椿姫
プリンセス事務所の事、海原病院の事、九条刑事の事、色々な事が有耶無耶なまま、ライブの日が来た。
末恵の母が午後は休診なので、末恵、梅吉、武仁の三人を車で送ってくれる事になった。
梅吉の自宅前まで迎えに来てくれた青い軽量車の車窓から、白太がひょっこり顔を出し、梅吉に飛びついてきた。
まさか車の窓からフレンチブルドックが飛んでくるとは思わず、梅吉は顔面に白太の腹這いをくらい、その場に尻餅をついてしまう。
「離れろよ!白太!」
「この前僕の事、好きだって言ってたじゃないか?」
「うるせぇな。お前何か好きじゃねぇよ。」
「え?」
末恵が助手席から降りて、梅吉の言葉に首を傾げた。自分の顔から白太を剥がした梅吉としっかりめがはち合っている。
梅吉の後ろの武仁も挟んで微妙な沈黙が生れていた。
梅吉はきょとんとしたままの末恵に返す言葉が見当たらない。このままでは梅吉が「好きじゃねぇよ。」と言ったのが、末恵に対して言ったようだ。
「…マツ…、今のは」
「急いで乗って、後ろから車が来ちゃうかも!」
末恵は梅吉と武仁に急いで車の後ろに座るように言って、自分も元の助手席に足早に戻った。
梅吉と武仁は白太を連れ、言われるがまま後ろに座り車のドアを閉めた。
「末恵さんの前では喋らないんだね。」
後者席で苦笑いしながら、武仁が梅吉の耳元で小声でささやいた。
「コイツ、犬の癖に猫被ってんだよ…。」
二人の同い年の男子のやり取りを運転席上のルームミラー越しに末恵は見ていた。
そうとは気が付かづ梅吉は白太を睨み付ける。
「…別に白太は猫何か被ってないよ。ただ、ウメちゃんの事が特別好きだからはしゃいじゃうみたい。」
梅吉の言葉に反応して、助手席から振り返らないまま、末恵が言った。
「暑苦しいんだよ。コイツ…。」
鬱陶しそうにまた梅吉に引っ付こうとしてる白太の顔面を梅吉が手で防いだ。
「…そんな言い方しなくてもいいのに…。」
梅吉から末恵の顔は見えなかったが、会話はそこで途絶えた。
「ねぇ今から行く油段下って、何で油段下って言うか知ってる?」
突然、武仁が車内で話題をふって来た。
「知らないわ、由来何てあるの?」
そう言ったのは運転をしていた末恵の母だった。
武仁は何故油段下が油段下と言う名称がついたか話し始めた。
油段下は、全国から人々が集まるような、伝統ある大きな歴史的物件が集合している。
わかりやすい代表場所として、高國神社、美鳥ヶ淵、北の五角公園、そして今日白雪のライブがある日和舞踏館がある。
名前の由来は、行事や催事の為に訪れた人間が「目的地まであとちょっと!」と街道沿いの坂の下で休んでいると、詐欺師やたかりや、かっぱらいやすりに合う事が多発した為だった。
都会を恐れて来た地方民も、あと少し歩けば坂の先に目的地があると思うと、気が緩んで、一度荷を降ろし、その場に腰を落ち着けてしまう。
その油断した隙に付け込んで来るのが口の上手いたかりで「荷物を持ちましょうか?」と親切に声をかけておいて、後から高額な支払いを要求したりしたそうだ。
戦後間もない当時、一般人が一般人を訴える程まだ法律は広まっていなかった。
国が異国の支配下に有った為、物事の規律もところによりまちまちになっていた。
そんな中、日和の国の全国民が集まるような油断下は、金目のものが集まりやすい場所でかっぱらいや詐欺まがいが毎日のように起こっていた。
それは戦後職にあぶれた人々が、小銭欲しさに行っていた事らしい。
大きな公共機関を挟んだ、人の出入りの多い場所。で、ありながら警備は手薄と来ている。昔はパトロールする車もそう何台も無かった。警察が細かな犯罪を全てを取り締まる事は難しかったのだ。
そんな経緯からこの場所は何時しか『油段下』と呼ばれるようになったそうな。
「今はもう、そんな事は無いらしいけど…」
武仁が話しの後にそう付け加えた。
「でも、名前は未だに変わんないんだね。」
末恵が助手席から振り向いて言った。
「教訓としてわざとそのまんまにしてるのかもね。」
武仁と末恵が楽しそうに会話するのを、梅吉は頭の上で腕を組みながら何と無しに眺めていた。
「タケって、大人だよなぁ…。」
ぼそりとそう言った梅吉を末恵も武仁もきょとんとした顔で見た。
「ウメちゃんは大人じゃないの?」
「おれ、もっと子どもでいたい。」
末恵が鈴がなるように笑うと、ウメが少し情けなさ気に顔を緩ませた。
そんなこんなで車はライブ会場のある油断下までさっさと走って行き、目的地に着いた。
日和舞踏館前は人でごった返していた。
舞踏館を囲っている大きな塀門の外側まで人がわらわらと並んでいる。
「先生ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
車から降りて梅吉と武仁が末恵の母にお礼を言った。
「お母さんはこの後どうするの?」
「久しぶりに来たから、白太と北の五角公園を一緒に散歩してくるわ。」
末恵の問いに楽し気に答えてから、三人に軽く手を振ると末恵の母はまた車を走り出させた。
列に並び、舞踏館の中に入る頃には夕刻近くなっていた。
