元の高校生を採用することが無理な事は誰の目にも明らかであった。やはり、若者が働くにはこの地を離れる事しかなかった。それが一樹を含めた卒業していく若者の一人一人の重荷になっていた。あちらこちらに点在してしまうともう、2度と会えない気がして、切なくなっていく一樹だった。それが卒業の寂しさと重なって、一樹の心に重くのしかかっていた。「なんか、急に社会人になるって、やりたい放題、好き勝手し放題の生活からサラリーマンになるって、辛ェよなァ・・・」と溜息まじりにテツが言った。「で、F子チャンには言ったのかよ。」とテツが続けて一樹に聞いた。F子・・・一樹が3年間思い続けた千葉春奈の愛称だ。一樹と春奈の出会いは3年前、高校1年になったばかりの時だった。先ほどのバイクを止めた場所から渡り廊下に入るところで偶然一樹は春奈とすれ違った。少し俯き加減に歩く彼女は細くて短く整えられた髪型から覗く顔はとてもきれいだった。(こんな、綺麗な人みたことない!。)一樹は一瞬で彼女の虜になってしまった。一樹の初恋だった。バイクの駐輪場から渡り廊下を経て校舎に入る時にツーン!!とする、コンクリートの匂いが鮮明に記憶に残っているのは春奈との出会いのせいだったかもしれないと一樹は思っていた。彼女を見た次の日から、彼女を探し続けてやっと、F組にいる事を突き止めた。彼女の上履きの靴紐が赤色だったことから、一樹と同学年だと判断しての捜索だった。ちなみにその当初、上履きの靴紐の色は1年生は赤色で、2年生は黄色、3年生は青色と決められていて卒業するまで上履きの紐の色は変わらない。北高等学校は男女共学であったが1年の時だけ女子生徒ばかりのF組が存在した。女子生徒が男子生徒より多かった為である。春奈の名前が分からず、女子生徒だけのクラスということもあって誰にも何も聞けず一樹たち4人グループではF組から取ってF子チャン。が通り名となったのである。「ああ、告ったけど、ダメだったヨ。」と一樹が答えた。実はまだ彼女には何も話していなかった。告ろうと思ってはいたのだが最近になって洞口正則と付き合っているらしいとの噂が聞こえて来たためであった。正則は春奈と同じ鵜住居中学の出身でプロのバンドをやっている兄貴の下でドラムを担当していて、真夏の根浜海岸とか、波板海岸で演奏して海水浴客を大いに楽しませるバンドとして有名だった。今年の夏も大いに賑わっていた。そんな相手に(太刀打ちできねェ~、絶ッてェ~断られる。)と一樹は思っていた。「そっか、ダメだったか、まッ、しょうがねェなァ。ところで、おめェ~さァ、まだ就職とか決まってねェ~んだろ?」とテツが言った。「ああ、何やりてェのかイマイチハッキリしねェんだわ。」一樹が答えた。「おめェ、バイクばっかりだから、バイク屋にでも就職しろって。」とテツがふざけた様子で笑いながら一樹に言った。「ばァ~か。バイクは趣味よ、趣味。仕事にはしたくねェ。」一樹が言った。「でもヨゥ、高校生でA級ライセンスもってるのってお前位だべ、そっち方面にはいかねェのかよ?」テツが聞いた。「レースのことか?そりゃァ、走りてェさ。走ってみてェよ。レーシングバイク乗れたら最高だろうなァ、だけどコース走った事って菅生で1回、しかもライセンス講習会の時と西仙台で模擬レースの合わせて2回しか走った事ねェ~し。実績とかなんもね~し、大体どうしたらいいのかも分からない世界だぜ。やっぱ無理だわ。」自分に言い聞かせるように一樹が言った。「でも、お前の場合あせって就活しない方が良いような気がする。まッ、気長に待っている方が案外、道が開けるかも知れねェ。」テツが笑いながら一樹に言った。「チェッ!他人事かヨ。分かったよ。」と答える一樹だった。そんな二人の会話を止めるかの様に、始業を知らせるチャイムが鳴った。