親指姫 上編
暑い暑い夏の日。木々の木漏れ日と共に、蝉が世話しなく鳴いている。
汗だくになった。梅吉とクマは日課の朝のランニングを終え、帰宅した。
帰宅すると、宅配ボックスに大きなダンボールが届いていた。差出人は梅吉とクマの養父だ。
クマが持ったダンボール箱をぴょんぴょん跳びながら覗き込む梅吉。
リビングでダンボール箱を開くと、そこには『ほくろの糸』と書いた箱が幾つも入っていた。
「何々?『ほくろの糸』?糸何か送られてきたの?」
梅吉は始めてみたらしく、和紙で包まれた箱を手にし珍しそうに見ている。
「素麺だよ。関西の名産品だ。」
「えぇ~。肉が良かったな。」
クマは何か思い付き、家の裏手の倉庫へ向った。
梅吉が覗き込むと、縁側に長い長い半分に割れた竹筒を出していることろだった。
「何それ、もしかしてそれも…”お父さん”が買ったの?」
”お父さん”を呼びにくそうに発音しながら、梅吉はやや呆れ顔だ。
「ああ、二年経ってやっと使う時が来た。」
梅吉とクマを引き取った茶柱の家長は、他所の子を引き取って育てようとするだけあり、お金持ちだ。
しかし、如何せんお金の使い方自体が梅吉には遊びの様に見え、どうにも養父を理解する気が失せてしまっている。
「誰か呼ぼうか。」
それだけ言ってクマは梅吉の顔を見た。
つまり、今日その素麺スライダーで、素麵パーティーをするから、誰かしら一緒に食事できる仲の人を呼ぼうと言う事だった。
梅吉が此処へ来てまださほど経っていな。呼べる相手は絞られた。
「結女子と末恵を呼ぼう。」
「結女子さんだろ。」
寡黙だがそういうところはうるさいクマだった。
クマは素麺スライダーを縁側に並べると、シャワーを浴びて来いと一言梅吉に言ってから、素麺スライダーを組み立て始めた。
梅吉がシャワーを浴び、牛乳瓶片手にリビングでテレビを点けると、8時前のニュースが流れた。
庭では既に素麺スライダーを組み立て終わっている。
軽く一仕事終えたクマが、梅吉が戻った事に気が付き、縁側からリビングに入って来た。
梅吉が頭を拭いていたバスタオルをクマに手渡す。
「特報です。近日スマホ画面や、PC画面といった液晶の画面から、小さな人型のような青い光が現れ、人を襲うと言う事件が多発しています。原因は不明で専門家の意見によると「社会に不満のある、国内テロ組織の仕業ではないか。」と言う事です。」
「専門家って何の専門家だよ。」
タオル一枚腰に巻いただけの梅吉は、牛乳をぐびぐび飲んだ。
「青い光は、目にも止まらぬ速さで飛び交うため、その実体を目にするのは難しいそうですが、被害にあった方々が「妖精の様だった」と言う事から、界隈では『青い妖精』と呼ばれています。」
「だから界隈って何処の界隈だよ。公式が世間話見たいな話題流すな。」
クマは梅吉の横に並びながら、上半身だけを数秒梅吉に傾けると、同意も否定もせずに、風呂場に向った。
梅吉は何も言わないクマの背中を眺めてから、リビングのソファに大股を開けて腕を広げて風呂上がりの余韻に浸った。
テレビではニュースが終わり朝の連続ドラマが流れ始めている。
(そういえば、このドラマの主人公がかっこいいって末恵が言ってたな。)
梅吉はリビングで充電していた自分のスマホを取り、末恵に電話をした。
「あ、梅ちゅん?今良いところだから後にして。」
じゃあ何で電話に出るんだろうと思いながら梅吉は電話を切らなかった。
「今日さ、うちで昼素麺食べない?クマが素麺スライダー組み立てたからさ。素麺も高そうなのが届いてるよ。まぁオレは肉の方が嬉しかったけど。」
「え?あれ私やった事無かったんだ。」
意図して、好きな男優の鑑賞を阻まれたとも知らず、末恵は素直にはしゃいだ声を上げる。
「じゃあ、昼一時家で良い?」
「うん、ありがとう。後でね。」
梅吉は電話を切ると、今度は結女子に電話をかけた。
『テンテレテンテンテン、テンテレテンテン』
ずっと鳴らしているのに、結女子が出ない。
「…ああ梅吉君?」
一分半経って受話器の向こうから、気だるげな結女子の声がした。どうやら寝起きのようだ。
「結女子まだ寝てたの?」
「梅吉君はもう起きてるの?」
布団の中で仰向けで伸びをしながら、目を細める結女子が梅吉の目に浮かぶようだった。
「今日さ、昼に素麺パーティーするけど来る?素麺スライダーをクマが組み立ててくれたよ。」
「…ああ、そうなんだ。」
結女子は受話器の向こうで、布団の上に座った。
数日前に有った事件でのクマの姿を思いだす。
結女子は自分がいっても良いんだろうかと思ったが、断わるのも何だかクマの手前恐かった。
「梅吉君は、他に食べたいもの無いの?」
「肉!」
男の子らしい答えに、結女子はふっと吹き出してしまう。
「じゃあさ、唐揚げ作って持ってこうか?すだちと一緒にお素麺に入れると美味しいよ!」
「マジで!オレ唐揚げ大好き!」
「じゃあ、後でね。」
結女子は布団から出ると、テレビを点け、身支度を始めた。
茶柱宅に集まった昼。
縁側から竹の筒が引かれ、水が流れている。
やはり台所の水じゃないと不安だと、ホースを伸ばして流している水だ。
そこには、クマと結女子と末恵と、白太の姿もあった。
