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好きな人の幸せを叶える為に

この会終わらせるつもりだったんですが纏まらなかったので分割しました。

本当にごめんなちい。次こそラストです。


……ミーナちゃんは良い子なんですよ?

 ……ねえアリア、○○は? ○○はあんたの所にいないの?


「○○? 変な質問をするもんだねミスト、○○はあんたの部隊だろ?」


 え、えぇそうだけど……ほら例の秘密指令がどうとかって……。


「んん~~~っ? 秘密、指令……? いんや、あたしは聞いたことないね」


 秘密指令を知らない? ○○はディオルド絡みだって言ってたのに。

 クリストは本人にまでこの作戦を秘密にするんだろうか。どこかがおかしい気がする。


「ま、アタシは少なくとも○○の事は聞いてないよ。それに――ん? ミスト、一体何を取り出して……」


 私は○○に手渡された密書を乱暴にあけ、そして中を見てみる。

 すると、案の定中に入っていたのは秘密指令についてではなく――


 ……、……っ、~~ッ、あんの馬鹿ッ!! 

 アリア、魔導部隊への追撃はするとして……お願いがあるの。


「う、うん。まあいいけど……それって誰からの手紙だい?」


 思い込みと尽くす事なら誰にも負けない、うちの馬鹿副長からの素敵なお便りよ。

 ほんっと、救いがたい馬鹿だわ! いい? アリア、魔導部隊は敵の罠よ。突出はしてもいいけどこれだけは気をつけて。人質にされた子供は魔物だから、躊躇しない事!


「人質、こ、子供ぉ? ミスト、あたしにゃ話が掴めないんだけど……」


 いいから! あと私もついていくからよろしく! ほら行くわよアリアッ! 

 あんた達はいつものように見つけ次第敵を殲滅してゆきなさい、いーい!?


「えぇッ!? うわ、ちょっ! な、何だか分かんないけど分かったよ……ほらみんな行くぞーっ!」

「た、隊長どういう事ですかぁっ!?」





「なるほどなるほど、人質作戦ってこう言う事かい。敵ながら太い野郎じゃないか! それで!? ミスト、この子って本当にそうなのかー!?」


 念の為視てみたけど、なるほど確かにそいつは魔物ね、本当人間そっくりだけど……。えい。


「どわっぷ!? ちょ、ミストせめて離れた所でやってくれよな!? なんで至近距離で……うえー、グロ」


 あんたが余裕持って抱えるような真似するからじゃないの……、っ!? 

 この銃声……見つけたわ、あいつオーガの群れを一人でなんて、馬鹿な真似をッ。


「おいおい、ミスト。こっちはこっちでなんか敵のオーガさんがずらりと来たよ? 確かこいつら雷耐性持ちなんだっけ?」


 多分ね! じゃあアリア、○○を拾って本隊へと戻るわよ!

 ほらさっさと乗せる! 世話のやけるあの馬鹿にはお灸を据えなきゃ駄目なんだから!


「りょーかい。大事な大事な親友の大切な人なら全速力で行くよ! 掴まってなお嬢さん!」


 お嬢様って言うなら優しく扱いなさいよね、照準がブれるからッ! 


「注文が多いお嬢様だっ! あれ、お嬢様ってそういうものかもッ!」


 アリアの軍馬に飛び乗ると、瞬く間に景色が変わっていく。

 私は後ろに乗ったまま狙撃銃を構え、今まさに○○に攻撃せんとするオーガ目掛けて……撃った!


 ほら一匹、二匹三匹! ○○、あんた本隊から離れて一人でなーにやってんのかしら!?

 こんな雑魚達さっさと撃ち殺しなさい、よっ!


「ど、どぇっ!? みみ、ミスト隊長にディオルド様ッ!?」


 馬鹿面晒す前にさっさと乗りなさいっ、オーガの群れが後ろからも来る……わよッ!


「ゲェーッ!? って事はあの罠は……うひぃ、ちょ、乗ります乗ります! すいませんディオルド様お邪魔しますっ!」


「代金は高いから覚悟するんだ○○っ! あんたの隊長様のきっびしーい愛の鞭がこれから待ってるよっ!」


 えぇえぇ。たっぷりと愛の籠もった杭でお仕置きをしてあげるわよっ! だからあんた、今のうちに私のご機嫌取りでもしたらどうかしら!? 後ろの有象無象を倒すとかねっ!


「鞭じゃなくて杭とか、俺の体穴だらけになるじゃないですかやだー!!

 わっかりました不肖○○ッ、命をかけて掃討しますっ!」


 ヤドリギ弾は追加で持ってきたけど数は有限、絶対に撃ち漏らしなんてするんじゃないわよ――目標敵オーガ部隊ッ!! 敵の数を報告ッ!!


「目標敵オーガ部隊ッ!! 数……25!!」


 照準あわせっ――ヤドリギの力を見せてやれッ!!


「ファイアァ―――ッ!!」





 ――で。あんたあの手紙は一体どういう事? いちから全部説明しなさい、いちから。


「えっと……その……あの、書いてあった通りです。実は俺……いや私はこの世界の生まれではなくてですね。その、何というか……ディオルド様を救おうと、はい。突飛過ぎる話なので協力も仰げないかと思い……」


 へーぇ、ふーん。協力するも何も、概要すら知らされなかったら協力なんて出来やしないんですけど? 何でクリストからの密書だなんて嘘なんてつく必要あったのかしらねーぇ。


「うぐっ、あ。あーなんていうか……だ、だって信じられませんよねいきなりそんな事言っても? だ、だったらほら! 自分でやるしか!」


 一人だけで? 何? あんた悲劇の主人公にでもなろうとしたの?

 敵の概要分かってんだったらさっさとクリストに伝えなさいよ、軍って一人で動かせるものじゃないんですけど? それでまかり間違って私達に被害出たらどうするつもりだったの? 


「あ、え、えーっと…………ご、ごめんなさい……」


 誰が謝れって言ったの? 私はどうするつもりだったかって聞いてるの。

 俯いてないで顔あげて答えなさい。……は、何? ぜんっぜん聞こえないんだけど。ほらもっと大きな声で言いなさいよ……はぁ? 何も考えていなかっただぁ? へーぇぇ、そーぉ。本当素敵な回答ね。思わず笑っちゃうわ。あ? 何笑ってんの○○、こっちは全然楽しくないんですけど。あんた仮にも副長なんでしょ? どうしてそんな結論に至るのかが不思議で不思議で仕方ないんだけど。一体どういう事? 今まであんた何を学んできたの?


「……そ、それは……えっと……」


 はーぁぁぁ……大体あの手紙に同封されてた異動届けは何? 俺が死んだら地方部隊に転属になったって言って~って書いてあるけど、あんた本気? 馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの。ほんと馬鹿じゃないの。

 あ? あの時は必死過ぎて考えがまとまらなくて……? 考えがまとまらないくせにこんな手紙は書けるのね。何何?『ディオルド様と意中の仲になるのを諦めるくらいには、愛しているんです』 ……へぇぇぇ、()()()()()()()()()()()()()()()よくもいけしゃあしゃあと……ほんっと自分に酔ってるとしか思えないわねぇ。


「ぐすっ……ぐすぐすっ……ぐすんっ、ぐすんっ」


「……お、おい。何で○○副長は正座させらてるんだ?」

「なんでも独断専行でディオルド隊長に格好良い所見せようとしたのを咎められてるらしいぜ」 

「……○○副長ならやりかねねえし、正直ざまあみろとは思うが……。うへぇ……一生に一度の格好つけを皆の前でああやってけちょんけちょんにされるのも、なんつーか同情するぜ……」


 敵陣を壊滅寸前まで追い込んだ後、私は向こう見ずで分からず屋の○○を正座させて説教していた。

 今回の敵の作戦はさしもの天才軍師様も見抜けず、報告した私に「本当にありがとうございます…! 気づいていなければどうなっていた事か……危ない所でした!」と平謝りするぐらいには危機一髪だった。

 その情報源といえば○○からなので、本来ならば○○が褒められて然るべき……な訳がない! ヒロイズムに浸り、残された人の事を考えない馬鹿には、徹底的に思い知らせないといけない。もう二度とこんな事を仕出かさないように。


 ――ねえ聞いてるのゴミジンコ○○!? 

 いい年こいて泣くだなんてみっともないと思わない!?


「お゛、お゛も゛い゛まずぅっ!!」


 それでみっともない大人の○○はこれからどうすればいいか分かるわよねぇ!?


「に゛、にどとっ、か、がっでにうごいたり、し、じんぱいさぜたり、じ、じま゛ぜんっ!!」


「うわぁ……うわぁ……」

「お、おい眺めてないでいこうぜ……巻き添え食らうぞ俺らも」


 なんて、体罰ではなく心に刻み込むように○○を叱りつけていたら、にわかに遠くが騒がしくなった。ふと見ると、アリアと……クリストが軍衆の中で対峙している。

 遠目で見てアリアの顔が赤らみ、どこかあの子らしくないもじもじした様子を見せて何かを伝えると……わっ! と皆が歓声(一部悲鳴)をあげた。これは、もしかして手紙で言ってた――


「ぐすっ、ぐすぐす……ふぇ? み、ミスト?」


 ……説教は一旦終わりよ。

 ○○、あんた今からやることあるならやってきなさいよ。


「やること……って……げ、げぇーッ!? ま、まさかディオルド様告白イベ!? しまった最初の所見逃し――いったぁ!?」


 誰がっ、出歯亀しろだなんてっ、言ったのよ!

 あぁもうついてきなさい、ほらっ!


「ちょ、ミスト……ミスト隊長、ミストさんっ!? い、いやだって今絶賛告白中ですよね!」


 告白中だからよ! ねえあんた、手紙で言ってたわよね!

 意中の仲になるのを諦めるくらいアリアの事が大好きだって!


「……ッ!! そ、うですよっ! だから、だからこそ今この機会を邪魔する訳には」


 わかってたけど何よその表情……嘘をつくな馬鹿○○ッ、あんたがアリアの事を諦め切れてないのははっきりと分かってんのよ! この、とーへんぼくっ! 

 未練たらったらのままでいられてもこの先困るのよ、だから――玉砕するなり、願いを叶えるなりしてきなさい!