「あ、見てよ!あそこにいるの。男性アイドルのノリトとケイトとオントじゃない?」
「あ!そうかも、あそこ関係者席だよね?」
梅吉達の席は会場一回の右側の立ち見席だった。上を向くと二階席がよく見る。
二回中央の突き出した場所の席が関係者用らしく、上からライブが良く見渡せそうだ。
そこに、見るからに見目麗しい、高身長で高そうなスーツを着た、三人組の男性がいた。サングラスをかけたまま、周りでちらちら自分達を見返してくる他の観客たちに、ひらひら手を振っている。
「末恵はあの三人の中で誰が好き?」
武仁が末恵に振り向いて聞いた。武仁はまだ末恵を下の名前で呼び慣れていないので、何処か声がどもっている。
「わたし?三人とも好きかなぁ。」
「このビッチ。」
武仁の問いに適当な返答をした末恵に、梅吉が何気なく投げた言葉だった。
しかし、言われた末恵は目を見開いて硬直すると次にはしゅんと小さくうな垂れた。
末恵が何か言い返して来るだろうと思っていた梅吉は、面食らって末恵と同じように硬直してしまう。
「梅吉、今のは良くないよ。」
少し低い声で、でも丁寧に武仁が梅吉を諭した。
「別にそんな真剣な話ししてた訳じゃ無いだろ?」
「でも、良くないよ」
「何だよ。ビッチくらいみんな使ってんじゃんか。」
「もう良いよ二人とも。」
末恵がはにかんで笑顔を見せた。しかしその笑顔は無理のある笑顔だった。
「おれ、ちょっとトイレ言ってくる。」
梅吉が二人に背中を向けた。
「後、5分もしないで始まるよ?」
「漏らしたら大変だろ。」
二人に振り向きもせずに梅吉は観客席の間の階段をさっさと降りて行った。
あの場に居辛くて言った嘘だったので、梅吉はトイレに向わず、舞踏館の二回外のバルコニーで一人空を眺めていた。
★★★ ★★★ ★★★
「大丈夫?末恵さん?」
武仁の問いに末恵は答えなかった。
「末恵」
武仁は再度名前を呼んだ。
武仁は背がひょろ長く、末恵とも身長差があるので、少し背中を曲げただけでは、俯いた顔を覗けない。なので、柄にもなくその場に両足を広げたまましゃがみ込んだ。
普段自分の真上で理路整然と話している武仁がしゃがみ込んで自分を見上げてるのを見て、末恵は噛み締めた唇を緩めた。
「わたしさ…」
末恵は俯いたまま喋り出した。
「お母さんの鍼灸整骨院にウメちゃんが来た時、運命だと思ったんだ。どう見ても不自然な邪気が施術代に横たわっているウメちゃんのお腹の中から感じ取られて。ウメちゃんが自分自身でそれを『言霊のトゲ』として自分の体の中にある事をしっかり意識してる事に、一目で気が付いたの。だからウメちゃんを助けられるのは自分だけだって、変な使命感を感じちゃったんだよね。」
武仁は何も言葉を返さないまま、ただぽつりぽつりと話す末恵の顔を眺めていた。
「わたしの気持ち…自己満足だったかな?今凄くウメちゃんが怨めしい…。」
「…自己満足の何がいけないの?」
普段心がけて穏やかな口調で話している武仁の声が本来の重厚さでその場に響いた。
しゃがみ込んだまま喋っているので、はたから見ると何だか柄が悪い。
その声に前に立っていた人々も、ちらちらとこちらを見返してきた。
「自己満足かもとか、偽善かもとか、末恵さんみたいな善良な人がいちいち考えてたら、その良さが無くなっちゃうよ。良いじゃないか、助けた後で裏切られてがっかりして、相手を怨んだりしたって、…その時は手を差し伸べたかったんだから。」
末恵の眼が熱くなった。眼球の裏から水分が浮かんで目から零れる。
「あ、ごめん。」
武仁は屈んで末恵の頬に触れないまでも、手をかざした。行き場の無い手が不自然に宙で右往左往する。
「ううん、良いの…。」
末恵が涙を隠しながら俯きながら、武仁に向って片手を振る。と、その手が武仁の差し伸べた手にぶつかった。ピタリと二人の動きが止まる。
末恵としては大丈夫だとサインを送っただけの動作だったのに、二人の間に一瞬の静寂が出来た。
二人はどちらともなくぶつかり合った手を繋ぐと、お互いの顔を確認せず、またライブステージに向って並び立った。
そして数分経つと、開演ブザーがライブ会場上部全体に響いた。と、同時にライブ会場が突然暗くなった。伴奏がスピーカーから流れる。次には真っ暗だったステージに派手な青いドレスを身に纏った数十名のダンサーが現れ踊り始めた。舞台の両端では、バンドマンたちが 楽器を演奏している。
(あのダンサー達、海原病院の健康診断のリストにいた人達だな。)
武仁は始まったライブに顔をほころばせる末恵を横目で見てから、無表情でダンサー達の顔を、自分の頭の中に留めたデータと照らし合わせた。
武仁の調べによると、海原病院は武仁の母が購入したような中絶薬を裏で取引しているだけでなく、中絶の手術も行っている。
この時武仁の中の推測が確信めいたものに変わった。あの電波をまとった青い妖精を創っているのは、海原病院だという事。
この前、梅吉達と見た青いチューリップ畑も、その下に胎児が眠っていたのだと考えられる。そしてプリンセス事務所は風俗で働かせたアイドル見習い等の女性の下した胎児を、意図的に青い妖精に創り変えている。
