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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
はじまりの一歩
98/111

君が煽るのが悪い⑥

■■■



 吉岡との出会いは平凡だった。

 デビューからずっとお世話になってきた担当さんが産休に入ることになって、その後任として吉岡はやってきた。

 自分の担当が変わると聞いたときは正直ショックだった。そのくらい前の担当に離脱されるのは不安だったし、信頼もしていた。何よりも 新しい人とうまくやっていけるのか自信がなかった。それに吉岡は他の部署から異動してきた人材で、漫画の担当になって歴が短かったから、新米を寄越されたことで自分は隔週キャンディにあまり必要とされてないのではないかとも思ったりした。

 だから最初は本当に吉岡のことなんて何とも思ってなかった。

 というか、むしろ煙たく感じていた。

 吉岡は何かと細かくて口煩いし、しょっちゅう押し掛けてくるし、とにかく自分の仕事に対して手を抜かないのだ。あーでもないこーでもないとネームも簡単に通してくれないから息が詰まることもあって、それは今も変わらない。

 正直言って吉岡と自分は、性格的には反りが合わないと思う。

 自分はそんなに几帳面でもないし、吉岡は感覚で物を見たりはしない。一緒にいると知らないことばかりを見せられて、自分の力量のなさと世界の狭さを知る。惨めになることだってあった。


 嫌だ嫌だと思っていたハズだった。

 それなのにいざ自分の目の前からいなくなるかもしれないと思ったとき、次に気づいた感情は【好きかもしれない】という感情だった。

 それは自分にとっても、あまりにも急な出来事だった。

 でもよくよく思い返してみたら、私はずっと吉岡に支えられてた。

 締め切りが間に合わないときも、一人で頑張らなきゃいけない夜も、よくわからない人たちに付け回されたときも、いつもいつも何も言わずに側で助けてくれていた。

 自分には吉岡と一緒にいたい理由がたくさんある。

 それだけ沢山のことをしてもらってるし、私が吉岡を好きになってしまうのは必然だと思う。


 でも吉岡はどうなんだろう?

 私はいつも吉岡に迷惑ばかりかけてるし、酷い扱いだってしてきた。吉岡をいつも振り回している自覚はあるし、私が吉岡だったら絶対にこんなヤツのこと好きになんかならない。

 吉岡は、私といたいとか、楽しいとか嬉しいとかそういう気持ちに気持ちになるのかな……


 はっきり好きって言われたわけじゃないからな……

 あー、もう冗談抜きで、吉岡が私のことを好きでいてくれてる確信が欲しい。

 言葉ではっきり聞かせて欲しい。


 あー、私って本当に自分勝手。

 やっぱり私は私が大嫌いだ。



◆◆◆



 ピーンポーン……ピーンポーン……


 吉岡はインターフォンの前で拳を握りしめて、無言で怒りと戦っていた。

 今日はとうとう無視ときたか……


 吉岡はデジャブを感じながらもポケット合鍵を取り出すと、ゆっくりとドアを開けた。

 今日は電話にもメールにも反応がない。昨日あれだけの酒量を猛スピードで回したのだ。具合のひとつや二つおかしくなっても不思議ではなかった。


「あのー お邪魔しますよ。朱美先生、いるんですか? 」


「…… 」


 部屋の明かりは一つも点いていなかった。だけど暖房だけは掛かっているのか、室外気の鈍い重低音だけは響いている……ということは、出掛けているわけではなさそうだ。

 吉岡は廊下の電気を点けると、やや慎重にリビングへと向かう。おそるおそるドアを開けて部屋を覗くと、朱美はクッションを抱えながらソファーに腰かけていた。


「朱美先生? 」


「…… 」


「ちょっ、つーか、電気くらいつけたらどうですか? 真っ暗じゃないですか? 」


「……うん。そうだね 」


 吉岡はほぼ手探りで電気のスイッチを探すと、照明をつけた。

 取り敢えず状況を確認しようと、辺りをゆっくり見回してみる。ソファーも床も目立ったシミは見当たらない。そして吉岡は鼻をヒクヒクさせると室内の空気を確認した。


「部屋…… だいぶ落ち着きましたね 」


「……? 何のこと? 」


「やっぱ、忘れてんですね 」


「えっ? 」


「本当、踏み止まって良かったですよ 」


「……? 」


 吉岡は何を言っているのだろうか……

 朱美は何がなんだかわからず、まだクッションを抱えたままキョトンとしている。

 吉岡はそんな朱美を見ないようにすると、コートを脱いで浴室へと向かった。昨日干したワインまみれのシャツとスラックスは既に取り込まれていて、律儀に畳まれてタオルと一緒に置かれていた。


