にじゅう。
涙が零れ落ちていくのを抑えきれない。
堪えようとしても喉のしゃっくりは収まんないし、鼻だってすすりすぎてきっと真っ赤になってる。
化粧したのに、ぐしゃぐしゃになっちゃってる。
私の顔、今酷いことになってるんだろうなぁ。
誰にも見られたくない。真っ暗な部屋で一人うずくまっていたい。
こんな普段入らないようなメニューが全部高いお洒落なお店で、すぐ近くに若い男女がまったり話をしてる声が聞こえるのに、私は机にうずくまっている。
泣き声だけは必死に漏らさないように息を止めて、空気が足りなくなって息を吸ってはむせている。
外で鳴り響く雨音は、まるで私の心みたいだ。
私の好きな人には、好きな人がいる。
それは私じゃない、綺麗で可愛い女の子。
一目見たどころか、挨拶だってして仲良く二人で一緒にゲームだってしたことがある。
好きな人からその女の子が好きだって言われた時は動揺して、確か笑顔を作ってその日追い出したんだったかな。
その時も今のようにボロボロと泣いて、死んじゃおうかなってメンヘラみたいに引きこもって、罪悪感を感じた女の子が私を家から連れ出したんだ。
恋の敵である女の子から激励されちゃったら、もうどうしようもない。
だから私は、最後に。
ずっと近くで姉のように慕われてきて、とっくに好きになってて、意地張ってお姉さんぶって、それで今。
大人っぽい女性が好きって聞いたから、ここまで頑張って来たのに。
必死で涙をこらえて好きな人が私を置いて出ていくのを見送った。
彼の目には私の姿、何一つ映ってなかったみたいだ。
私を選ばなかった彼に罵詈雑言を叩きつけたい気持ちが浮かんでは、好きな人を悪く言えないから沈んで消える。
泣き疲れた私のいる個室にノックが入った。
出来るだけ顔を見られないように入口から目をそらして、どうぞと告げた。
ドアが優しく開いて、ことり、机に何か置いたような音。
入ってきた人はこう言う。
「当店からのサービス、特製カプチーノでございます。甘くて苦い風味を味わっていただきたい」
振り向いて見たのは、誠実そうな優しそうなマスターが見守るような顔。
マスターなりのお洒落た気遣いに、嬉しいような、それでいて放っておいてよっていう気持ちもありつつ、黒猫の尻尾が持ち手のマグカップに入ったカプチーノをゆっくり火傷にならないように飲む。
「....おいしいです。...ありがとう」
ミルクが優しくて、それでいて少しの苦味。
私の今の気分みたいだ。
「お客様へと美味しいものを提供できたようで、幸いです。もう一つ、お隣のご夫婦方からひとつ、ショコラケーキと伝言を預かっております」
マスターは、もう一つトレーに乗っかっていたショコラケーキを私の前に置くと、僭越ながら私の口から、と前置きを入れて話す。
「辛いことがあったら、甘いものを食べるのが一番です」
完全な甘党の発言にちょっと笑っちゃって、でも共感できちゃうものだから、ショコラケーキを小さなフォークで口に運ぶ。
甘い...染み渡るような甘さだ。
甘い筈なのに、人の優しさに触れてまたすこししょっぱくなってきて、目の前が歪んできてしまう。
「ありがとうございますと..お伝えください。私も、いつか誰かに同じように伝えます」
マスターは頷くと、ごゆっくりと一言残して出ていった。
誰も悪くなくて、好きになっちゃって、仕方なかった出来事。
苦くてそれに悲しい味がして、口の中に広がる甘さは私の心を少しずつ癒してくれる。
フォークがお皿に当たって、もくもくと味を噛み締めながらショコラケーキを食べていく。
優しい雨音に埋もれながらいつまでも泣いていた。