全員の視線が流し素麺が上から下へ竹筒の中を流れるのに、集中していた。
クマが縁側から落とした素麺が竹筒を通る、さらさらと流れてくる。
「やった取れた!」
橋を掲げ喜ぶ末恵を、結女子は微笑んで見ていた。
「この緑のお素麺美味しいね。」
「ああ、茶柱の天藤園の茶葉を使ってるみたいだ。」
梅吉はリビングに一足飛びで戻り素麺の箱を持ってくると末恵に見せた。
素麺の箱には、小さな和紙の説明書が入っており、何やら厳かな明朝体で『旨味の凝縮製法』とか『茶葉の王子様』とか書かれている。
「天藤って、言ったらお茶の大手メーカーだよね?」
初耳の情報に結女子が目を丸くする。
天藤は自販機やスーパーで見かけない事はない程、国内長寿のお茶メーカーだ。
「そりゃあ、オレ達を引き取るくらいだから、お金持ちに決まってんじゃん今、日本食文化継承のプロジェクトで関西にいるんだ。」
「へぇ~、良い香り。唐揚げとも合うね。」
「こんなお高いお素麺の付け合わせが、私の作った唐揚げで良かったのかしら?」
結女子は梅吉の持って来た素麺の箱を眺めて唸った。
「オレは唐揚げの方が嬉しい!この唐揚げめっちゃ柔らかい!」
「コショウじゃなくて肉の味がちゃんとします。」
嬉々とする梅吉と一緒に、末恵が丁寧なコメントをする。
「ありがとう。私は唐揚げは片栗粉で作る派だから、衣の好みが違ったらどうしようかと思ったけど…。」
「次、ミニトマト行くぞ。」
クマが竹筒の向こうから声をかけて来た。
竹筒を下るミニトマトはコロコロ回転し、そのまま落ちていくかと思いきや、竹筒と竹筒の繋ぎ目で躓き、ぴょんっと勢いづいて、コース外へ飛び出てしまった。
「あっ」
と、末恵が言ったのと同時に、庭の外にいた青年がミニトマトをキャッチする。
「あの、クマ先輩、ご無沙汰しています。」
団欒に突然現れたのは、20代後半程の青年だった。少し女々しいくらい優し気な顔。
「こんにちは先原颯斗です。」
青年は人受けしそうな表情で挨拶した。
清潔感のある、細マッチョの登場に、結女子と末恵が目を見開き、嬉々としている。
そんな女性陣二人を、梅吉は目を半開きにして、横目で見ていた。
クマは訪れた青年と話しをする為、昼食の流し素麺から席を外した。
仕方がないので、残された三人は交代で素麺を流して食べた。
「あの人何だろうね。」
梅吉が素麵を流しながら呟いた。
「さあね、ミニトマト拾ってくれたし、悪い人じゃないわよ。」
突然何の前触れも、連絡もなく訪れた青年の善悪など、初対面では測れない。
しかし梅吉に跳んできたミニトマトを返す姿は穏やかだった。
年若い少年少女に無駄に杞憂を持たせても仕方ないので、結女子は明るく振舞い素麺パーティーを続行した。
梅吉と末恵が笑顔でお腹いっぱいになった頃、時刻は3時を周りおやつの時間になっていた。
「末恵が持って来たアイスを喰おう。」
「百円の棒アイスですが…。」
梅吉がまた縁側からリビングに戻り、隣り合った台所でアイスを取ろうとした時、廊下の向こう、クマの部屋から声が聞えて来た。
声音から楽しい会話をしてるわけでは無いと分かる。
梅吉は何だかちょっと気を引かれた。
クマが自分の知らない人間とどんな話をするのか知りたかったのかも知れないし、普段寡黙なクマが1時間以上も二人きりで何を話しているのか、気になったのかも知れない。
梅吉はアイスの事を忘れ、視線の引かれる先に、引っ張られるように足を進めた。
「馬鹿野郎!」
机を叩く衝撃音と共に、クマの怒鳴り声が、ドアの向こうから聞こえた。
殺人鬼を前にしても冷静であったクマが、怒りを露わにしている。
何だ何だどうしたんだと、梅吉の心臓は高鳴り、バレたら怒られるなんて事はそっちのけで、ドアに這いつくばり、聞き耳を立てた。
「絶対に手を切って来い、分かったな。」
ドアの向こうから青年がしゃくりあげて泣く声が聞こえた。
「でも、あの人それを言うと、俺の会社にチクるって…」
クマのため息が響いて、その場の空気が重くなるのが、ドアを挟んで廊下側にいる梅吉にも分かった。
暫くして青年は帰っていった。
青年が帰った後、梅吉は何の用で青年は家へ来たのかとクマに尋ねた。
勿論、梅吉が聞いたところで答えるクマでは無い。
きっと青年のプライベートに関わる事なのだろう。
もともと表面では感情の起伏の分かりづらいクマだが、確かな情の深さを根に持っている。相手が誰であれ、相手に失礼だと思う情報漏洩はしないのだ。
★★★ ★★★
それから数日間、クマは機嫌が悪かった。
もともと表情まで寡黙なのに、常に口端が下がり、意図して押し黙っている。
会社から帰っても食事の時以外、直ぐに自分の部屋に籠ってしまう。
クマは我慢強い性格上、愚痴などは基本吐かない。
吐かないのだが、如何せんその我慢をしている風体が、重苦しい暗がりを纏っており、それが酷く周りの空気に影響する。
クマが自分の感情を自分の内側に隠そうとすれば、するほど、それはピリピリとした威圧感となって周りに伝染するのだ。
(誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷ついていようと思の?)
