2 匂いにつられた隣室の聖女
ノア・フォン・トスティ(♂)
職業:勇者
封印を解かれ復活した魔王を倒し、この世界に光をもたらすため召喚された異世界人の一人。
この世界のどこかに潜む魔王を倒すべく、旅を始めた。
同じく異世界から召喚された聖女の聖なる加護を受けた者。
それがこの世界の私の肩書である。
ほぼほぼ間違いない。
しかし、一番大切な部分に間違いがあるのはどうだろうか。
私、ノア・フォン・トスティは彼らの言う異世界では〝鈴木 琴葉"と呼ばれていた。
純日本人の私の名前はこちら側の人には馴染みのない発音であるということで、じゃあ適当に呼びやすいように呼んでくださいと伝えたらこうなった。
なんでも、勇者には色々と後ろ盾となってくれる大貴族がいるらしい。私の名前の一部である、トスティはその家の名だそうだ。
まあ、そんなことどうでもいい。
大事なのはここ。
名前から察してほしいが、性別が女ということだ。
大事なことだからもう一度言わせてほしい。
性別は女である。
*****
聖騎士レオと旅を始めて9日目。
おぞましい魔物の見た目に、ある程度耐性が付いてきた私だったが、今目の前にいる魔物にはまたもや気絶しそうになっていた。
ちなみに私の気絶回数はもう既に両の手では数えきれていない。
毎回、レオが気絶している私を小麦の入った麻袋のように肩に担いで移動する。
申し訳ないし、その状態で近くの町まで戻るものだから、最近私のことを麻袋と書いて勇者と呼んでいる奴らがいることをこないだ知った。辛い。
手放しそうな意識を必死に繋ぎとめていた私の横を軽やかに過ぎ去る赤髪爽やかイケメンの瞳は蜂蜜色。
普段から優しく甘い雰囲気を醸し出す彼の瞳は、今、一層甘い。
糖分の過剰摂取だ、いけない。
年ごろの乙女たちが周りに居なくて良かった。
きっと甘い笑顔に騙されてしまうことだろう。
彼が向かった先には大きな魔物がいる。
簡単に言うなら、凶悪鶏風のなにか。
ぎょろっとこちらを睨みつける瞳は、魔物特有の色彩である紅。
大きな体にこれまた大きな目玉が1つ。そこまでは紅目の一つ目小僧と考えてくれれば間違いないだろう。
だがその目玉の中には更に目玉が入っていてその中にまた目玉が………と永遠に続いている。合わせ鏡にした時に起きる現象が目玉で起きているイメージだ。つまりエンドレス目玉。
羽と鶏冠は漆黒で、まあ鶏にも種類あるしねという感じだが、下半身は蛇のようにひょろ長い。
そしてその蛇風の下半身から無数に生えている足。ムカデっぽい感じだ。
なぜ、こんなおぞましい見た目の魔物に甘やかな瞳を向けているのか………。
意識を飛ばしかけている間に、にこにこと上機嫌なレオが何かを抱えて戻ってきた。
「こいつはコケッコーっていう魔物でな。うまいんだよ、卵。」
抱えていたのはコケッコーの卵だった。
*****
翌日の朝。
近くの川で顔を洗ってから宿屋に戻った私は、宿泊している部屋から漏れている食欲を増す良い匂いに、釣られてふらふらと隣室から出てきた少女を発見した。
彼女は私に気が付き振り返ると、天使のようなという表現がぴったりの可憐な微笑みを浮かべた。
「お、琴葉だ。おはよ、今日もおいしそうな匂いがするね」
「おはよ、あんたは食材を見てないからそんなこと言えんのよ。なんなら食べる?食材はさておきレオのご飯は最高よ。」
「すっごく食べたいんだけど、神官様が泣いちゃうからやめとく。」
本当に残念だという風に悲し気に目を伏せる彼女は、誰もが抱きしめて慰めてあげたくなる。
彼女はマリア・リステア。
元の世界で春に咲き誇っていた国花を思わせる桃色の髪と、草原を思わせる若葉色の瞳を持つ少女。
職業は聖女。
私と同じく異世界から召喚された人物だ。
元の名は〝佐藤 満"。
純日本人で性別は男だ。
こちらも大切なことなので、もう1度言わせて頂く。
男である。
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次回もよろしくお願いいたします。