9話 凛、お風呂場にて
書き溜めがなくなりました >_<
しばらく、更新速度が落ちると思いますが、どうぞお付き合いくださいませ。
「あー、疲れた!」
あたしは自分の部屋へ戻ると、でやっとベッドへスライディングした。お風呂入ってないけど、今はどーでもいーや。
とにかく疲れた!
体中が筋肉痛だー。
足がだるいー。
もーお風呂めんどくさいー。
でも汗のにおいイヤだし、髪ぼさぼさだし。このまま寝たいけど、お風呂入らない、歯みがかない、なんて、JKのすることじゃないよね。
すると、
「ひゃっ!?」
いきなりふくらはぎをむにむにされてびっくりすると、それはだるまだった。どーやら、マッサージしてくれてるみたい。カギ爪があるはずなんだけど、うまーい具合にしてくれてるみたいで、全然痛くない。てゆーか、どこで覚えたの? ってくらい、いー感じに気持ちいー。
「がうっ」
だるまがひと声ほえる。とーぜんなに言ってるか分かんないけど、「力加減はどーですか?」って聞かれてる気がして、
「あー、ちょーどいーですよ、ずいぶんとお上手ですねー」
なんて褒めてあげると、「がうっ!」と嬉しそうにほえて、あたしのふくらはぎをリズムよくマッサージしてくれる。
だるまって、人の言葉分かんのかな? 今みたいに分かってっぽいときもあるのに、ぜんっぜん分かってないっぽいときもある。よく分かんない。
よく分かんないことはもー1つある。
……このコ、なんで帰んないんだろ?
このコだけなんだよね、はじめに喚んでからずーっとそばにいるの。ほかのコたちは、あたしの集中力がぷつんと切れたり、喚んだ目的が終わると消えてったのに。
「ねぇ、キミはなんで帰んないの?」
これで3回目かな? この質問。
だるまはきょとんとするだけ。毎回これだけ。だから、言葉が分かんないのか、帰り方が分かんないのか、どっちなのかが分かんない。
でも、帰ってほしいわけじゃないんだよね。たぶん、だるまはかなりアタマがいい。あたしや己慧琉以外に自分を見られることがどうなることか分かってるみたいで、パパやママが上に登ってくる気配がしたら、あたしと遊んでる最中でも焦ることもせずに、そしてあたしがなにか言う必要もなく、すたすたと衣装タンスの中へ入ってく。
ご飯だって、なに食べるか分からないなりにあたしが買ってくるブタやトリの安いお肉を不満げもなく食べるし、今日みたいに人の目がないところへ行ったら、自分で勝手に狩りをしてるみたい。
もしかすると、動物飼うより難易度低いかも。
「もういいよ、ありがとーおでん」
「がう」
だるまはあたしのふくらはぎを最後にぽんぽん、と叩くと、あくびをしながらクローゼットの中へと消えてった。
……訂正、動物飼うっていうより、出来のいい弟ができた感じ。
「さあ、ガンバってお風呂はいろ」
あたしは体をベッドからひっぺがすと、パジャマを持って――あたしは寝るとき下着を着けない派だ――、お風呂へ向かう。
そして服を脱ぐときになって、
「……あ!」
上着を己慧琉から借りっぱなしだったことを思いだした!
あっちゃー。キレーに忘れてた。
うーん……あ、でも洗って返すのがジョーシキだし、これはこれでいいか。
…………
ちょっとキョーミに惹かれて、己慧琉のシャツをすんすん、と嗅いでみる。
……あれ? なんかいい匂い。なんの匂いか分かんないけど、なんかちょっといい匂いだ。
「これ、己慧琉の匂いかな……」
すんすん、すんすん、すんす……
「あたしってばなにやってんのよう!」
あわてて洗濯機に投げ捨てて、お風呂場へ飛び込む。
あたしは匂いフェチか! しかも、己慧琉の匂いだなんて!