「っぐ、だってディオルド様はクリストとくっつくのが本筋な訳で、だから俺は――」


 うるさい! つべこべ、言って、ないで……さっさと伝えてきなさーい!!


「おわぁぁっ!!?」


「だからあたしは何と言おうとクリストに……ぃぃいいぃっ!? ちょ、ミスト、○○!?」


「へっ!? え、えぇぇ!? なんで!? 乱入ナンデ!?」


 私は勇気を振り絞って告白しているアリアの所に○○を蹴り飛ばす。

 アリアにはほんっっっとうに申し訳ないと思ったけど……こうでもしないと、○○はいつまで経っても告白しないだろうから。だからごめんねアリア。

 ○○は顔から地面に突っ込んで痛みに顔を呻いていたけど、唐突な告白のインターセプトに周りは否が応でも盛り上がっており、そしてもう逃げられない場に居るのだと理解したようだ。

 すっくと立ち上がるとガチガチに緊張し始めた。


「ミスト、○○……!? お、おい、い、一体何をしに……」


「ごめんなさいアリア! でも、○○の話を聞いてあげて!」


「…………」


「え、えぇ……? えっと……○○?」


「……~~~っ、も、もも、申し訳っ、ないっ! ですディオルド様っ! で、ですがそのっ、えっと! ……あぁ、その、えーっと……えーっと……!!」


「お、おう……どうしたんだ○○、いつも以上に緊張して……悪いがあたしはあたしで大事な事をこれからクリストに」


「その話の前にっ!! どうしても!! い、言いたいっ! んです!」


 いきなりボリュームが上がりってアリアがびっくりしてしまうが見える。

 上ずり、どもり、顔は真っ赤。足はがくがくと震え、背筋はピンと張るどころか反り返りすぎるくらい。その姿はいい年こいた大人には到底思えないが、私はそんな○○を情けないなんて、思えやしなかった。


 そして○○は、何度かツバを飲み込んだ後――とうとう、その言葉を紡いだ。




「じ、自分はっ、俺はっ! ディオルド様……い、いえっ、アリアの事がずっと――――!!」









「――おろろろおおおぉぉぉぉぉん、おおおおぉぉおろろろろぉぉぉぉぉ……!!!」


 なんて事があったその日の夜。

 戦勝パーティの片隅で、○○は外面も気にせず号泣をしていた。

 ……結果? そんなものもう言わずもがなである。あんだけ奥手オブ奥手な対応を取って誰が好意に気付けよう。

 アリアが今更秘めていた本当の気持ちに気づいたとしても、今の今まで根付いた○○の評価や印象を一気に覆すことなんて、当然できやしなかった。


「だから、だからいやだったんだぁぁぁ!! こんあ、こんあことになるんだったら秘めたままで、おろろろろぉぉぉん、おろろろぉぉぉん!!」


 まぁ……そうね、逆に良かったと思いなさいよ。これから先ずーっと、悶々しながら二人のイチャつく所見る羽目になるよりかは全然いいでしょ?

 ……あぁもう! ジョッキで机叩くな! うるさい!


「好きだったのに、好きだったからこそみまもろうとおもったのにぃぃぃ、でも、ずびっ、すきがとまらなくて、ひぐっ、むりだって分かってたから、ずっと、ずっと言わないでおこうとおもったのにぃぃぃ!! ゆうき振りしぼったのに、やっぱりでぃおるどさまはっ、あっ、あぁぁぁああぁんまりだぁぁぁぁっ!!」


 はいはい。よしよし。

 でもアリアも真摯に考えた上できっちり振ってくれたし、これからも親友で居て欲しいって言ってくれたじゃない。○○はその答えにちゃんと祝福まで言えたのは偉いわ、本当によく頑張ったって褒めてあげるから。


「がんばってない、がんばってないもん!! おれはどうせへたれだよ! だってこんな世界で、わきやくのおれが、なんでっ、でぃおるど様をしあわせに出来るなんて……お、思ってなかったから、だからどりょくしたけど、やっぱり主人公のほうがすごくて、へた……へたって、やっぱりおれはだめだめだからっ、つりあうわけっ」


 何言ってるのよ、○○はヘタレだけど人一倍頑張ってたじゃない。

 あんたは誰か一人のために血のにじむ努力をして、結果として()()()()()()()()()()()()()()()()。あんたの努力はきっちりと成果をあげてるわ。


「ほ、ほんと……? ほんとにがんばった……?」


 頑張った頑張った……まあ、うん。努力の仕方がちょっと歪だったからアリアもあんたの好意に気付かなかったかもだけど。


「――おろろろろろぉぉぉぉん、おろろろろぉぉぉぉぉん!!」


「……あ、あのーミストちゃん、だ、大丈夫?」 


 ん? えぇ大丈夫よミーナ。


「そ、そう良かった……え、えっとね。ディオルドさんがさっきからそっちが気が気でないようで、何かおろおろしながら見つめてるようだけど……」


 あ、あー……ま、まあ今日は○○のことはそっとしてあげないといけないから……駄目ね。多分今本人に出会ったらこの子よく分からない事になっちゃいそうだから。


「そ、そうだよね。じゃあ何かあったら言ってねミストちゃん! あ、これ料理とか持ってきたから二人で食べてね?」


 ありがとねミーナ。ほーら、料理とお酒来たわよ○○。チャクラが作ってくれた絶品料理よ、今日は珍しく牛肉が入ってるからちょっと泣くのやめて食べましょ。


「おろろろろぉぉぉぉん、た、たべっ、たべますぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 よしよし、偉い偉い。

 ……努力家で真面目なあんたならきっと吹っ切ることも出来るって私は信じてるし、きっともっといい娘も見つかるわよ。

 今日だけは好きなだけ飲んで好きなだけ食べて、好きなだけ泣きなさいな。それで食べすぎても飲みすぎても、泣きすぎても大丈夫よ。私がいくらでも付き添ってあげるから……ね。




 それからまた、いつも通りの毎日が続く。

 丸二日泣き続けた○○に私も連れ添ってあげたら、あいつはようやく前進することが出来たようだ。

 いまだにアリアに未練はありそうなものだけど、また忙しい毎日を過ごしていくうちに、いつもの調子が出てきて。一月立つ頃には二人を素直に祝福できるくらいには回復しているように見えた。


 ――で。もういい加減吹っ切れた?


「……ミスト隊長サイテー。今も失恋っていうバステ食らってる俺にわざわざそれ聞くなんて、鬼畜ロリ! ロリエル――あッ――つま先ィッ!? 今すっごいクリティカル入った!! 失恋の痛み一瞬消えた!!」


 そりゃ良かったわ、永遠にその痛みが消えるようにつま先だけ消滅させてあげようかしら。


「はいすみません全力で御免こうむります、まだ微妙に吹っ切れてません!」


 ……でしょうね。

 まーだあんたチラチラとアリアの事覗く癖止めてないし。いい加減アリアがやりづらそうなの分かるでしょ? あんたがそんなんだから部下達も戸惑ってるじゃない。


「……う゛」


 まあ……あれだけ慕ってた相手に振られたんだから、ダメージが大きいのは分かるけども……ちょっとは公私を切り分けなさい。吹っ切りたいっていうなら幾らでも手伝ってあげるから。


「でも……いえ、はい。おっしゃるとおりです……でも、幾ら考えてもやっぱり、そのディオルド様のことが頭から離れないんです……」


 重症ね。分かりきってたけど。


「……面目ない次第でごわんど。ま、まあでも確かに部下に影響が出てるのは自分でも分かってるし、ゆっくりとだけど忘れるように、ぃ、いぃぃ、ぃぃぃぃぃ!? み、みみみ、ミスト!?」


 …………。


「ミストさん、なな、なんで俺に抱きついていらっっしゃしゃしゃるるる?!!」


 ……何よ。少しでもいいから、頭からアリアが離れられるようにしてあげてるだけよ。


「うへ、あ、はぇ!? えっ……え、えぇぇ……! ちょ、そ、そんなどうして……」


 どうしてなんて……わ、分かるでしょ。

 ……今までこれだけ一緒に居たら、私の気持ちなんて気づいている筈でしょ、これでも気付かないっていうんなら……本当、しゃ、射殺じゃ済まないわ。


「……お、ぉぉ……おぉぉぉ……お、落ち着け、お、俺にはディオルド様が……あ、で、でもディオルド様にはフラれてるから俺ってフリー!? だ、だったらOK……!? で、でも俺とミストは……あくまで……」


 あくまで……何?

 ただの部下と上官……? 私は、それじゃ嫌。


「……で、でも」


 …………。


「……あぁくそっ! そういう目は反則でしょうに! 分かったよ……み、ミストはあの時……言ってたよな」


 ……?


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って……あの言葉、ほ、本気なんだな?」


 ――ッ!


