道連れ
――今まで人族は、散々魔族に好き放題扱われてきた。
まさに人々は奴らの思うがままに、殺され、弄ばれ、奴隷にされ、玩具にされ、見世物にされ――残酷な目に合わされてきた。
それでも奴らの圧倒的な力の前では、人族が反発など出来るはずもなかった。
王都所属騎士団も、王都にやってきた魔族に手も足もでず、女子供が連れ去られていくのを虚しくも止めることが出来なかった。唯一、騎士団長のアルス・フラグレッドは奴らを屠れるほどに実力はあったが、複数が相手となるとまるで刃がたたなかった。
そのため、王都の住民達も安心して暮らすことができず、日々奴らの脅威に恐れながら生活をしていた。
しかし、それも今日で終わり。
そう、人族は勃発した全面戦争で魔族に勝利したのだ。
騎士団が召喚魔法で呼び出した、他でもなくたった一人の女勇者ミズキ・フジノによって。
★☆★☆★
今日は、勇者ミズキがこの世界“プルド”から、彼女の住んでいた元の世界“ニホン”に帰還する儀式が行われる日だ。
彼女には全面戦争で魔族の主導者である魔王を倒して貰っただけでなく、残りの魔族や魔物を一掃してくれたので感謝が絶えない。
彼女は何も見返りは要らないというけれど、せめて最後ぐらい総動員で見送りさせてくれないかと国王様が交渉なさると、快くOKしてくれた。
「アルス団長、もうすぐ儀式が始まりますよー」
「わかったよ、ありがと」
若き騎士団長であるアルスはわざわざ声をかけにきてくれた部下に軽く礼を述べ、いつもより重たい腰を椅子から持ち上げ、自分の執務室を出た。
勇者ミズキがこの世界にきてもう二年の歳月が経とうとしていた。最初の頃こそ、彼女は柄に似合わずどこか遠慮気味な雰囲気を纏っていたが、今ではいつもアルス達に笑顔を振りまけてくれて、固い空気で密封されていた王城内も、いつしか穏やかな緩いものに変わっていった。
魔族が絶滅したあと、いずれ彼女との別れが来ることは一同薄々と感じていた。しかし、いざ本当にさよならとなると、もう会えないと思うと、とても寂しくなる。
そうこうアルスは思考しながら歩いているうちに、いつの間にか転移が実行される“儀式の間”に辿り着いていた。
「………もう着いたのか」
毎日渡る通路のはずなのに、アルスは普段より短く感じるのだった。
部屋の門をくぐり抜けると、そこには王城で働く沢山の人々が、女勇者ミズキの送還を見届けようと集まっていた。
「それでは、これから勇者ミズキ・フジノを元の世界に送る儀式を始めます」
たった今、司会役らしい召喚士の老人がそう宣言する。どうや儀式に丁度間に合ったようだ。
「それでは皆さん、儀式を始める前に別れの言葉はありますでしょうか?」
すると、その問いに黒髪ショートの勝ち気な女の子が勢いよく挙手する。あれは、女勇者ミズキだ。
「はいっ!じゃあまずはアタシから。
みんな、今まで本当にありがとう。みんなのお蔭で私強くなれたし、自分に自信を持てるようになったんだ。
あっちに帰ってもこの世界やみんなを忘れないから。お世話になったよ!」
彼女らしい、元気いっぱいな挨拶だった。
というか、何でみんな既に泣いているんだ?とアルスは呆気にとられる。
その中でも国王様は顔がぐちゃぐちゃにしながら号泣していた。いい年して恥ずかしい………。
「お世話になっただなんてそんな……。こちらこそ、私達を救ってくれて感謝しても仕切れないわ。貴女が来なかったら、今頃私達は魔族の餌食になってたかもしれないもの」
勇者ミズキのお世話担当をしていた侍女がハンカチで目を拭いながらそう返した。
勇者ミズキはいつものようなスマイルで、しかしどこか哀愁漂った表情を向けて、大きな魔方陣の中に入る。
「待って!忘れ物忘れ物!」
すると、王都訪問者の受付嬢が焦った表情で飛び込んできた。脇には見たことのない丈夫な生地でできた、何かの紋章が刻まれている肩掛け鞄を抱えている。
「これ、貴女がこの世界に召喚された時に所持してたものでしょう?ずっと管理してたから、何処にあったかすっかり頭から抜けてて。でも、ギリギリ間に合ってよかったわ」
「あ、ごめん!懐かしーなぁ、ウチの高校の通学カバン。見つけてくれてサンキュー」
勇者ミズキは、とても懐かしそうに目を細めてその鞄を受け取った。
「……それでは、そろそろ儀式に移ります。皆さん、魔方陣の円に沿って並び、手をかざしてください。呉々も円形の中に踏み入れないように。勇者ミズキ・フジノと共に空間転移されてしまいますから」
転移魔法には、多量の魔力が必要だ。特に別世界へと飛ばすには、さらに膨大な魔力が。
そのため、魔石なども用いると同時に、が魔力を分け与える必要がある。なので、この形が一番効率が良いのである。
「それでは、カウントが0になったら一斉に魔力を注いでください。いきます」
「「「3」」」
皆カウントダウンを始めたので、アルス自身も会するように数を言った。
………先程から勇者ミズキの視線を感じながら。
「「「2」」」
アルスは確認するため、少し顔をあげる。すると、女勇者ミズキと完全に目が合った。
間違いなく彼女はこちらを見ている。
「「「1」」」
「ああーっと、またちょっと忘れ物ー」
刹那、女勇者はわざとらしくそう呟くと、急にアルスの目の前に現れて、なんとニヤリとしながら彼の手首を手前に引っぱってきた。
その不意をつく行動にバランスを崩し、何も分からずアルスは一歩前に踏み出してしまった。
「「「0」」」
「アルス、一緒にいこっ♪」
「え、ちょっ、待っ―――――――」
なぜか若干頬を紅色に染めながら清々しいほど満面の笑みで囁く勇者に、アルスは慌てふためく。
しかし、時すでに遅し。
次の瞬間には、発動した魔法陣の淡い光が二人を包み込むように吸い込んでいった。