5話 チュートリアルバトル -2
「……ん? なに、お前もやるの?」
気配があって横を見ると、ちっさいドラゴンがベヒーモスを睨みつけながら四つ足を踏みだしていた。気合が入ってるのか、荒い鼻息と一緒に紅蓮の炎が鼻の穴からふすー、ふすー、と漏れてる。
僕はちっさいナリに似合わない気合いにおもわず笑いながら、
「まったく、僕のジャマになんないでよ……『リプレイス』」
そして木の枝を振り抜いた僕の手に握られていたのは、僕の身長よりも長い刀身を持つ一振りの長刀だった。
『リプレイス』は、『魔法大全・xlsx』に書いた僕のオリジナル魔法だ。術者の手にある物体と別の空間にある物体とを入れ替えてしまう。
……その言葉どおりにとると、僕は図らずも窃盗を犯したことになるかも知んないけど、たぶん法で裁かれる心配はない。なぜなら、この刀の刀身が青白く灯ってるから。この世界に、蓄光する金属はあるかも知んないけど、自発光する金属は存在しないはずだ。
つまりこの刀は――異世界のもの。しかも、刀身が放ってる威圧感にも似た風格が、この刀が相当な業物だと物語ってる。
「持ち主さん、もし魔王と戦ってる最中だったならゴメンね」
『ゴオォォッ!』
ベヒーモスが地鳴りのような咆哮をあげた。どうやら、お相手はやる気充分らしい。
……と、リプレイスの魔法で起こったことをふまえて、ある一つの仮説が僕の頭に浮かんできた。
「もしかして……よし。『フィジカル』」
これも、僕なりに考えたオリジナルの身体強化魔法だ。
よくあるこの手の魔法は術者のステータスを強化するけど、僕の考えた魔法は自分のステータスに他対象者のステータスを上乗せする。と同時に、その他対象者の身体的記憶も上乗せされる。
つまりどういうことかと言うと。
「……なるほど、こういう構えがいいのか」
僕は腰を少し落として重心を保ちつつ、この大業物を下段斜めに下げて構えをとった。まるで、身体がもう何度も何度もこの武器で、この構えで戦ってきたことを覚えてるかのように。
身体的記憶とはつまり、そういうことだ。対象者が積み重ねて覚えた経験値も僕に上乗せしてしまうのだ。
そして、ある一つの仮説とはつまり、そういうことだ。
僕の身体には、この長刀の持ち主――つまり、異世界の人物のステータスが上乗せされてる。
このことで、僕ははっきりと確信した。
僕に備わったこのスキルは、どこかは知らない異世界とリンクしてる。すなわち――
「こいつと戦うには充分すぎるな、っと!」
そばに転がってたブロック石(たぶんリア充どもがスケボーの障害にしてるやつだ)に斬りつけると、まるで羊羹を斬ったくらいの抵抗感で真っ二つに分かれてしまった。――どころか、地面のアスファルトにまで切れ目が入ってしまった。
「あらら、やり過ぎちゃったよ。加減が分かるまで少しかかりそうだな」
『ぐごぉぅっ!』
満を持して、ベヒーモスがついに僕向けて突進をしかけてきた。すごいな、地響きで地面が揺れてるぞ。
「元気なのはとてもいいことだ、っとぉ!」
まるでトラックがスピードを上げて突っ込んでくるかの迫力に、けれど恐怖を感じることもなく僕もまたベヒーモスへ一気に間合いを詰めた!
一瞬で詰まった距離感についてこれない魔獣、その顔向けて、
「よいしょぉっ!」
乾坤一擲――というにはかけ声がダサいか――、長刀を振り抜いた。
また羊羹を斬ったくらいの抵抗感。ベヒーモスのぶっとい牙とほほ肉をザックリと斬りとった。
『ゴアァァッ!』
「はいはい、たぶんこんな痛み初めてでしょうねっ、と、ぅおっとぉ!」
いきなりはね上がってきた後ろ脚に、僕はあわてて後ろに下がってかわすけど、おもわず尻もちをついてしまう。
『ガアァッ!』
ベヒーモスが振り返りざま振りあげた前脚を僕めがけて振り下ろしてくる!
