まさかの新家族
「え……?」
玄関の向こうにいたのは楽園を思わせるような妖精さん。いつもつい目で追ってしまうその髪の黒は、制服ではなくて一度も見たことのない綺麗な私服の上に裾野を広げていた。
「ゆ、侑希、ちゃん……?」
私は思わず口を押さえた。そうでもしないと彼女の前ではしたなく口が開いてしまうからだ。
「新しい家族になる真鶴美里さんと、娘さんの侑希さんだ。まあ……去年から同じクラスだからお互い知っているとは思うけども……」
お父さんは二人を手で示して、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ゆ、侑希ちゃんが、か、かか、家族になるの?」
「沙希ちゃん……」
彼女の声は初めて私の名前を呼ぶ。
侑希ちゃんも、驚いてる……? 私と同じように、何も聞かされていなかったのかな。
私を産んだお母さんが病気で亡くなってから今年で五年。お父さんが再婚することにしたと私に言ったのは昨日のことだった。婚姻届はまだだけど明日挨拶に来ると。
それがまさかの侑希ちゃんだなんて……。
「よ、よろしくお願いしますっ」
嘘か真かわからないまんま、私はぺこりと頭を下げた。
「ほら侑希も、挨拶して」
お母さんが彼女の背中をとん、と軽く叩いた。
「あ、えっと……よ、よろしく、お願いします」
彼女もぺこりと頭を下げる。私なんかよりも形の揃った綺麗なお辞儀。
か、かわいい……。
学校での雰囲気もそうだけど、やっぱりお嬢様なんだなぁ。
私は目が蕩け始めそうなのを感じて、サッと目を逸らした。
「じゃあ、上がってどうぞ」
「お邪魔します」
私と侑希ちゃん。間に二つのオレンジジュース。
ど、どうしようっ……。めちゃくちゃ気まずい。
ほんとはいっぱい喋りたいことあるけど、いざとなると緊張しちゃう。
声とか裏返ったら恥ずかしいし……。
え? ほんとに家族?
あの侑希ちゃんと、姉妹になるのっ?
そうしたら、私がお姉ちゃんなのかな。
でも侑希ちゃんの方が絶対ちゃんとしてるから、私じゃダメかも。
そういえば誕生日も知らない。
妹になったら、甘えたりできるの?
いい匂いしそうだな。
何がとは言わないけど、すごい柔らかそう。
あぁ、かわいいなぁ、侑希ちゃん……。
わっ、目が合っ――――
「あ、あの……」
「え、あっ……」
我に返ると彼女が不安そうに私を見ていた。じろじろ見すぎてよだれがたれかけているのに気付く。
「ご、ごめんっ。その、緊張しちゃって」
彼女は音を立てずに首を横に振った。サラサラの髪の毛が空気の存在を無視しながら踊る。オレンジジュースの水面は、二人の間の凪を示していた。
お父さんと新しいお母さんは、大人のお話があるからと私たちを二人っきりにして私の部屋に閉じ込めたのだ。ちょっと嬉しいのは内緒。
「わたし達、学校であんまり喋らない……です、もんね」
侑希ちゃんはおしとやかに座りながらも、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「け、敬語じゃなくても、いいよ。なんか、家族、みたいだし……」
自分で言ってて頬が熱くなる。
だって、入学式で一目惚れして以来ずっと片想いしてる女の子に家族って言うの、流石にぶっ飛びすぎじゃん……。
「……でも、ちょっと気になってた」
彼女はすっと敬語を解いた。その甘い声色と突然の繋縛解除、その上さらに「気になっていた」という衝撃事実に脳と心臓がどくどく忙しくなる。
「き、気にっ……?」
こくりと頷く。だけでもかわいい。ダメだぁ……。
彼女がこんなに近くで動いてるってだけで、卒倒しちゃいそうなのにっ。
「わたしとは違って、すごく明るくて何があっても楽しそうで……か、可愛いなって……」
「ふぁ!?」
か、可愛いって! 可愛いって言った!? 私? 今、私のこと可愛いって言ったの!? 侑希ちゃんが!?
「ゆ、侑希ちゃんの方がっ! かわいいよっ!?」
「へっ!?」
彼女は目を大きく開いて両手で口を隠した。
「あっ……」
出てった言葉の反響を聞いて、私も思わず口を隠して目線を床に投げた。
ちょっと! いきなり、何口走ってんの私! 変な風に思われちゃたらどうすんのよぉ、これから嫌でも同じ場所で暮らさなきゃいけないんだからぁ……。
かぁぁぁ、と音が聞こえるほど顔が熱くなっていった。
「そ、そのっ……」
「嬉しい……」
「え?」
顔を上げると、侑希ちゃんも顔を赤くして私を見つめていた。
「わたし、沙希ちゃんと仲良くしたい。お友達飛び越して姉妹になっちゃったけど、これからいっぱいお話できたらいいなっ……」
恥ずかしそうに頬を掻きながら、えへへと微笑む彼女。
心臓が、致命傷です。
「う、うん。そう、だね……」
オレンジジュースを喉に通す。
ま、全く味がしないっ。
侑希ちゃんは平安貴族のように膝を擦りながら私の隣に来ると、柔らかい曲線で私に向かって手を広げた。洋服と髪の毛が擦れる音が微かに耳に残る。
「え……?」
「は、はぐ、しない?」
「っ!?」
は、はぐって、何?
理解を失った私の頭。
「家族の、仲良しの証……。ぎゅー、しよっ?」
ちゅどーん。
し、します。しますとも侑希様。
私は震える手を侑希ちゃんに向かって伸ばす。
あ、あの侑希ちゃんが! こんなに近くに! 触れる? 触れるの? 私なんかが触ったら溶けてなくなっちゃったりしない? うわぁぁぁ……!!