「おおっと!!じゃあな。」そう言うとテツは自分の教室に戻っていった。入れ替わりに廊下に出ていた生徒たちが教室に戻ってきた。話は変わるが、一樹が2年生になる時、進路方針も加味されてクラス編成が行われた。1年生の時は入試テストの時の成績でクラス分けを行い2年生になる時進路別に分けられるのである。要するに就職組と進学組、そしてどちらにも決めかねている組である。一樹はどちらにも決めかねていたので、F組となった。このクラス分け以降、卒業までクラス分けはない。そしてこのクラス替えの時一樹にはビックリする事件が起きた。なんと、F子ちゃんと同じクラスになったのだった。しかもこの瞬間から卒業までの間、一緒のクラスになれると思うと、夢見心地で一杯になった。担任も代わり、生物担当の高森先生となった。クラス替えの初日、女生徒が廊下側に、男子生徒が窓側に自然とまとまって、座っていた。「男女共学なんだから、男女並ばないとな。そいうことで明日席替えするぞ。その前にみんなに自己紹介しろよ。じゃあ、廊下側の前の席から行こうか。ホイ!お前から。」と高森先生に指をさされた廊下側の最前列に座る女生徒が起立して名前を言って「よろしくお願いをします。」と言った。しばらくしてF子ちゃんに順番が回ってきた。(うう~ッ!!F子ちゃんの番だ名前なんて言うんだろう?)内心興奮しながら一樹は耳を澄ませた。「千葉春奈です。宜しくお願いします。」そう言うと相変わらず俯き加減に着席した。(千葉春奈かァ~、顔もいいけど声もよかったァ)残りの2年間ずうっと一緒にいられる思いで一樹は有頂天だった。そして一樹はその後職員室を訪れて高森担任に「先生、俺を千葉と並ばせてくれ。」と直訴した。高森先生は笑いながら理由を一樹に尋ねた。「一目ぼれしたんです。初めてなんで、よろしく。」そう言って一礼して一樹は職員室を後にした。翌日の席替えでは見事に千葉と並んでいた。もう一人の千葉と・・本命の千葉春奈ではなく千葉紀香と。しかし、さすがは高森先生、二人の千葉に迷ってか、一樹の前の席に千葉春奈を、本命の千葉を置いてくれていた。(千葉って二人いたのかァ・・どうせなら並びたかったけど、あとの祭りだな。)千葉春奈の名前に気を取られて、喜びすぎて、もう一人の千葉に気が付かなかった一樹だった。とにかく一樹の高校生活はバラ色に変わっていった事には違いがなかった。しかし、その後の進展は卒業を控えた今日まで0ではあるが・・・。春奈に「好きだ」とか、「付き合ってくれ」とか話せない一樹だった。渡り廊下ですれ違って以来3年間ず~っと片思いを続けてきた。そんな中、平日の木曜日帰宅途中に立ち寄ったコンビニで全日本バイクのロードレース最終戦が宮城県の菅生で開催されるポスターが一樹の目にとまった。(今度の日曜日かァ~、見てェ~なァ、行きてェ~なァ~、最終戦だろ?行っちゃう?・・行くかァ・・。ようし!!行っちゃうゼイ!!どうせなら、金曜日の予選から見にいくぞ。!学校は・・サボり!決ィめたっト!)とコンビニで貯金を下ろしてチケットを購入した一樹だった。そのまま、学校に電話を入れて金曜日と、土曜日休む件を伝えた。その後、民宿田崎荘に3日間の宿泊の予約を電話した。。そのまま、自宅に戻って準備をした後、宮城県村田町にあるスポーツランドSUGOを目指して出発した。およそ、6時間かけて民宿田崎荘に到着した。一樹はこの田崎荘には今回で3度目の宿泊になる。田崎荘の家主も一樹の事は顔見知りで歓迎をしてくれた。この民宿は菅生に一番近い民宿でレース関係者も時々利用している所である。ここに泊まった時から一樹の人生が一変していくのだが当の本人はまだ、何もしらない。

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