オレオレ物語
梅吉は手袋の端をひき、呼吸を整えた。
忍び込んだビル内は空調がきいていて、少し涼し過ぎるくらいだ。
特定の男の背中を追う。
男は『営業部』と書かれた曇りガラスの部屋の向こうに入っていった。
その向こうにはオレオレ詐欺のために集められた情報が保管されているはずだ。
そこからは持ち出されることがないので、外に流出されない限りは事実かどうかは確認出来ない。
入れ違いに別の男が曇りガラスの自動ドアから出てきた。
背恰好は165センチほどの小男で横に広い。広いおでこをしていて、犯罪行為を行っている人間にしては、いかにも人の良さそうな顔をしている。
『いや、こういういかにも人のよさそうな奴が、人の気を緩めて情報を引き出すんだ』
梅吉はその小男の後を追い、トイレで気絶させると服とIDを拝借し、侵入を成功させた。
室内に入ると、そこでは三十名以上のタヌキと人間がペアになって電話の置かれた机で仕事をしていた。
用意された個人データを確認しあっているペア。発声練習をし「こいつこの顔で母ちゃんとか言うかな?」と人間の女性相手に聞いているタヌキ。資料を整理してる人間とそれにペン入れしているタヌキ。
梅吉は、周りを見渡した。
データを持ちだしたら、何かしらの警報機が鳴るかも知れない。
壁には大きく『仕事中のスマホ使用・写真撮影現金』と書かれていた。
誰も自分が忍び込んでいることにさえ気が付いていない様子だ。
梅吉は手首に仕込んだ隠しカメラを使い、それらの風景を撮影していった。
それでも周りはオレオレ詐欺の演技に専念中。セキュリティが完備されていることで逆に警戒心が緩んでいるのかも知れない。
タヌキたちの和やかさに反して、梅吉の心拍数はどんどん上がっていく。
「おい、お前大丈夫か?」
一匹のタヌキが梅吉の背中を叩いた。
タヌキといってもバケダヌキなので、梅吉より背が高い。
「体調が悪いなら、今日は人間に化けなくても良いぞ?」
どうやら梅吉が詐欺行為のために誰かに化けていると勘違いしているらしかった。
「あ、あの」
それではわざわざ中の人間から服を盗む必要が無かったではないかと、それも後の祭りと自分への責めと焦りで梅吉は汗がだくだくになった。
相手のバケダヌキはきょとんとして首を傾げた、次に鼻を動かした。
「すんすん、お前なんか犬臭いな? タヌキの臭いはしない‥‥‥?」
室内の他の視線が梅吉に集まりだしたその時、爆音がビル全体を揺らした。
「うわあああああ!なんだ!」
「ビルが崩壊してる!」
「本部のやつら! 俺たちを尻尾きりする気だ!」
「くっそ、なんでだ!?」
途端に梅吉の目の前のバケダヌキが勘付き、怒りの形相になり、大きな爪で梅吉に襲いかかった。
「お前は誰だ!?」
梅吉はしゃがみ込み、くるんと回転して相手の両脚を持ち上げ後ろに転がした。
勢いのまま走り込み、机の上に跳んで一目散に窓から脱出した。
「おい! ここ4階だぞ!?」
一番窓側に座っていたスーツの男が驚いて、窓の外から顔を出した。
「良いほっとけ! それよりここから逃げないと」
梅吉に声をかけたバケダヌキが危ないからとスーツの男の裾を引いた。
すると男は凄い剣幕で手を振り払い叫んだ。
「嫌だ! ここで逃げたらもうこの仕事が出来なくなる! そんなのなるくらいなら、俺はここで死んでやる!」
「賢仁」
バケダヌキが悲しそうな目で賢仁と呼んだ相手を見つめた。
「馬鹿、上は勝手に俺たちを見限ったんだぜ、ビルと心中するほどの忠義なんかいらねーだろ?」
「俺は!パワハラで散々新人をやめさせたり、自殺させてきたくせに、知らん顔で高い給料もらってふんぞり返ってる奴ら、みんな地獄を見せてやらないといけないんだよ! アイツら自分のことは棚にあげやがって」
「8時間以上労働させる上にぐちぐち愚痴ばっかきかせるのに、仕事のミスは全部こっちに押し付けやがる、それで辞めても「若い子は続かないね」って言われるだけだもんな」
梅吉から服を奪われた小男がいつの間にかトイレから出てきていて、賢仁の背中を撫でていた。
状況に見合わない朗らかな声で話すので、周りでどうしたらいいかわからずあわあわしてた者たちが落ち着きを取り戻せた。そして会釈して一人一人、一匹一匹外へ出て行く。
「でも、もう良いじゃねーか。過労死したお前の友人。そいつの辞めた会社の上層部からは、一番たっぷ金とれただろ?」
「‥‥‥クク、あいつら、半分疑っててもあんなに大金祓いやがってた!あっははははは!何でかわかるか? 部下はパワハラで自殺させ、実後は大金を持って失踪! 俺は彼奴等を騙すことでやってきたことの罪悪感を軽くしてやってんだよ!」
「よくもまあそこまで物語を膨らませて自分を正当化出来るもんだ」
もう、室内にいるのは、このバケダヌキと人間の男二人になった。
他はもうとうにビルの外まで逃げ出している。
「やめようよ。オレはお前みたいなそんな大層な志ないよ、人間の金で、人間の遊びがしたかっただけだ」
バケダヌキは胸を張って言った。
「そうだ! 俺もだ! 俺は人間だけど、お前みたいなそんな立派な志しねえよ」
「お前らくそか! ここでやめたらただの詐欺師じゃねえか!」
「そうだよ! 俺達はただの悪人なんだ!」
「相手のために演じるなんてただの建前だよ。お前だって本当はわかってただろ?」
「逃げよう。もう足を洗うんだ」
「丸弐さんのところでさ、自己紹介程度の履歴書で派遣で雇ってくれるって」
「行こうよ。捕まったら何年も檻の中だ」
ドドドドドドドドドド
建物の揺れが立てないほど酷くなる。
「もう駄目だ、行こう!」
賢仁が頷いて、二人と一匹の後ろを走った。
賢仁は情けなくて結局何も果たせなくて、悔しくてやるせなくて、色んな事が堪えられず、涙をどばどばこぼしながら走った。
「みっともねぇみっともねぇ」
「良いじゃんか。生きてりゃ良いこともあんだろ」
「今までだって詐欺行為を正当化して十分みっともなかったんだよ」
「もっと急げよ! 捕まる前に死んじまう!」
「賢仁。早くここを出てラーメン喰いに行こう!」
賢仁は鼻をすすった。
「そんなぴちぴちの服着た人とは行きたくない」
二人と一匹は何とか逃げおおせることが出来た。