周りがライブの始まりに、嬉々と気分を高揚させていく中で、武仁は棒立ちになったまま、メガネの奥で、ただただ推考を深めていた。
すると舞台の両脇から白いスモークが現れ、舞台上を見えなくさせた。スモークが晴れて行くと、白雪が現れ会場全体が感嘆の声を上げた。
そして白雪が一曲歌い始めた。疾走感のあるメロディーで序盤を盛り上げようとしてるのがわかる。
「みんな、今日は私のライブの為に、舞踏館まで足を運んでくれてありがとう。」
白雪がそう言うと、ステージ上から、無数の青い光がちらつき浮遊した。
白雪の言葉に呼応して会場中が感嘆の声を上げる。
「今日はみんなが来てくれて、とっても嬉しいです!どうか最後まで、私と今日だけのこの時を楽しみましょう!」
武仁はやや面食らった。理知的で力強い雰囲気は変わらないものの、大多数を活気づける白雪は、病院であった時の静かさとはまた違う魅力があった。
隣の末恵もはしゃいでその場で小さく飛び上がっている。
白雪が言い切ると会場中がまた真っ暗になり、ステージ両脇の柱に設置されたスクリーン画面に映像が映った。
真っ白な白樺の森に真っ白な雪が降る気映像だった。
ステージ上のスモークが、会場まで広がり当たりを包んでいく。
そのスモークにステージ上部で浮遊する青い光が映し出される。
深い樹海の湖から浮かび上がってきたような白い霧のスモーク。
スピーカーの電子音に反応しながら、虫の様に八の字に、身を翻しながら瞬く青い光。
白雪というだけに、真っ白で青ざめた世界を演出してるのかも知れない。
幻想的な深い霧の中に白雪の歌とともに会場全体が攫われていくようだ。
ステージ両脇の柱にあるスクリーンの色だけが、やけに鮮明な現実味を帯びていた。
曲のイントロ部分になるとスクリーンの映像が切り替わる。
『体調は辛いかい?ごめんね何にもしてあげられなくて…。』
え?え?え?
会場中がざわついた。
今、僕達の何たらと言ったのはスクリーン上で画面に背中を向けて映っている男性のようだ。
先程の熱気とは違うざわめきが当たりを包み、観客たちは皆わけがわからないといった様子で当たりを見渡している。
「武仁君…。」
先程までウキウキしだしていた末恵が不安げに武仁と繋いだ手を握りしめ、身を寄せた。
武仁はその繋がれた手を無表情で放し、放した手で肩を掴むと身構えて、目の前のステージを睨み付けた。
武仁達の目の前のステージの側面は黒い布地で覆われていた。
(多分布の下は、鉄工の骨組みで、入る隙間があるハズだ。)
末恵はわけが分からず、ただ不穏な何かを感じ取り戸惑っていた。
「まだ、様子を見よう。」
「…わかった。」
武仁の言葉に末恵は大人しく従った。
「あれ、リク君じゃない?」
会場の誰かが言った。スクリーン画面に映っているのはどうやら白雪のバックバンドの一人のリクと言う人物らしい。
スクリーン画面上には、ひょろ長い黒髪の青年の背中と、その正面で椅子にかけている女性の姿が映っていた。
『うん、大丈夫やっぱリク君は優しいな。』
そう明るい声音で顔を上げた女性は切なげに顔を歪めていた。
「白雪さん?」
「いや。違う。」
末恵の言葉を武仁が否定した。
『輝夜』
スクリーン上、背中だけ映った男性が椅子にかけた女性に歩み寄った。
床にしゃがみつき膝を付く。
「やっぱ、リク君だ。」
「リク君」
「リク君」
会場のあちこちでそう呟く声がする。
どうやら、スクリーン上の男性は、バックバンドの一人のリクと言う人物らしい。
当の本人は、ステージ上でギターを抱えたままあからさまに震えていた。
舞台の下手の端で上手側のスクリーンをただただ見上げている。
『お互いの夢を叶えたら、ちゃんと籍を入れて、僕達の子どもをつくれたら良いよな。』
『うん…』
『でも、今はタイミングが悪いよ…。本当にすまないけど、二人の為にこの子は下ろそう。』
会場がざわつく中映像が途切れ、また別の映像が流れ始めた。
『うわあああああ!リク君!リク君!』
それは、先程の女性が真っ暗な部屋の分娩台の上で泣きながら藻掻いている姿だった。 周りの医者たちの表情はマスクとゴーグルで見えない。
先程までざわついていた会場が唖然と鎮まり返る。
「ああ!」
舞台上にいたリクがその場から逃げようと走り出した。
ステージ袖の階段を足早に降りようとするそのリクの足を、白雪が引っ掛けた。
リクは大仰にすっ転び、ステージ下に派手に落っこちる。と同時に骨が折れる音がした。
「うわあああああああああ!!」
「大人しくしてろ。」
上から白雪がそう言うと、リクは震え、床にひれ伏したたまま動けなくなった。
また画面で別の映像が流れた。それはリクが煙草を吸いながら、だらしなくソファーに腰かけスーツ姿の禿げて太った男と話している姿だった。
『結婚なんかするわけ無いじゃん。』
『そうなの?』
『アイツ、双子なのに白雪と違って歌のセンス無いし、体使うしか脳が無いでしょ?気が弱いせいで不細工な客ばっか押し付けられて可哀想だから構ってやってただけなのに、本気にしやがって。』
『あの子がいてくれないと、売り上げが落ちちゃうからな。「みんなの為にシフト増やして」て言えば、増やしてくれるんだから、本当に良い子だよね。まぁああいう子を落として引っ張ってくるお前も、大概凄いけどさ。』
