校長と亜門
大学内の夜。
本来であれば誰もいないハズの時間に、一人研究室でパソコンを眺めている男がいた。
――ガチャ
「誰だ!」
自分一人だけのハズの学内。突然部屋のドアを開いた音に、男はぎょっとして振り返った。
「今、このサイト上で、イラストレーターウテナの作品に、嫌味なコメントを書き込んだのは、あなたですよね?」
亜門は男の前に立ち、スマホ画面を相手の真ん前に押し付けた。
男は、この大学の教師だった。
どうやら授業のために作業があると言って、用務員に断わって、しょっちゅう夜も研究室を開けて使っているらしかった。
「何だ、だったら何だって言うんだ?辛口の批評批評もないと、絵師は成長しないだろうが!私の若い頃何て、もっと厳しいことを言われたもん何だぞ!?」
言い逃れできなと分かり、開き直ったのか、それらしい正論を並べたてはじめた。
「それでも、こんな毎日毎日何件も否定的なコメントばかりつけてくるなんて、おかしいと思います。」
「的外れなのが多いしね。」
暗い廊下の向こうから葵がひょっこり顔を出した。
すると教授はかっと、頭に血を登らせ、葵を睨み付けた。
「お前なんか、校長のダメ息子の愛人の子の癖に!」
亜門は教授の両肩を付き飛ばした。
「何だ君は!親からどんな教育を受けてるんだ! 親が悪いからそんなことするんだろう! 折角今コメントを消してやろうかと思ったのに、今の若者は本当に堪えるということを知らない!まったくこんな時間にこんなところで何してるんだか。だいたい赤の他人の君が口を出すことじゃないだろう。わざわざ調べてこんなとこまで来て、大袈裟にして恥ずかしい。」
「アンタも絵を描く人じゃないのか? 自分の作品のために言ってくれてる言葉と、そうでない言葉は分かるハズだろ?」
葵がドアから中に入り、教授の前に出た。
葵がさすった亜門の背中が熱かった。
「私はそもそもこんなところで教師なんかするハズじゃなかったんだぞ!どうして頭も要領も悪い生徒相手に毎日あくせくして、働いてるって言うのに、何でこんな書き込みくらいで、四の五の言われないとならないんだ!」後ものんのんと罵詈雑言を並べたてる教授。
その後ろで彼の叱っていたパソコンの画面が青白く輝き、パチンパチンと電気が破裂する音がした。
「ぐう…ふう、」
腹のそこからかろうじて呼吸するような声。
教授が振り向くと、パソコンの机の上に数十個の青い光りがあり、よく見るとそれは血を這う人の姿をした小鬼だった。
青い電気の鬼、遇風。
次の瞬間。グウフウたちは、机から床へ飛び降り、電光石火の速さで走り、教授に飛びつき、足元から胸元まで登って、青白い電気の稲妻をいくつも発光させる。
「うわあああああああああ!」
教授は感電して倒れた。
亜門が急いでしゃがみ込み脈を取る。
「本当にいたんだな。『電鬼・遇風』って」。
この世ならざるモノを目にして、相変らず飄々としている葵を、亜門は微妙な気持で振り返った。
教授は倒れたものの、一時的に気を失っているだけだった。
「おいで。」
亜門が自分のスマホを床に近づけ、グウフウたちに中に入るよう促した。
「飼ってんのか!?」
教授をグウフウが襲った際よりも、葵はあからさまに驚いた。
「いや、ほっとくとどっかで悪さをするから、試しに家の形のアイコンを作ったら、何匹か済むようになったんだ。」
「いや、俺が聞きたいのは、どうしてその妖怪と亜門君が関わりが出来たかってこと何だけど……。」
亜門はスマホをポケットにしまい、廊下に出た。
「ネット上で、一日に何件「死ね」という書き込みがあるか毎日調べていたら、俺のパソコンをつたって、やってくるようになったんだ。」
「ははは成程。お前本当に面白いな!」
葵も続いて廊下に出た。
「アイツどうする?」
「ほっとけよ。明日には起きんだろ。」
夜の廊下の真っ暗な中で、高いの表情は読めない。
「俺のこと気持悪いって思わないのか?」
「何でだ?」
質問を質問で返され、亜門がむっと口端を下げた時、ぱっと廊下の電気が点いた。
「あなたたち、こんな時間に何やってるんですか?」
「ばあちゃん!」
明るくなった廊下の向こうにいたのは、校長の葵の祖母だった。
葵は驚くものの、どこか嬉しそうな声音をしている。
「へへへ、ちょっと夜の学内を散策したくてさ、ごめんね。」
茶目っ気たっぷりに微笑む孫の顔に、校長は仕方なさそうに肩を落とした。
「亜門帰ろうぜ? 亜門?」
葵が振り向くと、亜門は壁に飾られた見上げる程大きな絵を、ただ茫然と眺めていた。
「良い絵でしょ? 渦を巻く海の波と、躍動感のある星月夜が調和して、色が踊ってるみたい。」
校長は優しい声音とともに、亜門の横で同じ絵を見上げた。
「撮ってもいいですか?」
「いいわよ。」
亜門が一二歩下がってスマホをかざすと、画面が青白く光り、中からグウフウたちが出てきて、床に着地した。
「うわ!お前ら何やってんだ!?」
亜門はグウフウに覆いかぶさって隠そうとした。
「良いじゃない、見せてあげなさいよ。」
校長が何食わぬ顔で言うので、亜門は床に手を着いたまま間抜けな声を出した。
するとグウフウたちは、しばしば絵を眺めてから、頬を染め、きゃっきゃと跳ねてはしゃぎ、ぱちぱちと静電気を放った。
次にグウフウの青い電気の体全体が、ピンクに染まりながら、天上へ浮遊し、立ち上がった亜門の頭上で、小さな花火になって消えた。
「あの子たちは、この世に生れそこなった魂だから、生者が形にした夢に恋をして、今度こそこの世に産まれたいって願って消えたのね。」
亜門が校長の方を見ると、もう校長はいなかった。
呆気に取られる亜門を、切なげに微笑む葵が駅まで送ってくれた。




