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トウトウトゲドロボウ  作者: 染必至(そめぴつじ)
本編
10/18

この国の秘め事 前編

 梅吉は真っ暗な中、自分の全体が浮遊感に漂うのを感じていた。

 広々とした空間に小さな存在として木の葉のように揺蕩っている。

 梅吉がゆっくり目を開くと、そこは温泉だった。

 梅吉は温かい温泉に浸かり、既に体中の痛みはひいてきている。

 周りを見ると湯船の外は石畳で、ヒノキの壁の向こうに、山々の紅葉が見られた。

「え?おれ秋まで眠ってたのか?」

 梅吉が思わず湯船で立ち上がると、前方から風呂桶がくるくる周りながら、どんぶらっこっこ、どんぶらこっこと流れてきた。

「ウーメーキーチー」

 風呂桶に乗って流れて来たのは白太だった。

「白太!?」

 梅吉は驚いたものの、ざばざばと湯をかき上げながら歩き、白太に歩み寄った。


 風呂桶の回転を調度白太が正面になる向きで梅吉が食い止める。

 白太はどこも怪我をしておらず、舌をだして尻尾を降っていた。

 梅吉は白太を抱き上げ抱き締めた。


「は~浮世のうさが、晴れますなぁ~」

「これは現実じゃ無いんだよな?」

 梅吉が白太と並んで湯船に浸かりながら空を眺め呟いた。

 空には赤い色と青い色が混じり合い昼とも夕方とも定まり付かない空模様を描いている。

「梅吉、僕との約束覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ。」

「もしも君がピンチになったら僕が駆け付ける。その代わり、もし僕に何かあったら、『仲介者』を君が代わってやる事。」


 梅吉は流れてきた紅葉を指先で摘まみ上げた。

 すっかり赤く染まった紅葉はまるで血が通っているようだ。


「その契約を交わした時も思ったけど、白太は何でおれを選んだんだ?」


「君は人の嘘を見抜けるだけじゃない。自分秘密が露見する事の恐怖も、恥をかかされ裏切られる事の恐怖も知っている。そしてそれを自分がされても他人にはしないだろ?」

 梅吉は正面に向き直り言われた事を考えてみる。言われたらそうかも知れないが、自分で意識していないので、分からなかった。

「まぁ、確かに犬が喋る何て秘密がバレたら、白太は解剖されてたかもな。」

 そう言ってから、梅吉の脳裏に血まみれの白太が映った。


 梅吉は薬の密売を行っていた大人の側で育ち、その足にされ、そして中学時にスリ万引き常習犯として警察に捕まり、施設に入れられた。

 社会的には間違った事だ。

 しかし安易に身近な人間を通報するような度胸も、薄情さも梅吉は持ち合わせていなかった。

 だから秘密を持った。手を貸した。

 そしてその果てで恥をかき、裏切られた。

 梅吉は秘密を抱える事のしんどさも恥をかくことのどうしようもない怒りも、嫌になるくらい全部を全部知っている。

「世の中が自分におこる事は全て因果応報自業自得だと言ったとして、梅吉が梅吉なりに必死だった事は変わりないと、僕は思うんだ。」

 白太は湯船に浸かりながら、深くまぶたを閉じていた。

 梅吉は白太と並んで湯につかりながら、始めて白太と話した時の事を思い起こした。



★★★ ★★★ ★★★



 梅吉は始めて鍼灸整骨院で施術を受けた数日後。身体の調子を取り戻し、一人でまた多貫鍼灸院の前へ訪れた。

 自宅にクマもいない時で、課題勉強も終わりほっつき歩いていたついでだった。

 もしかしたら、心の何処かで末恵に会いたかったのかも知れない。

 その際はは自分一人で来たので路が分からず、鍼灸院の裏側へ出てしまった。

 すると、辿り着いた所は普通の一軒家の塀になっていた。

 塀の中をのぞくと、玄関先で繋がれているフレンチブルドックと目が合った。

 それが白太だった。

 白太は梅吉の鉄格子越しに目が合うなり、にやりと笑い、梅吉を脅えさせた。

 (犬ってあんな顔するか?)