『女を落とすのも、下ろさせるのも簡単だよ。夢を見させてあげれば良いんだ。「やっと自分を特別だって認めてくれる男が現れた」ってね。お姫様見たいにエスコートして、気持ちよくなるように手を引いてやれば良い。下ろさせる時もそうさ、愛されてる夢が終わらないように、二人の為におろさせるんだ。』
『お前、悪い男だな。』
『おれは頼まれてやってるだけだ。』
「酷い!」
会場の中の誰かが叫んだ。
呼応して何人も、何人も同じ言葉を叫び始める。
既に他のバンドマン達はさっさと舞台上から逃げ出した後で、ステージは俯せで倒れているリクと、それを踏みつけてる白雪の二人きりになった。
白雪は会場中に怒りが込み上げていくのをひしひしとその肌で感じながら、真正面を上を眺め、またマイクをオンにして歌い始めた。
肌に沁み込む冷気のような深く澄んだ声が会場を多い、各々の頭上から肩へ吸い込まれていく。
会場の中にいる人間は皆、鋭いつららに貫かれたように硬直し、白雪の歌に耳を傾けた。
そして次には一人、また一人拳を上げて叫び始めた。
「死ね」
「死ね」
「死ね!」
拳を振り上げながら、観客たちは熱狂した。
「「「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」」」
会場中が一つの攻撃的な言葉を連呼している。
幾つもの声が重なり合い。それは地響きのように空気を激しく揺らした。
白雪は歌い終わると、目を深く閉じてから顔を上げた。
「みんな聞いて!」
白雪の号令と共に、先程まで怒りと呪詛でいっぱいだった会場中がしんと鎮まり返った。
「私の妹はこの事実を知って、屋上から身を投げました!今も瀕死の状態です。」
白雪はそう言いながら、衣装のポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押した。
すると、舞台中央前の床が沈んでいった。
「これが、私の妹の輝夜。」
床下からタテに置かれた棺が現れ蓋が開かれた。
棺の中にいたのは、白雪と顔がそっくりの青い白いドレスを身に纏った黒髪ロングの女性だった。鼻の穴と手首には透明な管が繋がっている。
白雪は愛おし気に、妹の青白い頬を撫でた。黒い棺桶の中には白と青の薔薇が敷き詰められ、輝夜の体の血流の無さを引き立てている。
「輝夜はだれより優しい子。人のやりたがらない事を率先してやるような、困ってる人がいたら率先して助けるような、そんな子なの。でも世界は何時も理不尽でそんな優しい子ばかり痛い目にあってしまう。利用されてしまう。神様は何もしてくれない!私達自身で断罪しなければいけない!」
白雪が大きく手を広げ、演説すると、会場中の人々が波打ち蠢いた。
「断罪だ!」
「断罪だ!」
リクの前に一階にいた何十人何百人もの観客たちが詰め寄った。
「待ってくれ!オレだって、みんなの為にやったんだ!お金が無いっていうから、支払いの良い仕事教えて上げたり、それ以降風俗に入るかどうか決めたのは本人だろ!?オレだけが悪いのか!?」
動けないまま藻掻きながら、リクは詰め寄ってくる群衆に訴えかけた。
「お前がそうするように誘導したんだろうが!」
群衆の一人が叫んだ。
「籍入れて、子どもをつくろうねって約束した癖に!」
また群衆の一人が叫んだ。女性の声だった。
「約束何かしてねぇよ!「出来たら良いね」って言っただけだ!」
周りから蹴られながら、鼻血をたらすリクはそれでも自分の悪意を認めない。
「詐欺師だ!」
「断罪だ!」
「断罪だ!」
「わあああああああああ!」
リクは群衆に飲まれて行った。
『一度、夜の店で働かせて、その女の子を気に入る客を掴んどいて、女の子にどうしてもって頭下げて一回やってもらう。後はもうそこからずるずると風俗に足を突っ込んでいくわけだ。』
会場のスクリーン画面では、まだリクの映像が流れていた。
「こんな風に、どうみても魂が穢れているのに、言葉で誘導して法的には手を汚さずに、他人の心を蝕んでる人間が、この世にはうようよしている。それは、法では裁けない。神様も助けてはくれない。だから私は今日ここで”言霊”そのものを断罪します!」
白雪がそういうと、舞台上で輝いていた無数の青い光がステージ下に舞い降り、腕を頭上に掲げた白雪の周りを踊るように回転しながら回った。
虫のような速度で飛ぶ青い光が白雪を包み込みその中で白雪が何かを小さく呟くと、
その光は会場中に散った。それは1000個以上の細かな光で、まじかで見ると妖精の姿をしていた。
★★★ ★★★ ★★★
ライブ開演数分前。梅吉は舞踏館二階のバルコニーで一人肘を付いて宙を見つめていた。
周りには誰もいない。下に会場案内のスタッフがちらほら見える程度だった。
何で末恵にあんな事を言ってしまったんだろうと、梅吉は内心では後悔していた。
しかし、武仁が間にいると、自分の意見を一番にして、他を負かしてやりたい気持ちが、どうにも引っ込められなくなってしまう。
その理由を梅吉は自分自身で何と無しに気が付いていた。