 …………えぇ、確かに言ったわ。


「……だったら、……俺も、本気で答えないと駄目だよな」


 …………聞かせて。○○の本気の答え。


「…………」


 …………。


「……俺は」


 …………うん。


「……俺は、いや、俺も……ずっと支えてきてくれたミストの事が……好き、だ、と思う」


 ○○は抱きつく私に応えるように、ゆっくりと背中に手を回して抱きしめてくれた。

 私はその答えを聞いて、()()()()()()、と思い……目から一筋の涙をつぅ、と流してしまう。


 ………うん、私も好き。○○の事が好き。ずっと、ずーっと好きよ。


「…………ぁ~……う、うん」


 腕の中で見上げると、○○がむずがゆそうに目を明後日の方向に向けているのが見える。

 本当、恥ずかしがり屋ね。秘めた気持ちを抱えるだけ抱えて、吐き出す事を知らなくて……どこまでもうぶで、馬鹿な奴なんだから。


 でもそんな○○だからこそ、私は好きになったんだ。

 でもそんな○○だからこそ、私は○○を継ごうと決意したんだ。


「……ミスト?」


 私は、ゆっくりと()()()()()()()()()()○○から離れ、溢れる涙はそのままに努めて精一杯の笑顔を向けた。



 きっと、これからも貴方がずっと好きだし。愛し続けるわ。

 だから……ずっと見守っていてね。○○。



 ――○○はその言葉に驚き、その後寂しそうに微笑んでくれた。












「――――…………」



 小鳥達の美しい音色が告げる清々しい朝の中、頬を伝う雫の感触で私は目覚める。

 いつもの部屋。いつもの天井。そして、いつもの現実。

 ……もう泣かないと心に決めた筈なのに涙を流すなんて。浅ましいにも程がある。

 もう先の大規模攻勢からすでに一ヶ月も経っているというのに。




 ――今日もまた○○の居ない世界で銃を手に取り、終わらぬ戦いに身を投じ続けなければならないのに。

 




 § § §




 最近のあたしの毎日は幸せ半分、辛さ半分、という言葉がぴったりだと思う。

 唯一無二の親友であるミストが、○○が急な転属でこの城塞から居なくなった日以降元気がないからだ。

 いや、いつも以上に訓練にも戦闘にも精を出しているから元気がない訳ではないか。なんというか……そう、あいつらしくないというのが正しい。

 喜怒哀楽の激しいミストが自分を律するかのようにいつも険しそうな表情を見せているのは、何というか親友としては辛い気分だ。だからといって今のあたしがどうした? なんて聞ける訳もないのがまたもどかしい。


「そっとしておきましょうお姉さま。恋も失恋も時間が解決します」


 そういうもんかなぁアンリエッタ。


「そういうものです。私が思うにミストルティンさんは強いお方です。齢20を超えたばかりなのにあれだけの統率力を発揮し、強固な隊を作り上げた実績を鑑みても、きっと。しばらくすれば元のミストルティンさんに戻っている筈ですよ」


 うーでもなぁ、そうだとしても……何かもやもやするんだよねぇ。


「今はとりあえず我武者羅に動いて、失恋したという事実を忙殺しようとしているんでしょうね。まあ……対象的にお気持ちをお伝えしたお姉さまとしては声をかけ辛い気持ちも分かりますが、今声をかけるのは逆効果です、堪えてください」


 ……うぅー……。

 ……でも、ミストには悪いけど……へへへぇ、そうなんだよなぁ。あたしとクリストは……てれてれ。


「……お姉さま。まだ恋を成就した訳ではないのですから、頬を緩めるには早いです。大体返事はまだ貰ってないんですよ?」

 

 まあな! でも、あたしは良い返事が貰えるって確信してるし、そうなるようにこれからもガンガンアタックし続けるかんな! 打倒ミーナ! 愛人で満足するあたしじゃねーぞ! 狙うは本妻!


「うぅ……お姉さまがここまで心酔してしまうなんて……認めたくありません」


 仕方ないじゃんかよー好きになってしまったんだからさ。

 きっとアンリエッタも好きな男が出来れば「私はお姉さま一筋です!!!!」……えっと、ごめんなさい? 親友のままでいましょう?「秒でフラないでくださいお姉さまぁぁぁああ!!!」

 しかし……なー。納得行かないのは○○だよ。

 あいつが振るのはまあ……千歩譲って良い。あいつ自信の判断だしな、口を挟める訳もない。

 だけど皆に別れも告げずに急に別の部隊へ配属って……急過ぎるし、薄情過ぎないか? まるで振ったミストと顔を合わせづらいからって逃げたみたいじゃないか。


「確かに。私も数いる害虫どもの中では実直な方だとは思っていたんですが……見込み違いという事ですかね、あれだけお姉さまを慕って居たのに、よもやお姉さまにすら挨拶せずに消えるなんて……呆れてしまいます」


 ほーんと。そうだよな! ○○は馬鹿野郎だよ!

 ミストだって振られたからって会いたくない訳ないっていうのに。

 あたしだって、みんなだってこんなにも寂しい思いしてるっていうのにさー……。


「お姉さまに付き纏う不快害虫ではありましたが……実力は折り紙付きですし、礼節もあるように見受けられました。何よりミストルティンさんとの掛け合いがなくなるのは、少し寂しい気持ちもありますね……」


 そうだよなぁ……ミストも折角沢山笑うようになったっていうのに……。

 ほんっっと自分勝手過ぎるよ……絶対会ったら一回ビンタ……いや、パンチしてやらないと。


「その時は微力ながらお手伝い致しましょう。加えて軟弱者、と謗ってさしあげます。ミストルティンさんと同じ失恋した立場とは言え、どうして逃げ出すという選択肢になりえるのか。本当に理解できませんもの」


 え? 同じく失恋? 誰が?


「え?」


 ん?


「……お姉さま? 気付いておられないのですか?」


 ……いや、失恋したのはミストだけだよな?


「………………………………」


 え、ちょアンリエッタ何その目! あたしそんな目向けられたの初めてみたぞ!?


「……少しだけあの害虫の気持ちが分かりました、害虫のアプローチの仕方が論外だったとは言え……それは逃げ出したくもなります」


 あたしのせい!? ○○の遁走はあたしのせいなのか!?

 どど、どういう事だアンリエッタ、教えて! 教えてって!


「申し訳ありませんお姉さま、あの害虫と私の立場が近い以上、私はお姉さまを甘やかすことは出来ません……あ、すみませんが軍議があるのでこれにて失礼します」


 まーって! まってまって! アンリエッタぁぁ!!


「御自身だけでよくお考えくださいね? それでは」





  § § §




「アリアドネ部隊が心配?」


「うん」


 と言うよりミストが心配なんだけど私はおくびに出さない。

 敵四天王の一人を打倒したとは言え敵の攻勢は一月経って逆に激しくなるばかり。

 毎日毎日席に向かって朝は早くから、夜は遅くまで報告の取りまとめ、作戦立案、命令と全体に関わる仕事に掛り切りになっているクリストに、個々人々の事まで考えさせるのはどう考えてもキャパオーバーだからだ。


「アリアドネ部隊の狙撃は非常に強力で、今となってはうちの軍になくてはならない存在よね?」


「そうだねミーナ。昨日の戦闘でも彼らが居てくれなかったらと思うと、ぞっとするよ。彼らは僕らの目であり、強力な矛でもある。しかも狙ったところは必ず貫く必中の矛だ。……とは言え、休息も定期的に取らせているし。戦果も落ちている様子はないけど……どの辺りが心配なの?」


「ん……っと、○○さんが抜けた事による影響が、出始めてるって事」


 そう言ってあげると、クリストはむ。と唸った。


「……良くも悪くも、あの人はムードメーカーだったもんね。それが急に居なくなっちゃったもんだから多少は影響が出るとは思ったけど、そんなに?」


「そんなに。諜報してたら分かったわ」


 私は直接戦場に出ることはないけどクリストの補佐を任されている。

 その内容は事務の手伝い、身の回りの管理に留まらず、軍内外の諜報活動や、そしてクリスト自身の護衛までと多岐に渡る。

 元々暗殺者だった経験とその才能に恵まれていた私は、自分の力をフルに使って軍に貢献していたのだけど……親友であるミストちゃんが心配になって調べてみたらやはりと言うべきか。○○さんの離脱は大きな影響を及ぼしていた。


「前は隊の中でコミュニケーションが活発だったのだけど、今はそれが全然なくなっちゃって……後は訓練量が以前より遥かに増えて隊の中で不平不満が出初めてきてるの」


「……そっかぁ……。訓練量が増えたのはミストルティンさんが○○さんの抜けの分全体力を強化しようとして、かな? あんまり良い傾向とは言えないね」


「うん。だから、何かしら諌めたり、ちょっと息抜きを入れてあげないとそのうちとんでもない事になっちゃいそうで」


 ……私が思うに○○さんが抜けた分を埋めるために頑張っている、という理由だけではなくて……ミストちゃんの中での部下に求める基準が大幅に上がってしまったのが原因かなと思っている。

 ミストちゃんと並ぶ高い水準の判断力や実行力は、それこそ○○さんのように自分の体を壊れる直前まで酷使して訓練や学習をしなければ身につくことはない。

 故に○○さんが出来た事をやらせようと部下に過酷な訓練を施しているのだろう。……後は失恋によるストレスも大いに関係ありそう。


 それにしても……どうして○○さんは急に異動してしまったんだろう。

 みんなはミストちゃんを振って居辛くなったから~、なんて言ってたけど……本当なんだろうか。何だかもやもやしてしまう。

 

「……分かった。じゃあ僕の方から一言ミストルティンさんに伝えて「待ってクリスト!」……ミーナ?」


「クリストは次の四天王対策とかで忙しいだろうし、それに、その件については私の方で伝えたいの」


「いいのかい? でも僕は一応トップだし、やっぱり……」


「いいのいいの! ミストちゃんと私は親友だし、そういうことも伝えやすいだろうから……ね?」


「うーん……分かったよ。それならミーナにお任せしようかな。ごめん、後はよろしくねミーナ」


 私はクリストをその場に留めると執務室を後にした。

 ……ふぅ、危ない所だった。どう考えても失恋を引きずっているミストちゃんに対して、現在進行形でディオルドさんから猛攻アタックを受けているクリストを出会わせたら、纏まる内容も纏まらない。


 とは言え、私もミストちゃんにどう話を切り出そうか迷うところだなぁ……。

 忙しいのも相まって、あの日以来中々話あう事もできなかったから、余計に切り出し辛い……でも、今のままミストちゃんを放っておくのは私の良心が許さない。……ファイトだ私、頑張らないと!