梅吉は青年がさっと後から、ところどころクマの腕や胸の刺さっている言霊のトゲを睨み付けた。
「うぜぇ」
梅吉にはクマの優しさが情の深さが、酷く煩わしく感じる。
誰かに簡単に愚痴を零してしまえば、楽になるかも知れないのに、それをしない。
相手の為ならば、相手に嫌われたとしても、しっかり間違っている事は、間違っていると叱ってくれるのに。
余計な事は言わないのだ。怨まれたとしても。
先刻訪れた青年も、そんなクマを信頼して、茶柱家へ来たに違いなかった。
あの青年は一体誰だったのだろう?
梅吉は一人、炊飯器のタイマーが鳴るのを待ちながら考えた。
目の前の勉強にはてんで手が付かない。
家全体がクマと同様押し黙ってる様で、何をしても居心地が悪かった。
『ぴぴぴ、ぴぴぴ』
『ピンポーン』
炊飯器がご飯が長けたのをお知らせした時、呼応するようにインターホンが鳴った。
「こんにちわー。またオカズ作り過ぎちゃって、良かったらもらってくれる?」
インターホン越しに見えたのは結女子の顔だった。
素麺パーティー以来、度々結女子はこうしてオカズを分けに来てくれている。
「クマさんは?」
「今日は会社。」
「クマさんもしかして最近機嫌悪くない?」
結女子の友人が疾走した事件の事の顛末以降、自分からはコンタクトを取ってこなかった結女子。
最近良く来ると思ったら、どうやらクマの調子の悪さに気が付いき、気を使ってくれていたらしい。
「昼飯のご飯炊けたとこだから、上がってかない?」
梅吉はリビングで結女子と昼食を取りながら、素麺パーティーの日に来た青年の話をした。
「名前は先原颯斗だった。」
結女子のイワシの南蛮漬けをもぐもぐ咀嚼する梅吉。
結女子は事の次第を聞いて、テーブルに頬杖をついたまま目を細めた。
「私が言えた事じゃないけど、クマさんは他人の面倒をしょい込むところが有るよね。」
結女子の探していた友人が、遺体で発見された後の事。
犯人だと分かる前の、犯人の家に入り込んだ結女子と梅吉は、近くにいた人にその姿を見られ、当たり前に警察から事情聴衆を受けた。
クマは脅える結女子と警察の間に、割って入った。
クマは警察の質問に対し一切の狼狽を見せず、結女子と梅吉は『偶然』遺体に出くわしただけ。と、言う事で押し通した。
その態度は正に動かざること山のごとしであった。
結女子は梅吉といる時に、偶然、疾走した友人のマンション近くまで来て「もしかしたら、恵がひょっこり帰ってきたりしていないだろうか?」と考え友人の部屋の階まで上がり、そして偶然間違えて、隣の鹿島の部屋のドアに手をかけたところ、偶然、鍵が開いていおり、疾走した友人の部屋だと、勘違いしたまま入った結女子は、部屋に入り、偶然、友人の遺体を見つけてしまった。
と言う形で説明し押し切りその場を制したのだ。
「どう考えても、無理やりすぎる。」
事件の翌日、警察からの電話に狼狽える結女子を見かね、茶柱宅で警察の聴衆をするように言ったクマは、有無を言わさぬ威圧感を放っていた。
こうして晴れて三人は、口裏を合わせた共犯者になったのだった。
「クマさんの頑なところは強さだけど、抱えこんでる本人は大変だろうね。」
「あんな調子じゃ職場で恐がられちゃうよ。」
「まぁ恐くて誰も何も言わないんじゃない?恐過ぎて。」
「確かに。本人は我慢してるだけなのに、損だよなぁ。」
「私最近クマさんを見かけると童謡の『森のくまさん』思いだしちゃうんだ。」
「ああ、あの歌のくまってさ、そこまで人間に親切にする必要ってないよな。本当クマみたい。」
二人は心底憐れみを込めた声で喋った後、我慢できずに吹き出して笑った。
「助けてもらっておいて何なんだけど、私クマさんが恐くて、素麺パーティーに誘われるまで、ここら辺を通るのを避けてたんだ。」
結女子は自戒を込めて眉を下げた。
梅吉は結女子の気持が何となく分かった。
「オレもさ、何でオレみたないなの、この家がわざわざ養子にしたのか分かんないんだ。金持ちの慈善活動の一貫かも知れないけど、何時か何か危ない仕事目的で使われるのかなって思う。でも、クマはオレの事ホントに考えてくれてる。」
大きな力は、それを持たない者に時として虚無を与える。
その虚無感を自分では抱えきれないから、相手を攻める形でアンチと呼ばれる存在が世の中に生れるのだと結女子は思う。
自分の空虚さを埋めるため、ああだこうだと理屈を言って自分で自分の中の負の感情を受け止めないようにしているのだ。