 自分が犬を飼った事が無いから知らないだけで、そういうものなのかもと、いやそんなわけないと、色々思案し困惑してる間に、白太はするりと首輪抜けをし、柵と植木の間にあってはたからは見えない穴から外へ逃走した。

「え?あ!おい!」

 白太は一度踵を返し梅吉の顔を見ると、またニタリと笑った。

 やはりどう見てもおかしな犬だ。

 梅吉は異質な何かを感じ躊躇したものの、あの犬がいなくなったら家の人間が悲しむだろうと、白太の後を追った。

 しかし白太は思いのほか素早かった。

 犬だからという話ではない。

 梅吉は自分の足に自信があったので直ぐ掴まえられるだろうと思ったが、甘かった。

 白太は梅吉が心配して追って来る事などお構いなしに、小柄で身軽な白いボディを活かし、何度も跳躍して梅吉と距離を取る。

 餅の様に弾み、いとも容易く塀を飛び交い、鉄工の橋の上をかけた。

 そして感田川沿いの神社前に辿り着くと、カモシカのように軽やかに石段を登り、頂上の鳥居に辿り着く。

「どうしたの!?早くおいでよ!!」

 白太は嬉しそうに石階段の一番上で飛び跳ねた。

「お前!?しゃべれんのか!」

 梅吉が石段を登る足を止め叫んだ。

 白太は梅吉を見下げたまままたまたニタリと笑う。

 その笑みは春の日差しに陰り、白太の犬らしからぬ表情を際立たせていた。

「君、梅吉だよね?君がこの前末恵に良い事してもらってるの、こっそり影から見てたよ。」

「良い事って、何だよ…。」

 階段を登り切った梅吉の目先、賽銭箱の手前で白太がにやにやしていた。

 境内には他には誰もいない。

「だいたい、何で犬がしゃべってんだよ?」

 梅吉がやけっぱちに聞いた。

 当たり前の疑問だった。

「僕は『仲介者』だから!」

「仲介者?」

(答えになってない。)

 梅吉がそう思った際、白太が賽銭箱の上で四つ足でスキップしながらまた放し始めた。

「この世には世界の均衡を常日頃から整備点検している『仲介者』と呼ばれる者がいるんだ。僕は都心部一帯の人間と飼われるモノの仲介者。普段は両者が平和に暮らせるように、管理監視をしてるんだ。だから人に飼われている生き物の理性に呼びかけたり、元来の本能を呼び覚ます力があるんだよ。」

「その仲介者って他にどんな奴がいるんだ?みんなお前みたいに犬なのか?」

「犬だったり、人だったりするよ。仲介者は、人間だったら、猫や鳥にエサやりをする人だったり、公園や道路と言った公共の清掃をする人だったり、骨董品屋だったり、修理屋だったりする。決して表向き偉人になる事も、有名人になる事もなく、陰ながら働いている。そういう仲介者がつつが無く世界の均衡を整え、守る事で、神様は一日一個この現世の罪をお許し下さるんだ。」

「ふぅん、つまり誰かと誰かの間に立つ、取り持ち役だな。」

 梅吉は何より自分の感覚を信じるタチだ。

 非現実な今の状況も嘘でないと判断で来た。

「そうだよ!呑み込みが早いね!」

 白太は大げさに尻尾をふった。

 そんな白太を梅吉は白い目で見る。

「じゃあもしも、お前みたいな仲介者に何か酷い事があったら、…世界はどうなるんだ。」

 梅吉は意地の悪い笑みを浮かべ、白太に向って手をわきわきさせた。

「世界の均衡が崩れ始めるね。仲介者とは一見関わりの無い処で。天災や疫病、飢饉が起こって、世界全体に歪みが生じるんだ。」

 ふざけて恐がらせてやろうと思ったのに、真面目に答える白太に梅吉はつまらなそうな顔をしてから、仁王立ちになった。

「そんな仲介者様がおれ何かになんの用だよ。」

「僕と、契約して欲しいんだ。」

「何だって?」

「僕は、君がピンチの時には必ず駆け付ける!だからもしも僕に何かあったら僕の代わりを勤めて欲しい!」

「やなこった!」

「何でさ!?」

「おれに何のメリットがある?」

「君が人間の社会でどういう立ち位置なのかは、匂いで何となくしか分からない。でもあの鍼灸院の娘の末恵と一緒で、邪気を黙視できるだろ?しかも!言霊のトゲが見える。そういう特異な力を持った者は、同じ様にそういう力を持っていて理解してくれる誰かがいた方が良いんじゃないかな?」