梅吉はバルコニーの手すりに掴まりながら大きく息を吸うと、腰を引いて思い切り上半身を伸ばした。
梅吉が会場に再び入ると、戸惑いと期待の混ざり合ったざわめきが広々と流れていた。
会場外に出て五分は既に経っていたのに、まだライブは開始されていなかった。
梅吉は会場の出入り口からもといた席に人をかき分けながら向った。後、三列先が自分のいた場所と、歩み出た処で、人と人の隙間から末恵と武仁の背中を見つけた。更に近づくと、末恵の背中がしょんぼりうな垂れてるのが見えた。
(謝らなきゃ)
梅吉がそう思い、人をかき分け大きく一歩前に出ると、末恵の手を武仁が握っているのが見えた。
梅吉は踵を返し、また会場の外へ出た。
また一人ライブ会場内を出て、通路に出た梅吉の後ろに一つの黒い影が歩み寄った。
梅吉と同じ背格好で、黒づくめの服装をしていてまるで影法師のようだ。
「どうしたの?もうライブは始まってるよ?会場に入らないの?」
黒ずくめの者はその時始めて自分から梅吉に声をかけた。
「ほっといて、腹の居所が悪いんだ。」
「向こう側にはあんなに沢山の人がライブを楽しみにしてるのに、君は何を一人で不貞腐れているんだい?」
梅吉は声をかけてきた相手を睨み付けた。
梅吉から相手の表情は見て取れない。黒ずくめの相手は大きな黒いパーカーを着て、顔が隠れる程深く、フードを被っていたからだ。
「ほっといてって、言ったじゃないか。」
梅吉は不可思議な相手を訝しみながら言った。
「…選んでほしい人に、また選んでもらえなかったんだね?梅吉。」
「!?お前、何でおれの名前を知ってるんだ!?」
梅吉は身構えた。
「悲しいよね?どんなにお前が健気に頑張ったって、みんなお前以外の男を選ぶんだ。母さんも、結女子って言うお姉さんも、末恵って子もね!梅吉は本当に可哀想だ!お前は一生独りぼっちなんだよ!」
梅吉は何か言い返そうとして、何も言い返せなかった。相手を睨み付けたまま、奥歯を食いしばった。綺麗に揃った歯が口からむき出しになり、怒りを堰き止めていた。
「お前…、お前呉服屋で青い妖精達といた奴だな!?お前は誰なんだ!?」
梅吉が黒づくめの相手に向って叫んだ。
「東風だよ、東の風って書いて東風。」
「そういう事聞いてるんじゃない!何なんだお前は!」
梅吉は叫びながら東風に近づきその胸倉を掴んだ。
「きゃーーーーー!」
会場内から悲鳴が聞えた。中で何かおかしな騒ぎ方をしているのがざわざわというざわめきから感じ取れた。
梅吉が出入口に振り向くと同時に、一斉に会場のドアが開き人と青い無数の光が濁流のように外へ流れ出した。
「な!?」
梅吉は人の雪崩に押し倒され、床にひれ伏してしまう。同時に東風を付き飛ばし自分の下に組敷いてしまった。
東風の深く被ったフードが開け、梅吉の目の前にその顔が現れる。
梅吉は唖然とした。
東風には始めて会うハズなのに、その顔は梅吉が普段からよく見る顔だった。
東風は梅吉の驚いた顔を見て、首だけ持ち上げ、不敵に歯を出して笑った。くっきりした形の良い目が梅吉の視線を捕える。
「梅吉はさ、どうして自分が『言霊のトゲ』を見る事が出来るのかわかるか?それは、な?おれ達の母さんがこの妖精たちを孕んでた女たちと同じように、同じ中絶薬を妊娠中に飲んだからさ!おれだけ流れて、お前だけ母さんの腹に残った!お前は本当はこっち側に来るはずだったんだよ!」
東風は梅吉と同じ顔をしていた。
違うのは、東風の方が肌が死人のように青白い事くらいか。
「うわあああああああ!」
梅吉は悲壮に顔を歪め叫んだ。
「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさいいぃぃ!」
他の人間たちは青い妖精から逃げるのに必死で、梅吉と東風を避けて走り去っていく。
「あははははははははは!!」
東風の笑い声と大勢の人が逃げていく足音が、空間ごと空気を揺らし、梅吉を慌ただしく搔き立てる。
全身の毛が一瞬で逆立ち、梅吉は東風の胸倉に飛びついた。
梅吉に頬を殴られ羽交い絞めにされているというのに、東風はけたたましい声で笑いながら、心底今の状況を楽しんでいた。
それがわかると梅吉の理性の糸がぷちんと切れ、両腕で交互に東風の顔を殴りつけた。
「…ごっほ、あははははははは!」
東風はそれでも笑うのを止めなかった。
どれくらいたったんだろうか?梅吉が東風を殴り続けて。
既に会場の観客たちは殆ど外に逃げ、梅吉と東風のいる会場外の通路には、梅吉が拳をふるう濁音だけが響いている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
梅吉の拳はぼろぼろに赤くなっていた。息が出来なくなり、床に手を付きながら東風の上から退く。
びっしょりの汗、見開いた瞳孔、酸素を求めて塞がらない口。
息を吸う度にわき腹が痛かった。痛みで五感は鮮明なのに、今起こってる現状を否定したい気持ちが強すぎて、どうしても今に現実味を感じられないでいた。
しかしだけれども、東風の言葉は真実だと、梅吉の直感が確証をえていた。