しかし、それを梅吉にそのまま言ってもどうなるだろう。
梅吉が食後のお茶を持ってきてくれたのを見ながら、結女子は言葉を探し、結局何も伝えられなかった。
「じゃあ私図書館に行くから、何か困ってたら言ってね?」
結女子は昼食を食べ終え、茶柱宅を去って行った。
★★★ ★★★
梅吉は翌日、クマとの日課のランニング後、一人感田川沿いを歩いていた。
少し曇り空だったので、何時もより暑さがましになり、歩き回るには調度良い気温だった。
「君さ、この前女装していただろ。」
突然話しかけて来たのは梅と同い年くらいであろう、眼鏡のひょろ長い少年だった。
(175はあるな、羨ましい。)
梅吉に話をかけて来た少年の体格を見るに、多分体育会系ではない。
(なのに、背が高い。)
それが、梅吉には歯がゆかった。
梅吉は運動神経に優れながら、栄養も欠かさず取っているというのに中々背は伸びない。
人には努力しても得られないものがある。
一方で、努力せずに何かを得ている人間がいる。
どうしようもないが、この世は理不尽だ。
声をかけて来た少年は、梅吉の気持ちもつゆ知らず、自宅の鉄格子越しに、梅吉の顔を除いている。
「何か様なわけ?」
角の立つ物言いで梅吉は返した。
「そう、殺気立つなよ。ただ君にお願いしたい事があるんだ。」
「お願い?」
表情の読み辛い眼鏡の青年の眼を、梅は凝視した。
レンズ越しで分かりづらいが、目から敵意は無い。
ただ10代にしては落ち着きすぎていてその物静かさから、冷たい印象さえ感じる。
「お前、幾つだよ。」
「15歳、高一だよ。」
「何だ、俺と同じ年じゃん。名前は?」
「加藤 武仁」
梅吉は武仁を上から下までじっくり見て、またその顔を覗き込んだ。
「3000円以内で何でも奢るからさ、大型デパートに付き合ってくんない?」
「何だ、そんなことで良いのか?」
「正し、またこの前みたいな女装をしてくれる?」
間々あって、梅吉は自分が硬直し石化状態になっていた事に気が付いた。
「悪い、俺別にホモじゃないんだ、確かに女装した俺は、それなりの美少女だった…。でも必要があったから、あんな格好をしただけで、決してそういう趣味がある訳では無くて…」
「いや、僕も別にホモじゃないよ。」
彼は、梅吉に何の抑揚も無く突っ込み、事の次第を説明した。
★★★ ★★★ ★★★
翌日二人は仲良くそろってデパートに向った。
物の溢れる、便利な都内に住んでいるというのに、武仁は梅吉を連れて、電車で都下にくだった。
下町育ちの梅吉には珍しい、緑の多い景色が電車が走る程に増える。
武仁が下りたのはベットタウンとして充実した南多磨境だった。
二人は駅から少し歩いた処にあるアウトレットパークに向かう。
主に家族が休日に遊びに来やすい場所になっていて、レンガ道が美しい。
子どもの遊べるキッズスペースは、ぐるりとショッピングモールの建物に囲まれており、 何処からでも遊び回ってる子どもの様子が見れるようになっている。
「武君、梅にはどれが似合うと、思う?」
梅吉は手近なレディース物の服屋のマネキンたちを指さして、水色のワンピースを翻しながら武仁に微笑んだ。
「用があるのはそっちじゃないから。」
武仁はロングのウィッグに白地のリボンまで付け、可愛くお洒落した梅吉を、冷たくあしらう。
勿論それらは、梅吉の所有物ではない。ワンピースは武仁の母の私物で、若い頃のモノだから、勝手に出してきてもバレないだろうと言う事で拝借している。
カツラとリボンは昔学芸会で使ったものらしい。
「酷い。今日は二人の初デートなのに。ぷん、ぷん。」
「何、ぶりっ子の真似してんだ。」
梅吉の悪乗りに、武仁の目は更に冷ややかに細められた。
「こっちだ。」
武仁に連行されて辿り着いた店は、如何にもファンシーな玩具ショップだった。それも小さい女の子用の玩具の。
ショップ全体が『童話に出てくる森の中の小さなお家』をイメージしているらしい。
可愛い赤い屋根と作り物の木の柱や壁、中は黄色い声を上げる幼女で溢れかえっていた。
「何だ、お前、そういう趣味があったのか?」
「違うよ。皆には内緒で妹にプレゼントを買いたいんだ。」
「成程、これでは一人で来れないもんな。女の下着屋に一人で入るくらいの恐怖だ。」
梅吉は店先で仁王立ちになりながら首を数回縦にふる。
「いや、ちゃんと女の子に見えるんだから、そのたち方やめろよ。」
「うふ」
武仁の文句にここぞとばかりに、梅吉は膝をかがめ、両手をあごの下で繋いで、上半身をかしげて見せた。
「げふ」