ぎゅっ。
「んーっ……」
「むふーぅ……」
侑希ちゃんの身体は、夏祭りで歩きながら食む綿菓子よりも柔らかかった。でもその肌の向こう側に確かな温もりがあって、力を入れると跳ね返りが来る。
めーっちゃいい匂い。脳みそ弾け飛んじゃいそう……。
好きっ。大好きだよぉ、侑希ちゃん。
もちろんその言葉を口にするなんてできっこないけど、私の中はあっという間に侑希ちゃんでいっぱいになった。勝手に幸せに溺れてる私。
「沙希ちゃん、いい匂いする……」
「ぇ……」
もう声も出ない。侑希ちゃんはきっとめちゃくちゃ嬉しいこと言ってくれたんだけど、全然頭に入らない。
私は侑希ちゃんの長い黒髪を背中からなぞり上げて、頭を何回かポンポンした。
すると……。
「……あ、れ?」
視界がゆらゆらし出した。麻薬を吸ったような高揚感。吸ったことないけど。
頭ん中、とろとろする……。ナニコレ不思議。
とろ、とろ、とろ、とろ、とろ、とろ、りんっ♪
私は妹の身体を離した。
「侑希ちゃん」
真っすぐに、目を合わせた。目の前の幸せそうなお嬢様は、私の服の軽く摑んで頬を胸に擦り付ける。そしてショコラをとろーり溶かすほどの声で私に甘え付いた。
「お姉ちゃんっ。えへへ~♪」
ど、どういうことだろう。私が勝手にお姉ちゃんになった。でも、その感覚に違和感はなくて、何ならずっと昔、生まれた時からそうだったように体に馴染んでいる。
さっきまでの雰囲気とは打って変わって甘えんぼさんになる侑希ちゃん。
でも身体はそれをなぜか覚えている。
「んー、侑希ちゃん。よしよし……」
やばい、妹侑希ちゃんかわいいっ。
私は彼女の頭をゆっくり撫でた。
自然に身体がついていくけど、頭では全然追いつけていない。
だってさっきまで詰まりなくお話するのだってままならなかったのに。ハグしただけでこんなことになるのかな。
「あ……」
私は侑希ちゃんとハグをした時の、頭がとろとろする感覚を思い出した。
もしかして、あれが何かのスイッチだったのかも。ってことはもう一度ああやってハグをしたら元に戻ったりするのかな。
……やってみよう。ハグ、したいし。
「侑希ちゃん」
「ん?」
私は彼女の身体を包んだ。あまりの気持ちよさに意識が飛びかけるが、それはスイッチとは関係ない私の性欲だ。
「おねーちゃんっ」
ハグだと分かると、侑希ちゃんは嬉しそうに抱き締めてきた。
そして私はさっきと同じように、彼女の頭に手を伸ばす。
とろ、とろ、とろ、とろ、とろ、とろ、りんっ♪
わたしは妹の身体を離した。
「沙希、ちゃん……」
「お姉ちゃんっ!」
あれ。わたし、さっきまで妹じゃなかったっけ。っていうかその前に沙希ちゃんとはまだちゃんと話せもしなかったのに。
仲良しのハグで、こうなった? しかも、入れ替わった?
見た目の変化はない。身長も胸の大きさも何も変わってない。わたしのより少しだけ大きい沙希ちゃんの……ってそんなことはどうでもよくてっ。
わたしが、お姉ちゃん。
それに違和感はない。すごく自然に身体に馴染んでる。
「今度は、わたしがお姉ちゃんなんだ……」
「っ! やっぱり? 入れ替わってるよね?」
沙希ちゃんは首をかしげながらわたしの目を見つめた。
「た、多分……。でも、よくわかんない」
「はぐをすると、姉妹が入れ替わるのかな」
「ど、どうして?」
「わ、わかんないよっ」
で、でも。
((それ、すごくいいっ……))
わたしは沙希ちゃんの栗色のショートカットに包まれた顔をじっと見つめた。
ずっとずっと好きだった彼女が、妹。
か、可愛いなぁ。これから家族になれるなんて、どんな天国なんだろう。
「お姉ちゃんっ?」
「――――はっ」
だめだめっ。わたしはお姉ちゃんなんだから、ちゃんとしないと。気持ち押さえきれなくなって暴走して沙希ちゃんに嫌われでもしたら、元も子もない。
「なんでもないよ、沙希ちゃん」
わたしはその頭をゆっくりと撫でた。
「ふぁっ、おねぇちゃん……」
沙希ちゃんはお花畑に包まれたような恍惚な表情を浮かべた。
な、なんて可愛いさですのー……!??
「どっちが、お姉ちゃんになる?」
沙希ちゃんはぷるぷるでつやつやしたの唇に人差し指を立てた。
「え、ど、どうしよっか……」
妹だとお姉ちゃんに甘えられて、お姉ちゃんだと甘えてくる妹を可愛がることができるんだ。
ど、どっちも捨てがたいっ……!
「さ、沙希ちゃん、誕生日は?」
「12月24日」
「え、同じ……?」
クリスマスイブだから、お誕生日プレゼントはサンタさんがくれるっていう。
「同じなのっ!? え、じゃ、じゃあ……えっと」
「……かわりばんこに、する?」
甘えて、可愛がって、かつ定期的なぎゅー。
そんなの、最高ですもの。
「う、うん……」
沙希ちゃんは太ももの間に手を挟んで、こくりと頷いた。