 決意を胸に秘めながら足早に城内を歩く。

 時刻はすでに夜、歩哨以外はそろそろ眠りにつく時間だ。

 ミストちゃんもまだ起きているといいのだけど……。


「夜分遅くにごめんねミストちゃん……ミストちゃん?」


 ……ミストちゃんは眠っているどころか部屋自体もぬけの殻。

 そこで、とことこと色んな所に顔を出してミストちゃんがどこに居るか探っていけば――、



「…………」



 ついに、城壁の上で一人で佇んでいたミストちゃんを発見した。

 今日は風こそ強いが美しい満月が見える夜だ、私も時々月を見て気分を晴らしたりする時があるから気分転換でもしてるのかな? なんて……最初は思ってたんだけど……。

 城壁にもたれ掛かっているミストちゃんは体こそ月を向いているが、顔は月を向いていない。

 変わりにその手に持った何かに向けられている……あれは、手紙? 手紙を読んでいる、のかな? 何だかくしゃくしゃになっているからメモにも見えるけど……。


 真剣そうに、そしてどこか切なそうに一枚の手紙を読むミストちゃん。

 ……もしかしてだけど、○○さんからのかな。

 なんだか邪魔をするのは申し訳ないけど……私も言わなくてはならないのだと改めて覚悟を決め、声をかけることにした。


「……ミストちゃん」


「ッ!? あっ……!」 


 その瞬間、びっくりしたミストちゃんの手から手紙が離れ、直後吹きすさんだ強風が手紙を城壁の外へ外へと瞬く間に運んでいってしまう。

 ミストちゃんも手を離れた手紙を咄嗟に掴み直そうと手を伸ばしたようだが……もう、私が見てもこの宵闇の中でどこに飛んでいったか、分からなかった。


 ミストちゃんは暫く手を伸ばしたまま呆然としていたが、やがて手を下げてこちらを見る。

 その目が余りにも怒っているようにも悲しそうに見えて、一連の様子をぼうっと眺めていた私もつい言葉を失ってしまったが、すぐに心の中が申し訳なさで一杯になって……大きく頭を下げていた。


「ご、ごめんなさい……っ、ミストちゃん急に話しかけて、ごめんなさいっ!」


「…………」


 顔が、見れない。

 あの手紙はきっと大切なものだったんだろう。

 なのに私が不用意に声をかけてしまったせいで……!


「……ミーナ、気にしないで。あんな紙キレをこんな場所で読んでいた私も悪かったんだから」


「でも……でも! 大切な手紙だったんじゃ……?」


「……少しは、ね。でも早い内に捨てないといけないな、と思ってた物だったの。だけど意気地なしの私はずっと捨てられなかったから……うん、丁度良かったわ」


 恐る恐る顔をあげて見ると、ミストちゃんは柔らかく微笑んで慰めてくれた。

 それは見るものを癒やすほっとさせるような微笑み。

 だけど、さっきの表情を一瞬見てしまった私にはそれすら無理をしているようにしか思えなかった。


「だからそんなに申し訳なさそうな顔しなくていいのよ。ほら、笑顔笑顔……で、何の用事だったの?」


「あうぅ……本当に、本当にごめんね。……えっと、その……」


「何よ、言いづらい事なの? それなら尚更はっきり言ってほしいわ。他ならぬミーナからの話なら」


「ちょっとだけ……ね。……うん、でも私達親友だもんね……ちゃんと言わないのも失礼だし……んっとね、アリアドネ隊の事なんだけど、最近訓練のノルマが前以上に厳しくなったって本当?」


「……」


「他の隊の人がちょっと噂をしていて……前の大規模侵攻以降、ミストちゃんの隊の方針がガラって変わっちゃったから、何だかみんな戸惑ってるみたいなの」


「……」


「多分それは、その……○○さんが居なくなったせいだとは思うんだけど……」


「……えぇ、そうよ。あまり言いたくはないけど、あんな奴でも優秀だったって事を今になって分からされたって事。あいつが居ないと作戦や連絡、訓練や連携の精度が段違いだから……穴が抜けた分を育てようと、今必死になってるのよ」


「うん。それは凄く分かるよ。○○さんはすっごく優秀だったもんね。でも……」


「分かってる。……いえ、さっきまでは分かってなかったけど、ミーナの言いたい事は分かるわ。……そうよね、みんな○○ぐらい出来る訳じゃないものね」


「ミストちゃん……」


 私に背中を向けて、満月を仰ぎ見るミストちゃん。

 城塞の一面を照らす優しい光に、彼女の長くて綺麗な髪がたなびくのと相まって、私は一枚の美しい絵画を眺めているような気分になった。


「焦ってたんだと思う。○○がいない分まで頑張らないといけない、なんて思い込んで……そんな気持ちを部下にまで強制させてしまったみたい」


「……」


「本当はもっと段階を踏んでいかないと駄目だったのに。すぐに元の形に戻さないといけない、なんて考えちゃって。それで1人で空回りして部下にまで、いえ、ミーナにまで迷惑かけちゃうだなんて……何やってるんだろ私。これじゃ隊長失格ね」


「そんな……そんな事ないよミストちゃん! ○○さんの離脱は急だったし、そんなの誰だって焦っちゃうよ! ミストちゃんは合わせて○○さんにその、振られてしまったから冷静になんていられないのも分かるし! 私だってミストちゃんと同じ事になったらきっと失敗して」


「――同じ、ですって?」


「え? ……ひっ」


 気付けばミストちゃんがこちらに振り返って居た。

 そして今まで見せたことのない何もかもが抜け落ちた表情で、私に言った。



「ねえミーナ。勘違いをしない欲しいの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ならどうして私にそんな事を言うの? どうして私と同列に物を語ろうとするの? あなたは私じゃない。あなたに私の気持ちは、私の思いは分かりえないっていうのに。――知りもしないくせに訳知り顔で、さも分かったような事を言わないで」


 

 満月の影で隠れたミストちゃんの顔が別人のように見えて。

 そしてその言葉の節々から伝わる激情と圧に、私は動くことも言葉を発する事も出来やしなかった。



「――……あ。ご、ごめんなさいミーナ。わ、私ったら……本当にごめんなさい、酷いことを言ってしまって」


 でも数瞬するとミストちゃんは打って変わって焦りながら私の手を取ってくれた。

 その顔には先程までの表情は微塵も含まれていなくて、私の体は遅れて震えだしてしまう。


「ごめんなさい。ごめんなさいミーナ。怖がらせてごめんなさい。私○○に振られて……むしゃくしゃしてて……それで」


「う、うぅん……わ、私こそ、考え無しに物を言って本当にごめんなさい……」


 ミストちゃんは私を優しく抱きしめてくれて、背中をぽんぽんと叩いてくれる。

 ……そう、だよね。多分、ミストちゃんは失恋の痛みを忘れられなくて……でもおいそれと人に言えなくて溜め込んでしまって……それで私に当たっちゃったんだよね。


「訓練のノルマ、見直すわ……それに、○○の事もいい加減に吹っ切れるわ。うじうじとしてても何も進まないし、ね……わざわざ伝えに来てくれてありがとね、ミーナ」


 

 だけど結局……この日見たミストちゃんの表情を、私は忘れることが出来なかった。




 § § § 




 あの日から。ミストちゃんは宣言どおりに言った事を実行に移したようで、アリアドネ部隊の問題もゆっくりと解決に向かいつつあった。

 訓練量は減ったようだし、○○さんが居た頃程じゃないけどコミュニケーションを取り合うようになって、少しは雰囲気が柔らかくなったみたい。

 加えて、今までの人を近づけない雰囲気から一転して自分から積極的に他人と会話に勤しみ始めた。それは勿論ディオルドさんやクリストさんも含まれていて、ディオルドさんなんて特に気にしていたからかミストさんが冷たくしてごめんなんて言ったらぶわっと涙を溢れさせて「あたしの方こそ全然話しかけられずにごめん!!」なんておいおい泣いて謝りながら抱きついていた。


「よし、今日は飲もう! 飲んで食って騒ごう! 今まで会話出来なかった分全部会話させてくれよなミスト!」


 そして始まったのは有頂天になったディオルドさんによる突発飲み会だ。

 そのメンツはというと……私、クリスト、ディオルドさん、そしてミストちゃんの4人。

 (よりにもよってこの面子で始めるだなんて度胸がありすぎますよディオルドさん……雷神卿の名はやっぱり伊達じゃないんですね……)

 クリストは訳が分かっていないのかとりあえず流されて「わーっ」て拍手をしていて、我が幼馴染ながらハラハラさせてくれる。

 ミストちゃんは……うん、同じく何でもないように手を叩いていたのが意外だった。……だ、大丈夫なのかな?


「何よミーナ。あんただけ変な顔して。……あぁ、別に大丈夫よ。もう吹っ切れたんだから」


 飄々と言ってのけるミストちゃんの様子は、本当に何でもないように思えて。

 とは言え親しくなった頃からミストちゃんは強い子だったから、間違いないのかもしれない。

 そうなると……あの日見せた顔は、やっぱりただ動転してたって事なのかな……。


「ミーナが教えてくれたお陰よ。私、前まではずっと頭の中が嫌な考えと使命感だけで一杯になって、周りのことを考えてなかったから……本当にありがとうね」


 うぅ、ミストちゃんが眩しい、可愛い……っ、ミストちゃん好き!

 ずっとずっと一緒にいようねミストちゃん!


「もうミーナ? ほら、好きなのは分かったから、まずは一緒に乾杯しましょ」


「あー! ミーナずるい! あたしもミストに抱きつきたいぞ!」


「お生憎様、今私は手一杯だから、あんたはクリストでも抱きしめてなさいよ」


 ちょっとミストちゃん!?


