6話 元キャンプ場で遭遇 -1
『ムービング』
魔法を唱えて、目の前にある錆びっ錆びの違法廃車へ手をつくと、家の玄関ドアを開けるのと同じくらい軽く、カンタンに、廃車をずずずっと押すことができた。
『ムービング』は、対象を移動させることのできる僕のオリジナル魔法だ。たとえなにかで固定されていても、押せばカンタンに切断してしまう。
そして、
『ファイア』
手のひらを向けた大きな岩がすごい勢いで燃え始める。
対象そのものを発火させる魔法だ。炎を発生させて燃やすんじゃなく対象そのものを発火させるので、回避できない。ついでに、対象が可燃物か不燃物かは関係なく発火させる。
「ふむ」
結果に満足して、僕は小石を拾うと『ムービング』すごい勢いで燃え盛ってる岩へ投げつける。
小石の当たった岩はそのままコロコロと転がりだし、川の中に落ちると水蒸気があたりを真っ白にするくらいに噴きあがった。
「こんなところかなぁ、修行も」
こめかみを伝ってく汗をタオルでふき取る。
ここは、かなり山深い位置にあるキャンプ場だ。といっても2年ほど前に経営難で閉鎖されたみたいで、今は元キャンプ場、だな。
とにかく人目につかず自由に暴れられる所をネットで探してると、この元キャンプ場をたまたま見つけたのさ。
で、どのくらい暴れたかというと。
「……ちょっとやりすぎたかな」
周りを見回すと、粉々というより砂状になった岩や輪切りというよりスライスになって積み重なった木、原型を留めないというよりそこに無かったんじゃというレベルで吹き飛んだ小屋の跡、その他もろもろが散らばってる。
それらは僕の魔法や刀で試し撃ち・試し斬りした跡だけど。
それだけでなく、木がなぎ倒されたり地面の土が大きくえぐれてたりと、パッと見たかぎりこのキャンプ場にだけなんかもうちょっとした自然災害が起こったんじゃないか、というくらいに崩壊してる。……これ、発見されたらもしかしたらなんかの法律に引っかかりそうな気がしないでもない。
……けど! けど、この大半は僕のせいじゃないぞ。
凛に喚びだしてもらったモンスターのせいだ。
まったく凛のやつ、出してほしいモンスターを頼んだらなぜかヌイグルミみたいにデフォルメされたヤツばっかり喚ぶし、なにも考えずに喚び出してもらったらことごとく上位のモンスターを喚びだすし――凛いわく「だってカワイイほうがいいじゃん」――。
僕からすれば経験値を積めるからいいんだけど、さすがにこの有り様はやり過ぎかな。
ちなみに、喚び出してもらった中での最強はアークデーモンでした。闇魔法の威力がハンパなく、しかもデーモンをやたら召喚してきてウザいことこの上ない。
刀の訓練をしたかったんだけど、最後の方でメンドくさくなって、『サンダー』で全員感電死させた。
ちなみに僕の『サンダー』は、対象の体内に擬似避雷針を埋め込むので回避できません。
とまあこんな感じでこの2日間、凛に付き合わさせて特訓した結果、かなり経験値が上がったはずだ。
……納得できないのは、せっかくチートスキルを手に入れたのに、ラノベでありがちな『自分のステータスを見る』魔法が成功しないことだ。
方向性の似てる『ヴァーチャルバトル』の魔法は正常に唱えられるので、ステータスという概念はあるんだと思う。ただ、『ステータス』『ウィンドウ』『ライブラリ』など、それっぽい魔法を唱えても、どうにも反応してくれない。
おかげで、どのくらい経験値を積めたのかがいまいち分かりづらい。
とはいえ、『フィジカル』を唱えなくても長刀――兼定と勝手に名付けました――で木をスライスできるくらいにレベルアップはしてる。
「さて、日も落ちてきたし、そろそろ退散かな……なんだけど、凛のやつ、どこへ行ったかな……」
僕のためにモンスターを召喚する以外はヒマなのは分かるけど、動き回られても困るよなぁ、とか呟いてると、木々の奥の方から突然凛の悲鳴が聞こえてきた。
なんだなんだと驚いてると、すごい勢いで飛んできた小さな翼竜――またデフォルメされてる!――にしがみつく凛が、茂みから飛び出てきた。
「きゃあわぷぅっ!」
ちっさな翼竜――たぶんワイバーンだ――はそのまま川に飛びこんで、だから当然凛も川へ飛びこんだので、叫び声が水の中へ消えてく。
……まったく、なにやってんだか。
あきれてため息をつくと、凛たちが現れた茂みから遅れてあのちっさなドラゴン――凛は『だるま』と名付けた――が出てきて、こいつもまた鼻から炎をため息のようにふーん、と噴き出した。……だから人間くさいって。……いや、人間は鼻から炎を噴かないか。
頭の先から足の先までどぼっどぼに濡れてしまった凛を引き上げる。ワイバーンは水へ飛びこんだ衝撃かそれとも魔法が切れたのか、跡形もなく消えてしまってた。
だるまが――ドラゴンをだるまって呼ぶの抵抗あるなぁ――炎の鼻息で焚き火をおこすと、凛がぶつくさと言い訳を呟きはじめた。
「しゃ、しゃーないじゃないの、あんたはずっとモンスターと戦ってるし、あたしはヒマだし。だ、だから飛ぶのが速そうなコを喚んで、ちょっと遊んでみたのよ」
と思うと、急に上目遣いににらんできて、
「そうよ! あんたがあたしをかまわないのが悪い! あたしのせいじゃないもん!」
「……べつに僕はなんも責めてないぞ。怒るのは僕じゃなくてお前のお母さんじゃない?」
「う……たしかに……」
「それはとにかく」
僕は凛のためを思って、視線をそらしてやる。
「服、透けてるからどうにかしたら?」
「え? ……うにゃぁぁっ!」
どぼどぼに濡れた白いTシャツからブラジャーが思いっきり透けていて、前を隠しながら凛がめっちゃ奇妙な叫び声をあげる。
Tシャツはぴったりと肌に張りついてもいて、まったく、こいつはなんでこんなムダに胸が大きいんだ、まったく、まだ高1だぞ高1。
とか心の中で愚痴ってると、凛の拳がまともに僕の頬へめり込んだ。
「痛ってー! な、なんで殴んだよ!」
「うっさいうっさいうっさい! ぜんぶあんたが悪い、あたしは悪くない!」
「ま、マジで!? マジで言ってんの!?」
「だからうっさいって言ってんでしょ! なんとかしなさいよ!」
「なんとか!? なにをどうなんとかしたらいいんだよ!」
「あんたの上着! あんたの上着貸しなさい!」
「それもマジで言ってんの!? お前ずぶ濡れなんだよ!?」
「うるさーい!」
肌にはりつくTシャツ。
……はっ、いかんいかん!