 梅吉は首の後ろをかきながら気だるげに溜息をついた。

「じゃあ、お前のメリットは何だ?」

「君は言霊のトゲを目視出来るじゃないか!飼われる者は言葉に支配されるモノの、しかし言葉を発せられない弱い存在だ。言葉よりも真実を見る君は、協力し合うに都合が良い。」

 梅吉はポケットに手を突っ込み、少し真顔になって考えた。

「良いよ。」

「本当!?」

「お前が本当に助けに来てくれるかは分かんないけど、保険は無いよりマシだ。」

 梅吉は胸の前で腕を組、何処でもない地面を見ていた。

「じゃあ、こっちに来て!契約を交わそう!」

 白太は本殿の賽銭箱の前でぴょんぴょん跳ねた。

「デメリットは、お前になんかあったらオレがその仲介者を代替わりするって、それだけだよな?」

 白太の前まで来て、しゃがみ込み梅吉は念を押して尋ねた。

「そうだよ!じゃあ誓いのキスをしよう!」

「え?」

 合否を選択する間もなく、梅吉は飛びついて来た白太に唇を奪われた。


★★★ ★★★ ★★★



 梅吉はそこで追憶を止めた。

 梅吉は掴んでいた紅葉を流れに戻した。

 紅葉が留まらず流れ続けられそうな方向へ。

 昔の記憶を辿っても、梅吉には自分が白太に好かれる理由が見つけられない。

「そろそろ目覚めないとな。」

 そう言って白太の頭を撫でてから、浴槽を出て石畳向こうの引き戸に向った。


 梅吉が夢から目覚めると、そこは白いテントの中だった。

 もう夜になったのか、暗いテントの中を点々と蝋燭が灯す。

 蝋燭たちは静かに燃えながら熱く、電気の照明よりも遠目に見える人影を濃くする。

「ウメ!」

「ウメちゃん!」

 梅吉の両脇には末恵と武仁が座っていた。

 見渡すと、会場にいたのであろう人々がその場で意気消沈していた。

 二人も自分も、既に手当されている。

 梅吉が自分の姿を見ると麻の簡易服を着ていた。

「今どうなってんだ?」

 梅吉は頭を抱えながら聞いた。

「今油断下周辺区域には、ここみたいな簡易テントが建てられて、避難場所になっているよ。」

「油断下以外は?」

「分からない。」

「何で?」

「通信は全部遮断されてるんだ。青い妖精はネット回線や電話回線を伝ってくるからね。スマホも切るように言われてる。」

「あの妖精たちはどうなったんだ?襲ってこないのか?」

「警察は油断下周辺に包囲網を引いてる為、妖精は入ってこれないって言ってるけど…、でもその守備の内容は分からない。」

「きっと、霊力の高い人が結界を張ってるんだよ。」

 末恵が二人だけに聞えるように、こそこそと声を潜めて話した。

「まぁ、そうだとすると、一般人に他言する事は出来ないよね。」

「…おれ、行かないと。」

「行くってどこへさ?」

 武仁は梅吉の服を掴んでから、周りを見渡した。テント内の数人がこちらを訝し気にみている。

「さっきのキツネの姿をしてた九条刑事に言われたんだ。変に関わると、変に勘繰られるから、他言無用で宜しくって。」

 武仁が小声で離しながら、梅吉に耳打ちした。

 梅吉の脳裏に九条刑事の整った愛想笑いが浮かんだ。

「う~ん、じゃあさ、ちょっとトイレ行ってくる。」

 間。

 他人の嘘が見抜けるわりに、嘘が得意ではない梅吉を、末恵も武仁も白い目で見つめた。

「ウメちゃんそれは白々しすぎ」

「俺らもついて行くからな?」

 梅吉より先に二人が立ち上がった。



★★★ ★★★



 三人がテントの外に出ると、外は真っ暗で満天の星空が広がっていた。

「何か匂うな…。」

 梅吉が鼻先を右往左往させた。

 目覚める前と後ではまるで世界が変わってしまったように感じる。

 夜の静けさに、神経が際立ち、全身の毛穴が逆立った。