「しょうがないにゃぁー! マイハニー抱っこさせてくれぇ!」


「何でそうなるんですか!? うわぁ! ちょ、ちょっとまってくださいよぅ!?」




 そして宴会が始まった。

 次々と運ばれてくる料理の数々に、皆で舌鼓を打ちながら話をしていく。


 ミストちゃんと交えた話はどれもこれもが楽しいもので。

 ありきたりな話から始まって、今後の戦争についての真面目な話や、戦争での失敗談。故郷の料理の話や、城内で広がる七不思議まで。なんでそんな話題に? って物が自然とぽんぽんと出てきて、それでいて盛り下がる事もなく、あっという間に楽しい時間が過ぎていった。


「……あ~今、この場に○○がいればなぁ……」


 そんな楽しい宴が絶頂を迎え、少し皆が落ち着き出した頃。唐突に地雷を踏み抜いたのは他ならぬディオルドさんだった。

 楽しそうに飲んでいたミストちゃんがぴくり、と反応し、ほろ酔い気分の私は一瞬で現実に引き戻されてしまう。

 いずれ○○さんについては話題に出る物とは思っていたが、私としてはミストさんの方から話題に出す物だと思ってたからこそずっと口に出さなかったのに! 下手すりゃこの場が全滅するよディオルドさん! とは言えお酒に弱いのか顔を真っ赤に染めたディオルドさんはそんな事知った事かと話を続ける。


「ミストぉ、いつになったら○○は戻ってくるんだよぉ?」


「……さぁね。私に聞かれたって困るわ。あいつの方から異動したいなんて言い出したんだもの」


「ぅ~、この際だから正直に言うぞ! あたしは今でも○○については怒ってる! あんなにもミストに思われてたっていうのに、ミストを振った直後にここを去るだなんて、不義理にも程がある! ミストがしなくても、私が変わりに一回ビンタしてやりたいぞ!」


「あんたねぇ……」


「でも……でも、あたしも正直○○にはビンタされるべきだと思う。あたし、つい最近まで、○○があたしの事を異性として好きだと思われてたなんて、気付いてなかったんだ。あいつの好意は、ただの尊敬から来る物でしかないってずっと思ってたから……」


「……ま、仕方ないわよ。○○のアプローチはアプローチじゃなくてただのストーカーよ。遠くから見守るだけだなんて、言葉や態度の何万分の一しか効力がないのだから」


 私は背筋に冷たいものを感じて仕方なかったけど、ミストちゃんは案外余裕そうだ。

 ヒートアップするディオルドさんの背中をぽんぽんと叩いてあげながらお水を進めている。


 ……まあ確かに、○○さんはディオルドさんを神に例えてたけど異性として好きだとかは言ってないもんね。傍目からは分かったけど、当事者になるとやっぱり分かり辛くなるのかも。

 実の所、○○さんの異動もそんな傷心から来る物なのかな……やり方が悪かったとは言え例えば自分の好意がクリストにずっと気付かれてなかったとしたら……うわっ、無理無理無理! 私そんなの絶対嫌だ!


「恥ずかしい話、僕も○○さんがずっとディオルドさん「アリア!って呼べって言ったろー!」……あ、アリアさんの事を想ってただなんて夢にも思わなくて……」


 クリストはそもそも色恋沙汰を知らなすぎよ。

 あんなの傍目で見たらすぐに分かると思うレベルで簡単だし……。


「色恋沙汰に疎いのはアリアも一緒だけどねぇ。そう言えば、興味本位で聞くけど……アリア的に○○はどうなのよ?」


「ええ? ……そ、そりゃぁ……まあ、真面目そうだし。あたしの話は一杯聞いてくれそうだし、何でも付き合ってくれそうな感じはするけど……何というか、やっぱりそういう目で見るのは今更無理、かな~……なんて。勿論、すっげえ嬉しいんだけどな!」


「……ふーん。やっぱりね」


「…………」


 ク・リ・ス・トっ、今実はちょっとだけほっとしたでしょっ?


「うぇっ!? ちょ、み、ミーナ! そそそ、そんな事なんて全然っ……むぎゅぅ!?」


「クリスト、大丈夫だぞ~~~っ!! あたしは今はクリストの事が一番大好きだからな! ラブだからな! 愛してるぞぅっ!」


 知っての通り、いつぞやの大規模攻勢直後の告白から、ディオルドさんのクリストへの攻勢はまさしく破竹の勢いだ。

 以前なら私の方がクリストと一緒に居る時間がダントツ一番だったのに、ふと見ればディオルドさんも距離を縮めようと暇があればクリストに絡んでいる始末。

 しかも愛情表現が非常に直球だという、目下のクリストを狙う人達の中で一番の恋敵と言えよう。

 一応はクリストも戦争が終わるまで返事は待って欲しいと言っているけど……押しの弱いクリストはふとすればころりと落ちてしまいそうな危うさがあって、正直、毎日気が気ではない。


「んむむむむむ~~~っ!」


「アリア、ほどほどにしなさいな。クリストが死んじゃうわよ」


 あ、こら! クリスト何鼻の下伸ばしてるの!

 それにディオルドさんもくっつきすぎです、まだ二人は恋人じゃないんですからっ!


「ふふんだ、ほぼ恋人だ。そーだよなクリスト~♪ 戦争が終わったらちゃんと告白してくれるってあたしは信じてるぞ?」


 うぅぅ、クリスト! わ、私だって……私だってずっとずっと一緒に居たでしょ!?

 わわ、分かってるわよねクリスト、私の方が一番一番好きなんだから!


「あぅ、あわ、あわわわわ……」


 そう言って私も負けじとクリストの腕を取って抱きしめてあげれば、彼はいつもより顔を真赤にして慌て始めた。

 そりゃ、私だってディオルドさん程胸は大きくないけど、そこそこ自信はあるのだ。

 これで少しでも私の方に傾いてくれるのなら……とよりクリストに密着してやろうと思った――その時だった。


「――ねえクリスト。正味な話、どっちが好きなのよ」


 ビールを飲み干したミストちゃんが、唐突に質問を投げかけた。

 その質問は直球過ぎて私達としても驚きに値する物だが……とっても気になる内容であるのも間違いない。言わずもがなクリストに視線が集まる。

 クリストは一瞬ぽかんとしたけど……またすぐに顔を赤らめ、俯いてしまう。


「わ、分からないです……正直、こんなに好かれるなんて、初めての事で……」


「ふーん。でも、アリアとミーナのどっちかに傾いてはいるのよね? この二人以外でもっと好きな人ってのは、いるの?」


「え、そんな子がいるのか!?」


 いないわよねクリスト!?


「いないですいないですいないですっ!!」


「そ。なら改めて質問するけど……あんた、ちゃんと二人の内どちらかを決められる?」


「……え、っと」


「二人共魅力だから決められませんだなんて、言わないわよね? ましてや二人を選ぶなんて中途半端な事しないわよね?」


 私としても(ディオルドさんはどうか知らないけど)それはお願いしたい所だ。

 クリストにみんな平等に愛するなんて器用な真似はきっと無理だろうし、やっぱり女としては一人だけを愛して欲しいというのは願望はある。


「そそ、そうしないようには、努力、し、したいですけど……っ!」


「です、けど?」


「今は、そんな事考える余裕がなくて……それで……時間が欲しいというのが正直な意見で……」


 むぅ。消極的な発言だなぁ。回答としては赤点をつけざるを得ないよ。

 でも、日頃のクリストの忙しさを知る身としては何も言えないかな。


「えー寂しいぜクリスト~。あたしは今すぐ決めてくれた方が嬉しいぞ~? まあ……戦争中だし、考えてる時間がないってのは分かるけどな~」


 ディオルドさんも別に回答を急いでいないようだ。

 今、恋愛にかまけてる暇はクリストにはないのは明らかだ。

 恋愛は戦争が終わってからゆっくりした方が、多分極度の恋愛下手のクリストにとっても


「悠長な事を言うのね。早く決めなさい」


 いいのかもしれ……ない……? 


「え、そ、そんな」


「私達は今、戦争をしているのよ、連勝こそしてるけど明日はどうなるか分からない。そんな綱渡りの日々なのだから、秘めた想いは告げられる時にちゃんと告げないと駄目なの」


「……え、は、はい……」


 あれ、ミストちゃん……大分熱くなってる……?

 何だか目が据わってるっていうか……。


「恋愛経験がないから分からない? 確かにどうしたらいいか分からないかもしれないわね。でも貴方が迷っている間にも二人もクリストも危険に晒され続ける。もしかしたら想いだけが残る結果になるかもしれないわ。そんなのは嫌でしょう?」


 それは……確かにそうかもしれないけど。


「……まあ、そうだけど……」


「だから、クリスト。貴方が答えられる内に早急に決めなさい。……戦争が終わったら返事する、だなんて馬鹿な事を言ってる暇があったら、二人の気持ちを考えて、真摯に応えてあげなさい」


 ……ミストちゃん、でもクリストは本当に忙しいの。分かるでしょ?

 そんな中唐突に私達に言い寄られて混乱してるかもしれないし……仕方ないよ。


「そ、そうさミスト。仕方ないって! それに、あたしとしては別に焦ってないぞ? 第一、クリストが指揮してくれれば時間もかからないさ。きっと戦争なんてすぐに終わる、だから――」


 私達は途端に口をつぐむ事になった。

 ミストちゃんが戦場で敵に向けるような、強く、鋭い目線を向けていたのだ。



「あんた達、クリストに気を遣ってるのか知らないけど……『仕方ない』で済ませられる程度の想いしかクリストに抱いてないの? だったらそんな想い、いっその事諦めたらどうかしら。――きっとロクな結末を迎えないだろうから」



 場を静寂が支配する。

 今までなら考えることの出来ない程に辛辣なミストちゃんの言葉に、私達は何一つ続ける事が出来なくて。

 痛々しい沈黙が続く中、ミストちゃんは財布から金貨を机に置くと、席を立ってしまう。


「明日もあるし、先に上がるわね。お休みなさいミーナ、クリスト、アリア。楽しかったわ」


 帰り際に私達に見せた表情は、いつも見せてくれるミストちゃんの優しい笑顔。

 だけど、私達には表情通りの意味合いには取れず、結局3人で飲み会を続けることも出来なかった。




「……ごめんなさい。アリアさん、ミーナ。僕、全然そんな事考えられなくて……それで」


「謝る必要はないさクリスト……あたしも、ちょっと浮つきすぎてたかも。大好きって気軽に言ってたけど……うん。何か恋愛って軽く見てたのかもしれない……」


 帰り道、私達はすっかり酔いが覚めてしまい、落ち込みながらとぼとぼと夜道を歩いていた。

 うん……表面上ミストちゃんは大丈夫そうに見えたけど……やっぱり、まだ引きずってたみたいだね。


「あたしが無遠慮な発言したせいだ……みんな悪い。あたし、明日ミストに謝ってこないと……」


 私も、迂闊に話に乗ってしまったし……同類です。

 明日、一緒に謝りに行きましょうディオルドさん……ミストちゃんは大事な親友ですから。


「僕は……謝りには行けないけど、うん。きっちり考えて見ます……二人の事。もっと……」



 ミストちゃんの発破は、厳しいものだったけれども確かに私達に心境の変化を及ぼした。

 それ自体は歓迎すべきことなのだと思う……だけど、その一方で私の中で疑問が一つ増えてしまう結果となった。


 以前のミストちゃんはあそこまで苛烈な物言いはしなかった。

 私はともかく、ディオルドさんにまであんな事を言うなんて。

 失恋してむしゃくしゃしたからと言って、あそこまで心境が変化するのだろうか?