武仁は噴いた。
「ほら、武ちゃん!さっさと中に入るわよ!」
梅吉は目的の商品も分かっていないのに、自分から店に入っていった。
武仁は梅吉の勢いに釣られる様に店に入る。
「ああ、これだ梅吉君はどれが良いと思う?」
店内に入ると、目的のモノを見つけたらしく武仁は指さした。
パックされたお人形の服で『当店限定』と書かれている。
「限定って言っても、そんなの今ならネットで買えるだろ。」
梅吉は言った。
「そうなんだけどね。パソコンで親に購入履歴を見られる可能性があるだろ。このことは秘密にしておきたいからね。」
「履歴何て、消せば良いじゃん?」
「履歴を消したとしても、僕はクレジットを持ってないから、振込書の郵送を待つことになる。その郵送を家族に見られてもやっぱバレてしまう。1人でここへ買い物に来ることも考えたんだけど、恥ずかしいし、少ない確率だけど、知合いに出くわす危険性を考慮したんだ。」
武仁は恥ずかしいと公言するわりには、淡々と説明した。
「そうか、何かごちゃごちゃした事はわかんねぇけど、この俺を彼女役に選ぶお前は、見る目のある奴だぜ!」
梅吉はワンピース姿で仁王立ちして腕を組んだ。
「断じて彼女にした覚えは無いぞ。」
武仁は梅吉に冷静に突っ込みを入れつつ人形の服を選んだ。
限定商品は3種類。デザインもさほど変わらないが、武仁の目は真剣だ。
確かにこの様子を知合いに見られたら恥ずかしいかもしれないと、自分が女装してるのも忘れ考える梅吉。
梅吉は、嘘を付いている人間が本能的に分かる。どうやら武仁は嘘を付いていない。ただ本当に妹の為の買い物に梅吉に付き合って欲しかっただけのようだ。
初対面の割に、容赦なく梅吉に突っ込んでくる武仁だが、なじる事はしてこないので、一緒にいてわりと心地良い。
淡々とした武仁の喋り方には抑揚が感じられないが、梅吉の質問に、細かい説明を入れながら答えるところを見ると、彼は基本的に誠実なのだろうと推測した。
(何だか、クマに似ている。)
梅吉は最近機嫌の宜しくない義理の兄を想い起した。
「妹さんの人形はどんなやつなんだ?」
少し真面目になって一緒に選ぼうと、梅吉も人形の服が並ぶ前に屈んだ。
二頭身の人形の服が、パッケージに入り並んでいる。
「うわっ!こんなおやゆび姫サイズの服が、一万円もすんのかよ!」
「しー!しー!」
思わず叫ぶほど声が出てしまった梅吉を武仁がたしなめる。
周りを見ると他の客たちが驚いて梅吉を見返していた。
「やだー、梅子びっくりしちゃったぁ。」
梅吉は必死で女の子のふりを今更ながら、胸の前で寮握りこぶしを作る。
手のひらほども無いサイズの服の高額な値段。
まだ内心動揺していた梅吉はこれを本気で買うのかと、武仁の真意を疑った。
きっと価格についても事前に知ってたわけであろう、真剣に選んでいる武仁を横目で見る。と、武仁はしゃがみ込んで、両手にパッケージされた商品を抱えながら、ただ目の前を見つめていた。
「武仁?」
武仁が放心しているように見えて、梅吉は声をかけた。
「ああごめん。そうだな、どんな人形だったかわ忘れちゃった。」
嘘だ。と、梅吉は気が付いた。
どうして今嘘が必要なのか分からなかった。が、武仁に悪意はなさそうなので、それ以上詮索するのは止めた。
「そっか、そうだな、サイズはこれなんだろう、だったらやっぱお姫様は白のドレスが良いわよね。うふ。」
また梅吉がわざと女の子っぽくふざけた調子で話す。下手過ぎて女の事言うよりおかまになっているが、本人は気が付いて無いだろう。
武仁は梅吉の前で初めて声を出して笑った。
二人はその後、モール街にあるビュッフェ形式のレストランで昼食を取ることにした。
「あれ、あれは。梅吉君?」
偶然女装した梅吉と見知らぬ少年が一緒にいるのを目撃したのは結女子だった。
そう、武仁が懸念した『少ない確率』は梅吉の身に起ったのだ。
自分の斜め前方に楽し気に談笑しながら席に着いた梅吉に結女子は驚いた。
「結女子、どうかした?」
「あ、いいえ。」
今日は前にいた会社の先輩とランチの約束で、梅吉の訪れたビュッフェに居合わせた結女子だった。
「それでね、うちの旦那ったら自分の店では料理するのに、うちでは洗い物一つやんないのよ。私が見つけた物件で自分の店を持てたって言うのにね。」
結女子は先輩の話に笑顔で頷きながら、梅吉の事が気になってしょうがなかった。
遠目に見ても梅吉は完璧に女の子に見える。
(と、するとやはりあれはデート何だろうか?)