「ウメちゃんおトイレ行かないの?」

 末恵がわざとらしく首を傾げた。

「あっち。」

「あっち?」

「歌が聞える。」

 舞踏館に通路を挟んで隣接した建物を梅吉が指さした。

「うた?あ!待てウメ!」

 武仁の制止も聞かずに、梅吉は倉庫の方へ向った。

 ピッキング技術で容易に中へ入ってしまう梅吉。

 末恵と武仁はそんな梅吉に呆れながら、仕方なさげにその後へ続く。

『ぽんぽんぽん、ぽんぽんぽん、そいやーそいやー』

 中に入ると歌がはっきり聞えてきた。

 ラップの様な曲調で何かを唱えている。

 建物はどうやら舞踏館出演者の為の楽屋件物置になってる様で、入って直ぐの壁際に、様々な機材、舞台装置や衣装が置かれていた。

 それら全てが何だか生き生きとしていて、自分の出番待ち前にスタンバイをしているようだ。

 如何せん、今日は出番を失ってしまったが。

 梅吉はこっそり音を立てずにドアを薄く開けた。

 そのドアが防音式で重い。

 もともとリハーサル室のような場所なのだろう、中はドア正面の壁が全て鏡になっており、天井が外側より高かった。

 中を覗くと、中は狸、狸、狸、狸、狸、狸でいっぱいだった。

 狸たちが蝋燭の灯の中、二本足で数珠を付けた前足を合掌させて、跳びはねている。

 そして祈りを天に捧げるように経を合唱をしていた。

 狸たちは円陣を作って周りながら、時たま掛け声がかかる。

『ぽんぽんぽん、ぽんぽんぽん、そいやーそいやー』

 円陣の中央では人ほどの大きさの大狸が、明王に扮して舞っていた。

 深く腰を落とし、炎を帯びた剣を四方八方に振り降ろして、見えない何かを切り落としてく。

 壁の鏡に移り出されるその姿は雄々しく、恐いほど美しかった。

「何だお前ら?」

 びくりと身を震わせ、マツタケウメの三人組が後ろを振り向くと、そこには二足歩行の大狸が二匹いた。

 大狸二匹はぽかんとした顔で三人を下から上まで眺めた。

 狸の顔はメイクでは無いか?

 三人は動かないまま大狸を凝視したが、どうやらそうでは無いらしいと分かると、叫ぶことも出来ないでいた。

 大狸は一匹が2メートル程の大きさだった。

 頭の中央に金の毛が少し交じっている。

 そして睨んではいないものの、釣り目で目頭が深く、黙る程眼力が強まる。

 もう一匹は普通に茶色の和狸で、如何にも気の良さそうな真ん丸な目をしていた。

 決して低くない身長だが、一緒にいる2メートルの大狸といるとやや小柄に感じる。

 その二匹の大狸の手には大量のコンビニ袋があった。

 どうやら買い出し帰りらしい。

「何だ?誰かいんのか?」

 大狸と梅吉たちが互いに見つめ合ったまま、沈黙が長引きそうになったところで、ドアが中から開いた。

 何時の間にか祝詞を謳うのを中断した中の大狸がドアを開き、ドアノブを持ったまま、屈みこんで梅吉達の顔を凝視した。

 つられてわたわらと出てきた数匹の狸たちも、きょとんとした顔で梅吉達を見上げる。

 その時。


 ぐぅ

 ぐ~きゅるるるる~

 ぐーーーーきゅうううううううぅぅぅ


 梅吉と狸達のお腹の虫の声が重なり合った。


「メシにしようか。」

 リーダー格らしい金色メッシュの一番大きな大狸が、ぽんと自分のお腹を叩いた。

 部屋の中にいた狸たちが二匹の大狸達の周りに群がり、コンビニ袋の中身を嗅いだり突いたりしだす。

 そして待っていましたと言わんばかりに、大狸二匹を部屋の中に嬉々として引き入れた。

「君たちも入りなさい。」

 振り返り様、リーダー格の大狸が声をかけてくれた。

 マツタケウメは、遠慮がちに狸たちの後に続き、中に入った。

「わっ」

 声を上げたのは末恵だった。

 部屋の中に入ると、隅に拘束された白雪と黒井がいたからだ。

 