 前、城塞の上で見せた表情も含め、ミストちゃんに一体何が起こったのだろうか。

 ○○さんは本当にミストちゃんを振っただけだったのだろうか?


 私は帰りすがら、ずっと、その事を考えていたのだった。





  § § §




 あの日があってから私はずっと、ミストちゃんの事が気になって仕方がなかった。

 ○○さんがミストちゃんを振った事は、アリアさんから本人が泣きながら伝えてくれたと言っていたから間違いないのだろうけど……それ以上に○○さんとミストちゃんの間に、何か重要な事があった気がしてならなくて。

 その何かがあったからこそ○○さんは異動してしまって、ミストちゃんがあんな物言いをするようになってしまったのではないだろうか。


 よくよく考えると、○○さんの急な異動は怪しいの一言だ。


 ○○さんとはそんなに多く話してはないけれども、存外……いや、大分律儀で、真面目な人だ。

 本当に心を許したミストちゃんには軽いノリだけど、それ以外の人には基本敬語で、礼儀正しい対応をしてくれる人。だからこそ軍内の覚えも良いし、みんな○○さんが居なくなった時びっくりした物だった。


 そんな人が挨拶の一言もなし、急に消えたりするのだろうか?

 幾ら最愛のディオルドさんに間接的に振られ、そしてミストちゃんを振ったとは言え、逃げ出すような真似をするのだろうか?


 考えれば考える程私は○○さんの異動が嘘なのではないかと思えて仕方なかった。


「……○○副長の異動は知ってたかって? そんなの、俺らすら知らなかったぜ」


 食堂で、アリアドネ部隊の兵隊さんに聞いてみたら、やっぱりそんな答えが返ってきた。


「そりゃーな、怪しんださ。何だってあの人が一言もなしに異動だなんて。向上心の塊だったとは言え出世欲はなさそうだから、尚更な。だけどそれを伝えてきた肝心の隊長があんな顔してたら……聞くに聞けないじゃねえか」


「でも急に知らされたって事は前から計画されていた話ではないんですよね?」

 

「それがミストルティン隊長から○○副長からの異動願いを受理した形って言ってたんだよな、異動願いがあったって事は前々からやっぱり考えてたんじゃないのか……って思うんだが」


「……異動願い、かぁ」


「何にせよ、疑い深い人事なのは間違いなかったけど、俺としちゃぁミストルティン隊長を振って、ディオルド隊長に振られたダブルパンチで逃げ出したって説を強く推しますがね! 最低なやり口ですが、ガラスハートな○○副長ならさもありなんって感じでね。ま、あの人はそのうちにひょっこりと戻ってきてもおかしくはないでしょうよ」


 異動願いがあるって事は本当に○○さんは異動を計画していた、のだろうか。

 でも今の私はその言葉を素直に信じる事は出来なかった。

 

「その異動願い……本当にあったんだろうか」


 クリストと執務を続ける間ももやもやと、そんな事ばっかり考えてしまって仕方がない。

 すっかり夜の帳も落ちた中、ほとんど手癖で資料整理をやっていく最中も悶々とする一方で、居ても経ってもいられなくなった私は仕事を切り上げると早速行動を開始することにした。


 暗殺スキルの手腕を活かして、一路目指すはミストちゃんの執務室。

 本来ならこういうのは直接本人に聞くべきなのだろうけど……直接聞いたとしてもミストちゃんははぐらかして教えてくれないような気がして。そして、何より本人を疑っているとは面と向かって言える程度胸もなくて。だから本当は良くないのだけど、最終手段として直接物的証拠を探す事にした。


 部屋に鍵はかかっているが、天井から入る分には鍵要らず。

 内心で本当にごめんなさいミストちゃん! と想いながら片手に○○さんの筆跡が残された資料を持って、人気のない真っ暗な部屋でお目当ての異動願いを探す。


 ……ミストちゃんが几帳面な性格だったのが幸いした。

 丁寧に整頓された資料棚の中から、ほどなくして陳情書が束ねられた場所を見つける。


「……………」


 物品の申請依頼。訓練の提案書。行動計画書に、退役願いに……あった、異動願いの列!

 幸いにもそう量の多くない資料の束の中、急いで目を通していくのだけど……。


「………ない?」


 何度探しても、○○さん見当たらない。

 もしかしたら他の場所にしまってるのかもしれないが、そんな事をする必要はあるのか?

 ミストちゃんならきっと例外なく一つに束ねている筈……だとすればやっぱり異動は嘘?


 だとしたら本当は○○さんに一体何が起こったのというのか?

 何かしらの証拠が得られないか、私が更に本腰入れて探し出そうとした、その時だった。



「――一体何をしているのかしら、ミーナ?」



 暗闇の中、一番聞きたくない人の声が、私の耳に届いた。

 思わず叫びそうになった私がゆっくりと後ろを振り返ると……扉の前で腕を組む、ミストちゃんの姿があった。



「ど、うして……」


「どうしてはこっちの質問だけど? 他ならぬ味方の、それも私の執務室を何で無断で漁っているのかしらね」



 その時ミストちゃんが見せた視線は、とてもではないが親友に向ける物ではなくて。

 私はどうしようもないくらいに恐ろしく、同じくらいに申し訳なくて動けなくなってしまう。

 ……そして、ミストちゃんは私が動く気がないのが分かると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「当ててあげましょうか? 貴方、○○の事を探ってるのよね」


「……ッ!」


「大方、知りたいのは○○の異動が真実かどうか……そんな所? 今日、お昼に私の部下に○○の事聞いていたものね。もしかして……と思って待ってたら……まさか本当に来るなんてね」


 声色が何一つ変わらず、淡々としているのが恐ろしい。

 この後すぐにでも一転してしまうのかと思えば、震えが止まらない。


「……別に取って食ったりはしないから、そんな怯えなくてもいいわ。もしもあんたが知りたいのがそんな内容だったとしたら……ほら、これを見なさい」


 ぴらり、と私の眼の前に晒されたのは一枚の異動願い。

 署名欄に○○と書かれたそれこそ、私が探し求めていたものであった。


「筆跡が気になるなら見比べてみなさい。正真正銘○○の書いたものだから」


「……!」


 言われるがままに見比べる。文字の書き癖、サイン、筆圧……そのどれもが言われた通り○○さんのものであると指し示していて、疑い、侵入までして調べようとした私の愚かさが尚の事浮き彫りに出る形になってしまった。

 今の気分はさながら死刑執行を待つ罪人だ。他ならぬ親友にこんな真似を仕出かして……どんな酷い事をされてもおかしくはない。


「怯えないで良いって言ってるでしょミーナ。私に聞きづらいから直接探そうとしたのよね? そうなる前に私も、もっとちゃんと皆に説明すればよかったと私も反省している所よ……でも、何だか言い出し辛くて」


「……ご、めんなさいミストちゃん……」


「疑った事を謝ってるの? それなら当然の事だから気にしないで。あの○○が挨拶もなく消えるなんて普通考えられないものね。だけど異動は事実よ。あいつは、アリアに間接的に振られたのを見て『もっと腕を磨いてくる』『腕を磨いてアリアを惚れされる魅力をつける!』って地方軍に単身向かいに言ったの。元々地方軍から協力要請は来てたし、あいつも最初からそのつもりだったみたい」


「……」


「それで大規模侵攻一日目に、アリアに向けた敵の罠を打倒した後、安心したのか、私をさっさと振って逃げるようにすぐに向かっていって……本当、自分勝手よね。」


 ミストちゃんは動けない私の肩をぽんぽんと叩くと、満足した? と言いたげに目を覗き込んできた。


「……うん。ありがとう。満足しました。そしてごめんなさいミストちゃん、勝手に部屋に入って……」


「満足したなら何よりよ。……さて、もう夜中だし。明日も早いのだから寝ましょう。ね」


 ミストちゃんはこんな時なのに凄く落ち着いている。

 怒ることもなく普段どおりの態度を見せていて、それが尚の事怖くて仕方がない。

 ただ、スムーズに開放してくれる事は今の私には非常に嬉しくもあった。


 私……何やってるんだろう。親友のためだと言って親友を疑って、こんな酷い事をするなんて……。本当にミストちゃんには頭が上がらないよ……。


 内心で落ち込みながら連れられるように執務室を後にし……ミストちゃんの部屋の前で別れる事になった。


「それじゃあこの辺りで、ね」


「うん……お休みなさいミストちゃん。……あの、今日は本当ごめんなさい」


「ミーナ、謝罪はもういいって何度も言っているでしょう。でもそうしないと気が済まないっていうのなら……そうね、代わりに私の言うことを聞いてくれる? あぁ別に無理なお願いなんてしないわ。ただ今から言う事を気をつけてくれるだけでいいの」


 廊下に灯る蝋燭の明かりに照らされるミストちゃんは微笑みを絶やさない。

 だけど、その表情はまるで仮面に張り付いた絵のようにしか見えず、私の背筋にぞくりと冷たいものが走った。



「もう二度と私の事を、○○の事を嗅ぎ回らないで――()()()()()



 そしてその言葉を聞いた瞬間――私はミストちゃんとの間に深い溝が出来ていた事にようやく気付いたのだった。





  § § §




 すっかり夜の涼しさが鳴りをひそめ、寝苦しさが現れるようになった頃。

 アリアドネ部隊は落ち着きを取り戻し、ミストちゃんの雰囲気も朗らかになり、ディオルドさんやクリスト、私との関係も平時のようになっていた。


 ……あくまで、表面上は。


 今でもミストちゃんと普通に会話は出来るけど、私はやっぱりあの時の事を引きずっていて……その、少しだけ、ミストちゃんが苦手になっていた。勿論悪いのは全部私なのだけど、ミストちゃんの微笑みの下にあの抜け落ちた表情があるのだと思ってしまうと……どうにも駄目だった。


 結局、ミストちゃんの心境の変化はどうしてなのだろうか。

 ○○さんの異動願いは本物だった訳だし……本当に、ただただ唐突過ぎる異動だった訳なのだろうか。

 しかしもう詮索しないでと言われた手前、私はもう納得するしか手段はない訳で。


 それよりもミストちゃんがクリストとディオルドさんの仲を取り持とうとしているのか、しょっちゅう強力なアシストを繰り出しているのが、今は気がかりだった。

 こっそりと二人にだけ美味しいお店のチケットを渡したり、さり気なく二人きりになるシチュエーションを用意したりと……私もディオルドさんと同じ親友である筈なのに片方だけ贔屓するのは、まるで疑った私への罰のように思えてしまう。


