留守番
何も行動をとらないのは、一番宜しくない。
そう思い、アルスはとりあえず周囲を見渡してみる。
しかし、いかんせん見たことのないものが多い。
その物体の需要がまるで思いつかないものばかりだ。
机や椅子、窓、そして棚。
私が分かるものとしたら、精々そのぐらいである。本当にその程度だと言うのに、
「そもそも、あの灯は………何だ?」
アルスは天井にある円盤型の、光輝を放つ発光を見上げた。
確かに、プルドにも建物の中に照明はある。
だが、それは光魔法で僅かな光を集めて一つに凝縮したもの。只でさえその作業は膨大な魔力と手間を浪費するのに、この魔力濃度が絶望的に低いと感じられた“ニホン”で作り出すのは最早不可能と言える。
そもそも、この世界の人々は魔法を一切使えないと聞いた。
火でもないだろう。
どんな火でも、ここまではっきりした一定の輝きを放ち続けることは出来ない。
正体不明の発光体。
アルスはそれに頭を捻らせていると、
ガタンッ
背後から、物がずれる音がした。
「っ、何奴ッ!?」
私は懐に潜ませてある短剣を取り出した。だが、音のした方向に振り向いても、誰もいなかった。
「………隠蔽スキルか!」
アルスはすばやく判断し、辺りを警戒する。
その剣呑な雰囲気の中で、
ヴィーン、ガタッ、ウィン、ウィン、ウィー
機械の作動する音が、目の前の台に乗っている装置から聞こえた。
音の正体が人ではないのに、アルスは少しホッとしたが、まだ油断は出来ない。
その装置がいきなり魔力を溢れ出させて、レーザー光線をぶっ放すかもしれないからだ。
魔王の砦にも、そんな不意打ちを食らわせてくる卑怯な装置があったのだ。
短剣を構えながら、私はジリジリとそれに近づく。
アルスの所持する短剣は、普通の短剣ではない。
切れ味抜群の上に、斬った魔力を吸収する特注品だ。
この短剣さえあれば、遠距離魔法が飛んでこようが、全て一閃すれば何ら問題はない。被害も最小に抑えることが出来る。
「さあ、いつでもかかってこい!」
アルスがそう高らかに宣言すると、まるでそれに応えるように、
ヴヴヴーィン、ガタガタンッ、フシューゥ
・・・。
「……………え、終わりか?」
アルスは唖然とする。目を点にして、間抜け面を晒していた。
身に覚えのない恐怖に、彼は数歩後ずさって無意識に震える手を机に置いた。
ポチッ
アルスは誤って、何かを押してしまった。
『ハーッ、ハッハッハァー!皆の衆、このマジシャンズ・ショータイムへようこそ!この時間にお集まりいただき、ありがとう。今日も諸君らを夢の世界へ誘って差し上げよう!』
突然、朗朗とした太い男性の声が私の鼓膜を貫いた。
恐る恐る振り返ると、長方形の薄い箱状の装置に、黒のステッキを持った派手な初老の男が。
「な、な、何だお前はッ!?どうやってそんな箱の中に入っている!お、おいっ、聞いているのか!?」
私は狼狽しながらも、問い詰める。
しかし男は、アルスの言葉が届いていないかのように取り合わず、
『まずは、ここにあるカード達の空中ダンスを披露しましょう!ソーォレェェイ!』
その男がステッキを天高く大振りすると、刹那、いくつものカードが宙を浮いた。それだけでなく、男がステッキで示したところにクルクルと浮遊していく。
その光景を刮目したアルスは、
「浮いたぁぁああぁ!?」
遂に精神を保てなくなった。
「ただいまぁー!ゴメンね、アルス。帰ってくるの遅くなっちゃってーーって、わわッ!?」
丁度帰ってきた瑞樹に、アルスは泣きついた。
「な、なんだこの世界は……!恐ろしすぎる……!」
「………あの、ご、ごめんなさい」
瑞樹は申し訳なさそうに、でも顔を赤らめながらどこか嬉しそうに、柔らかく抱擁を返してくれた。
その際に、彼女の優しい汗の香りが私の鼻腔をくすぐった。いつしかアルスの気持ちは落ち着いていった。
そして後から、自分の起こした行動に気がつき、徐々に恥ずかしさが込み上げてくる。
しかし、それより今のアルスを苦しめるものがあった。……それは、言わずと知れた、彼女のたわわな双陵である。
柔らかい感触が、ダイレクトで伝わってくる。
アルスは騎士団長であってもまだ思春期真っ盛りなので、正直非常にキツい。
(当たってる、当たってますよ!)
初なアルスはあたふたと慌てながら、懸命にアピールする。
それを察した瑞樹は、
「……当ててる、から」
俯きながらアルスの背中に深く手を回し、さっきより強く、そして熱く抱擁してきた。
それから、直ぐにパッと身を引く。
その一瞬の出来事に、私は愕然とした。
(よく耐えたぞ、私の理性……!)
しかし、ミズキは一体何のつもりなのだろう。こういったことに遠く縁のない自分を惑わせて、弄んだのだろうか。
それにしては、瑞樹も頬に両手をあてながら小さく悶絶しているようだった。
アルスは凄くモヤモヤしたが、
「そ、そうだ!あ、あの装置。人が、人がいるんです。」
アルスはそれを指さしながら告げると、
「ん?あの装置って、テレビのこと?」
……てれび?
★☆★☆★
それからアルスは、瑞樹に様々なことを教わった。
この世界には、どうやら魔力の代わりに“デンキ”というエネルギー物質があるらしい。
そしてそのデンキが、物を働かせる源となるようだ。
さっきの照明も、デンキの光エネルギーによって発光していると。
レーザー光線が飛び出すかもしれない、と予測していた装置は、“こぴーき”という紙を刷ることができる便利な機械だった。たまに勝手に中身を整理するだけで、別に危険は無いと断言された。
“テレビ”は、デンキの波動“デンパ”で送られた映像と音声を映し出す受信機の様だ。
まだ色々と難しくて“ニホン”のことはよく分かっていないが、これから少しずつ知れていければいいかな、とアルスは思うのだった。