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トウトウトゲドロボウ  作者: 染必至(そめぴつじ)
番外変 グウフウ
14/18

亜門と葵

 涼やかな昼下がり。国立藝術大学の学内は、今日も賑わっていた。

 亜門は、上下黒のジャージで、パソコン片手にリュックをしょっていた。

 藝術大学というのは、どんな個性的な恰好をしていても、どんな無個性な恰好をしていても、必要以上に異端視されないのが良い。

 食堂に隣接したラウンジに入ると、三人の女子たちがたむろして話していた。

「ねえ見て見て、またグウフウが出たってさ。」

 一人の女子がスマホを向かいの二人に見せた。

「あー知ってる。何かこないだのAの通信障害もそのせいだってね。」

 巷では、遇風と呼ばれる、電気の青い小鬼の話が話題になっていた。

 何でも、そのグウフウは、邪気の強い言葉に反応し、電気を伝って言葉を放った人間を襲うという。

「でもさあ、そんな邪気とか言ってたら、作品の意見交換何か出来ないよね?」

 一人が言うと、二人は黙り込んだ。

 そうだとも、そうじゃないとも言えないからだ。

 黙り込んだ三人の後ろの席に、焼肉定食を持った亜門が座った。

「どうだろうね。作品と絶対関係ないところを、ディスってるだけでしょって意見もあるし。」

「そういう強い言い方して、自分に気を向かせたいだけだよね。」

「そういう奴は痛い目あって欲しいかな。」

 あははははは。三人が笑い合うと、鐘が鳴った。

 三人の女子は同時に腰を上げ、その場を立った。

 亜門は食べ終えた定食のトレーを横によけ、リュックからパソコンを出し作業を始めた。

 10分、20分、休むことなくキーボードが割れる程の勢いで。

「おお、山田久しぶり!」

「え?」

 彼は振り返った。

「私、山田じゃありません。」

 亜門はワザとつっけんどんに返した。

「あ、そっかごめんごめん。ちょっと似てたもんだから。」

 亜門は言葉を返さず、眉間にシワをよせた。

 声をかけてきた相手は、笑ったまま顔色を変えない。

 ストロー付きの紙コップ片手に手をひらひらしていた。

「俺、葵。君何処の学科?」

「…絵です。」

「へえ、そうなんだ。洋画? 水彩画? ああブラインドタッチめちゃくちゃ早いから、イラストか?」

 軽い口調でまくしたてて喋る葵に、亜門は肩を遠ざけた。

 睨み付けているのに、葵と名乗った相手は笑顔のまま一向に引こうとしない。

 見ると、整った顔の青年で、二重の大きな目に圧があり、つくりとしては女性的なのに、頼りなさを感じさせない雰囲気があった。

「ねえ? 何やってんの? 課題?」

 葵は図々しくも、亜門の隣の椅子に腰かけた。

「あれ?これってもしかして、生徒の個人情報にアクセスしてる?もしかして、ハッキン」

――バタン

 パソコンを乱暴に閉じ、亜門は息を飲み込んだ。

「――違います。」

「――否定が遅いよ。」

 椅子から腰を上げた亜門の腕を葵が掴む。

 亜門は否応なく、椅子に腰をかけ直した。

 クーラーのきいたラウンジで亜門の肌に嫌な汗が浮かぶ。

「…知合いの情報を見ていただけです。」

「どうしてそんなことしてたのさ?」

――お前には関係ないだろう。と、言いたかったが、掴まれた腕に当たる握力に、本能的な危険を感じ、逆らうことが出来なかった。

 しかも、パソコン画面を一瞬見ただけで、相手はハッキングだと勘づいた。

――学園側に突き出されるだろうか?

 それなら未成年の自分は軽い処罰で済む。

「すいませんでした。」

「どうして謝るの?」

 えーと、口端をあげたまま腕は話さない。

「すいません。」

 亜門が小さく震えた。

「セキュリティが思いのほかゆるかったので、興味本位で個人情報を覗いてました。」

「随分とあっさり教えるじゃない。」

 葵は亜門の腕を掴んだまま正面を向き、紙コップな中身をストローですすった。

 カフェインの香りが亜門の鼻先に香る。

「騒ぎにはしたくないので。」

「ふーん…」

 葵は紙カップの中の氷を、カラカラとまわし、何処か世間話でもしているような素振りだ。

「実はさ、」

 葵は亜門の腕から手を放した。

 亜門が葵の方を向く。

「俺も、ここの生徒じゃないんだ。」

「はあ!?」

 亜門は思わず大きな声を上げ、椅子からズッコケそうになった。

「ちょっと、ちょっと、騒ぎにはしたくないんじゃなかったの?」

 葵は身じろぎするものの、紙カップを持ったまま小声で諭す。

 指先でつまんだままのストローから、珈琲をずずずと、音を立てて飲み干した。

 亜門は不服なものの、また葵の横に座り直す。

 ラウンジ内にいた数名がチラチラ二人を見返していたが、気付かないふりをする。

「何のつもりだよ。」

「あはは、急にタメ口になった。分かりやす、」

 葵は伸ばした脚先の両踵を、床の上で跳ねさせた。

――愉快犯か、質が悪い。生徒じゃないというのも疑わしい。

「お前みたいに自分の好き勝手で、人を振り回す奴が俺は一番嫌い何だ。」

「およよ、嫌われちった。」

「目的を言えよ。金か?情報か?」

「どちらかと言えば情報かな?」

「何が欲しいんだ? 俺がやれるものなら何でもやるから、それ以上もう関わらないでくれ。」

 そう話しながら、亜門はパソコンをまた開き、先程とは別の情報をネットで探り出していた。

「どうして?」

「は?」

「どうして君は、自分の好き勝手で人を振り回す奴が一番嫌いだって言うのに、わざわざ見知らぬ学校に忍び込んで、ハッキングなんて危ないマネしてるのさ?」

 亜門は葵を真っ直ぐ見たまま押し黙った。

「誰のため?」

――誰のため何だろう。きっと自分のやることは、全部自分のためでしかない。

「いや、人が自分ですることなんて、きっと全部根本は自分のため何だろうけどさ。自分が危険を犯してまで、何かをしようというのなら、きっとそこには他者への献身があるハズだろ?」

 亜門は自分の心が見透かされてしまったように感じた。

 そしてもうこの相手に抵抗すまいと思った。

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