「あの、朱美先生。シャツ、取り込んでくれたんですか? 」


「あ、うん。あの…… 」


「 アイロンまでかけてもらってすみません 」


「ううん。ねえ、吉岡、それよりも…… 」


「何ですか? 」


「私、昨日なにかした? 」


 朱美があまりにも予想通りの質問をしてきて、吉岡は思わず硬直する。昨日のあれをわざわざ説明するのは、今の自分にはとても体力がいることのような気がした。 

「私、何かちょっと記憶が飛んでるみたいで…… 気づいたら夜中だったから。それに謎に服が干してあるし 」


「何かあったかなかったかと聞かれたら、まあ、ありましたね 」


「そう……なんだ。 あの、私、一体 何をしたの? 」


「秘密です 」


「えっ、何で? もしかして言えないようなことでもしたの? 」


「うん、まあ、絶対に他の人には聞かせたくはないですね。僕の胸だけに留めておきたい 」


「えっ? なに……それ…… 」


「そのうち僕が同じこと、朱美先生に再現してあげますよ 」


「……?  」


 吉岡は口から出任せで無理矢理その場を切り抜けると、再び部屋を見渡した。とにかく今は昨日のことから一刻も早く話を逸らしたかった。


「あーあー、っていうか朱美先生、原稿ちゃんとやってないでしょ? 明日からマリメロンさんたち来るんじゃないですか? いいんですか? 」


「ああ、うん。それは、よくはないよね 」


「あとで大変な思いをするのは朱美先生ですよ。頑張らないと 」


 吉岡は朱美の隣に少し距離を置いて座ると、クッションを取り上げた。どこかに出掛けていたのだろうか、朱美はブラウスにスカートという意外と小綺麗な格好をしていた。


「あのさ、吉岡 」


「何ですか? 」


「やっぱ私って、情緒不安定なのかな? 」


「はあ? そんなの今に始まったことじゃないでしょう? ほら、変なこと言ってないで、まずは片付けないと。部屋中、紙だらけじゃないですか 」


 吉岡そう言いながら、サイドテーブルに転がっている書き損じ用紙を集めていく。昨日来たときにはこんな紙ゴミはなかったから、今日はラフ画くらいは描いていたのかもしれない。


「朱美先生、ほら一緒にやりましょう……って、えっッ? 」


「…… 」


「うわっ、何で泣いてんの? つーか、また飲んだの? って、そんなことはないか 」


 吉岡は咄嗟に朱美の肩に両手をやると、彼女の近くに顔を近づける。クンクンと彼女の服の匂いを確認してみるが、そこからは微かなコーヒーの香りしかしなかった。素面で泣いているのが確定した瞬間だった。