梅吉は中性的な顔をしている。男の子にモテても不思議は無いかも知れない。
寧ろ、元気っ子で、愛嬌があり背が低い梅吉を、可愛いと思う同性愛者がいたとして普通なのかも知れない。
梅吉と一緒の少年が席に着くと、男の子の方のスマホが鳴った。
それを遠くからガン見している結女子。
「悪い、梅。先に料理取ってきてくれ。僕連絡しなきゃ。」
何時の間にか呼び方が「梅」の愛称になってる事にも突っ込まず、梅吉は顎を二回上下するだけの返事だけをすると足早い料理の元へ向った。
結女子の席から梅吉が案内された席を立って料理に向かうのが見えた。
『いまだわ』
「千歳先輩、私もう一回料理取って来ますね。」
「よく食べるね。」
結女子は距離を図りながら梅吉に近づいた。
梅吉は嬉々として料理の山を取り皿に作っている。
ピザをピザの上に重ね、ミルフィーユのようにしご満悦だ。
更にそこに揚げ物を乗せ、ポテトサラダを乗せ、あれこれてんこ盛りにして喜んでいた。
いつもの梅吉と別段変わらない様子に、結女子はマカロニをよそう彼の横にさりげなく立ち、その肩に手を置いた。
振り向いた梅吉が青い顔をした。
「結女子…。」
「そのワンピ、良く似合ってるわね。」結女子は観音顔の様様で微笑んでいた。
「これは、友達から借りたんだ。」
梅吉は明らかに狼狽えていた。
「梅吉君。私はあなたにどんな趣味があっても否定しないよ。勿論恋愛に関してもね。」
諦観の表情で向き合われて、梅吉は絶句する。
「梅、どうしたんだ?」
スマホの用事が済んだのか、武仁がお皿を持って、梅吉に近づいてきた。
結女子が梅吉の知人だと気が付き少したじろぐも、彼らしく慇懃に「こんにちは」と言った。
結女子は梅吉と一緒にいる少年が、悪い男ではないと分かり安堵した。
「じゃあ、デート楽しんでね~。」
「だから、そうじゃないって!」
梅吉の訴えも虚しく、結女子はいそいそと待ち人のいる席へ戻った。
その夜、武仁は自分の家の裏庭の、ある一か所を掘り返した。
思ったより掘り安かったのは以前掘られた場所だからだろう。
目的の位置まで掘り終えると、昼間に梅吉と買いに行った、お姫様の服のパッケージを音を忍ばせながらこっそり開ける。時刻は深夜2時。家や町は寝静まっている。
気を付けたのに開けた瞬間に鳴ったプラスチックの擦れる音に武仁は眉を潜めた。
小さな音のハズなのに、物音一つしない深夜には、半径数メートル範囲まで広がっているように感じる。
武仁が妹に買ったお人形の服は、白地にラメの付いたドレスで、同じ生地のマントとプラスティックのティアラ付き。値札には8980円(税別)とあった。
武仁はその小さなドレスを掘り返した穴の底に丁寧に置いた。そして掘り返した土を優しくかけていく。
「こんな事しか出来なくて、ごめんな。」
掘り返した土を全てかけ終えると、そっとその上に手を置き呟いた。
★★★ ★★★ ★★★
新月は物事の始まりを意味する。
太陽と月が同じ場所で重なったその日から、月満ちる満月に向かって、目的を果たしていく。
その女の子の妖精は夏の新月に生まれた。
地中で目覚め、自分にあてがわれたであろう白いドレスを身に纏う。
そして自分の真上にあって、酷く遠い星空を眺めた。
青い妖精の羽が天を舞う電波に呼応する。
すると、自分とよく似た男の子妖精が現れ、女の子の妖精の手を取った。
葉っぱを服代わりに身に纏った男の子の妖精は、女の子の妖精の手を取り、宙を舞ってくるくる回り始めた。
男の子の妖精は母親の母体にいた頃からよく聞いていた歌を口ずさみ、教え込むように女の子の妖精の目を凝視した。
女の子の妖精が戸惑いながら口真似をする。
二つの声が重なり合い、宙を舞い漂う。
きらきら夜に瞬く、青い光が二つ。
夏の短い夜の町を、二匹の妖精が散歩する。
二つの影は電線の狭間に向うと、静電気を花火の様に散らし姿を消した。
新月の翌日。季節は梅雨明けし、気温は30度を容易に通り越していた。
基本健康体で元気な梅吉も、この暑さとムシムシした空気に当てられてしまう。
これでは外に出ては危ないと、リビングで高校に通うための勉強をし始めた。
「一科目でも自分の好きなものを見つければ、きっと学校が楽しくなるわよ。」
結女子はそう言うと、ここぞとばかりに自分の好きな国語の教科書を勧めてきた。