「あいつもあいつよ、いったいなに考えてんだか!」
なぜだかカラダがぽかぽかしてきて、それになぜだかミョーに腹がたってきて、アイツの悪口を並べたてることにする。
で、悪口ですぐ思いついたのは、トーゼンながら今日のこと!
「退学って言われたのに、それでなんで諦めないのかなぁ!」
今日のこととは、もちろんあの旧キャンプ場での東之京先輩とのことだ。
まだホームページを見てないからどんな種目があるのか分かんないけど、『裏体育祭』ていうのは学園の生徒だったら参加するだけでも悪くない見返りがあるし、この訳分かんないチカラをコントロールしやすくなる、ていうのもいいことだと思う。
……なのに!
あのバカ己慧琉のヤツ!
東之京先輩から退学、て聞いたときも!
「……うーん……」
……はあ!?
悩む意味が分かんない!
あげくに、
「なら、これならどうじゃ。ぬしのやっとるスマホのゲームの運営会社は東之京財閥の下部の会社じゃが、ぬしのアカウントを凍結させることもできるぞ」
「そりゃ困る!」
なんでそこで困んのよ!
なんで退学よりそっちの方が困んのよ!
……はあ。アイツのぼっち体質も筋金入りというか……
少し熱めのシャワーを頭からかぶる。体の芯に残ったままの寒気が、ちょっとだけだけど流れ落ちたような気がする。
あたしから見た己慧琉は、頭はいいと思うし、運動神経だって悪くない、と思ってる。ケド、本人は自分を過小評価してるのか本気出すのがカッコ悪いかバカみたいと思ってるのか、その両方なのかそれとも違う理由なのか、それはともかくとして、せっかくのスペックを無意味に温存してる感じがする。
……アイツが小さいときって、あんなだったっけ? 友だちとかはたしかに少なかった気はするけど。でも、少なくとも今みたいなよく分かんない手抜き感みたいなものはなかったはずなんだけど。
「なんでもーちょっとちゃんとしないんだろ。そしたら、もっとカッコいいの……あたしはなに言ってんのよう!」
ボディシャンプーをポンプからがしがし吹きださせて体中をあわあわにする。シャンプーもがしがし出して髪の毛をあわあわにする。
だめだだめだ、もっとアイツの悪口を!
「バカ己慧琉! もっとちゃんとしろ! じなきゃ同じ高校選んだ意味ないだろ! 卒業だってちゃんとしろ! 同じ大学行きたいんだから! ……わきゃーっ、悪口になってない! どーしたあたし!」
「りーんー、大声でどうしたのー?」
ぅわおっ、ママに聞こえた!
「なにもない、なにもないから! もう出るからママは出て、出て!」
「はいはい……」
シャワーで泡を流し落として、トリートメントはもう諦めて湯船へざぶんとつかる。
鼻の頭までもぐって、ぶくぶくさせる。
……今日のあたしは、なんかヘンだ。なんでだろ……
思いだした! アイツがあのキャンプ場で天王寺先輩に、あたしといちゃいちゃしてるだのあたしのこと可愛いだの言ったせいだ!
けっきょくそのことを聞けずじまいで、でもあれは天王寺先輩を怒らせるためにテキトーに言ったことっていうのは分かってて、でもやっぱり、帰りにそれがホントのことか聞けなかったから、心のどっかで「もしかしたら」なんて思っちゃってるのがいけないんだ。
くっそー、己慧琉のおバカめ!
なんかめっちゃくやしいから、叫びたくなって顔半分しずめたまま、
「わがぼがぼがぼがぼ!」
「ねえ、りーんー」
「がぼばはいっ!」
またママだ!
「あなたの電話なってるわよー」
……電話なったくらいで呼びに来ないでよ、まったく。
「あとでかけなおすから置いといてー」
「己慧琉くんからだけど?」
「すぐ出ます!」
あたしはお風呂から飛び出た。
……でも。
髪と体にバスタオルを巻きつつ、ついついドキドキしながら電話に出たその相手は。
『出るの遅かったね。どうせ腹出しながら寝てたんじゃない?』
「…………」
こんのアホぼっち! チートかなんか知らないけど身につけたわりに、人の心を読むチカラはあいかわらず欠けてるなぁ!