嘘かもしれないとか、何かの罠かも知れないとか、そんな発想が隙を突くところがない程、「それは事実だ」と梅吉自身が直感で理解してしまっていた。
「可哀想な、ウメ。」
東風が梅吉に殴られたぼろぼろの顔で梅吉の顔を覗き込んだ。そして、梅吉の体を優しく抱き締めた。
「ぐっぐす、ぐす…」
梅吉は泣いた。顔を歪めて、東風の胸の中で泣いた。暫くずっと泣いていた。
★★★ ★★★
白雪の叫びと共に、一斉に青い妖精達が会場中に散った。
それと同時に、武仁は末恵を抱きかかえるように腕を回すと、「来い!」と、叫んで、真っ直ぐ、目の前の簡易ステージに向い、骨組みを隠した黒幕を押し上げ、中に隠れた。
妖精たちは、鉄砲の様な速さで飛び交い、叫ぶ人々の口や鼻の中へ無理やり入ると、その先の胃や肺を噛みちぎった。
「ぎゃああああああ!!」
叫び声がそこら中にとどろき、会場内は混乱する。
何が起こったのか誰も理解できず、人々は会場の外へ一目散に向った。
しかし何故だか扉が開かない。
「あははははははは!!」
白雪は、調度武仁と末恵が隠れている簡易ステージの上で、困惑と恐怖で混乱する目の前の情景を高笑いをして見ていた。
先程断罪にかけられていたヤサ男のリクは、100匹以上の妖精達と、小人程の大きさの7匹妖精達に囲まれ、スピーカーが壊れたような、文字では表記出来ない叫びを上げて、のたうち回っている。
「お前何かに出会わなければ、オレは幸せだったのに!」
リクが力いっぱい声を振り絞って、輝夜の眠る棺桶に向って叫んだ。
すると、輝夜の身体が、棺桶からぱたりと倒れた。
リクは驚いたものの、遺体が倒れただけなのかと、一瞬身体の痛みも忘れて、輝夜に見入った。しかし、3秒後には、床に這いつくばり、這い上がろうとする輝夜の姿があった。
「ひっ!?」
「う、う、う…」
輝夜は呻きながら必死に這い上がろうとした。
リクの周りで踊るように飛び回っていた妖精達が、その様子を見て、輝夜の方に飛んで行った。俯く輝夜の胸元にそっと寄り添い、ただただ青く光る、数匹の妖精たち。
その中の一匹が、そっと輝夜の頬に留まった。
輝夜は震える手でその青い妖精に手を添える。そして、やんわりと妖精を右手で掴み、自分の口の中へ入れた。
「キキキキキ」
悲鳴なのか、笑い声なのか、わからない奇怪な音を立てながら、妖精の一匹が、輝夜の口の中で咀嚼されていった。
ごくりと、最後に飲み干すと、輝夜は上半身を勢いよく上げ、他の周りの青い妖精達も食べ始めた。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
「キキキキキ」
何匹も、何匹も、段々に勢いを増しながら、口に放り込んでいく。
すると、輝夜の身体は、段々に起き上り、直立出来る程になった。
13匹目を食べ終わると口元を拭い、鋭い眼光で、真っ直ぐリクを見据えていた。
その体は、色白の肌が青く発光し、凛とした佇まいで異界の力を思わせた。
すると、リクの周りにいた七匹の、約100センチ背丈の小人サイズの妖精たちが、一斉に立ち上がり、盛大に手を叩いた。
輝夜の姿に感極まって上のスタンディングオベーションだった。
「ひっひいいいぃいぃぃ!うわああああ!!」
リクは輝夜が蘇った姿を直視し、目がはち合うと、動かない足を引きずって腕の力だけで前進し、急いで輝夜と距離を取ろうとした。
しかし、そのリクを一匹の小人サイズの妖精が軽々蹴とばし、仰向けにして四肢を掴んで羽交い絞めにする。
二匹が、右足と右ひざを。もう二匹が左足と左ひざを。そして、また一匹がリクの右手首を掴んだまま身体を右腕に巻き付け押え、左腕も右腕と同じ様に一匹が押え、そして小人サイズの妖精の中でも一回り大きな妖精が、リクの頭を掴んだ。
リクの頭を押えた小人サイズの妖精がリクの耳元でささやく。
「お前、本当に体中に邪気が溜まっているな?どんだけ人を傷つけたんだ?」
ほくそ笑みながらそう聞く妖精に怯えながらリクは叫んだ。
「助けてくれ!俺は悪い事は何にもしてないんだ!だって法律に触れる事は何にもしていないんだから!俺の言葉を周りが勝手に先読みして、勝手に動いただけ!どう解釈するかは本人たちの問題だろ!?おれは悪くないぃ…、悪く無いんだよぉおお…!うわあああ!」
リクは仔犬のようにキャンキャンと泣き叫んだ。
顔を上げた輝夜の目は青く輝いていた。
リクと目が合ってはいるが、寝起きで覚醒がまだままならないのか、ぽかんと口を開けている。
「ああ、輝夜!良かった起きてくれて!」
輝夜が立ち上がった事に感極まって駆け寄って抱きついた白雪。
輝夜は表情筋の強張った顔のまま、白雪に顔を傾ける。
「見て!何時か二人で立とうって言っていた舞踏館に、今立ってるよ!」
輝夜は舞台上を見上げた。
目覚めたばかりの輝夜が感じた景色は、ドーム状の建築内で輝く、サイリュームのような無数の瞬く青い光と、コンクリートに叩きつけられる大雨のような、無数の人の声。
輝夜は顔をあげたまま、覚束ない両手を広げ瞳孔を開くと口を開け声にならない声でうめいた。
白雪は目から涙を流しながら、輝夜に寄り添い白雪の頭に優しく手を乗せた。
パン!