 コンビニ袋を抱えた大狸二匹は何も気にしていないように、反対側の隅に荷物を降ろす。

 先程狸たちの輪の中央でお経を唱えていた大狸も、舌なめずりをしながら寄ってきて我先にとコンビニ袋を漁った。

「君たち、キツネとタヌキどっちにする?」

 カップめんのカップに湯を注ぎながらリーダー格の大狸が言った。

「おれ金の豚カレー」

「あ、私鴨だしが好きです。」

「どっちも無いな。キツネかタヌキ。」

「やっぱ、カップ麺トップメーカーはまるどのだよな。」

 先程円陣の中央でお経を唱えていた大狸は、余程お腹が空いていたらしい。くんくん鼻先でカップ麺の火薬の匂いを嗅いで、うれしそうに舌を出していた。

 今は茶色い大狸の姿で普通の人間の服を着ている。

「ウメ、マツまず状況を把握しようね。」

 武仁(たけひと)は目元のメガネの位置を直しながら冷静に二人を諭した。


「…あの方たち、どうしたんですか?これからどうするんですか?」

 コンビニ袋からカップ麺を梅吉に差し出すリーダー格の大狸に武仁が尋ねた。

 声が上擦るのを押えようとして、必然的に目元が厳しくなる。

「…今、警察のところに引き出したら聞けなくなる事を、ここで聞き出そうと思ったんだけどね…。どうしようかなぁ君たちがいたらあんま手厳しい尋問は出来ないやぁ。」

 胡坐をかいた大狸はカップ麵を手渡して開いた方の手をわきわきさっせた。

「…タヌキさんは、もしかしてアイドルのノリトさんですか?」

 もう片方の手に持たれていたタヌキのカップ麺を受け取りながら末恵が聞いた。

「…そうだよ。よくわかったなぁ。」

 屈んだ末恵の頭に大きな肉球がぽふんとのる。末恵は顔を赤らめた。

「俺は徳人。一緒に着たのが恩途、ずっと部屋の中の中心で経を読んで舞っていたのが慧斗だ。」

 姿は化け狸でも、いい男はやはりいい男。安定した浮き沈みの無い、情緒的な声は親方気質を感じさせる。

 顔を赤らめる末恵に梅吉と武仁が下唇を噛んで微妙な顔をした。

「…せ背格好も、声も服も、さっき見かけた時と一緒でしたから。」

 末恵は慌てて身を引きながら説明した。

「何だ、お前ら人間じゃないのか?」

 ビニールに包まれたままのカップめんの天ぷらを手で弄びながら梅吉が言った。

 熱々のヤカンを持った狸二匹が、梅吉のところまで来てお湯を入れてくれた。

「ここにいる大きいのは人間と化け狸のミックスだよ。小さいやつらはまちまちだな。」

 徳人が穏やかな声で指さして説明した。

「3分たった。」

 大狸の一匹が見つめていたカップ麺の蓋をさっさととり、箸をさした。

 づるづると音を立ながら汁をすすり、天井を仰いぐ。

「あ~」

 それを見ていた徳人にお湯を入れたカップ麺を一匹の狸が渡した。

「ありがとう」

 その狸は徳人に向って前足の指を三本立てた。

 にっこり微笑むと他の仲間のもとに向った。

「高度経済成長期、人類の森林伐採で多くの生き物が住処を追われた。多くの”化ける”事の出来る獣は、人間に姿を変え、紛れ込んで暮らすようになったんだ。」

「へ~。よく聞くおとぎ話みたいですね?」

 末恵が感心している。周りの様子を見てから梅吉の隣で自分のカップ麺の蓋を開いた。

「ふふふ、君だって自分が知らないだけで、本当は他の人間とは違っているかも知れないよ?」

 徳人はカップ麺の蓋を取った。

 瞼を下げ、蓋を取る動作だけで品がある。

「…あはははは」

 末恵は微妙な愛想笑いを浮かべた。

「まぁこの社会を、全て人間が支配して維持しているなんて、思い違いしない事だな?」

 徳人の横に腰かけた恩途がスープをすすってから呟いた。

「「あ~」」

 徳人と梅吉の声が重なる。

「君もまるどののキツネが好きなのかい?」

「このダシが他と全然違うんだよね。」

 梅吉は箸を片手に答えた。