昨日梅吉のデートの現場に出くわした結女子。今日は嬉々としておすそ分けのオカズ片手に、茶柱宅に上がり込んだ。
何時もなら、オカズ入りの大きなお弁当箱を、玄関先で渡したら帰るのだが、今日は玄関まで出て来た梅吉が、しんどそうな顔でボールペンを握りしめているのを見て「勉強教えようか?」と言って、家に上がったのだった。
すると、自室にいたクマもリビングにのっそり顔を出して来た。
やっと本調子になって来たようで、梅吉が結女子に勉強を教わるのを、何時もの無表情で眺めてる。
「今のうちに簿記でも取っとけばいい。」
やっと、文章問題が一通り終わったところで、クマが言った。
結女子は自分の好きな国語を勧めてきたが、クマはクマで、実用的なアドバイスをしてくる。
同じなのは無言の圧が凄いと言う事だ。
結女子とクマにうんざりした顔の梅吉が向き合っていると、窓の向こうからパトカーと救急車のサイレンが聞えてきた。
何となく胸騒ぎがした梅吉は「野次馬は良くない」と言うクマの制止も聞かづ、家を飛び出した。
パトカーと救急車は感田川が大梅街道に差し掛かる角の一軒家で止まる。
その一軒家は武仁の家だ。既に人だかりが出来、家の出入口が囲われている。
「奥さんが突然倒れたそうよ。何でも叫び声が聞こえたんですって。」
「まぁ、恐いわ。」
野次馬の群れからそんな会話が聞えて来た。
『武仁の母親が倒れた?』
「すいません。ここの兄妹は無事何でしょうか?」
梅吉は焦り気味に普段使わない丁寧語使う。
見知らぬ人相手で声が少し上ずった。
「あら、ここのお子さんは一人っ子よ。」
「え?」
梅吉はその瞬間頭部から血の気が引いた。顔が青ざめたと自分でも分かる位に。脳が知覚するよりも、体の感覚が何か悪い事が起っていると恐怖を察知していた。
後からクマと結女子が梅吉の後を追いかけてきていた。
二人は人一人分離れた後方から、梅吉が近所の人と話しているのを聞き取る。
「すまん。ちょっとでてくる。」
クマは結女子に一声かけると、捕まえに来たハズの梅吉をよそに、電話の呼び出し音を鳴らしながら何処かへ行ってしまった。
クマは気が付かなかったが、聞きなれたクマの声に梅吉は振り返り、クマが何処かへかけて行くのを見ていた。
残った結女子と目が合う。
「クマは誰に電話かけてた?」
梅吉の目が縦に尖る。
「…さぁわからないわ。」
嘘だ。と、梅吉には分かった。
結女子は言ってからしまったと口に手を当てた。
ただとぼけたつもりだったが、目の前の梅吉が眉間にシワを寄せている。
本当はクマのスマホの画面がチラリと見えた事と、会話の内容で、結女子はクマが先原に電話をかけていると分かっていた。
梅吉が何も言わず、結女子を上目使いで睨みつけている。
たった数秒。二人で道の間に立っているだけなのに、空気が重い。
結女子は胸がつまり、一歩引いた。
折角最近良好な関係を築いていたのに、小さな亀裂が入ったように、それ以上踏み込めず、互いに何と声を駆けたら良いか分からなくなる。
結女子はあたふたしながら戸惑った。
(違うの、嘘を付きたいんじゃなくて、あなたを巻き込んじゃいけないと思うの。)
結女子にもクマが何故先原に電話したのかはわからなかったが、事件が起こってるのを見て、取り急ぎ先原に連絡を入れたところを見ると、厄介な事が起こってるのは確かだった。
クマは以前結女子に、大人の事情で梅吉を振り回したくないと言っていた。
結女子も一度は梅吉を厄介ごとに巻き込んでしまったが、今は自分もクマと同じ気持ちだ。
梅吉を決して危ない目に合わせたくわない。
しかし、結女子はあたふたするだけで、何も言葉が出てこなかった。
大人として落ち着かなければという理性より、梅吉に何かあった時の不安の方が勝って、ついつい俯いて、梅吉から視線を逸らしてしまう。
それを見た梅吉は、二人が知っていることを自分だけ知らされてないような、省かれた思いになった。
(やっぱ、大人は嘘つきだ。)
そんなすねた思いが梅吉の胸にふっと沸く。「すいません。あなたこの間、近所で発見された水原恵さんのご友人ですよね?」
沈黙する梅吉と結女子の間に割って入って来たのは、茶色いスーツ姿の爽やかな笑顔の青年だった。
「あ、はいそうですけど?」
結女子の歯切れの悪い返事に、青年は可愛らしく首を傾けてほほ笑む。
((あ、女慣れしてるなぁ。))