輝夜は素早く白雪の手を弾いた。自分の頭を撫でた白雪の手を。
「ドウシテ、オコシタノ!?ズットシアワセナユメノナカニイタカッタノニ!!」
両手を強く握り、歯を食いしばって俯き、地団太を踏んだ。
白雪は何が起こったのか分からず、白雪の顔を見つめたままその場にへたれ込んだ。
輝夜は、叫ぶとはぁはぁ息を吐いてから、呼吸を整え、俯いたまま、リクの方に身体を方向転換させた。
はいはいを始めたばかりのような足取りで、仰向けで羽交い絞めにされているリクの傍までさっさと歩いた。
輝夜はリクの頭の右横に立つと、上からその顔を見据えて叫んだ。
「アナタハ!ワタシニアヤマロウトハオモワナイノ!?ワルカッタトオモワナイノ!?ワカッテテヤッテタクセニ!!?」
「うわああああああ!!来るなぁ!来るなあああぁ!キモイんだよお前ぇぇえ!!」
輝夜は右足でリクの右目を骨ごと踏みつぶした。
空気を突き抜けるような悲鳴が、リクの身体から放たれる。同時にリクの身体を押えていた小人サイズの妖精達がけたたましく高笑いし、リクを押えるのを止め立ち上がり、飛び跳ねながら拍手した。そして一斉にリクの服を引き裂く。
「ソレデモスキダッタ…」
輝夜は横たわるリクの右腕の上で膝を付き、左手で手刀を作ると、そこに青い光を発光させ、それを露になったリクの胴体に突きさした。
「ああああああああああああ!!」
真っ直ぐ、上から下へ手刀をリクの胴体に差し込んでいく輝夜。
その顔は悲しげではあったが泣いてはいなかった。
諦めた表情で、叫ぶリクの顔をしっかり眺めている。
輝夜はリクに刺した手を垂直に抜くと、上から下へ割いた切り口を両手で広げていった。上から下へワイシャツのボタンを全部外すように。
そして、しっかり広げると中の内臓を自分の口へ放り込んでいく。
この一部始終の動作の中で勿論リクはずっと叫んでいた。
小人サイズの妖精達は、輝夜がリクを食べ始めたのを見届けると、にやりと口を引き上げてから、青白い電気の翼を3メートルほどに拡張させ、会場の宙に浮き、騒がしい会場を見渡した、一匹がけたたましい笑い声をあげ、もう我慢できないと言った様子で一際人だかりの多い場所へ飛んで行こうとした。
バタン!
「開いたぞ!こっちだ!」
「皆さん!急いで落ち着いて逃げてください!」
どういうわけか開かなくなっていたハズの扉が開き、人々が外へと逃げていく。
誘導をしていたのは、男性アイドルのノリトとケイトだった。
バタン!バタン!