「……お風呂入ってたのよ。悪い? なんの用よ」
『いや、僕の服、いつ返してくれんのかなって』
「……今日洗うから、明日には返せます」
『まあいつでもいいんだけどさ。それより、大丈夫? 風邪ひいてない?』
「……大丈夫です、ご心配なく」
『帰るとき、寒くて震えるのガマンしてたでしょ。ちょっと心配してたんだけど、心配されたくなさそうだったし』
「…………」
……もしかして、気がついてたの? あたしが腕とかさすってたの。心配されたくないから、できるだけ見えないようにしてたのに。
……もう。いろんな意味で、バカ己慧琉。
「はいはい、ありがと。寒いのはちょっと残ってるけど、たぶん大丈夫。……心配かけてゴメン」
ああ、この言葉言いたくなかったのに。まったく。
『いや、大丈夫ならいいよ』
「あさって、会うときに持っていくから。でも、そのことだけのために電話してきたの?」
『うん? あー、いや……』
? どーしたんだろ、ずいぶんと歯切れが悪い返事。己慧琉にしては珍しいな。
「どしたの、なんか気になることあった?」
電話の向こうで、なんかもごもごしてるのがぷつぷつと聞こえてくる。
……あ。なんか分かった。
今からしようとしてる話がたぶん、この電話のホントの主旨だ。さっきの服の話はなんというか、その話への場つなぎみたいなやつだったんだろう。
そんな回りくどい話なのかな。
「なんの話か分かんないけど、いいよ、言って」
『……じゃあ、聞くけどさ。凛おまえ、東之京先輩が最後に言った言葉、覚えてるだろ』
「え……あー、うん」
東之京先輩が、まるで軽々と天王寺先輩をひょいと持ちあげてキャンプ場から去ろうとして、己慧琉がその背中に聞いたときに返ってきた、その答えのことだ。
己慧琉はこう聞いた。
「もちろん、瑠璃華せんぱいも『裏体育祭』に参加されるんですよね?」
それに対して、東之京先輩はこう答えた。
「もちろん、参加せんよ」
と。
そして、
「だって、私が参加してもうたら、ずるになってまうからの」
と。
『あれ、どういう意味だと思う?』
「あれ……っていうのは、『ずる』のことだよね」
あたしはシンプルに、生徒会長だから、と思った。生徒会が競技とかを決めるわけだし、運営もしなきゃいけないわけだし……
とかあたしなりに考えてみたら、「なに言ってんの?」とか言われた。ぐっ……!
『それだったら『ずるをするかもしれないから』みたいな言い方するだろうし、運営するのはそもそもずると関係ないじゃん』
「だ……だったら、頭のいい己慧琉くんはどう思ったのかなぁ?」
『…………』
……あれ? おーい、もしもーし。聞こえてる? まさか寝落ちしたんじゃないでしょーね。
『……いや。やっぱいいや。もうちょっと考えてみる』
「あ……そう?」
『じゃ、また明日。おやすみ』
「う、うん、おやすみ。また明日」
電話が切れる。
……なにが言いたかったんだろ? けっきょくのところ、己慧琉は言いたいことを言わずじまいで終わっちゃったような気がする。
東之京先輩の『ずる』、か。
それがなんなのか分かんないけど、本人は参加しないって言ってたし、だったら問題ないと思うけど。
と、いきなりぶるりと震えがきた。しまった、まだ体拭いてなかったんだ!
あたしは己慧琉との電話のことはいったん横に置いて、またお風呂の中へと飛び戻ったのだった。
凛へちょっと視点を変えたクールタイムです。
なぜお風呂のシーンだったかは意味があります。
それは。
書きたかったからです。