 それを見た女子狸三匹が、残そうとしていた汁をすすり、同じ様に声を上げる。

「最近スーパーや、コンビニラベルのお安いカップ麺もあるけど、やっぱまるどのには敵わないよ。」

 カップ麺を食べ終わった慧斗がおにぎりをむしゃむしゃ頬張り、頷いた。

 ずっと、ドアの端で突っ立ていた武仁も流石に食欲がわく。

 そんな武仁に一匹の狸がカップ麺を渡してくれた。

 武仁は会釈し、素直に自分も梅吉たちと同じように輪の中に入り、狸にお湯を入れてもらった。

「例えば、どんなやつがタヌキやキツネ何だ?」

 既に食べ終わった梅吉が床に寝転がって尋ねる。

「ウメちゃん、食べて直ぐ横になると、牛になるよ?」

「今はタヌキとキツネの話。」

 自分を叱咤する末恵を、梅吉は頬杖を付きながら制した。

 徳人が腕を組んでお箸片手に考えあぐねる。

 徳人も梅吉と同じく既にカップ麺を食べ終わっていた。

 まだお腹が空いているのか、コンビニ袋を漁っている狸に向って指先をちょいちょいし、おにぎりを受け取っている。

「ん~そうだなぁ~、やっぱ夜勤が得意なヤツは、化けタヌキか化けキツネの血が混ざってるな。本人はそうとは気付いて無いかも知れないが。」

「「へ~」」

 梅吉と末恵が声を揃えた。

「結構芸能界にも多いんだぜ?化けるのが上手いし、夜にも強いからな。タヌキはリズム感も良いし。」

 徳人が箸先を天井に上げて、自慢げに笑った。

「え?例えばどんな人ですか?」

「そうだな~大御所だと、古杜(ふると) 新人(あらと)とか?」

「あ~確かにあのおっさん、古参のタヌキ臭がするわぁ…」

 話に聞き入って箸を止める末恵の横で、梅吉は寝そべったまま、役者の顔を浮かべた。

「あと~最近売れてきた人だと、温井(ぬくい) (きよし)とか、あと、生の深夜ラジオで調子に乗ってさわぎまくってる出演者は、だいたいタヌキだな。」

 徳人はおにぎりの残りをぺろりと一口で食べた。

「どうりでラジオでぽんぽんぽんぽん、言葉が飛び交うわけですね。」

 末恵は業界の裏事情が聞けてとても嬉しそうだ。

「言わないでやってくれよ?タヌキっていうのは大体、気が大きくて調子が良いクセに、小心者で焦ると直ぐ尻尾がでるんだ。」

「それで、あなた方は今ここで何をされてるんですか?」

 少し畏まり過ぎて慇懃な態度になっている武仁。自分のカップ麺に横から箸を入れようとした梅吉をぐーでげんこした。

「結界を張ってるのさ。ここから都心部全域にね。」

「どうしてこんな部屋で?」

 末恵は少し心配そうな声音で聞いた。

「いや、警察の中にも、数名は理解者がいるんだけどね。公にすると利権争い種ができてしまうから、俺達はあくまでここで秘密裏に動いているんだよ。」

「結界張ってるのだって俺達ボランティアだぜ?電話も使えないから、カラスに頼んで呼べるだけ呼んでもらったんだ。」

 徳人の横に腰かけた恩途が頬杖をついてぼやく。

「それなのに、警察の奴ら、色んな奴が何度も同じ質問しやがって。話す内容をまとめて、誰が何を言うか、決めとけっつーのに…」

「ははは」

 恩途の不満に徳人が苦笑いする。

 三個目のおにぎりを食べ終わった徳人は、空の容器の上に箸を横に揃え、両手の平と平を合わせ目を閉じ軽く会釈した。

 そしてゆっくり顔を上げ、自分の左横に腰かけた梅吉と武仁と末恵の顔をじっくり眺める。

「では以前からあの”青い妖精”についてはご存じだったんですか?」

 まだ食べ終えてないカップめんを一度、丁寧に床に置いてから、武仁が尋ねた。正座で姿勢を正し、真っ直ぐノリトに向き合う。

 徳人は暫し沈黙したまま、大人より大人らしい武仁を目をこじ開けて見つめた。

 目力だけで圧がある徳人の視線を、一瞬小さく仰け反るモノの、武仁は自分の膝に置いた両拳に力を入れ耐えた。

「…すまない。今回は本当に突発的な出来事で、未然に防ぐと言う事が出来なかった。」