「だって…… 」


「だって、何ですか? 」


「……私しか好きじゃないんだもん 」


「はあ? 」


 朱美の声が大きく部屋に響き、それに呼応するようにすぐさま吉岡が声を上げた。

 一瞬、吉岡には何が起きたのか事態が飲み込めずにいた。


「だってっッ全然発展しないし、私は大した魅力もないからそもそも無理なんだよ 」


「うわっ、ちょっ、ちょっと待て待てまて! 何でそういう発想になるんだよっ? 」


 吉岡は朱美が吐露する感情に、思わず焦りアワアワする。朱美と向きわなくてはいけないことはわかっているけれど、それにしても一方的な主張に吉岡は少し圧倒されていた。


「吉岡は 本当は自分が担当してる漫画家だから、私のことを大切に思ってくれてるんでしょ? だって私からそれ取ったら…… なにも残らない 」


「ちょっ、落ち着けって。何でそうなっちゃうんだ? 」


「だって、それしか理由が思い付かないもん 」


「なんだそれ 」


 吉岡はそういうと、ハアと大きくため息をついた。

 誤解が誤解を大きくしている……

 このままでは溝が深まるだけじゃないか。

 正直こんなに唐突に覚悟を決めることになるとは思ってなかったけど、繋ぎ止めるためには もうそんなことを言っている場合ではないと吉岡は思った。


「確かに、俺がちゃんと言ってこなかったのが悪い 」


「…… 」


「けど()()だって、今の今までハッキリ言ってくれてなかっただろ? まあ、だからと言って俺がちゃんとしてこなかった理由にするのも良くないけど  」


「それは 」


「言っとくけど、俺は()()()は あるからな 」


「えっ? 」


「俺が好きになったのは 神宮寺アケミ先生じゃなくて神寺朱美なの。いい加減に分かれよ 」


「でも、あれから何も起きないんだもん! 私は魅力的じゃないってことでしょ? 」


「ハアっ? 」


「だってそうじゃん…… って、んっ…… 」


 吉岡は もはや本能で朱美をソファーに押し倒すと、本人の同意を確認することなくキスをした。


(わめ)いたらこうする 」


「なっ んっ 」


 吉岡はそう言うと再び朱美にキスをする。吉岡は朱美の両手に自分の手を絡めていて、完全にその自由を奪っていた。


 息がうまくできない……

 苦しい……

 体感で言うと、それはとても長い時間そうされているような気がしていた。


「よしおか…… ちょっ、くるし……よ…… 」


 唇が離れた一瞬を突き、朱美は吉岡に何とか懇願する。すると吉岡はわかったか、というような表情をして朱美にこう言った。


「朱美は忘れてるかもしれないけど、俺たちはあれから何回もキスしてんの! 起きてんの、あんなこともこんなことも! 朱美が覚えてないだけでっッ 」


「はあ? 」


「あーあー。もー、こんな余裕ないとこ見せたくなかったんだけどっ。これでも初めてはキチンとしたいと思ってたし 」


 初めて? って、一体、何のことだ?

 キスは何回もしたって、いま言ったばかりではないか?

 朱美は状況が飲み込めないまま頭をフル回転させる。でも次の瞬間、いきなり目の前の風景が変わって、もっと事情がわからなくなった。


「えっ? なっ、ちょっ 」


 吉岡は背中と膝に手を回すと、いつの間にか朱美を持ち上げていた。


「ちょっと、下ろしてっ! 恥ずかしいんだけどっ! 私、重いしっッ 」


「何を今さら。今までさんざん担がせといて。こっちは昨日も抱き上げてるんだから、朱美の体重は朱美よりも知ってんだよ 」


「ちょっ、待って…… えっ? 」


 朱美は明らかに動揺していたが、吉岡はそれをあっさり無視するとスタスタと廊下を進む。 そして寝室に入ると朱美をベッドの上に横たわらせた。


「今までの努力が、全部水の泡だ…… 」


「吉岡? 努力って何のこと? なにを言って、ってえっ?  」


 吉岡はそう言うと、朱美のカーディガンのボタンに手をかける。


「あの、一応最後に確認しときますけど、俺の下の名前は夏樹だから…… 」


「なつき? って、なんで今さら…… 」


「……これから必要だから 」


 これから必要?

 ん? ちょっと待て。

 ベッドの上でボタンに手をかけられてそんなことを言われたら……

 さすがにわかる。

 もしかして…… 

 いやもしかしなくて、これはそういう流れになってないかっ?


「って、なっ、ちょっ、ちょっ、まっ、そんな急に心の準備がッ 」


 朱美は慌てて布団を手に取り、上半身を隠した。

 いざそうなったら恥ずかしい……

 今朝、誰かさんに言われた通りじゃないか。


「君が(あお)るのが悪い。俺はもう知らないから…… 覚悟しとけ 」


「えっ、あっ、ちょっ、アッ…… んふふふっ、あははははっ…… 」


 吉岡はそう一言いい放つと、先ずは小手調べに朱美の体を全身くまなく(くすぐ)り始めたのだった。






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