その瞬間、真っ赤な炎の塊がベヒーモスの顔面に直撃した。
不意に襲った炎に顔面を焼かれたでかい魔物は、すごい叫び声をあげて後ずさる。
凛のちっさなドラゴンだ。「どうだまいったか」と言わんばかりに胸をはってる。なんだこいつは、仕草が人間くさいな。
「ま、でも、今のはお礼を言うよっとぉ!」
僕は軽やかに跳ね起きると、炎がまだくすぶってる顔を手でこねくってるベヒーモスへ走り寄った。そして、「よっと!」後ろ脚の太ももを斬り裂いてやる。
ぐらりと体勢をよろめかせたベヒーモス、それでも倒れないので「お、やるじゃん!」ともう片っぽの後ろ脚もすっぱりときってやると、ベヒーモスはもう踏ん張りをきかせられずに後ろ向きに倒れこんだ。
むき出しになった腹部。
僕は全力でジャンプすると――すごい、ビルの3階くらいの高さだ――、魔獣の心臓部とおぼしき右胸へ、長刀の長い刀身の根本まで突き入れた。
『ゴ、オ、ォォォ……!』
ベヒーモスは苦しげなうなり声を上げると、四肢を痙攣させてドサリと倒れる。そして、光の粒になって夜の空へと消えていった。
光の粒が夜空へ消えてくのを見届けると、僕はアスファルトに転がってた鞘を手に取って長刀を納めた。
「ま、チュートリアルだって考えたら、この程度でしょ。『ストレイジ』」
魔法を唱えると、長刀は僕の手から跡形もなく消え去った。
僕のオリジナル魔法で、異次元へ物体を収納する魔法だ。収納可能な数は限られてるけど、取り出しに魔法はいらなくて簡単なサインだけで瞬時に僕の手へ戻ってくる。
「でも、こりゃ休み中は忙しいぞ」
手に入れたチートスキルはある程度分かったけど、これだけじゃまだ足りない、試すんじゃなく使いこなすレベルにまで理解しなくちゃ。
ただ、そのためにも召喚魔法を使える凛の力が必要不可欠なんだけど……
「……なんて顔してんの、凛」
ボーゼン、という言葉がしっくりくるくらい、凛がクチも半開きで力なく座ってる。
ただ、目だけは僕をじっと見つめてる。
「己慧琉……いまの、なに……?」
「なに、って……さっき説明したじゃん、ベヒーモスだって」
「それじゃなくて、ううんそれもだけど、それよりも、あんた……なんでそんなめっちゃ強いの?」
あー、そっちの方ね。
まあまあ考えたらそうだよね。凛の中の僕は、ぼっちで運動キライでもっぱらゲームばっかりしてるだけのもやし高校生だ。
……とはいえ……
「あー、とりあえず立ちなよ凛」
1から説明するのもなかなかメンドーだ。僕だけじゃなく、僕の描きつつあるプランのためにも凛自身のことも分かってもらわなきゃなんないし。
でも、今から説明するには夜中すぎる。いや僕はいいんだけど、凛のお父さんが怖い。
明日も学校は休みだし、詳しい話は明日、明日。
そう説得して凛を立たせると、僕らは公園をあとにしたのだった。
……そんな二人の背中へ視線を送る影。
ポケットからスマホを取り出す。
「……夜遅くに失礼いたします、世田谷です。座標を見つけました。……はい、会長のおっしゃる通りでした。……いえ、おそらく、かなり強力なスキルを得ているようです。名簿はこの後にすぐ更新しておきます。それでどうしますか、このまま追跡を……そうですか、分かりました。では次の座標の探索に入ります。……分かりました、ではまた報告いたします。失礼します」
電話が切れる。
踵をかえして人影が消える。
そして、公園には誰もいなくなった。
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小説の題名がきまらない。。
もうしばらくフラフラすると思いますが、ご勘弁ください。