 徳人は視線を落とし憂いた。

「俺らも青い妖精の存在はニュースでしか知らなかった。俺たち獣に関係者はいなかったからな。」

 恩途は妖精達と自分達を一緒にされたくはないと暗に言っているらしい。

「今回俺たちが偶然この大惨事に出くわしたのは、テレビに映っていた白雪の様子が心配で、ライブに来てたからだしな~。」

 慧斗が幾つか目のおにぎりのビニールをぴりぴり破きながら言った。

「まさか、ライブであの噂の妖精を会場にまき散らすなんて思わなかったけど。」

 マツタケウメが悪気なく拘束した白雪たちを見ると、白雪は肩を落としていた。

「今、ここ以外はどうなっているんでしょうか?」

 武仁が生真面目に聞いた。

「今ここで経を捧げて結界を張ってるんだが、こう急な出来事じゃ、数が足りない。全国的に電気が遮断されたものの、事を知らない誰かしらがスマホ液晶画面を付けて妖精を呼び寄せてるかも知れない。そういう細かいとこまでは把握出来てないな…。」

「迅速な収拾は見込めない。ある程度の被害は否めないだろう。ヘタしたらこの状況は三日四日と言わず、一カ月以上続くかも知れない。不幸中の幸いと言ったら何だが、あの青い妖精達は、伝令によると、日和の国からは出ていないようだ。出来るだけ国際問題に発展しないように、これ以上状況が悪化しないように、勤めるしかない。」

 眉に眉間を寄せ苦悩する徳人の横で、希望的観測の無い現状を恩途が話した。


「因みにあの二人は狸達を収拾している途中で見つけたんだよ。」 

 言いながら白雪と黒井に近づいた慧斗が白雪の口に巻かれた布を取った。

「何か、言う事はありますか?」

 狸の目が逆立ち光っている。

 仲間の徳人も恩途も予測しなかった慧斗の行動に肝を冷やした。

 その場の空気が行き成り凍り付く。

 徳人たちより小さな狸たちは互いに身を寄せ合い、震えていた。

「ごめんなさい。」

 沈黙した蝋燭の暗闇の影で白雪の声が響いた。

「…悔いているようだが、何で直ぐ自首して来なかった。」

 徳人が抑揚の無い声で問う。

 白雪はしばし目を深く閉じ、下唇を噛んで、声を震わせながら話した。

「邪気に支配された人間と…、輝夜を裏切った男だけが襲われるハズだったの…。」

「でも、ああいうパニックになれば、そうじゃない、罪の無い人間にも被害が及ぶ、そう思わなかったか?」

 更に慧斗が責めたてた。

「…じゃあ、あの大きい個体の人語を喋った青い妖精達は…?俺たちくらいの女の子だったぞ?何で末恵や武仁やを襲ったんだ?」

 梅吉が耐えられず声を上げる。

 寝そべったふざけた格好のまま、床に身体を貼り付け、怒り立つ神経を押さえた。

 慧斗の鋭い爪が白雪の頬に伸びた。

「ひっ!」

 白雪が思わず身を捩る。

 慧斗の姿勢が体躯が何時でもやれると物語っていた。

「あの子たちは、大きい個体で自我があったから…その、嫉妬したんだと思う…」

「じゃないか…」

 慧斗の目が光り全身の毛が逆立った。

「しっかり、無関係な人間が被害に合ってるじゃないか!」

 黒井が咄嗟に白雪を庇った。

 拘束されたままだったので、白雪に上から凭れ掛る形になる。

 慧斗の差し出した爪は二人のどちらにも当たらず、後ろのダンス用の大きな鏡を割っていた。

「うううん!ううううんん!」

 黒井が身悶えして目で訴えかけた。

 慧斗が答えて黒井の口に巻かれた布を外す。

「この子は白雪は、反省してる!直ぐ自首しなかったのは、少しでもあの妖精を食い止める為よ!!」

「へぇ、それで止められたんですかぁ4?」

 丁寧に問いかけているのに、慧斗の言葉は冷たく響く。

「いえ、逃げられてしまって。私より輝夜の方に呼応してる見たいで…、電波を伝って、移動して、邪気の強い人間を襲っている様です。あと、この人、黒井さんはあの妖精については、何も知りませんでした。」

