6 神官様にとっての食材とレオにとっての食材
神官様のお名前がわかります。
彼は自分の仲間認定した人には、急に饒舌となります。
そんなかわいい神官様をお納めください。笑
前回が短かった分、今回長くなっております。
「あれは私がまだ神官見習いだったころ………………。」
遠くを見つめながら語りだす神官様の話はおおよそ私の予想通りの内容だった。
*****
「おっ!見ない顔だな。初めまして、俺はレオっていうんだ。聖騎士団の所属なんだけど、お前は……。うん、騎士ではないな。こんなところでどうしたんだ?」
ここ騎士団の訓練場だぞ?と明るい笑顔で話しかけてきたのがあの阿呆だった。
まだ神官見習いになりたてで右も左も分からぬ新人だったため、有事の際に地の利がないと逃げ遅れる可能性があると思い、王城の広大で迷路のような庭を攻略しようと歩き回っている間に迷ってしまったのだ。
人生何が起こるかわからない、逃げるための選択肢を用意しておけが私のモットーだった。
「はじめまして、聖騎士様。私はネーベル・ケッシェと申します。神官見習いとして先週こちらに配属されまして、散歩がてら道を確認していたのです。」
「おお、そうだったのか。えらいなぁ、俺はいまだに迷うよ。」
ここ広いもんなぁとにこにこしながら私に優しく語り掛けてくれた彼は、色々あって心が荒んでいた私にとって、眩しく神々しく見えた。
それは信仰している女神様とレオという聖騎士を重ねてしまう程で、今としてはあの時の自分の頬を1発ぶん殴って目を覚まさせてあげたいと後悔していた。
「ネーベルって呼んでもいいか?俺のことはレオって呼んでくれ。」
よろしくと気さくに手を差し出されたのは初めてだった。
私は嬉しかった。
嬉しくてその手を何の疑いも持たずとったのだ。
*****
「…………で、その後はあなたとおおよそ同じですよ。悲しいことに、私は彼のことが大好きになってしまってそれから何度か騎士団の訓練場にお邪魔したのです。貴方もご存じだとは思いますが、聖騎士団と神官達はあまり仲が良くないですからね、勿論お忍びですよ。だからこそスリルもあって楽しかったのでしょう。」
密会です、密会ところころと笑う彼は楽しげだ。
そこまでは良い思い出なのだろう。
しばらく機嫌よく微笑んでいた神官様が問題はその後だと言いたげに眉根を寄せた。
聖女以外には微笑みかけるのはもったいないし面倒くさいとでも思っていそうだと考えていたが、神官様は意外と表情が豊かなようだ。
「問題のその日も、彼と会うために訓練場に行ったんです。そうしたらとてもいい匂いがして。お忍びで彼に会いに行くためには、色々な人から任された雑用をさっさと全て片付けなければいけませんからね。その頃の私は相当無理していたのですよ。決まっている起床の刻に起きるのでは彼に会う時間が取れない程、色々と雑用を押し付けられていましたから。まあ、そうゆうわけで空が明るくなる前から、必死でこなしていたわけです。食事時間も惜しんで行っていましたから、いい匂いだと認識した瞬間腹の虫が一斉に鳴きだしたのですよ。」
*****
「おっ。ネーベルじゃねえか。腹鳴ってるぞ。」
鍋をかき混ぜながら、こちらに気が付いた彼はいつものように太陽に輝く笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「お腹がすいているんですよ。今日も今日とてまともに食事を頂けてませんから。」
これまでも何度か彼から不思議な味わいの飴玉や不思議な色合いのシフォンケーキを貰っていた私はいつものようにそう返した。
レオと話しながら頬張る甘いものも私にとっては癒しだったのだ。
「大変なんだなぁ、神官様も。今日はシチューを作ってるんだ。良かったら食べてけよ、うまいぞ。お前細すぎだからな、よく寝てよく食べろ。」
彼に近づいた私の頭をわしゃわしゃと撫でた彼は、あたたかな笑みを深めた。
正直、栄養不足だった私は同年代に比べても身長が低く小柄で、騎士として鍛えていて長身の彼にとっては子ども程度の大きさだったのだ。
「子ども扱いしないでくれます?レオさんとはそんなに年、変わりませんよ。」
「わるいわるい。ついな。」
全く悪いとは思っていないのだろう。ハッハッハと口を大きく開けて快活に笑われ、少しすねた私に彼は鍋の中身をよそって手渡した。
「ほら、食え。あったかくてうまいぞ。」
「ん……いただきます。」
完全に餌付けされていた私は、そのシチューに対しても何の疑いも持たず、口を付けた。
………………何なら、おかわりした。
3杯目をペロリと平らげた時、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえ、続けて此方に向かってくる複数の足音が聞こえた。
「お、珍しいな。騎士以外の客がいるなんて。」
彼の同僚なのだろう、現れた青年は目を軽く見開いてそれから、私の格好に興味を引かれた様だった。
背はレオより小さく私よりは大分大きい。まあつまり、騎士としては平均的な身長だった。
顔も特に特徴的な部分はあらず、この国で多い濃いめのブラウンの瞳と髪色。
平凡な男だった。
「ネーベルっていうんだ、俺の友達兼お客さん。ほら、今も俺の作ったシチューおいしそうに食べてくれててさ。」
もう3杯目なんだと笑う彼は本当に嬉しそうだった。
「まあ、確かに、お前の飯はうまいよ。でも、騎士以外に食べるもの好きがいるとはなぁ。しかもその恰好神官見習いだろ?あいつ等にとっては俺たちは不浄だろ?特にお前の料理なんて食べるどころか視界にすら入れたくないもんだと思ってたけどなぁ…。」
不思議そうにこちらを見てくる平凡な青年はしばらく私を観察していたかと思うと突然アッと声を出して、担いでいた麻袋をレオに差し出した。
「これ、土産として採ってきたんだ。シチューに入れてもうまいんじゃねえか?」
麻袋を受け取ったレオは中身を確認すると、花が綻ぶような甘い笑みを浮かべた。
「最高だよ、さすがトールだ!ネーベル、まだあと1杯くらい食べられる?トールのお土産入れたらさらにおいしくなるからさ。」
もう既に腹9分目くらいまで来ていたが、レオがとても楽しそうにしており断るのも悪いと思い、あと1杯だけならと声をかけようとした。
かけようとしたのだ。
つまりかけることは出来なかったということだ。
レオが嬉しそうに麻袋から取り出したのは食材ではなかった。
シチューに入れるのだから食材であるべきなのにだ。
いや、違う。
私にとっては食材ではないだけで、レオにとっては正真正銘食材だったのだ。
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