結女子と梅吉は心の中で同じ感想を持った。
「突然すいません。私刑事課のこういう者でして。ちょっとお伺いしたい事があるのですが、この後30分程宜しいでしょうか?あ、勿論。コーヒー代くらい持ちますよ?」
手帳開きながら、畳かけて明るく喋る青年刑事。
愛想の良い笑顔で、ぺらぺら流暢に喋る姿は如何にも世渡り上手な人柄を伺わせる。
結女子は振り返りながら遠慮がちに梅吉を見た。
「俺はいいから行って来いよ。」
梅吉はぶっきらぼうに言った。
結女子は頷くと、嘘くさい程爽やかな青年刑事についていった。
野次馬の集まる中、梅吉一人、去っていく結女子の背を見ながら暫くぼんやり棒立ちになっていた。
一方先原颯斗は、クマからの電話を取り、事件の事を聞くと、逃げるように自宅から飛び出し、マンションビルの屋外階段にへたり込んだ。
警察が自分の処に事情聴取に来るのを恐れて、人の来ない場所に移ろうとしたのだ。
(あの人と自分とのやり取りが明るみになってしまったら、仕事が続けられなくなる。)
「何で、何で、自分がこんな目に合うんだ。こんな事で俺の人生はダメになるのか?」
怒りが沸いてきた。向かう先の無い思いに捌け口を探す。
さっきまで晴れていた筈なのに、空は曇り、今にも雨が降りそうだ。
(ああ、本当に俺はついていない。)
階段に座り込みスマホを開くと、ネット上に委名で罵詈雑言を書きなぐった。
『死ね、死ね、死ね、死ね。』
『スポーツクラブでトレーナーに色目使う色ボケババア。』
(自分は悪くない、自分は悪くないんだ。悪いのは既婚の癖に俺と付き合った女の方だ!)
「畜生、死にてぇ。何で俺ばっかこんな目に合うんだ。」
「シニタイ?」
「シニタイ?」
颯斗の頬に何かが飛んできた。
それは青い光で、瞬息で颯斗の頬の皮膚を一直線にちぎり、空気に消えた。
それは電波のトゲだった。
次には、血が頬を伝う。
颯斗が誰でも無い誰かに吐いた文句に、疑問形で返してきたのは、スマホの画面から這い出て来た二匹の青い妖精だった。
電波のトゲは青い妖精の吐いたものだ。
「ひっ!」
突然現れた奇怪な生き物は、目は無く何処を見ているのか分からない。お風呂に浸かる様に、画面から半身を出し颯斗に笑いかけている。
「ひゃああああああ!何だあっち行け!」
颯斗は驚いてスマホを三階ビルの上から落とし、階段を転げ落ちた。
青い妖精はスマホと一緒に落ちる前に、画面から外へ勢いよく飛び出す。
青い羽を広げバタつかせながら、青い電波を鱗粉のようにまき散らす。
「「シニタイ!シニタイ!」」
青い妖精達は叫びながら口からトゲを吐いた。
颯斗は咄嗟に腕で胴体を庇う、転んだままの颯斗の腕に幾つものトゲが刺さる。
笑う青い妖精は、目も無いのに颯斗の位置が分かるようで、見下ろすように颯斗の頭上でくるくる舞いながら飛んでいた。
「この、化け物!俺が何したって言うんだ!何で俺ばっかり!」
「「バケモノ!オレガナニシタッテイウンダ!ナンデオレバッカリ!」」
叫んだ颯斗の鼻の穴に妖精たちが飛び込み、無理やり頭を押し込んだ。
すると次の瞬間、颯斗の体内に二匹の青い妖精は吸い込まれる。
颯斗の口真似をしながらせせら笑い、颯斗の体内に滑り込んでいく。
颯斗は両目を回した。
妖精達は、勢いよく颯斗の肺に入ると、内側から肺にかぶりついた。
「うああああああああ!」
颯斗は口から泡を吐きながら白目をむいて倒れ階段を転げ落ちる。
妖精達は颯斗の背中をすり抜け、宙に浮き出ると、笑いながら天高く舞い上がり、曇り空の雲に潜って消えてしまった。
妖精達が消えていった雲から雨粒が落ちる。
雨は次第に激しくなり土砂降りになった。
★★★ ★★★
突然の豪雨も過ぎ去り、綺麗な星空が空に浮かび上がった頃。
その夜のうちに加藤武仁の母。加藤裕美と先原颯斗の不倫関係は、警察の調べにより明るみになった。
武仁は母が不倫をしていたのを知っていた。
ただ今回の様な形で明るみになってしまい、母を気の毒に思った。
そして、不倫について警察に聞かれたものの、不倫相手の犯行では無い気がしてならなかった。
警察が帰った後、武仁は自宅の庭にたった一つだけ、大きな穴が開いてるのを見つけた。
そこは母が自分が流した子を埋めた場所だった。
その時武仁は、刃傷沙汰以上の恐ろしい事が起こっていると感じ取り、全身の血の気が引いて暫くそこから動けなかった。