 白雪がしどろもどろ説明した。


「ねぇあなた?東風じゃないのね?」

 遠慮がちに白雪が梅吉に声をかけた。

「おれ、双子の片割れ。」

 梅吉が床に寝そべるのを止め、胡坐をかいて端的に述べた。

 一瞬、申し訳なさそうな顔をしたものの、また白雪が梅吉に向って口を開く。

「勿論責任逃れするつもりじゃないんだけど…今回の事は東風が発案なの…。なのに東風は何故だか自分の意思で輝夜と逃げてしまった。調度恵さんのご遺体が見つかった後くらいから。自分で好き勝手動くようになってたから、もっと警戒すればよかった…」

「恵って『マーメイド★恵』?ねぇその人どんな人だった?」

 梅吉の聞き返しに、白雪が悲し気に顔を渋らせた。

 答えたのは黒いの方だった。

「あの子は、恵は色々言われてたけど、本来優しい子だった。若手アイドルが密売の足にされないように、自分が地下アイドルとして残って足になってたの。売春行為をさせられた後輩の中絶の際も立ち会ってたみたい。「どうせ売れない行き遅れだから暇なんだ」って言って。」

 黒井は目を伏せながら淡々と話した。

「よくそんな事やって恥ずかしく無いですね。」

 武仁の大人びた低い声が、部屋の隅まで響く。

「…ごめんなさい。生きる為だったの。みんなそれぞれ事情を抱えていた。きっとそれは他人では分からない。結局そういう事があっても、そこから離れられなかったのは、帰る場所が無かったからよ。」

 悲痛感がその場にしみわたった。

 誰も何も言えない雰囲気になってしまった。

 その数十秒の沈黙を破ったのは慧斗だった。

 白雪と黒井に詰め寄っていた慧斗が腰に両手を付けて口を開く。

「オレは売春婦も風俗も大好きだよ!やっぱテクニックがすんばらしいし!お金はらってる分後腐れないしねぇ。セクハラで訴えられる事もない。その点恋人や夫婦より楽しめる。有性動物が、性を楽しむのは当り前さ。でもアンタの事務所がやってた事ってさ、もう「そういうもの」って、空気にしちゃってたんじゃないの?それは業界の先輩が、右も左も分からない若手の不安に付け込んで、手を出しちゃうのと同じ行為だ。それって選択の意思を奪ってるよね?異性としてプレイしてなくてダサいし!やりたくてやってんなら別に良いんだけどさ、立場や環境を利用してるよね!ただの恐怖政治!オレならそんなとこで使われるため、いやいやベットで脱ぐ女、絶対気持ち良くないし、絶対お断り!」

 仁王立ちで言うだけ言い切ると、ふんっと鼻息を鳴らし、徳人の横に来てコンビニ袋を漁った。

 中からカップ麺をだし、端っこの簡易コンロのところでお湯を入れようとする。

「あ!お湯残って無いじゃん。」

 ケイトがヤカンの蓋を開けて嘆いた。

 コンロとヤカンのセットは5台有ったがどれも空だった。

「あーあ、じゃあちょっくら給湯室いってくる~。」

 自論を語るだけ語った大狸は、給湯ボットを抱えて茶色い尻尾をふりふりしながら部屋を出て行ってしまった。

「あ、僕手伝います~。」

 梅吉が両手にヤカンを持って慧斗の後ろを着いて部屋の外に出て行った。

「え~ケイト君、喋るとあんな感じなの~?」

 タヌキの姿をしたアイドルのケイトが部屋を出て行ってから、末恵が閉じたドアの前でうな垂れた。


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