 ……馬鹿な事を考えてるな、私。

 単純にミストちゃんは私より長い付き合いのディオルドさんを応援してるだけなんだ。

 最近、ミストちゃん関連の事を考えるとどうにも暗くなって仕方がないよ……自業自得なんだろうけど。


 それとも……やっぱりミストちゃんからしたら、私は既に親友じゃあないのかなぁ。


「ヒキキキ……お悩みかい、ミーナ」


「うーん……うん、キキちゃん。そんな所かな」


 私は暗器のメンテナンスをキキちゃんにお願いしている所だった。

 キキちゃんはもっぱら調合とかが専門だけど、小さな刀やナイフくらいだったら自分で鍛冶もやっちゃうくらい大分アクティブな魔女っ子だ。

 なんだか本人は魔女らしさに非常にこだわっていて、役作りのためか変な笑い声を常に絶やさないけど……正直、可愛いらしさのほうが強くて似合わないと思う。もっとフリフリの衣装とかにすれば絶対可愛いのに……。


「当ててあげようかいミーナ。キミは今恋の悩みに……」


「うん、半分くらい当たってるけど、そっちは自分で頑張るからいいよ!」


「……健気だねぇ。応援しているよ」


「どーも! 私頑張るね!」

 

 まあ元気よく返事したところで、恋の悩みも簡単に解決するとは思っていないのだけど。

 返事は戦争が終わるまで、という期限は実質なくなったのと同義だ。

 ミストちゃんが私達に発破をかけた今、全ての鍵はクリストのさじ加減次第。

 私じゃないと駄目だ!ってなるくらいにアタックしていかないと駄目、なんだけど、なぁ……。


「はーぁ……」


「頑張ると言った傍から大層なため息をつくじゃあないかい」


「……恋の悩みだもん、ため息もつきたくなるよ……しかも絶賛不利な状態だしぃ……」


「ヒキキ。件のクリスト坊やも二人の好意に気付いた上でどうするか悩んでるようだしねぇ。後は二人がどれだけアピールするかって事かい」


「そうなんだよ~……そんな中でミストちゃんはディオルドさんを応援してるからねぇ~……」


「あの二人の付き合いは長いから、さもありなんという感じだね。……ほい、シビレ薬とネムリ薬お待ちどおさん。おまけでワライ薬もつけておいたよ」


「あ、ありがとうキキちゃん……でもこのワライ薬は正直……」


「なんだい、効きは保証するよ? それこそゴブリンからゴーストまで、遍く全てに……」


「効きすぎるから困っているの! コレ、少しかすっただけで1時間くらい笑いが止まらなくなるから正直怖いんだよ!」


 効くならいいじゃないか、と悪びれないキキちゃん。

 まあ、役に立つか立たないかで言えば、立つかもしれないけど……とりえあず受け取っておこう。


「毎度あり。さて、ここからは魔女の助言だが聞いていくかい」


「……えぇぇー」


「みんながみんなそういう胡散臭そうな反応をするは魔女冥利につきるもんだね。その発言も肯定とみなしておくよ」


「まあ、時間はあるからいいけど……」


「さてさて、それでは今日の助言だ。『秘する悲哀は晒すべからず。されど触れるに似合う』」


「……どーいう意味なの?」


「誰かが心に秘めた悲しい出来事は皆で共有するのではなく、まず誰かが理解してあげる事が何よりも大事だって事さ。特に、親しい誰かがね」


「……秘めた、悲しい事……それって……?」


 咄嗟に思い浮かんだのは、ミストちゃんの辛そうな表情。

 だけど、ミストちゃんの『悲しい事』はもうみんなに広まってしまったのだから、今更な気がしなくも……。


「心に巣食った悲しみはやがて人を変え、関係を変え、そして生き様を変えてしまう。もしも近くに悲しみを抱えている人がいれば……そして抱えた人がキミにとって大事な人であれば、近づいてあげるべきだ。触れてあげるべきだ。そして、理解してあげるべきだ」


「――――」


 瞬間。私の脳裏にミストちゃんが見せた違和感が、まざまざと思い浮かぶ。

 城壁の上で見せた絶望。飲み会の場で見せた激情。部屋の前で見せた失望。

 ミストちゃんに変化をもたらした悲しみは、まだ残っているのは間違いない。

 

「悲しみを咀嚼するには一人ではどうしても限度がある。だからこそ親しい人が力になってあげる必要があるのさ。……心は癒え辛く、疲弊しやすいものだからねぇ」


 ミストちゃんが今も1人で苦しんでいるとするならば。

 私は、力になってあげたい。傍で支えてあげたい。

 一緒に泣いて、自然に笑いあえるようになりたい……でも。


「……でも」


「想い当たるフシがあるなら何よりだね。私も助言した甲斐があるものだ。……ただ、少し冴えないようだね。何かあったのかい」


「……その。一度、同じことをしようとして、それで……私のやり方が悪くて怒らせちゃったんです。それで、二度とするなと言われてしまって……」


「……」


「もう……あの子にとって、私は親しい人じゃなくなっちゃったと思うんです……だから、私にはあの子を支える資格は……!」


「その資格とやらは一体誰が発行するんだい? 相手の子かい? うちの軍かい? それとも神様かい? ……考えを改めなミーナ。支えるのに資格なんて必要ない。許可なんて必要ないんだ。その子がどう思おうとキミはまだ相手の子を親友だと思っているんだろう」


「……!」



「――それなら親友らしくお節介を焼いてあげな。相手が困っているなら何も言わずに駆けつける、そんなギブとテイクの向こう側にある関係を親友と呼ぶのであるならね」




 慌しくこの場を去ったミーナを見送った私は、椅子に深く沈みこんで帽子を被りなおした。

 思い浮かぶのは、沈んだ表情を見せていた頃のミストが、唐突に呟いた一つの質問だ。


『ねえ、もしも……もしもだけど体が真っ二つになった人が居たとして……貴方は治せる?』


『……またキミにしては突飛な質問だね。まあ、そうさね……出来ると言いたい所だが……』


『……』


『出来るとしても、その患者が真っ二つになった直後で、かつ、今現在持ちえない程の貴重な材料が山程あるならという条件がつくね』


『……それって』


『つまり、一概には無理。としか言えないって事さ。これで答えになったかいミストルティン……ミストルティン?』


『――……そう。そう、よね……えぇ、ありがとうキキ』



「……あんな、あからさまにほっとしたような悲しいような表情されたら……誰だって分かるさ。

 すまないねミストルティン。私にはあんたの覚悟は分からないけど……あんたの覚悟を踏みにじってしまうかもだけど……それでも、あんたに潰れて欲しくはないんだ」




  § § §

 



 私は使命感に突き動かされてミストちゃんの元へと急いでいた。

 ミストちゃんは二度と詮索するな、と私に言ったけど……それでも、それでもミストちゃんが今も苦しんでいるのなら、そしてその苦しみがもしも解決できるなら私は嫌われたっていい。私と仲良くなってくれたミストちゃんの為に、私は動くんだ。

 

 部屋を後にする直前、キキちゃんは「その子はどうやら、休日になると時折とある場所に出かけるようだ。もしかすればそこに秘密があるのかもね」って言っていた。今日は幸いにも休日。その場所とやらに何があるかは分からないけど、手がかりになるのなら……。

 

 

 ――いた! ミストちゃんだ!

 

 

 私は暗殺者のスキルをフルに活用して遠方から気づかれないように彼女をつけ始める。

 ミストちゃんは他の隊長との共同訓練を終えて、談笑をしているみたい。


 ああやって遠目から見ている分にはいつものミストちゃんのように思えるのだけど……。何度か彼女の変化を知っている身からすれば、無理をしているようにも見てとれなくもない。


 しばらくミストちゃんの様子を伺い続ける。

 訓練も終えたミストちゃんは特に怪しい動きを取る事もなく。休日を利用して城内を軽く散策する程度。その行き先も雑貨屋だったり、食料品店だったり、花屋だったりと、とてもではないが秘密があるように思えない。


 ……今日はもしかして、例の場所に行かないのかな?

 そんな事を考えていた時だった。

 買い物を終えたミストちゃんが私服姿のままふらりと、一人城外へと出ていったのだ。


 私はもしや、と思って後をつけていく。


 ミストちゃんは買い物袋片手にてくてくと移動している。

 城の外に続く道は一本道。行商人や、安寧の地を求めて避難してきた人達と何度かすれ違う。

 広い道の先を黙々と進んで行けば半日ぐらいで別の砦につくけど……あれ、脇道に逸れた。この先は進むと小さな村と森しかない筈だけど……どこに行くのだろう。



 少しだけ強い日差しが木々に阻まれ、心地の良い木漏れ日になっている。

 合間合間に肌を撫でる風は気分を晴れやかにする事請け合いだろう。

 そんな木立の中、ミストちゃんの足取りは森の中の小さな道すらも逸れ、とうとう道なき道を歩き始めていた。



 私は確信していた。

 この先にきっと、ミストちゃんの秘密が隠されている。

 ミストちゃんを大きく変えてしまった秘密が、この先にあるのだ。

 木々の擦れる音や小鳥たちの音色に加え、早鐘を打つ鼓動の音が耳にしながら、ついに私もミストちゃんの目的地に辿り着いた――!




(……小さな、木?)



