梅吉の最近の日常
通いなれ始めた通学路をリュックをしょった梅吉が歩いていく。空を見上げればカラスが飛び、乾燥して雲の少ない秋の空を我が物顔で横切った。
秋になったせいか、背が伸びたせいか以前より身体にかかる重力が重いように思う。
学校へ向かう足取りが、億劫にしか進まない。
「梅ちゃ~ん!」
「梅」
のらくら歩いていると、道の向こうから末恵と武仁がやってきた。
「梅ちゃんほんとうにきゅううに大きくなったよね」
「ああ、きゅうううに育ったよなあ」
「「横に」」
二人の言葉がハモり、梅吉の頭をもたげさせた。
梅吉はポケットに両手を突っ込み、バツが悪そうに二人から視線を逸らす。
「‥‥‥成長期なんだよ」
「「横に?」」
「うるせえ! いちいちハモんな!」
「最近付き合い悪いし、休みの日一人でなにしてるの?」
末恵が不満顔で梅吉に詰め寄った。
「そんなに美味しいもの食べにいってるなら、私たちも誘ってよ!」
「末、話しがそれてるよ」
武仁の冷静な突っ込みに、末恵は自分の欲求が先走っていたと恥じ入る。
「別に、ただぶらぶらしてるだけ、お前らが気にすることじゃねえ」
武仁と末恵は無言で梅吉を見つめた。
「学校おくれんだろ」
梅吉がそう促して、話す気がないことを察すると、武仁と末恵は早歩きで梅吉の前に出た。
「ほら、もっと早く歩かないとブタになるぞ」
武仁が振り替えって梅吉を挑発するので、梅吉はしぶしぶ二人に合わせて歩きを早めた。
梅吉は、二学期から無事に武仁と末恵と同じ高校へ転入し、特に問題なく通学している。
梅吉の存在や転校理由を詮索するほど、みんな余裕がなかったこともある。
あの夏の”青い妖精事件”で世間には口裏を合わせて静まり返っているような見えない同調意識が伺えた。
梅吉自身も、自分を常に律し、力をセーブして、目立たないように、口数の少ないクールなキャラを演じている。そのつもりでいた。
梅吉の隣の女子がチラッとこちらを見てきた。あまり話さないけれど、転校生の梅吉が教材の種類や先生の指示の意図が分からないと、それとなく教えてくれる優しい子だ。
彼女は今、梅吉を一瞬チラ見してから、ままあってそそくさと、窓側寄りの別の咳の友達のところへ移った。
「太ったよね」
女子同士がうなづきあっている。
梅吉の肩がはねた。
犬並みの聴覚の持ち主である梅吉でないと聞こえない声だったが、確かに彼女は自分の陰口を言っていた。
良い人だと思ってたのに。
「口数少なくて、ミステリアスって思ってたけど、あれだとただの太った陰キャ」
梅吉の身体に電撃が走った。
それはまごうことなき真実で、曲げようのない事実であるため尚更梅吉に衝撃を走らせたのだ。
自分に原因があることを理解しながら、それでも梅吉は自分が女子たちの間でそのようにとらえられていることに傷ついた。
梅吉は”青い妖精事件”の後、身長が10センチ伸びたが、一か月後体重が10キロも増えた。
上にも横にも目まぐるしい成長だ。
椅子からはみ出るようになった尻肉に若干の愛着を感じながら、今日も梅吉は授業前にこっそりお菓子の袋をあける。
そういう習慣がいつの間にかやめられなくなっていた。
日本には美味しいお菓子が多すぎるんだよな。
そう一人で心の中で呟きながら、亀谷のノリ梅煎餅をほうばった。
しかしそんな怠惰な生活を保護者である球磨が許すはずがなかった。
「お前、最近休みの日に高そうな服着て、一人で出歩いてなにしているんだ?」
球磨が珍しく土曜日休みの日、梅吉を問いつめた。
「べっべつになにもしてねえよ。ふらふらしてるだけ」
梅吉は九条刑事の手伝いで侵入操作をしていることを、球磨に黙っていた。
止められると分かっているからだ。
「末恵ちゃんや武仁君と仲良く出かけているのかと思ったのに、違うのか?」
梅吉は俯いた。
梅吉は末恵と武仁をとても大切に思っていた。
死ぬかもしれない状況で、自分を見つけ出してくれたのだから、当たり前だ。
だけど、それなのに酷く煩わしくもあった。
それは、末恵と武仁が酷く”お似合い”だったからだ。
少なくとも梅吉にはそう見えた。
自分といる時の末恵はまるで姉のような態度を取る。
梅吉は三人でいる時、末恵と武仁が見つめあって意思疎通しているのを見ると、身勝手な黒い感情が自分の内側でざわめいているのを感じずにはいられなかった。
それは的外れな疎外感のようで、梅吉に自分の愚かさを感じさせ、孤独にした。
そういう身勝手な自己意識の被害妄想が、いつか加害者になりかねない行動を取らせそうで、自分自身を不安にさせた。
家族や友人に秘密を持ちながら行動し、尚且つ自分の感情を押さえることで他者との間に壁を作り、梅吉の過食は益々エスカレートした。
「高そうな服は九条刑事からもらったんだよ。思いのほか着心地が良くてさ‥そしたら結構大きなサイズだったから、それに合わせて太っちゃったんだ」
球磨はあからさまに大きな溜息を着いた。
球磨の大きな手が梅吉の頭上にのぼる。
叩かれる。
そう思ったその時、球磨のクマサイズの大きな手が梅吉の頭頂部を撫でた。
「高校生は大人だ。お前の自由は尊重する。だけど自由と自堕落は違う」
梅吉は頭に手を乗せられたまま小さく頷いた。自分の愚かさが嫌になった。
「じゃあ、これから毎朝、5時俺とランニングだ」
「自由を尊重してくれるんじゃなかったの?」
「学校に通い始めてから、一緒に走り込みすることがなくなってたのがいけなかったんだ」
本人の意思と関係なく既に決定の模様。
こうして梅吉のダイエットが始まった。