次々に他の扉も開いていく。
開けているのは男性アイドルの一人オントだった。
落ち着いてと言われても、こんな状況で落ち着けるハズも無く、人々は叫びながら会場の外へ走り逃げ出していった。
しかし小さな妖精達はそんな事気にも止めず、変わらず人々を追い立てた。
人も小さな青い妖精たちも、会場から、通路へ、そして舞踏館から更にその外へ洪水のように溢れ出し流れて行った。
そして、更に飛び交う小さな青い妖精達を、7匹の小人サイズの妖精達が、追いかけて掴まえては、自分達の口へ放り込んでいく。
小人サイズの7匹の妖精は、お腹いっぱい小さな妖精を食べると、前進青い光に包まれ、その姿を変化させた。
身体は大きくなり美しい少女の姿に変化する。
★★★★★
「会場が静かになった。観客が外へ雪崩出て行ったみたいだね。」
簡易ステージの鉄格子の骨組みの合間で武仁が末恵に言った。
末恵は恐怖で震え、顔を上げ相槌する事すら出来ない。
武仁は末恵に寄り添うと、その身体の側面を撫でた。
「大丈夫だよ。きっと俺が守ってあげるから。」
「出来ない約束はしちゃいけないな~」
突然あざける声と共に、簡易ステージを覆っていた黒い幕が青い電光で薙ぎ払われた。
中に隠れていた武仁と末恵の姿が露になる。
「男って、どうしてそういう守れない約束するんだろうね~。ホント女に良い恰好見せたいだけなんだから~。モテたいだけで女に気を持たせちゃってさ~…それが何より無様だっての!」
軽快に笑ってくっちゃべってり、語尾でドス聞かせる。
下っ端のチンピラのような絡み方をして来た美少女は肌が青白く発光し、背中には真っ青な青い羽が生えている。
舞台用の衣装であろうドレスの裾を摘み上げ、楽しそうにその場で一回転した。
左目を歪め歯を出し、下品な笑みを浮かべて。
その両隣で、怯えた顔をした美少女と、目を見開いておどおどしている美少女が首を縦に降っていた。
この二人もやはり青白い肌で、真っ青な青い羽をその背に生やしていた。
「守れない約束をする男」
「夢想する為に信じてしまう女」
首を縦に降ってから、両隣の少女たちが言葉を口にした。
彼女達が人間でない事は武仁にも末恵にも直ぐに分かった。
「…あなたたちは知らないだけ、約束する事で本当の自分に気が付く事。信じる事で強くなれる事。」
武仁の横で俯いたままの末恵が口を開いた。
「ぶっくくく!あはははははは!」
真ん中の少女…の姿をした大きくなった青い妖精は呆気に取られていたものの、間々あって顔を上げて高笑いした。
両隣の大きくなった妖精も、彼女に呼応し表情を変えないまま肩を左右に揺らしている。
「なめてんじゃねぇーぞ!くそが!」
ずっと笑っている妖精が、末恵に掴みかかり、武仁から引きはがそうとした。
武仁は妖精と自分の間にある鉄格子に背を向け、自分の背中で壁をつくり、末恵を奪われまいとする。
しかし、少女なのは形だけ。妖精は片手で武仁の身体を掴み上げると高笑いしながら外へ引き擦り出した。
武仁の身体は簡易ステージの骨組みの間から乱雑に引き抜かれ、身体の節々が鉄格子にぶち当たる。
「いやああっ!」
末恵が泣き叫んだ。
「ほら、もう、あなたを守ってくれる人はいないよ?」
目を異様に見開いている美少女の姿の妖精が、鉄格子を掴んで前のめりになっている末恵の顔に自分の顔をまじかに寄せ、問いかけてきた。
「ふ、ふ、ふ、不安だよねぇ、こ恐いよねぇ?」
もう片方も、後ろで震えながら末恵に問いかけてくる。
二体は黒いレースのドレスを身に纏っていた。それは先程舞台上にいたダンサーが着ていたものと一緒だ。
末恵は最初、青白い顔をした二つの顔に目を見開き困惑したものの、すっと我に返り彼女等を憐れんだ顔で見据える。
「どいて」
震える声で末恵が言い、手で目の前の彼女を押しのけようとsた。
「うわ!?」
身体を押された妖精は、それ程力もない末恵のかざした手で、数メートル吹き飛ばされた。
末恵は急いで鉄格子の上へ出て、武仁の姿を探す。
すると武仁は簡易ステージの凸型の先で、妖精に羽交い絞めにされていた。
「やめて!」
末恵が叫んだ
「やめて!」
「煩い!武仁君を放して!」
「うるさい!たけひとくんをはなして!きゃはははははは!」
心底楽しそうに妖精は高笑いをしている。
末恵は悔しさに歯を食いしばり、壇上に上がろうと、ステージ袖へ向った。
しかし、その歩みをまたも先程の妖精二体に止められてしまう。
「ああ、驚いた…。この子、浄化の力があるよ。」
「そうなの?コワイコワイ。でも、私たちの方が、よっぽど恐いハズだよね?」
二体の妖精は、ひんやり冷たい腕で、末恵の四肢を拘束した。
青い電波の羽の中、光が電子回路を辿るように幾つも瞬く。
そして羽全体が強く光ったと思うと、次には大きな電流が末恵の身体の中に流れた。
「きゃああああああああ!」
「うわあああああああ!!やめろ!やめてくれ!」
ステージ上から末恵を見つけた武仁が叫ぶ。
「あはははははは!ほーらねぇ?守れない約束なんかするからぁ…、そんな思いするんだよ!本当に!この世は愚かな事で溢れてる!」
そのステージ上では白雪が意気消沈し、輝夜が未だにもりもりとリクの内臓をよく噛んで食べていた。
他の関係者は既に逃げ切ったのか、何処かで倒れているのか、舞台の周りに姿は無い。
拘束されたステージ上の武仁の目先には、妖精二体に気絶させられ四肢を掴まれている末恵と、妖精に襲われ、会場から逃げられなかった数十名の人間が、ボロボロの服で、無残に倒れている光景があった。
先程まで鳥肌が立つほど聞えていた人々の叫び声はどこにも無く、会場には何処かで
誰もが聞き慣れたような、懐かしい旋律のワルツのメロディーが流れ始めた。