 最初はそれが何なのか分からなかった。

 崖下の開けた場所に白い、棒のような物が1本だけ地面から突き立っている。

 添え木のようにも思えたが、その棒から直接何本かの芽が生えているから、植物で間違いなさそうだ。それにしても何か見たことがあるような――



「…………」


 ミストちゃんは、その小さな木の前で座り込むと何かをしだした。

 雑草とかを取り除いているのかな? 丁度真後ろに位置取っているからか、何をしているか正確には分からないけど……ミストちゃんは木の前でしばらくじっとしていると、やがて満足したのかくるりと振り返り、そして来た道を戻り始めた。


 私はミストちゃんが完全に視界から消えた事を確認してから、その木の前に移動する。


「……どこかで見たことあると思ったら、これ、アリアドネ部隊が持ってる狙撃銃……?」


 不思議な形をしている木だと思った。

 トリガー部分もそのままに、銃床を上にして突き刺さっていて、所々から芽が生えている。

 そう言えば昔アリアドネ部隊の銃は全部魔法樹から作られた物だって聞いたことあったような……。


 葉のついたツルが巻き付いたそれにあげたばかりの水滴が光輝いている。

 そして、地面に置かれていたのは……一輪の小さな白い花。


「綺麗な花……カーネーション、かな」


 どうしてこんな所に花を添えるのか、なんて事考えるまでもない。

 ここまでくれば幾ら鈍い私でも分かる。これは、お墓だ。

 きっとミストちゃんが大切にしていた人のお墓。そして、その大切な人とは――


「――……でも。でも、そんな……そんな事って」


 信じたくなかった。

 でも脳裏に浮かんだその仮説は、私の中で穴抜けのままだった疑問にぴったりと嵌ってしまう。


「ち、違うよ……違うよね。これは、違う人の……ううん、ここはそもそもお墓なんかじゃ!」


 ぱちり、ぱちり、ぱちり。

 今までバラバラだったピースが、隙間なく当てはまっていく。

 否定する心とは別に私の脳は、知りたかった情報を整えてしまう。



『あなたにはまだチャンスがあるんでしょう?』


 あの時見せたミストちゃんの絶望の理由が。



『――きっとロクな結末を迎えないだろうから』


 あの時見せたミストちゃんの激情の理由が。



『もう二度と私の事を、○○の事を嗅ぎ回らないで――次はないわ』


 あの時見せたミストちゃんの失望の理由が。



 すべてすべて、説明がついてしまう。

 


 あの日、あの時――○○さんが、命を落としてしまった事が真実だとしたら――!




 私は、私の中で出来上がった最悪の景色を認めたくなくて、そしてこれ以上この場に居たくなくなって、気付いたら後ずさっていた。


 だけど急ぎ踵を返して帰ろうとした矢先に……ある物を見つけてしまう。


(……紙? なんだろう)


 とある一つの高い樹。その枝の一つに何かが引っかかっていたのだ。

 それは薄汚れたくしゃくしゃな紙。

 私は些細な事でも良いから今の気分を晴らしたくて、軽やかにそれを手に取って中身を確認する。


 案の定、長い間風雨に晒されてたそれは汚れが酷く、何かが書かれているのは間違いない。

 中身ははっきりと読み取れないけど……それが手紙だというのは何となく分かった。


 驚きなのは所々かすれた文字でディオルドさんの名前が出てくる所だ、これは、一体何についての手紙なのだろう。

 何が書かれているのだろうと私が文面に夢中になっていると……その中で一つの文章が、私の目を引いた。


『終――ら何もか――罪します。お許――さいミストルティン。』


「みすとるてぃん……? もしかして、これって――!」








 突如、甲高い発砲音とともに、私の頬を何かが掠った。







「次はない、って言った筈よ。ミーナ」



 この場に居ないはずの人の声が私の耳を叩いたのと、

 私の頬が熱を帯び、痛みを覚え始めるのは……ほとんど同時の事だった。




「み、ストちゃん……こ、れは……あっ!」


「胸騒ぎがしたから戻ってみたら……その手紙もどこで見つけたのやら。何度も何度も探し回ったのに、よりにもよって何であんたが見つけるのよ」


 ごり、と後頭部に固い何かが突きつけられ、私が持っていた手紙は乱暴に奪われてしまう。


「それで、探偵ごっこは楽しかったかしら? 私の秘密を暴くことが出来て満足かしら? 誰に言われたか知らないけど……よくもまあ余計な事をしてくれたわね」


「ち、違う……違うよミストちゃん! 誰からの依頼でもない! 私はただ、ただ私がミストちゃんの苦しみを取り除きたいと思って! それで」


「黙れ。私は言った筈よ。二度と私と○○の事を嗅ぎ回るなって。だと言うのにあんたは約束を破ってまで私と○○の秘密を暴いた。苦しみを取り除きたいだなんて言い訳をして、知的好奇心を優先させた。そうなんでしょう?」


「そんな、好奇心なんて、そんなつもりじゃ……ただ助けたくて」


「……ねぇミーナ。理解してくれるかしら? 私は大いに迷惑を被っているのよ。助けたいから、支えたいから――そんな耳障りの良い言葉を並べて、自分の行いを正当化しないで。本当に反吐が出るわ」


 ぐうの音も出すことが出来ない。

 私の行為は確かに、第三者から見てもどれもこれもが正当化できるものではない。

 今私が何をまくしたてようと、それはただの見苦しい言い訳にしかならないだろう。

 ……それでも。私は当初の目的を果たそうと震えた声で質問を重ねる。


「でも、これは本当に、○○さんの……○○さんのお墓なの?」


「手紙まで読んだなら分かるでしょう」

 

「教えて、ミストちゃん」


「……はぁ、そうよ。○○はあの日死んだわ。一人で敵の罠を台無しにしようと頑張って、それで最後にアリアを救って。でも、自分は救う事はできずに……だけど満足そうに逝ったわ」


「――――ッ」


「異動願いは○○が言い出した嘘。最初からあの事態を見越して書いていたから本物だったって訳。あいつは、もしも自分が死んだらその事実を隠して欲しいって言っていたから。私は、それに従っているのよ」


 全身に何か重たいものがのしかかったような気がした。

 認めたくない事実が、現実のものだったなんて。

 でも何よりショックなのは……そんな認めたくない内容をミストちゃんが淡々と語っている事だった。

 ミストちゃんは何も思っていないの? ……○○さんの事が好きだったんじゃないの!?


「……どう、して」


「……?」


「どうして、どうして○○さんが死んだ事を、みんなに言わないの……! なんでそんな悲しい嘘をつくの!?」


「――――」


「幾ら○○さんが願ったからって、そんなのあんまりだよ! みんな○○さんの事が好きだった! 今でも○○さんは違う場所で頑張ってるって、みんな想ってる! 私だって、クリストだって、他ならぬディオルドさんだって!」


 ○○さんが好きなら、そんな事をするべきじゃないのは分かっている筈だよ!

 残された人はどうなってしまうの? 知らなかった人は、どれだけ苦しむと思うの!?


「――――」


「それなのに、それなのにもう○○さんが居ないだなんてそんなの……悲しすぎるよ! ミストちゃんだって、○○さんがそこまでしてくれたなら、みんなに伝えてあげないの!? ○○さんがディオルドさんを救ったって事を誇ってあげないの!? そうじゃないと――ひぁあっ!?」


 銃声が二度、私の耳をつんざいた。

 私は突如耳の傍で響いた音に驚き、へたりこんでしまう。

 幸いにも弾丸が穿ったのは地面だったが、あれが私に当たったら――ぁぐっ!?


「……そうじゃないと、何? 今更わかりきった事を言わないで。 あなたは○○の死を公開して、○○を憐れんでどうしたいの?」


 私の髪の毛を乱暴に掴んで覗きこんだミストちゃんの顔は、かつて城壁の上で見たあの表情そのもの……恐怖が、私の心を満たし始める。


「そう、じゃ、ないと……だって、○○さんが報われ、ない……ッ」


「○○の全てはアリアの幸せにあった。でも自分では幸せに出来ないと考えて、クリストにアリアの幸せを譲ったの。アリアの想いが滞りなく達成出来るように、ただその一心で。いい事ミーナ。もう○○は報われているの。報われている以上貴方のそれはただの自分勝手な欲望にしか過ぎないわ」


「だと、しても……っ、だとしても、ミストちゃんは……ミストちゃんはこのままでいいの……ッ!?」


「――ッ、○○は、○○はねぇ。自分の幸せは全部二の次……いいえ三の次なの。アリアが救えるなら自分が死んでも構わない。アリアが幸せに思えるなら、自分の死を秘匿することも厭わない。それだけの覚悟を持っていた……私は、今も○○を愛している。だから、彼が唯一遺した意志を、彼が唯一望んだ幸せを尊重しているのよ……ッ」


 髪がぎりぎりと軋む。尋常ではない力が、痛みとなって私の頭に走る。


「それなのに、貴方は○○の、私達の幸せをっ、覚悟もなく踏みにじってっ、そんな、そんな事っ――そんな事が、許せる訳があるかぁ――ッ!!」


「いやっ、ひ、や、あぁぁあああああぁあぁぁっ――――!!」


 乱暴に突き飛ばされた直後、激しい発砲音が何度も何度も森の中に響いた。

 私はいつもの戦闘技術も生かせず、悲鳴をあげ、体を丸めて銃撃が収まるのを待つしか出来なかった。



 ――硝煙の匂いに、カチカチカチカチと鳴り止まない引き金の音。

 荒い息を吐く音は私のものか、それともミストちゃんのものか……気付けば私は股間を濡らし、そして顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

 全部弾はそれていて、私は、傷一つなく、今も生きていた。いや、()()()()()()()



「ミーナ。……ミーナ、よく聞きなさい」



 小さく。それでいて通る声が投げかけられ、恐る恐る上を見上げると……涙でぼやけた視界の中、ミストちゃんが拳銃を片手に私を見下ろしていた。

 もう片方の手にあるのは古ぼけた手紙。

 だけど、その手紙に小さく赤い斑点が出来たと思えば……その斑点は瞬く間に広がり、そして手紙全体を炎が包み込んで、その存在そのものを消していく。


「○○はね、チート能力を持っているの、チートって分かるかしら? ……分からないわよね。でもいいわ、兎に角あいつが持っている『好きな人を幸せにする能力』を本物にするためには、○○の死は隠さないといけないの……だって、そうでしょう? ○○の死が皆にバレたら、アリアはきっと幸せになれない」


 ミストちゃんは手際よく拳銃の弾倉を再装填すると。その銃口を再度私に向けた。



「だから、ね。ミーナ。貴方が○○の死の事をバラしたら――今度こそ、私は貴方を撃つわ」



 私は、直前まで抱いていた使命感を忘れ……突きつけられた宣告を前にただ恐怖から頷くことしか出来なかった。


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